神は支配するために存在することすら必要としない唯一の存在である。
シャルル・ボオドレエル
鳴り止まない銃弾の雨が激しく飛び交う。
武装した兵士たちが退廃とした教団施設内を駆け抜ける。
黒い外套を羽織り敵戦する狂信者らを貫き次々に屠り突き進む。
その集団を先頭に率いる顔に傷跡が刻まれたヘッドギアの厳つい男、ゴウ・バラン。
「各員、速やかに対象を処理しろ。敵は凡俗だが武器を多数所持している。決して油断するな」
素早く冷静に兵士たちに指示を送り指揮を取る。
「うわぁああああああああッッッ」
「ぎゃあああああああああッッッ」
施設内の奥から複数の叫び声が谺し、通路側から溢れんばかりのオウガテイルの群れが犇めき合いながら現れ、先行した兵士も敵も見境無く襲い掛かる。
「チッ…………やはりアラガミを飼っていたか……此処も奴ら『エキドナ』の手中か…………総員、配置に着けッッッ」
兵士たちが足並み揃い、一斉に銃器を構え撃ち放つ。
オウガテイルの群れが弾雨を浴びて斃れる。ただの銃弾ではない。特殊なオラクル細胞を含む対抗アラガミ弾だ。
「む? 待て、撃ち方止めッッッ」
ゴウが片手で制すと、兵士たちが銃撃を止める。
倒れ重なるオウガテイルに近付き様相を見やる。
「これは…………オウガテイルではない…………似ているが、違う。異なるアラガミだ。コイツらは…………」
斃れたオウガテイルのようなアラガミらが、ブクブクと泡となり溶けるように霧散し消えていく。
「…………何か、来る…………ッ」
逆手のショートソードを構え油断なく暗い通路の奥を睨み据えるゴウ。
黒い霧となり消失するオウガテイルのようなアラガミや人間の骸を踏み締め、しゃなりしゃなりとファッションショーのモデルのように腰をくねらせ優雅に歩いて来る何者か。
映画女優のような抜群のスタイルを模す曲線美を魅せつけ、両腕に生え揃う煌びやかな彩りの翼を拡げ羽根を舞い散らせる。
僅かに羽毛の衣が各所を申し訳程度に際どく纏い、髪なのか羽飾りなのか目隠れた顔からは表情が窺い知れない。
それは人面妖鳥。幻想神話に語られるハーピー、ハルピュイアそのもの。
美しい女性の半身に反してしなやかな両脚の脚先に剣刃の如き鋭い蹴爪が携わられている。
「…………イェン・ツィー…………ッ」
顔を顰めて、苦々しくアラガミの名を呟くゴウ。
妖艶な美女の姿をしたシユウ神属の感応種。 下僕であるオウガテイルに酷似したアラガミ、チョウワンを召喚する。 感応能力により周囲のアラガミの攻撃目標を一人に集中させる。
兵士と狂信者とアラガミが織り交ぜる死屍累々の中を毒婦の貴婦人が歩むと、まだ息があった兵士が這いずり逃げようとした。
その息も絶え絶えな瀕死の兵士をイェン・ツィーは造作もなく片手の羽腕に備わる巨大な鉤爪で鷲掴み、軽々と持ち上げた。
そして抵抗虚しく暴れる兵士を自身の顔まで掲げると、その妖艶な青い唇が耳元まで裂け広がり乱杭歯を覗かせ────
頭から半身を丸ごと喰らった。
「貴様────」
バリボリと肉と骨を咀嚼し全身を返り血で染め上げる人面妖鳥の異形のアラガミを睨み据えつつ逆手の神機に力を込め、ゴウはアクセルトリガーを発動する。
前菜の食事を終えたイェン・ツィーが次なるメインディナーのメニューを迎え入れるため、両翼を拡げ伸ばし甲高く高々と鳴いた。
蠱惑の妖婦の周囲から強力なオラクル偏食場が発生する。
忠実なる下僕チョウワンの大群が山と出現し、瞬く間に場を占領し埋め尽くし雪崩れかかった。
******
其処は研究所だろうか。
広大な区画に所狭しと様々な用途不明な機材が設置されて低い駆動音を立てて稼働している。
チューブやパイプなどが複雑に入り乱れ、それらは端々にある透明な円筒状の物体に繋がれていた。
ゴポッと透き通る巨大な容器に満たされた緑色の液体に気泡が泡立つ。
それは生き物、なのだろうか。何らかの幼体のようにも見えなくもない判別し難い"モノ"が液体に浸され、静かにユラユラと浮かんでいる。
そのような容器が等間隔で幾つも並んでおり、中に同じような奇妙な形の生命体が標本のように陳列されていた。
「…………やはり素体そのものは非常に脆い。オラクル細胞が不安定過ぎるのだ。そして培養育成に時間がかかる。しかし、それらを差し引いても余りある可能性がある能力値を示している」
白い軍服のサーコートを纏う壮年の男が並ぶ培養液ケースに浮かぶ生物を観察している。
「君の技術力は実に素晴らしい。我ら組織に正式に迎れるべきと判断するよ。犬飼フユヒコ博士」
「は、はははいっ! こ、光栄でありますっ! フェンリル崩壊後、台頭を現し瞬く間に企業を席巻した手腕、尊敬に値しますっ! 流石、人類生化学大企業『エキドナ』代表者、ギデオン・ヴォルフ氏っ! 貴方にこうして成果を認められた事を私は誇りに思いますっ!!」
背後に控えるメガネに白衣の痩せた男が、吃りながらも背筋を伸ばして敬礼する。
「フッ……何故、君ほどの優秀な科学者を周囲は認めないのか。甚だ疑問に思うな。ヒト型アラガミ研究第一人者であるというのに」
サーコートの男、ギデオンが犬飼を褒め囃す。
「あ、ああああありがとうございますうぅっ! 苦節20数年、アラガミ研究に捧げた我が人生…………それをグレイプニルの連中は私を認めようとせず、愚かにも何度も更迭する鬼畜の仕打ちっ! 口惜しい……っ! しかし、そんな私をこうして『エキドナ』は救ってくれた…………っ! おお……主よっ、感謝しますっ!!」
犬飼が涙を流し感極まり手を合わせ天を仰ぎ見る。
「…………それにしても『侵食融合オラクル細胞』か。既存のオラクル細胞を望むままに変異させアラガミを御する力…………見事な発想だよ。犬飼博士、君は紛れもない天才だ。歴史に名を刻まれるだろう。世界を救う稀代の英雄として」
培養ケースに浮かぶアラガミの幼体を感心して見やるギデオン。
「ははあっ! 身に余る光栄、お褒め頂き恐悦至極っ! 感謝感激でありますっ! しかしまだ完成したわけではありませんっ! 研究途中で訳の分からない狼藉者に研究データを盗まれ、完全では無いのですっ! まだ実験データが足りませんっ! 今暫くお待ち下さいっ! 必ずやご満足頂ける成果をっ!」
犬飼が身を正し、進言する。
「そうか。ならば待とうか。世界はアラガミによる支配から脱するべきだ。地球意思など害悪に過ぎない。人は人の手で星の支配権を取り戻すのだ。決してアラガミなどではない…………勝利するのは私たち人間だ」
ギデオンが緑色の液体に浸かり揺蕩う生き物を眺め語る。
「かの世界を変革に導いた救世フェンリルは最早、烏合の衆の寄せ集めだ。彼らではない。それを為すのは我ら『エキドナ』である」
冷徹な瞳ですべてを見定め、見透かすように。