わたしは狂気の翼に風を感じずにはいられない。
「くっくっくっ、ぞろぞろと集まってきたな。下等なアラガミどもめ」
白衣の痩せた顔色が悪いメガネの中年男がモニタールームにて画面を観ながら口端を不敵に曲げ、ニヤける。
「アラガミ大多数確認。四方より接近中。試験対象に接敵開始します」
「小型種、中型種、大型種、灰域種確認。試験対象から発せられた感応反応により誘導に成功」
数名の同じように白衣の者たちが忙しなくコンソールのキーボードを操作し作業する此処は何処かの研究施設か。
何台も映し出されたモニターの画面内。周囲から様々な種類のアラガミたちが何処かに向かって同じ方向に狂ったように走行を繰り返す。
そのアラガミたちが駆け向かう中心部に、一際巨大な、あまりにも巨大な人型らしき物体をした異質な何かが鎮座していた。
神話のケンタウロスさながら人間味ある上半身に全身から鋭く伸ばす棘の装甲を生やしたそれは複眼をギョロギョロ動かし、四足獣を彷彿とさせる下半身の大きな前脚を掲げて踏み出す。
それはアラガミと言っていいのか。もはやテレビや映画に出てくる大怪獣と遜色ない巨体を震わし凄まじい咆哮を雄叫び放った。
「くっくっくっ、今まで採取した人工アラガミの実験データをもとに私のオラクル技術を組み合わせ、鹵獲したメギドオーディンを改修、改造したアラガミ殲滅兵器『ダムドオーディン』。従来のAGEによる効率の悪い搭乗制限など排除した完全自走自律型。頭脳が違うのだよ頭脳が。バケモノにはバケモノ、アラガミにはアラガミ。バケモノ同士仲良く潰し合えばいい。なんて単純明快、なんてエコロジーで、天才的発想。嗚呼、嗚呼、やはり私は天才だ」
メガネの男、犬飼が意気揚々と早口で捲し立てる。
アラガミの大群が件のダムドオーディン目掛け取り囲むように集結し出す。
巨体をしならせ長い両腕を左右に広げるダムドオーディン。周囲の空間が歪み、黒い無数の槍の形を模した物体が円状に輪を描き幾つも周りに展開される。そしてそれらが自ら自由意志を持ったかのようにいっせいに高速でダムドオーディンを包囲するアラガミの大群に向かって射出された。
黒い槍の絨毯爆撃。尽きる事なく縦横無尽に立て続け降り注ぐ槍の雨霰にアラガミ大多数が全身余すとこなく串刺しの憂き目に遭い淘汰されていく。
小型中型大型問わず次々と貫かれ葬り去られる。
まさに一方的な蹂躙。
「はははははははっ! 見ろっ見ろっ!! まるでアラガミどもがゴミのようだッッッ!!!」
スタッフを押し退けて、モニターに齧り付き大興奮する犬飼。
だがまだ他のアラガミが後から後から現れ槍の攻撃を掻い潜り迫る。
「ふんっ! 無駄だ無駄無駄っ! 雑魚が何匹集まろうと私の開発したダムドオーディンの敵ではないッッッ!!!」
「ダムドオーディンのオラクルパターン変化」
「ダムドオーディン活性化確認」
モニターに映るダムドオーディンの複眼が妖しく輝きを帯びる。
自分の半身を掻き抱くように両腕を組み構えて背を丸く屈めると、全身から黒い波動が揺らぎ発生し、凶々しいオーラが身体を包み込む。
瞬間、凄まじいドス黒い衝撃の津波がダムドオーディンを中心にして解き放たれた。
そのあまりの衝撃にモニターの画像がノイズに乱れ途切れ途切れになり、映らなくなる。
しばらくのち、モニターが光り、画像が映り込み現場を映し出す。
ダムドオーディンが何事もなく巨体を佇まわせている。
その周囲にあれほど群れを成していたアラガミの大群の姿は見当たらず、影ひとつ無かった。
────────捕食されたのだ。
「素晴らしいッッッ!!! なんて破壊力だッッッ!!!」
犬飼が眼を血走らせ唾を飛ばしてコンソールを思いきり台パンする。
「……アラガミを大量捕食し、自身の活動エネルギーを維持し、更なる活性化活動行動を半永久的に実現する……これならば忌々しく蔓延る灰域、いや、領域そのものを微塵も残さず駆逐すら……」
そして考えこみブツブツと独り言を言い始める姿に周囲のスタッフが、またか、と迷惑がり呆れ返りつつ、作業に戻る。
「感応反応による第二波アラガミ群を感知……え……これは……ア、アラガミ反応の中にひとつだけ桁違いのオラクルパターンをキャッチッ! ダムドオーディンに接敵……速いッッッ」
スタッフが叫び全員がモニターを見上げる。犬飼も怪訝な顔付きで後に続き見上げる。
******
超超超速で飛翔するそれは渾沌。
強襲するそれは理不尽な暴虐の塊り。
巨軀の全身を蒼と黒の鋭利な結晶の外骨格の鎧で纏う。
飛来し振り上げた鉤爪を握り締め引き絞る拳が唸り、眼前の四足の巨大アラガミの顔面に深々と減り込み穿ち、殴り抜き放つ。
半身がくの字に折れ曲がり、後方に勢いよく頭を仰け反らすダムドオーディン。
その身の丈以上にバカでかい身体が大きな軋みを上げ、傾き、数歩後ろにタタラを踏んだ。
宙に迅雷の翼を生やした蒼黒の巨大な竜。
異形の鋭い牙が並んだ顎がゆっくり開かれ覗く。
『……テめェかァああ? オレ様を呼ンだノはァア』
轟々と燃え盛る紫炎を宿す恐ろしげな瞳。
ギラリと眼光が兇悪に照らされた。