開け放たれた窓を外から見る者は、
閉ざされた窓を透かして見る者と決して同じほど多くのものを見ない。
赤い瞳を蘭々と光放つ異形の少女が纏っていた外套を脱ぎ捨て、露わになる外観。
美しかった顔半分はヒビ割れ、側頭部に捻れた角先、身体の半身至る箇所に鱗のように歪に覆う結晶、腰から蛇腹状の長い尻尾が揺らぐ。
その姿は明らかに尋常ではない風体。その華奢な右腕がメキメキと嫌な音を立てて変化する。
それは禍々しい色合い持った巨大なかつては彼女が使用していただろう神機だった大鎌と形を成した。
少女は大鎌、ヴァリアントサイズのなれ果てを大きく振りかぶり降ろす。
目の前の隻眼の白髪の青年目掛け─────
鋭く堅い金属音が響いた。
「神機を持ってきて正解だったな」
隻眼の白髪の青年、アインは羽のように真っ白な大剣イーブルワンを構えて振り抜かれた大鎌を防いでいた。
ギャリンギャリギャリギャリッッッ
武器と武器が噛み合い鍔迫り合い、金切る音が鳴る。
血のような赤瞳を見開き牙を剥き出し受け止められた大剣に、よりいっそう力を入れて大鎌を押し込む少女。
なんて力だ。並みの神機使いの比ではない。眉を顰めるアイン。
「やめるんだッ! べルッ!!戦ってはいけないッッッ!!!」
眉間に十字傷があるローブの男が必死に少女に訴えかけるが、聴こえていないのか、反応はない。
「ウガアアアアッッッアラガミッッッ倒スッッッ」
獣のような声を吼え上げ少女は大鎌を無理矢理に横薙ぎに払い抜き、大剣を弾き返し、再び斬り掛かってくる。
素早くアインは大剣の峰を返して襲いくる大鎌の刃に歯先を合わせ、迎え打ち、払い除ける。
神機の甲高い金属が幾つも反響し、打ち合う斬撃の応酬。
散らばるスクラップを無造作に破壊しながら迫る少女をアインは巧みに捌き攻撃を躱す。
少女が振り回す大鎌に電光が迸り、無数のスパークが弾ける。
野生の猛獣さながらの蛮乱な動き、だが、神機使いとしての洗練された戦闘スタイル。時折りフェイントを織り混ぜ、蠍のような鋭く尖った尾先で攻撃してくる。
アインの大剣に赤い閃光が宿り、刃と刃が重なり激しく火花を散らす。
払い、薙ぎ、打ち、少女の一挙手一動を冷静に伺い隙を逃さず対処する。アインは眼前の切り結ぶ少女を見定める。
手合わせして解る。このアラガミ化が進行した少女の力は侮れない。だとして力ずくで捩じ伏せるには、自分も本気を出さねばならない。そうなればお互いに無事では済まないのは明白だ。
一進一退の攻防に両者とも攻めあぐねている。ヴェルナーは歯噛みする。こんな事態になるとは思わなかった。自分が思っていた以上に彼女のアラガミ化が進んでいた。
前に戦ったプリティヴマータの変異種、あの時アラガミの人格が現れてからだ。彼女の内側のアラガミとしての本能の活性化が著しい。
何だ何だと異変に気付いた人々が周囲に集まり出す。遠巻きに、恐れながらも興味深けに様子を伺っている。
街の直ぐ側だ。ここで闘うのは危険すぎる。
防衛隊の神機使いたちも戸惑いを隠せない。ミナトの有力者であり融資者のアインが戦っているのをどうすればいいかと見守るしかない。
「た、大変だッ! アラガミの群れがッ!!」
突然始まったゴッドイーター同士の闘いに野次馬化していた一部の人々が叫んだ。
街の遠方から粉煙を撒いてアラガミの大群が押し寄せてくるのが見えた。
にわかにざわつき始める人々。
チッ、こんな時に。
レトロオラクル細胞を使用した対アラガミ防壁はまだこの街の外壁周囲に工事中であり、すべては行き渡っていない。
だが、アラガミの大群は街を逸れて過ぎ去っていく。まるで此方にはいっさい関心を示すことなく。
どういうことだ……?
ふと、手先の神機の重みが軽くなったのを感じ視線を戻すと、異形の少女は立ちすくみアラガミたちが去った方角をジッと見ている。
「呼んでル……」
「……何だと?」
誰ともなく呟いた少女の身体に雷のエネルギーが纏う。バリバリと放電を発生し、背中に翼を作り出す。
そして翼をはためかせ、少女は宙に飛び上がりアラガミたちが去った方角へと飛翔していった。
「べルッ!? 何処に行くんだッッッ!! 待てッ!おいッッッ!!!」
いきなりの少女の奇行にヴェルナーは戸惑いつつも外套を翻し、その姿を跳躍しダイブして追う。
後には破壊されたスクラップの残骸が転がりあるだけで、周囲の観衆は一連の流れにポカンとするしかなかった。
アインは大剣を肩に担ぎ、ふぅと息を吐く。
先程のアラガミの群れが向かった場所が気になっていた。
その後を追うように飛び去った少女も。
何か嫌な予感がする。
自身の中の荒ぶる神が囁きかける。
数ヶ月前に起きたヤマタノオロチ襲来に続き、謎のアラガミ軍団によるフェンリル、現在はグレイプニル本部の襲撃。それは正体不明の何者かたちによるものだったが、とある人物? の活躍により事なきを得ている。
そいつも大概に規格外だったが、あの少女も同等の力が有ると感じた。
「また面倒なことが起きそうだな……」
アインは少女と連れの男が去った灰色の空を隻眼を細め、眺めた。