恐怖の魅力に酔い得る者は強者のみ
シャルル・ボォドレエル
態勢を低く構えたモーションで吼えた後、自分の周囲広範囲に冷気を放つバルファ・マータ。
冷気を放った後、大氷槌を周囲に各箇所に時間差で発生させ、飛来する氷槌をハンニバルの似姿の少女ベル? がマータから見て正面から左へ、右へと発生する氷槌を軽やかなステップで躱す。
「ヨッ! ホッ! トォッ!」
活性時はスタン付与が追加される氷の塊りの連打の範囲外に離脱し、砕けた破片もしっかりとガードし被弾を防ぐ。
素早く回避して接近する敵対者に対してバルファがターゲットの足元に大氷槍を作り出し串刺しにしようとする。
プリティヴィー・マータのそれに比べると範囲がかなり広くなっている広範囲攻撃のため、狭い場所では狙われれば逃げられない。
「ハハッ! 愉しいネェッ! 戦いってのは、こうでなくちゃなッ! うらぁァアアッ!!」
地面の予報エフェクトの僅かな境界を察知し、ヴァリアントサイズで繰り出される氷槍を発生する側から破壊するベル。
バルファが前方に何個もの巨大な氷塊の機雷を作り出し発射。連続でスクリューしながらホーミングし飛ばす氷塊群を発射後に吠えて、爆破させる。
次々と誘発爆発し追ってくる氷の機雷弾に対し、すかさず紫紅の雷球を掌に幾つも創り出し撃ち込み相殺する。
煌びやかに粉霜の塵を撒き視界を防ぐ真っ白に染まる空間から大鎌を振り上げたベルが側面から跳躍しバルファに飛び掛かる。
「ヒャッハ〜〜〜〜ッッッ!!! 土手っ腹ガラ空きだッッッ!!!頂きだぜッッッ!!!」
側面からバルファの胴体へ鋭いヴァリアントサイズの刃が斬り降ろされる。
しかし、バルファが身を蹲らせ自身の身体に冷気の渦を纏わせ氷塊のシールドを発生させると、ただでさえ頑強な外皮に氷の防殻膜が覆い大鎌の一撃を弾き防いでしまい届かない。
少女の攻撃を防御したバルファが体を斜めに低く構えて垂直にジャンプ、着地と同時に周囲に冷却スタンプを叩き込み、エフェクトが広がり大氷槌を発生させる。
「はんッ! やっぱメチャクチャ硬ってえなぁッ!! オイッ! 懐かしのリザレクション+99ってかッッッ!!!」
ジャストガードし紙一重で防御する少女に肉薄し、氷結右フックを放つバルファ。出が速く高威力の鋭利な鉤爪を身を翻し避けると、さらに牙の噛みつきを前方に向かって繰り出す。
縦横往復に襲い掛り、その場からこちらに向かって飛び掛って着地地点に衝撃波を発生させ、再び別の場所から飛び掛かるバルファの立体起動攻撃。
「あらよッ! ほいさッ! そいやッ!」
迫る氷の女帝の連続攻撃に対してベルは遊角にステップ、ガード、バックジャンプし自在に回避し躱し続け、お返しとばかり斬撃と雷の応酬を連打する。
ホーミング氷弾で雷光を防ぎ突進してきて飛び掛るバルファが着地と同時に反転し距離を取り一瞬の間を置き、盛大に呼気を吸い込む。
同じく胸を張って上体を反らし息を大きく吸い込むベル。
女帝と少女の口から膨大な凄まじい吐息の奔流が放たれる。
白寒の冷気と赤熱する轟雷。
両者のブレスが衝突し、鳴動し、爆ぜ、大爆発を巻き起こす。
「くっ、なんて戦いなんだ…………自分が情けない…………身を隠すので精一杯だとは…………」
瓦礫の片隅でヴェルナーは身体を潜め、アラガミと少女の闘いをじっとして観ているしかない。
少女を手助けしてやりたいが、これほど熾烈な戦いに自分が介入する余地など微塵すらない。一進一退互いに譲らぬ互角の争い。決まれば致命の一撃が幾度も交錯する。
果たして決着が着くのは、大地に立っているのは、いずれか。
******
「はははっ!! 効いたぜ、今のはっ! 実に良いねッ! いいネッッ!! イイネェェエエッッッ!!!」
全身に凍り付いた霜をパキパキ払い退け、凍傷だらけの身体に口角を歪ませ心底愉快げに笑うベル。元来、笑うという行為は獣が狩りに於ける獲物を威嚇する本能的行為である。
「これなラ本気出しテも大丈夫そうだナぁっ! もっトもっとモッとォオ、オレとぉっ遊んデェえクれヨォオおおおおオオオオッッッ!!!」
少女の狂おしい叫びに呼応するように張ちきればかりの漲る暴力的な圧倒的パワーが肉体を奔り抜け埋め尽くす。
渇きを。
猛烈な渇きの欲求を満たすために。
押し留められていた怒濤の力の奔流が、華奢な歳若い美貌の少女の四肢に流れ込む。
手が、腕が、脚が、メキメキと膨らみ丸太のように肥大化し、褐色の艶やかな背中が盛り上がり逆鱗が形作られる。
口先が真横に破り開かれ牙が総列して長い鼻先と合わせ雄々しく伸び立つ双角が突出し、異形の生物に為り代わる。
膨大する全身を紫紅の結晶鱗が纏い、剣尖頑健な鎧と化す。
腰元から海底ケーブルの配管チューブのように太く長い尾を振るい、大地を強靭な脚爪先で踏み抉る。
蛮柄籠手の左腕に対する巨腕の右腕が盛り上がり鉤裂きの大鎌が形成される。それは、すべてを等しく薙ぎ狩る揺るぎなき断罪の刃。
黄金色に輝く右眼に対し、闇の亀裂が走る半面の左眼が紅く濃紫色の焔を煌々と燻らせ、轟々と業炎を仄めかす。
蒼黒の魔人竜。
そう呼称するに相応しい威姿。
ティラニ・ハンニバルと呼ばれる灰煉種アラガミに出で立ちや風貌は類似するも、醸し出す雰囲気や迫力は並の比ではない。
小柄だった可愛らしく愛らしかった少女が信じられない恐ろしい怪物に変貌する様は狂気としか言いようがない。
「………ベル、キミは本当に一体何者なんだ…………?」
『サアサアサアサアッッッ!!! オレ様トォオ、アイ"死"アオウゼェエエエェェエエエエエエエッッッ!!!』
ヴェルナーの呟きが魔竜の無慈悲な咆哮に掻き消される。
バルファ・マータがニンゲンのメスが己に匹敵するほどの巨大なアラガミと化したのに少なからず驚きつつも咆哮を上げる。雷のブレスを浴びて身体中が綻び大小の傷を負っている。
人竜一体化し組織細胞が組み変わった肉体をゴキゴキと鳴らし、最早人とは異なる進化を遂げた手脚の関節と筋を伸ばし動かす魔竜。
食ってやるぞ。ありったけ食ってやる。
オマエはオレの獲物だ。オレのモノだ。
オレにその肉を引き裂かせろ。骨をバラバラに砕かせろ。
苦痛に苛む、めいいっぱいの悲鳴を聞かせろッ!
そうしてから、コアを無理矢理生きたまま引き摺り出し目の前で貪ってやる。
オレの飽くなき捕食の渇きを満たすために、細胞の一片まですべて喰らい尽くす。
オレは吼えた。ヤツにこれから訪れる絶望的な運命という名の結末を知らしめるために。
ヤツも再び負けじとオレの吼え声に対抗し吼え返した。
ほう、面白えじゃねえか…………手負いの半端者風情が、オレ様とやろうってえのか? ふざけやがって。
どっちが狩人か、狩られる獲物か、思い知らせてやろうじゃねえかッ!
オレは何の躊躇も迷いもなく掻き毟るように右手を前に突き出した。
ドウゥッッッ!!!
鼓膜を打つ衝撃音。
大気を斬り裂く亜音速のスピードで瞬間的にヤツの真ん前に接近した。
狙いもなく手加減もないデタラメな手刀の一撃。
伸ばした鋭い剃刀状に揃う指先の鉤爪がヤツの薄気味悪い能面の鼻面から横薙ぎに突き刺さり、両方の眼ん玉とも深々と抉り削った。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!?』
ブチブチブチと肉を掻き千切り…………バキバキバキと硬い外皮を砕き折る…………この絶妙な感触…………イイねェェエエ…………堪らんネェええええッ!
違和感なく手に馴染む獲物を嬲る歯応えの恍惚感に酔いしれるオレ。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!! 〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!』
ヤツは前脚をブンブンとメチャクチャに振るい、フラフラ慌てて後退る。
オレがあまりにも速すぎて防御する暇も無かったらしい。
視界を奪われ塞がれヤツは怒りの唸りを上げ、周囲に冷気の渦を巻き氷の槍を幾つも作ると、周り中に一斉に発射した。
オレはそれを余裕綽々で軽く躱しながら再びヤツに手刀を叩きつける。
『〜〜〜〜ッ!? 〜〜〜〜ッ!!』
焦って氷槍を放つヤツ。それをひょいこらと躱してヤツを殴り、また放つ氷槍を避けて今度は蹴りを入れて転がす。そうやって何度も小突きながら徐々に追い詰めてやる。面白いようにヤツの今まで硬かった外骨格が削がれ、どんどんボロッボロッにみすぼらしくなっていく。氷のシールドも纏うが、ちょいと力を入れて突けばたちまち粉砕されちまう。
オレはそれが滑稽な道化師のダンスに見えて、思わず腹を抱えて大声で笑っちまった。
一度、笑い出すと止まらない。酔っ払いが千鳥足でアベコベに彷徨い歩く様にも見える不様なヤツの格好。戯ける間抜けなピエロに喉の奥から、くぐもったせせら嗤いが溢れ返る。
ヤツが態勢を低く構え力を溜める動作を始めた。
おっ? なんだ。なんかやるのか?
興味深そうに観察するオレに対してヤツは渾身の力をありったけ込めて超極低温の大冷気を全周囲に解き放った。
大地が空が大気さえも、真っ白に染まり凍り付き、すべての生命活動を停止させる絶対零度の大寒波が地上一面包み込む。
舞い散る霜の銀世界にただ一体、バルファ・マータのみが佇み────
『ンデ? イマノデ、オ終イカ? 他ニハアルノカ?』
バチバチと身体を紫紅に帯電させた魔竜がのっそりと何事もなかったように呑気に現れた。
まあ、ちょいと肌寒い程度だったな。こうやって身体を雷で暖めれば何の問題もない。ちなみにヴェルナーのオッサンにも雷のフィールド膜で冷気を防いでやった。巻き込まれたら死ぬからな。
『〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ』
バルファの唸り声が低く弱々しくなり、ヤツはオレに背を向けてヨロヨロとした足取りで蹴躓きながらその場から逃げ出した。
どうやらあれがヤツの精一杯の最期の抵抗だったらしい。
おいおい…………もう終わりかよ? これからが楽しくなるってのによぉ。こっちはようやく身体が温まってきたってのに…………
はあ〜〜〜〜ッ、なんかもう興醒めだな、こりゃ。………あんなヤツの腰抜けヤロウのコアなんていらねー。
オレの身体が急激に縮み、元の愛らしく可愛さ満点な超絶ナイスバデェな可憐美少女の肉体に戻る。(自画自賛笑)
それに馬鹿なヤツだ…………オマエはオレの獲物なんだぜ。オレから逃げられると思ってるのか? オメデタイねぇ。
呆れ顔のオレの冷めた視線状のヤツに華奢な左腕を差し向ける。
左腕が肩から異音を鳴らしメキャメキャ構成組織を変えて組み上がり、あっという間に巨大なレイガンの銃身にフォームチェンジする。
"煉真竜貫銃"
その凶弾に貫けぬものは無いと謳われる煉竜銃。オレ様の自慢の逸品。もちろんヴァリアントサイズの煉真竜征鎌、タワーシールドの煉真竜絶壁ともに+60の一式揃いだ。
コイツらはオレ様と苦楽を共にして、この『異世界』に転生特典として────
あれ? …………なんか、思い出そうとすると……モヤァとするんだが…………なんだっけかなぁ…………まあ、どうでもイイか。
さあて、オレ様のネオアームストロングサイクロンジェットネオアームストロング砲が火を噴くぜッッッ
蒼黒の禍々しいフォルムの砲身の先端が哀れに逃げ惑う離れた場所にいるアラガミに狙い定められる。
銃身から低いモーターエンジンのトルクが駆動する駆動音が鳴り、徐々に甲高く高まり、光の螺旋が収束し集まり
────弾けた。
一瞬、刹那の間、すべてが白く染まり上がり塗り込められ、音が一切大気から消え失せた。
暫くして視界からボヤけた白の幕が消えると、氷と霜の地表上にバルファ・マータの姿を何処にも見つけることは出来なかった。