終末世界の壊れた神機使い   作:真鳥

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21 奥底に眠るもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去は幻影としての刺激を保ちながら、

 

 その生命の光と動きを取り戻して現在となる。

 

 

 

 

 

 

シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ル…………ベル…………

 

 

 呼んでいる。

 

 乳白色に霞む霧の向こう岸から、誰かを呼ぶ声かする。

 

 …………ベル…………

 

 その名は、誰のものか。

 

 流れ過ぎる霞の中、けぶって消えては現れる人影。

 

 影の形はニンゲンの男。

 

 微睡う虚つの森の深い霧の中から呼びかける。

 

 …………ベル…………

 

 誰を呼んでいるのか。

 

 だが、その名を聴くと不思議と冷たい胸の内側がほんのり暖かくなる。

 

 何故だろう。心地よい。

 

 誰が呼んでいるのか。

 

 霧の向こうにいるその人物が手を差し出している。

 

 オレは呼びかけに導かれるまま、その手を─────

 

 

 

「…………ベル。目を覚ましたか?」

 

 

 重い目蓋を薄く開き、自身のすぐ真横で囁く声を耳にする。

 

 パチパチと焚き木の火の粉が緩やかに跳ね、朱くぼんやりと男の思慮深い顔立ちを静かに照らす。

 

 滲み汚れ所々ほつれたローブを被り、互いに身を寄せ合い蹲る男と少女が暖を取っている。

 

 朽ち果てた、かつて大きな街が在ったろう名残りの残骸と化した廃虚の片隅。

 

 夜明けまでまだ少し時間があり、辺りは薄暗い。

 

「…………うなされていたようだが、大丈夫か?」

 

 心配そうに眉間に十字傷のある男は胸元に身を預ける華奢な、しかし人の外観とあまりに異なる姿の少女を見つめる。

 

「…………大丈夫。心配してくれてありがとう、ヴェルナー」

 

 浅い眠りの夢向こうから戻った少女は、ヒトというよりも人類の天敵である驚異の生物、アラガミのそれに姿は近い。

 

 燈る焚き木の灯りが少女の紫赤の瞳に映る。

 

 朱く燃え燻る炎が揺らめくのを眺める。

 

 また、あの夢を観た。

 

 檻の中で囚われの異形の少女と対峙する同じ夢。

 

 何か話をしているのだが、いつも目覚めるとほとんどうろ覚えでしかない。

 

 懐かしい感慨、ずっと遠くに忘れていた久しさを感じる。

 

 それが夢を見るたびに段々とはっきり鮮明になってくるのだ。

 

 でも不安で仕方がない。

 

 いつかあの少女は檻の中から解放される。

 

 そうしたらどうなってしまうのだろうか。

 

 自分が自分でなくなってしまうような…………。

 

 時折り湧き上がる制御し難い、すべてを破壊してしまいたい荒ぶる感情。

 

 ありとあらゆるモノを捕食し、喰らい尽くしたくなる貪欲なまでの飢餓感。

 

 それらに身も心も完全に委ねてしまうかもしれない…………

 

 そんな気がしてならない。

 

 だからオレは暗澹たる感傷を紛らわすため、ヴェルナーの懐に潜り込み密着する。

 

 ヴェルナーは困ったように少し苦笑いしつつ、猫みたいに擦り寄るオレを引き寄せ優しく抱きしめてくれる。

 

 暖かい。

 

 こうすると、凄く安心する。

 

 ヴェルナーが側にいてくれる。

 

 それだけで自分は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の中の少女が身動ぎ、私に身を寄せて来る。

 

 腕を回し懐により抱き寄せると、先程苦しげだった表情は安堵と安らぎさを取り戻したようだ。

 

 また悪夢を垣間見たらしい。

 

 ベル、彼女はここ最近特に多く、魘されている。

 

 本人は、あまり夢の内容は憶えていないようだが。

 

 食事も吐いてしまうことが多い。恐らく人を食らってしまったことを察しているのかもしれない。だが、彼女の耐え忍び、訴えるような痛切な哀しみの眼差しが私の心を掻き立てて憚らない。

 

 そんな彼女を前にし、私は、己は、何を為すべきか。

 

 彼女の安らかな寝息、息遣いを肌に感じる。

 

 女神のような美しさと凛々しさ、それでいて子供のように無邪気で、年相応の女性らしさを併せ持つ。

 

 反面、痛々しくもあるアラガミのような禍々しい威姿。

 

 その矛盾が私を畏怖させるよりも先にまず当惑させ、焦燥感を募らせる。

 

 ベルの、彼女の不安定さを察する、彼女の中に眠る闇…………。

 

 それは以前に遭遇した金色のヴァジュラやバルファ・マータとの戦いにて現れた、()()()()()の彼女。

 

 圧倒的な力と比類なき理不尽さ、争い違い厄災を体現したかのような暴虐無人な少女。

 

 彼女が、もうひとりのベル…………。

 

 彼女たちが何故アラガミとして誕生したのか、彼女たちが何故アラガミにならなければいけなかったのか…………。

 

 何故、これほど過酷な運命を背負わざらならないのか。

 

 その意味する理由は、何なのか。

 

 そもそも私は彼女の何を知っているというのだ。そんな今の私には窺い知る術はわからない。

 

 それでも、この胸の中で抱く儚く朧げな少女を私は─────

 

 遠く瓦礫に埋もれた廃虚の地平線の彼方から暁の兆しが差した。

 

「…………夜明けか」

 

 私の言葉は、きっと一時(いっとき)の慰めにしかならないだろう。

 

 互いに身体を繋げたとしても同じ、うしろめたさだけに囚われてしまうだけだ。

 

 まるで大切な約束を破ってしまうような罪悪感に。

 

 私は微睡む彼女を抱いて、片方の五指を広げた掌を昂る太陽に差し出した。

 

 朱く染める陽の光。

 

 私たちはかつて存在したという、今もあるかは判らないが、フェンリルの研究所施設を目指し向かっている。

 

 何らかの解決の糸口になればいいのだが。

 

 

 

 視えない問いかけの答えを求めて…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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