切り刻め 切り刻め 太古の悪が呼んでいる
捧げるんだ お前の神に 血まみれの生贄を
魔女を吊るせ 魔女を吊るせ お前の隣に魔女がいる
串刺しにしろ 腹をかっ捌け 聖なる父の名の許に
骨まで沁みる冷たい冷気が漂う。
剥き出しの綻びたボロボロのコンクリート打ちの壁。
窓も無く薄暗く薄汚れた、かつて見慣れた景色。
そこは…………囚牢。
かつて己自身が囚われていた、絶望と諦観の檻。
オレは厚く積もった埃を踏み締め、目の前の錆び付いた鉄格子に歩み寄る。
この檻には憶えがある。
オレが昔、何処かのミナトに捕われてゴッドイーター、AGEとなった始まりと終わりの場所。
しかし、格子の向こうは真っ暗な闇がどんより降り、まったく見えない。
突然に鉄格子の向こう側の闇から勢いよく巨大な鉤爪が突き出され格子に叩き付けられた。
『…………モットコッチニ来イ…………忌々シイ檻ダ…………コレサエ無ケレバ、オマエヲ引キ裂キ喰ラエタモノヲ…………』
地の底から響くような声を発して鉄格子の奥、ドス黒い渦巻く暗闇に爛々と紫紅の篝火を眼に燈らせた異形の竜が顔をヌウゥンと覗かせる。
ジャラリ、ジャラリと何本もの太い鎖で身体を縛められた蒼黒の巨軀の魔竜が雁字搦めに繋がれていた。
知っている。
オレはコイツを知っている。
このバケモノは灰煉種アラガミ、ティラニ・ハンニバルだ。
『…………バケモノ、カ…………マルデ他人ゴトのヨウナ言いヨウダナ…………オレハ、オマエガ望ンダ"姿"ダトイウノニ…………鏡ヲ見タコトガ無イノカ…………?』
呆れたように鎖に繋がれたアラガミに言われ、オレは自身の手をふと見る。
褐色の華奢な腕。まるで女の子のように細い。
女の子?
次に目に入ったのは、自身の膨らんだ大きな胸元。
何だ、コレは?
なんでオレにこんなモノが…………?
身体を隈なく見渡す。括れた腰。肉付きのいい丸い尻。スラリとした脚。
オレは女だったのか? いや、男だったはずなのに…………
「そんなことも忘れちまったのか。あんだけ時間掛けて作った力作アバターだってのによ」
いつの間にか鉄格子の向こう側には竜型のアラガミの姿は無く、影が寄り合い形を結び姿を変えた。
それは鎖に繋がれた少女となり、皮肉げに此方を見てくる。
頭に角を生やし、両の手に鋭い獣のような爪を持ち、腰から長い尾先を伸ばす蒼黒い結晶体の鱗の異形の少女。
知っている。
オレはこの少女を知っている。
姿形、声も、よく知っている。
何故ならば、それはオレ自身だから。
「そうだ。オレはオマエだ。オマエが生まれた時からずっと一緒だった。眠る時も、飯を食う時も、獲物を狩る時も、オレはオマエとともにあったんだぜ」
人頭竜尾の少女が鎖に繋がれた腕をジャラリと鳴らしてニヤリと嗤う。
アラガミがヒトの姿形を為したような、それでいて少女の儚き可憐さ、女の妖しい魅力さを恐ろしくも美しく取り込んだ風貌。
それは、ヒトなのか、アラガミなのか。
「おいおい、物分かりの悪りぃヤロウだなぁ、まだ自分がヒトだと思ってんのか? よ〜く自分を見てみろよ」
異形の少女が顎をしゃくり促す。
オレは再び自身の手を見た。
剃刀のように鋭利な鉤爪の指先。
頭に触れると、そこからネジくれた尖った角先が。
身体中に蒼く黒光りする鱗が覆い、尻から長く蛇腹の尻尾が生えており、自分の意思で左右にユラユラと動く。
眼の前の格子の向かいに鎖で縛られた少女と同じ姿。
コレは…………アラガミ?
オレはアラガミだったのか? 違う、オレはニンゲンだ。ゴッドイーター、AGEだ。決してアラガミなんかじゃ…………待てよ、ゴッドイーター? それはゲームの中での話のはずだ。
そうだ、オレはゲームをしていた。
アラガミというバケモノを狩り、世紀末の世界を救うゲームを。
そこでオレは主人公のアバターを作成し────
「気が付いたら、あら、不思議。なーんでかゲームの世界に入り込んでたんだなぁ、コレが。しかも赤ん坊からのやり直しでな」
異形の少女が代弁するように話す。
そうだ。そこでオレはゴッドイーターの両親に育てられた。
オレも両親のように人機使いになってアラガミを倒して────
「だけどもギッチョン、ゲームの中のくせにやたら過酷だ。その日何とか食う暮らしは現代人にはハード過ぎんよ。戦争中かよ。まあ、ある意味アラガミとの戦争だかんな。んで、ある日親父もお袋もアラガミに喰われて死んじまった。オレたちも、あーもう終わり、ゲームオーバー、だと思ったら」
そう、オレは助けられた。ゴッドイーターに、AGEに。
そしてオレは何処かのミナトに連れられ、神機の適合資格を得てゴッドイーター、AGEとなった。
「まるでゲームの中みたいな展開だ。AGEにもなれた。コレで主人公として超強くなって、超活躍して、超無双して、超オレつえぇ〜〜〜! 出来るっ! と思ったんだよなぁ、だが、しかしッ」
待っていたのは地獄だった。
拘束され自由を制限されて、強制的にアラガミと戦闘させられた。
拾い集めた物資はすべて奪われて、傷を癒す薬も食事も碌に与えて貰えなかった。
そしてオレは女だった。
だからオレは看守の男どもに────
「あぁ〜、アレはキツかったよな。毎日毎日飽きもせずによ。アラガミブチコロがして戻ったら毎回即レイプだからな。なんの遠慮もなく突っ込んで腹ん中に汚ねえ汁さんざっぱら吐き出しやがって、どいつもこいつも。寝る暇も無かったわ。ありゃ孕まなかったのは偏食因子のおかげだわな」
まだ幼かったオレを殴り蹴り組み敷いて、嫌がる身体を押し倒し無理やり何度も…………他に連れて来られた女も同じ目に遭っていた。
最悪なのは他のAGEの男も強制参加させられたことも幾度もあった。余興なのか、看守の気紛れなのか、ご褒美のつもりか。
オレに謝りながらも夢中で腰を振って欲望の滾りを吐き出していた仲間の男たち。
月日が経つに伴れ、オレはもう諦めようかと何度も考えた。日々の陵辱に耐え切れず狂った仲間の女がアラガミに特攻して自殺したから、余計にオレは男どもの獣欲の捌け口にされた。
だけどもオレは耐えた。必死になって耐えた。身体も徹底的に鍛えた。逆に男どもに媚を売り待遇をより良いものにした。
看守たちもより洗練されて美しく逞しく成長したオレの身体に固執し、仲間のAGEの男たちからも贔屓された。
チャンスは必ず来る。
オレは思った。ペニーウォートのミナトでも無く主人公でも無い。だがオレは知っているから。
来たるべき時をひたすら待った。
「ああ、待ったよな。積極的にオスどもに擦り寄って、跨って、腰振って、悦ぶ演技しながら、仕方なく、随分と。気持ち悪りぃったらありゃしない。んで、ようやく────」
来た。
その時が。
灰嵐だ。
すべてを呑み込み灰塵と化す暴走する破壊の偏食場。
抗う術など皆無に等しい現象に喚き立つミナトの連中。
行為の真っ最中、ベッドの上でオレに乗しかかる看守長の豚男を縊り殺して拘束を解く鍵と武器を奪った。
そうして灰嵐が迫り、危機的状況に混乱する看守どもを片っ端から殺した。
「うんうん。アレは久々にスカッとした。ヤツらをひとり残らず逃さずブチコロしてやったからな。必死こいて這いつくばって命乞いまでしてきて、今思い出しても、ククッ……笑えたなぁ」
愛用の神機を確保するも、時間が無く最小限の物資しか持ち出せず、灰嵐から逃げるためミナトから脱出した。
灰域に逃れたオレはアラガミを狩りつつ過ごすが、大型灰域種とやむなく戦闘、負傷し瀕死となってしまう。
「あのウザいヤツ、しつこくオレたちを狙ってきやがって。しかも分身しやがる厄介なヤロウだったな」
薄れる意識の最中、オレは強くなりたいと思った。
何ものよりも強く有りたかった。人は弱く脆い。だったら人間よりも強靭な生物の方がいい。
壊れた神機を抱き締め、オレは願った────
「────そうだ。誰にも負けない、何ものにも決して屈しない超越無比な支配者に。ヒトよりもケモノよりも遥かに優れた最強の狩人に─────」
檻の中で鎖に繋がれた少女の瞳が妖しい輝きを宿し明滅する。
揺らめく闇。
錆び付いた鉄の格子の間から這い寄り溢れ出す。
声を聴いた。
嘆きを。
痛みを。
怒りを。
哀しみを。
苦しみを。
幾星霜の黎明を紡ぐ慈悲を。
幽玄の黄昏を綴る怨嗟を。
それは呼ぶ。
それは謳う。
それは叫び。母なる星の意志。
地球という実りある果実に巣食う害蟲"ヒト"を滅せ、よと。
────スベテヲ喰ライ尽クセ─────
オレは────
「オレたちは────」
アラガミになった────