終末世界の壊れた神機使い   作:真鳥

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16 吹雪の声 〜凍てつく空〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おお主よ、われに力と勇気を与え給え、

 

 

 わが肉、わが心を嫌悪の念なく見んがために

 

 

 

 

    

 

 

              シャルル・ボォドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅううぅ…………っ! くっ! 直撃は免れたか…………っ」

 

 横たわる氷塊の傾斜の隙間から肺まで凍えそうな冷たい息を荒く吐き、ボロボロの身体を何とか這いずり出すヴェルナー。

 

 周りを見渡し驚愕する。

 

 すべての情景が白い霜と氷に閉ざされた様変わりした大地。

 

 巨大な氷柱の槍が幾つも乱雑に地面から生え立ち並ぶ。

 

 まるで鎮魂者に黙する墓標のように。

 

「はっ!? ベルっ! おいっ、無事かっ、何処にいるっ!?」

 

 共に闘っていた少女の姿がないのに気付き慌てて周囲を探す。

 

 そこに並ぶ氷柱の影から巨体を揺らし鳴らして現れるアラガミ。

 

 通常種のプリティヴィ・マータから異常進化した変異体、バルファ・マータ。

 

 バルファが冷酷な女神像の面相を反らし氷柱の真上を仰ぐ。

 

 つられてヴェルナーも一際密集し形成された刺々しい氷塊の針山に視線が赴く。

 

「!? ベルッッッ」

 

 天に向かって伸びる鋭利な氷槍の切っ先。

 

 傷だらけの項垂れた少女が四肢を氷槍に貫かれ、標本のように串刺しにされていた。

 

 赤い鮮血が凍る氷塊に伝い流れ、咎人のごとく貼り付けにされた少女。無残な有り様さを晒し、幻想さを合わせ美しくも痛々しく少女を彩る。

 

「ベルッッッ、返事をしろッッッ、くっ、意識がないのかッ、待っていろッ、直ぐに助けてやるッ」

 

 ヴェルナーが叫ぶ。しかし少女から返事は返ってこない。助けに向かうべくヴェルナーは身を起こすが、相当なダメージを負った肉体は悲鳴を上げ真面に動こうとしない。それでも身体を引きずり少女の元に向かう。

 

 そんなニンゲンたちの足掻き捥がく様を静かに見下ろしながらバルファは冷たい能面の口元を開き耳障りな獣声で喉を震わし響かせ、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 暗い。

 

 冷たい。

 

 寒い。

 

 人の身とは異なる姿の少女が薄暗い牢獄に蹲り、囚われている。

 

 錆び付いた鉄格子。灰色の燻んだ色褪せたヒビ割れた石壁と床。

 

 そこは時の流れから長らく隔絶された雰囲気を纏う収監部屋。

 

 見覚えのある、懐かしくて寂しい忘れ難い場所。

 

 過去にAGEとして囲われていた収容施設。

 

「…………ったく、なっちゃいないぜ」

 

 鉄格子の柵の向かい側から誰かの声が掛けられる。

 

「…………誰?」

 

 ベルは膝に埋めていた気怠げな顔を少しだけ上げ、その人物を格子越しに見やる。

 

「ふん。オレが誰かも判らないか。まあ、しょうがない。オツムがイカレちまってるからな」

 

 格子の向かい側にいる人物が近づく。

 

 蒼い艶やかな長髪を靡かせ、二本の角先を頭に備える。

 

 褐色の瑞々しい肉感的な熟れた肢体は滑らかさとしなやかさに満ち、蒼黒の結晶が鱗の外皮のように豊満な胸部と局所、身体をビキニアーマーのように覆う。

 

 それは合わせ鏡のような瓜二つの少女。ただ違うのは左眼が妖しく紅紫に仄暗く光を放っている。

 

「…………?」

 

 蹲る少女が不思議そうに首を傾げるのを見て、やれやれと両手を挙げる。

 

「はあ〜、オマエさ、何だよ。あの戦い方は。ニンゲンの真似して戦いやがって」

 

 もうひとりの少女が呆れたようにため息を吐く。

 

「オマケにあんなクソアラガミにやられる始末。見られたもんじゃなかったぜ。ありゃ何の冗談だ? ムカついてしょうがねえったらありゃしねえ」

 

「うぅ……戦い方……オレ、神機使いだから……」

 

 蹲るベルが戸惑う。戦い方も何もゴッドイーターなのだから当たり前だろうに。

 

「まるでわかっちゃいないんだなぁ、オマエ」

 

 小馬鹿にした視線で、同じ顔、同じ姿の少女が吐き捨てる。

 

「ああじゃねえだろ? オマエの戦い方は。もっと吼えて、猛ってよぉ、思う存分に狩りを楽しむもんだろう?」

 

「…………楽しむ? 戦いを?」

 

 顔を顰めて不快感を露わにするベル。脳裏に浮かぶのは理不尽に強いられたアラガミたちとの戦い。人間の男たちに嬲られる日常。嫌いだ。痛いのは嫌だ。あんな思いはしたくない。楽しくない。

 

 そんな少女の表情を見て、そっくりな少女はニヤリと口端を吊り上げる。

 

「くくく、オスどもにいい様に組み敷かれ不様に好き放題ヤラレていた頃は力がないただのニンゲンモドキだったが、今の"オレたち"は違う。今度は逆に狩る番だ。狩られる側から狩る側になったのさ。今からオレが代わりにアイツをハンティングしてやるよ。オマエはそこで大人しく休んでな。さあ、そろそろ選手交代の時間だ」

 

 少女の言葉にベルの目蓋が途端に重くなり、少しずつ帳が降りるよう閉ざされていく。

 

 そうしてやがて、深い抗い違い微睡みがやってくる。

 

 完全に目が閉じる前に見たのは、自分と同じ顔の少女が凶悪な笑みを浮かべる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はあっ、はあっ…………待っていろ、ベルッ。直ぐにそんな所から自由にしてやるッ…………」

 

 氷の柱に括られ磔にされた痛ましい少女を救うべくヴェルナーは、ままならない満身創痍の身体を無理に引き摺り這い進む。

 

 そんな涙ぐましいニンゲンの足掻きを尻目にバルファ・マータが乱杭歯がぞろりと並ぶ口腔を大きく開いた。

 

 その慈悲無き能面が向かう先には貼り付けにされた哀れな少女。

 

 少女を貪り喰らうべく恐ろしい顎門で迫る。

 

「や、やめろォおおおおおおオオオオッッッ」

 

 ヴェルナーの悲痛な叫びも虚しく、バルファの鋭い牙が捕われた少女を貫かんと──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルファの顔面に拳が減り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きりもみスクリューしながら氷柱群を破壊して巨体がぶっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギシリ、と貼り付けにされた少女の血潮に濡れた解放された腕が握り拳を作り左右にぷらぷら振られる。

 

「イテェな……散々やってくれやがって…………それに硬えな、アイツ。ま、その方がヤリ甲斐あるし充分愉しめるわな。っと、ハァアアアッッッ」

 

気合いを入れて叫ぶと、四肢を貫いて縫い止めていた氷槍にヒビが走りガラスが粉砕するように粉々に砕け散る。

 

氷の磔台から解放された少女がクルクルクルと身体を翻し回転して跳び、真っ白に染まる霜の大地に降り立った。

 

「ふぃ〜っ! 久っ々のシャバの空気はやっぱ格別だなっ! う〜〜〜〜んッッッ」

 

腕を上げ、褐色の滑らかな美体を反らし伸ばしストレッチする。

 

まるでこれからスポーツでも始める陸上競技者のように爽やかに準備運動を行う。

 

年相応以上に発育した見事な乳房がプルンプルンと跳ねる身体に合わせ元気良く弾み、括れた折れてしまいそうなほど華奢な細い腰を曲げ上体を反らす。肉付きの形良い丸い尻たぶを突き出しプルルン震わし、カモシカとはよく言った艶やかな太腿と長い脚先を大きく大胆に広げてアキレス健を伸ばす。

 

「…………ベル?」

 

 一部始終を地に伏したまま呆然と眺めていたヴェルナーが戸惑いを隠せず声を出す。

 

「壊れそうに街が泣いて〜〜〜♪ 残酷な君の横顔〜〜〜♪ Automation〜〜〜♪」

 

 ラジオ体操第二まで始めるベルと呼ばれた背中を向けていた少女が可憐な美声で鼻歌交じりに身体をほぐし続ける。

 

「いつまで約束されぬ彼方〜〜〜♪ 抜け出そう走り続けなくちゃ〜〜〜♪ 何も変わらなくたって諦めないさ〜〜〜♪」

 

 何だ、嫌な予感が拭えない。

 

 目の前の少女が無事なのに。喜ばしいはずなのに。違和感があまりにもあり過ぎる。

 

 今、この場に存在する少女は、一体、何者なのか。

 

「…………キミは、何者だ…………?」

 

 震える身を無理矢理起こし呼びかけるヴェルナーに、ストレッチ体操していた少女がピタリと動きを止める。

 

 そして上体を背後に反らしブリッジしながら振り返った。

 

「何だと思う? おっさん」

 

 無邪気さの中に破滅的な危うさを秘め、ニヤニヤ微笑う。

 

 違う。明らかに異なる。間違いない。この感じ。

 

 この少女はあの時に現れた────

 

「…………ベルはどうした? 彼女を何処にやった?」

 

「うん? ベル? はいは〜いっ、ここですよ〜♡オレ様が愛しいベルちゃんだよ〜♡うりうり♡」

 

 ベルと同じ姿形の少女はニヤつき、腰をクネらせグラインドし、尻尾をクルクル回して投げキッスする。

 

「…………もう一度聞く。ベルを、あの少女はどうした?」

 

 此方を馬鹿にするようなふざけたダンスを披露する少女にヴェルナーの問いかけの声に剣呑さが交じる。

 

「ふん、ノリが悪いなぁ。ご執心なこって、お熱いねぇ…………アイツは眠ってるよ、ここで」

 

 腰振り尻尾ダンスをやめた少女が自身の豊満な胸元を指差す。

 

「眠っている、だと? 彼女は無事なのか?」

 

「当ったり前よ、当たり前田のクラッキング講座だ。オレ様とアイツは同じ存在だからな。同じく肉体を共有する仲だ。傷付けば互いに傷付くし、死んだらオレ様も死んじまう。というワケでオレ様がピンチに華麗に登場ッッッ」

 

 右手を>とビシッとウィンクVサインし、ペロリンと舌を出して可愛くはにかみ、ポーズを決める。

 

「…………同じ存在? どういう───」

 

 その時、遙か後方の瓦礫を勢いよく破壊して跳ね除けバルファ・マータが現れた。

 

 ヒビ割れた顔の能面に殴打され穴が深々と空いている。

 

 轟々と吼え猛け嘶く。

 

 大気が怒りに満ち、霜の大地が激震する。

 

「おおっとぉ、(やっこ)さんヤル気満々だねぇ。おっさん危ないから離れてな。巻き込んじまうからよぉ」

 

 ベルという少女に酷似した少女が激昂するバルファ・マータに視線を移す。

 

「さあて、久しぶりのセボンなディネだ。ヤツの血をアペリチにして豪華な晩餐会と洒落込もうか、クククッ」

 

 唇から覗く歯牙を紅い舌先で舐め、凶々しくせせら嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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