そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、
世界のために、そなたを失いたくない。
真っ白な空間だった。
何もない。
ただただ広大な白い空白が横たわる。
「あぁ〜あ、あっけねーや。まさかこんな終わり方かよ。ゲームオーバーじゃん。つまんね〜」
聴こえる声の方に顔を向ける。
そこには上下逆さまに中空にフワフワ浮かぶ自分にそっくりの少女がいた。
「ゲームオーバー?」
オレは逆さまに浮くオレに瓜二つの女の子に問う。
「ああ、そうだよ。やられたぜ。もっと暴れたかったんだがなぁ。星の意志ってヤツを甘く考えてた。まさか、あのうすらでかいアラガミがキーになってたなんてなぁ」
キー? 何のことだ? 鍵って、意味だろ。それは。
「そうさ。鍵さ、見ろよ。奴さん暴れに暴れて見境なく何でも喰ってるぜ。あーなったら、そのうちそのまま何もかも全部食われちまう」
少女が指を鳴らすと、白い空間にモニターのような画像が揺らめいて現れて映し出される。
ダムドオーディン、だったものが黒い枝を無数に身体から生やし、あちこちに伸ばしてあらゆるモノを喰らっていた。
地面だったり、建物の残骸だったり、アラガミだったり。手当たり次第に物体をに喰い付き捕食を繰り返す。
「これは……終末捕食の前兆か?」
ぼんやりと霞む記憶から、ふとこれと見知った知識が脳内に呼び起こされた。
「お? 何だ、お前、前の世界の記憶が戻ったか。その通り、終末捕食ってヤツの前触れだな、これは。まあ、今となっちゃもうどーでもいいけどよー」
そう、終末捕食。特異点が星の意志により、世界物質をすべて無に還す恐るべき浄化手段。
既にこの世界では何度かその危機が訪れており、その都度、歴代のゴッドイーターたちに辛くも防がれていた。
……ゴッドイーター? そうだ。ゴッドイーターだ。そういうアクションゲームがずっと前、昔にあったんだ。前? 昔? いつの事だ?
……そもそも、オレはこの世界の人間じゃない。
オレは普通の人間で、普通の男で、日本人で、普通に働いていて、休日に普通にゲームをしていたんだ。
ゴッドイーター、というこの世界に酷似したゲームを。
「そうそう、そこまで覚えてるか。何でかゲームやってたら、こっち側の世界に来ちまったんだよな」
そうだ。オレはゲームのアバターと同じくこの異世界で生まれて、後々にゴッドイーター、AEGになった。
……そこからは、思い出したくないもない苦々しい記憶が脳裏によぎる。
だが、ずっと気になる事があった。
「おい、オレ。ここは本当に『あの』ゴッドイーターの世界なのか? それがどうしても引っかかってるんだ」
「ん〜、さあな。オレにもそれは分からん。ただ、この世界は限りなくシリーズの世界観に近い。単純に似た別の世界かもしれないし、もしかしたら本当かもしれない。世界を探せば、今までのシリーズのゲームのキャラクターたちに逢えるんじゃないか? ま、原作とは多少なり違うとこもあるかもな。あのおっさんみたいに」
オレに似てるヤツがモニターを指差す。
そこには肉塊に囚われた眉間に十字傷がある男が何かを必死に呼びかけていた。
「ベルッ! 目を覚ませッ! くっ、このままでは……っ、起きるんだっ! ベルッッッ!!!」
ヴェルナー・ガドリン。革命軍、赤の女王の元指導者。灰嵐自決によって命を落としたAGE。
ヴェルナーは生きていた。原作通りなら彼はすでに死んでいた筈だ。
「そうだな。アイツは自決後も、まだ生きていた。まだな。だいぶ弱っていたからほうって置いたらそのまま死んでただろう。でも、そうはならなかった」
……そうだ。ヴェルナーは死ななかった。
それは何故なら、オレと出会い、オレが助けたからだ。
「ああ、たまたま偶然みたいなもんだけど。あのおっさんを助けた。本来なら死ぬ筈だったんだろうがな。謂わばイレギュラーだ。ま、オレたちの存在自体がイレギュラーそのものなんだが」
それでオレは彼を助けた。自身のことすら忘れていたオレ。そしたらそんなオレにヴェルナーは"ベル"という名前をくれたんだ。
それから、オレは"ベル"としてヴェルナーと供に僅かな間だがともに生きてきた。
「ははっ、名前って、まるで犬か猫だな。おいおい、立場が逆だろ? 拾ってやったのはオレたちなのにさ。ま、しょうがないさ。あの時は記憶も、何かも、うろ覚えで曖昧だったからなぁ。自分の本当の名前さえ分からなかったんだ」
そう。オレの本当の名前。ゲームのアバターのキャラクターではない、この世界に来る前の本当の、現実として生きてきたオレの名前。
オレの本当の名前─────
─────オレの─────
「おい、見ろよ。まだヴェルナーのおっさん頑張ってるぜ。やれやれ、どうやっても、もう無駄なのに。すべて喰われてこの世界は、お終いだっての。まったく往生際が悪いぜ」
白簿の空間に移るモニターには、ヴェルナーが未だ肉塊に埋もれながら、必死にオレに向けて手を伸ばしていた。
「ベルッ! くそっ! 気を失っているのか……っ。もう一度、あのアラガミになれないか……っ? くっ、変身する制御の仕方が上手く分からない……っ! どうすれば……考えろ……考えるんだ……何か手がある筈だ……諦めるな、諦めるんじゃない……っ! 待っていろ、ベルッ! 直ぐに助けてやる……っ!」
なぜ、なんで、どうしてそこまでオレのことを……。
「もう、失いたくない……いや、もう失わせはしない……っ! 君が私に生きる意味を与えてくれたように……私も君に、生きる意味を、与えたいんだ……っ!!」
……ヴェルナー。
オレが、生きる、意味……。
「はははっ、おっさんめっちゃ必死こいてるw草生えるわwワロタw」
「……オレはさ、この世界が大好きなゴッドイーターの世界だって解ったとき、スゲー嬉しかったんだ」
オレの口から自然と言葉が出てくる。
「あん? 何だ? 突然」
「……ガキながら思ったさ。親父もお袋も神機使いで、アラガミを倒していてさ。村の皆んなに頼られててさ。めちゃくちゃカッコよかったんだ」
言葉が後から後から口を紡いで飛び出る。
「まさにヒーロー……オレもデカくなったら絶対に、神機使いに、ゴッドイーターに、なってやる、ってな」
「…………」
それをもうひとりのオレが黙って見つめる。
言葉は、止まらず、繰り出される。
「……だけどさ、現実ってのは上手くいかないもんだよな。村はアラガミに襲われて全滅。親父もお袋も喰われて死んだ。あ、オレも死ぬんだ、って冷静に思った」
「……だが、そうはならなかったろ?」
もうひとりのオレが相槌をする。
「……ああ。死ななかった。たまたま、巡回していたゴッドイーターたちに助けられたんだ」
唯一、生き残ったのはオレだけ。幸運?強運?たまたま運が良かった?
いいや、逆だ。最悪だ。
オレは、売られたんだ。
ゴッドイーターの素質が、適性があると。
AGEとして。
何処だか分からない小さな施設のミナト。思い知らされる。その牢獄の中で始まった絶望の日々。自分が考えていただけのゲームの世界観。そんなものは妄想の産物でしかなったことを。
「……大好きだったゲームのなりたかった職業になれた。ああ、なれたさ。毎日のようにゴミクズ拾いながら、毎日のようにアラガミと戦わされて……」
「……クソッタレな職場にようこそってな。死ぬ思いで、やっと手に入れた資源は看守どもに横取りされたっけなぁ」
「……嫌だったのに、ヤツら無理矢理、寝ているオレに跨ってきて……」
思い出すだけで、胸糞悪くなる。
ひとりが終わると、次の男が矢継ぎ早にぐったり横たわるオレの上にのしかかってきて……。
同期になった数少ないAGEの女の子も……。
オレは抵抗もままならず、ただひたすら弱々しく泣きながら許しを乞うしかなかった……。
「……ほんと、ニンゲンってのは、どいつもこいつも度し難いクソッタレな連中だな」
仲間はどんどん少なくなっていった。アラガミに喰われたやつ。病気になったヤツ。看守に逆らった見せしめで殺されたヤツ。別のミナトに売られたヤツ。
自分からアラガミに喰われにいって死んだヤツ……。
あの少女、最期は笑っていた。すべてを諦めていた。そんな顔だった。
「でもよ、オレたちは諦めなかったよな?」
ああ、オレは諦めなかった。チャンスを伺った。
だから、薄汚い男どもに進んで身体を差し出した。
少し待遇が良くなった。他の同期のAGEよりも良い食事や薬が貰えた。
身体も鍛えた。女で生まれた自分の身体が嫌で嫌で堪らなく嫌で仕方なかったが、男相手には役に立つことを知った。
「……そうして、耐えて耐えて……とうとう、チャンスが」
「その時が、やってきた」
灰嵐が来た。
そうして、オレは、逃げ出し、自由の身になった。
「……正直、こんな世界は無くなればいい、と何度も思ったさ。寧ろこの手でブチ壊したいまである。今も、それは変わらない」
オレは拳を強く握り締める。
そしてオレは、モニターに映るヴェルナーを見る。
運命に抗おうと、懸命に抵抗を続けるヴェルナー。
オレは、アンタが思ってるような大層な人間じゃない。アンタも過去に色々とあったのを知っている身として。まあ、オレは、もう既に人間ですら、ないんだが。
オレはとっくに穢れている。身も心も。人をたくさん殺した。人を喰らった。憶えている、あの金色のヴァジュラと戦った時、人間の子供をたらふく喰らったことを。
鮮明に憶えている。あの味を。あの馨しい血の濃厚な味を。柔らかな肉のフンワリとした食感を。思い出しただけで吐き気をもよおし、同時にまた喰らいたいと思ってしまう、どうしようもない衝動。
自分はもう駄目なのが理解出来る。この偏食はもう止まらないし、変えられない。
見境なく人を喰らうただのアラガミに成り下がるだろう。
滅び逝く世界にはお似合いのバケモノだ。
ただ……。
「おい、オレ。この終末捕食ってのは、誰が起こしてるだっけ?」
オレはもうひとりのオレに問う。
「ん? オレたちを食ったこのうすらデカいアラガミがだろう?」
「違う。そうじゃない。その根底だ。そう仕向けて
「ああ、そりゃ星の意志────、って、お前、まさか」
もうひとりのオレが察したように目を大きく見開いた。
「オレはさ、常々考えてたんだよ。アラガミってさ、何処の誰が創造したのか。こんなクソッタレな世界にしてくれた素敵なクソヤロウのことをさ」
オレはモニターのヴェルナーを見やる。
「……前にいた世界も大概クソだとあの時は、思っていたけど、それはオレが本気で生きてなかっただけなんだと思う。今は、こんなクソ溜めみたいな世界でも案外悪いもんじゃないって思えるんだよ」
「……お前」
「だから、久しぶりに本気出してみようと思うんだけど、付き合ってくれないか? 同じオレのよしみとして」
ニヤリと悪戯を思い付いた悪ガキみたいに笑うオレ。
「ふっ……ふふ、ははは、あはははははははははははッッッ」
そんなオレに対し、もうひとりのオレは腹を抱えて大いに笑い出した。
そして今まで逆さまだった身体をクルリンと元の姿勢にひっくり返し、オレの直ぐ目の前まで降りてくる。
「……正直、勝てる確率なんて有って無いようなもんだぜ。何せ、お相手さんは、オレたちの"産みの親"みたいなもんだからなぁ。それでもヤるかい?」
顔は笑っているが、眼は一才笑っていない。
「……ああ。ヤるさ。ヤってるさ」
「……そうか。んじゃあー行くか。この星の最たる中心部、"原初たる母"の揺籠まで」
そうもうひとりのオレが言った瞬間、白の空間が途端に眩く光りを放ち、暗転した。