終末世界の壊れた神機使い   作:真鳥

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22 不穏

 

 

 

 

 時は生命をくらい、

 

 この見えざる仇敵はわれらの心を蝕みて、

 

 とくとくと生血をすすり肥りはびこる。

 

 

 

 

 

 

             シャルル・ボォドレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダスティミラーの書斎室。

 

 隻眼白髪の青年が机上の書類を手に持ち、思案顔で眺める。

 

「大量のアラガミ素材の流れ…………買い取っているのはフェンリルの後釜と謳われる生化学企業…………」

 

 書類を机に置くアイン。

 

「…………エキドナ、か」

 

 調査報告書によれば、生化学企業の名通り、様々な医薬品、神機関連開発に従事している新進気鋭の民間会社だ。

 

 かつてのフェンリルの子会社として影を潜めていたが、フェンリルが崩壊したことにより日の目を浴びた。

 

 企業代表者のギデオン・ヴォルフ氏は、利益度外視で民間に貢献する人格者であり、AGEの雇用活用としてまだ若い者たちの斡旋、ゴッドイーターの待遇改善を全面的に支持している、という。

 

 だが、と、アインは訝しむ。

 

 あのオーディン計画を発案、推奨していたのは、エキドナだという噂もあるからだ。

 

 そして、この売買される大量のアラガミ素材の行方も気になる。

 

 何かしら引っかかるものが────

 

「アインさん、ミナト建設の視察の時間がもうすぐとなります」

 

 内線から事務担当員の声がかかる。

 

「ああ。そんな時間か。すぐ準備をする」

 

 アインは思考を切り替え、支度に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

「あんたら、あの険しい灰域を抜けてきたのかい? いやぁ、たいしたもんだな、流石AGEってわけかい」

 

 プレハブの建物が並ぶ人々が行き交うミナトの往来。

 

 ミナトといっても高い外壁が外周を囲むそれほど大きくない集落であり、まだまだ建設途中で作業員たちが忙しなく工事をしている。

 

「ああ。問題ない。それよりもここのミナトは最近作られたばかりなのか?」

 

 外套を頭まですっぽり被った旅人風の二人の人物と市場のフリーマーケットが設けられた場所で街人と会話している。

 

 街人は顔を隠す様に佇む二人を特に訝しむことなく明るい口調で話しかける。

 

 片方はいかつい男のゴッドイーター、後ろには少女だろう華奢な神機使いが控えている。

 

 このご時世、商売をやっていればスネに傷を持つ怪しい輩などごまんと見かける。いちいち詮索していはやってられないものだ。

 

 この神機使いたちも同じだろう。AGEならば、ことさら訳ありなのは理解出来る。

 

「前は小さなサテライト拠点の集まりだったんだが、最近ミナトになったんだ。そんなことより、あんたら神機使いならアラガミの素材たくさんあるんだろう? ウチが高く買い取るからどうだい?」

 

 商人の男が思考を切り替えて、さっさと商売の話に変える。

 

「…………そうだな。幾らか買ってもらうか。それと聞きたいんだが、ここ辺りに投棄されたフェンリルの施設があるらしいんだが…………」

 

「ああ、そんな話があるな。ここよりもずっと北に廃棄された昔の研究所があるとかなんとか。ただ、今はもうアラガミの巣になってるらしくて誰も近づけないようだなあ。しかも、アラガミだけじゃなくてゴッドイーターの『亡霊』まで出るらしいって噂だぜ。何だ、あんたら。そんなヤバイ所に行くつもりかい?」

 

「…………いや、手付かずの施設なら物資があると思っただけだ。なるほど、アラガミと亡霊の住処か…………おそらくはそこに何かしら手掛かりが…………ベル?」

 

 後ろにいる少女の反応に気付いたヴェルナーが見やる。

 

「…………ニンゲン…………いっぱい…………美味しそう…………」

 

 ギラギラした紅い淀んだ眼差しの瞳で市場の人間を舐めるように見ているベル。

 

 …………やはり人が多い場所はよくない。

 

 特に最近はアラガミの影響化が彼女に強く出てきている。

 

 早々にこのミナトから立ち去った方がいいだろう。

 

「…………また今度にしよう。急ぎの用が出来た…………行こう、ベル」

 

 そう言ってヴェルナーはヴェルを促し、市場から足早に立ち去る。

 

 背後から、冷やかしかよ、と愚痴る商人の声が聞こえてくる。

 

 周りの人間を避けるようにヴェルナーたちはミナトの外へと通じる外壁の門道へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

「こちら側の対アラガミ防壁は柔軟性さを増して防御力を高めてある。アラガミごとに働きかける汎用レトロオラクル細胞が防殻結束を強固にしているためだ」

 

 外壁の作業員たちに指示を出して説明している白髪の長髪の青年がいた。

 

 片目に傷を持つ隻眼、赤い片腕輪は第一世代の神機使いであることが判る。

 

「ダスティミラーの援助のおかげで、このミナトも益々栄えある拠点になりそうです。本当にありがとうございます、アインさん」

 

 このミナトの外壁工事の責任者であろう中年の男性が嬉しそうに礼を述べる。

 

「オレは特に何もしていない。この街の人々が自分たちの力でミナトを発展させている。ダスティミラーは少しだけ手を貸しただけだ」

 

 アインは頭を振り、これまでもう散々聴いてきた賛辞を受け流す。

 

「ん? …………何だ? この妙な気配は…………」

 

 アインがふと、胸のうちにザワつくナニカに気付き、街道に視線を移す。

 

 眼に映るは、往き交うごく普通の人々。

 

 アラガミ討伐の帰り、これから向かう神機使いたちも混ざっている珍しくもないありふれた光景。

 

 その人並みの中に気になる神機使い二人組を見定めた。

 

 両の腕輪、AGEだ。特に片側にいる少女と思わしき人物に。

 

 己れの中にいるもうひとりの自分が強く、とても強く騒ぎ反応する。

 

 それは警告するように心の内にさざめく。

 

「…………すまない。急用が出来た。説明した通りに作業を続けてくれ」

 

 アインはそう言い残し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫だろう。気分はどうだ? ベル」

 

「うぅ…………たくさんニンゲンの匂い、鼻がおかしくなりそう…………」

 

 ミナトの門外にある資材の影に身を潜める二人。

 

 鼻をムズムズさせるベルと周囲に人がいないことを確認するヴェルナー。

 

 なるべく必要な物資を調達したかったが、彼女の様子からあまり長居は出来ない。

 

 然るべき準備をして北にあるという施設跡に向かうべきだ。

 

 

「何が大丈夫なんだ? 具合が悪いならオレがみてやろう」

 

 

 その時、ヴェルナーたちの背後から声をかけてくる者があった。

 

「なっ……!?」

 

 慌てて振り返るヴェルナー。

 

 気配はしなかった。だがそこに佇んでいる何者か。

 

「オレの名はアイン。これでもオレは研究者の端くれなんでな。医者の真似事なら出来る」

 

 そう言った男。風貌は白のコートを羽織り、片目に傷がある隻眼に長い白髪を後ろに束ねている青年。

 

 赤いひとつ型の腕輪を嵌めていることから第一世代のゴッドイーターであろうことが判る。

 

 しかしながら、醸し出す雰囲気は常人の神機使いの比ではない。

 

 ヴェルナーは瞬時にこの男が何者か理解した。

 

 新進気鋭の強豪ミナト、ダスティミラーをその類稀なる手腕で束ねる若き代表。

 

 アイン。しかしその正体は、おそらく…………

 

 …………マズい。よりにもよってとんでもない大物と出会した。

 

 ヴェルナーはフードを深く被り、顔を見られないように伏せる。

 

 お互いに直接面識自体はないが、互いにある意味有名人。特に自分は顔が知れている。

 

「…………警戒せずとも、とは無理があるか。だが、お前の後ろにいる少女は大丈夫とは言えない様子だが?」

 

 アインの言葉にハッとなり、控える少女を見やる。

 

 虚ろな瞳で、ぼうっと左右にゆらゆら揺らぐ幽鬼のようなベル。

 

 先程までの容態とは、明らかに異なる。

 

 その様子に隻眼を細めるアイン。

 

「…………だいぶ濃く混ざっているな。アラガミとの境界線は優に超えているようだ。元には戻れる確率は低いだろう。いつ何時暴走するか知れない危険な状態だ」

 

「解っている…………彼女の意志が自身を抑えているのだ。だが、それももう長くはないのかもしれない…………」

 

 苦虫を嚙み潰したように苦悶の表情のヴェルナー。

 

「…………そうか。昔、その少女のようにアラガミと成り果てたひとりの男をオレは知っている。少なくとも完全なアラガミ化は最終的には防いだわけだが…………あれは奇跡としか言いようがないが…………」

 

「彼女はアラガミではない。────歴とした、人間だ」

 

 ヴェルナーが言葉を遮り、強く言い放つ。

 

「今のところ、は、だろ?」

 

 アインもヴェルナーの言葉に重ねて言う。

 

「まだ間に合う。オレが世話になっている船に少し、いや、だいぶ変わったヤツがいる。ソイツなら何とか出来るかもしれない」

 

 アインがこちらに手を差し出す。

 

「………………」

 

 ヴェルナーは考える。

 

 このまま、あるかわからない彼女を元に戻す方法を求めて廃棄施設に向かうか。

 

 それとも、この男、アインを信用して身を預けるか。

 

 時間は待ってはくれない。

 

 こうしている間にも刻一刻と彼女のアラガミ化が進んでいる。

 

「その話を詳しく────」

 

ヴェルナーが差し出された手を掴もうとした時────

 

「………アラガミが、いる………ヒトと交じった………危険な特別な、アラガミが………目の前に………狩らないと………カラ、ナ、イト」

 

 揺らいでいた少女の瞳が大きく見開き、血のように真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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