終末世界の壊れた神機使い   作:真鳥

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7 留まる想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただひとたび、思いがせまって、

 

 眼をあげてあなたをみつめたのだが、

 

 その日からは、大空のもとに、

 

 あなたのほかのものをながめることはない。

 

 

 

 

 

 

                バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名前は、ヴェルナー。ヴェルナーだ。言ってごらん?」

 

「ゔ、ゔぇる……な?」

 

 水晶のベッドの上で胡座をかいて首を傾げる彼女に自らの名を教える。

 

「そうだ。もう一度、言ってごらん」

 

「ゔぇ、ゔぇ、る…………ゔぇる、ヴェルナ…………ヴェルナーッ!」

 

 少し大人びた凛とした可憐な声に喜色を浮かべて答える彼女。

 

「ヴェルナーッ!ヴェルナーッ!」

 

「そうだ。その通りだ。私はヴェルナーだ。良く出来たな」

 

 優しく頭を撫でる。

 

 紫銀の絹糸のようにサラサラした髪。

 

 そこから異様な長角が伸び生えている。

 

「…………ふふふ、くすぐたい、ヴェルナー」

 

 まるで猫や犬のように気持ち良さげに目を閉じて受け入れる。浅く照りを返す褐色の艶やかな肌に紫結晶の龍麟を纏い、長く太い尻尾をユラユラ揺らす人成らざる女の子。

 

 美しい。その一言に尽きる。健全な男なら彼女と(しとね)を共することを一度でも夢想してしまうかもしれない。恥ずかしくとも自分とて男だ。それぐらい魅力を持っている。

 

 しかし、歳相応な見た目とは裏腹に妖艶さと人外の姿を持つ彼女はアラガミだ。

 

 それも強力な危険種、ハンニバルの上位個体と推測される。

 

「…………君の名前はまだ聞いていなかった。何というのかな?」

 

 私が思うに彼女は人間だろう。元人間と言った方がいい。そしてゴッドイーター()()()

 

 彼女が使っていた腕と同化していた武器はまごう事なき神機だ。そのことから、彼女は元神機使いであったことが推測される。

 

 神機使いが何らかの理由でアラガミ化する。偏食因子投与不全、神機適合失敗、その他原因は多技に渡る。

 

 彼女がどういう経緯でアラガミ化に至ったかは、判らないが、未だ人の理性は多少なりとも残っていると思われる。

 

 故に私は生命を助けられたのかもしれない。でなければ、私はとっくの昔に捕食されていたかもしれない。

 

 私も以前に研究者時代に神機適合失敗者の例を見たことがあるが、そのどれもが肉体が耐え切れず絶命か、アラガミ変異化前に自壊してしまうかの二択だった。

 

 赤の女王の時には、ごく稀に適合失敗した者が完全なアラガミに至る前に介錯してやったことはあったが、ここまで変異した者を見た者は初めてだ。大抵はほとんどの場合"スサノオ"と呼ばれる危険なアラガミとなるのだが、彼女は異例だ。

 

 しかし、よりによってハンニバルか。

 

 由来はハンニバル・バルカ。 紀元前247年 - 紀元前183年、カルタゴの将軍であり、ハミルカル・バルカの長子。ローマ軍と長きに渡り争い、残虐で苛烈であり、包囲網戦術の先駆けを担ったという有名な実在した人物だ。

 

「名前? オレ…………名前…………名前…………」

 

 アラガミの少女はゆらゆらと身体を揺らして何処か虚空を見つめて呟く。

 

 記憶に障害があるのか、アラガミ化の影響か。自分の名前すら思い出せないようだ。

 

「…………名前…………名前…………オレ…………名前…………分からない…………名前、分からない…………」

 

 悲しげに俯く少女。

 

「無理に思い出さなくてもいい。大丈夫だ」

 

 姿形はアラガミとも人とも何方(どちら)とも取れる少女。今はまだ人としての理性の方が強く出ている。ただ、少し前に見た人竜状態の彼女からは、アラガミ本来の猛々しさと荒々しさ、凶暴な貪欲さが垣間見えていた。

 

 彼女は非常に不安定な状態にあるのだろう。天秤のように揺れて、人とアラガミの境界線が曖昧だ。一歩違えば本当に"荒ぶる神"として人類に牙を剥く可能性も考えられる。

 

 だとしたら私はどうする? 今、私の手元に神機がある。今の彼女は無防備だ。人竜形態ならいざ知らず、この隙だらけの状態なら容易く刈り取れるか。

 

 いっそ苦しませずに楽に─────

 

 …………何を馬鹿な…………私は彼女にとうに捨てた命を拾われたのだぞ? それを仇に()すのか? あり得ない。

 

 だとすれば、私に出来ることは彼女が完全なるアラガミにならないように人側に導くことだ。出来るかどうかは、未知数だがやれることはやろう。それが彼女に命を救われた私の役目だ。

 

 で、あれば名前はやはり必要か。名無しでは困る。

 

「…………ベル。君の名前はベルだ」

 

「ベル? 名前? オレ、名前?」

 

 ハンニバル・バルカには「バアルの恵み」や「慈悲深きバアル」、「バアルは我が主」を意味すると考えられ、バルカとは「雷光」という意味である。

 

 バアルとは、ウガリッド神話に登場する古き豊穣神、カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。そのバアルの別称がベル。元は男神だが、勇しく美しい彼女に相応しいのではなかろうか。

 

「…………ベル…………オレ、名前、ベル…………ベル…………」

 

 少女は何度も自分に刷り込むように名を呟く。

 

「私の名前のヴェルナーと君の名前のベル。似ているだろう? 覚えやすいと思うんだが、どうかな」

 

「ヴェルナー、一緒? ヴェルナー、ベル、似てる…………気にいたっ! ベルッ! オレ、名前ベルッ! 気にいたっ!!」

 

 少女が満面の朗らかな笑顔を描き、喜ぶ。

 

 よほど嬉しかったのか尻尾がグルングルンと凄い速さで廻っている。

 

「ヴェルナーっ! ありがとっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 アラガミ少女改め、ベルが勢いよくヴェルナーに飛び付き水晶台のベッドの上に押し倒してきた。

 

 驚く彼の頬に、大きく、滑らかで、柔らかい感触が押し付けられる。

 

 ベルの、彼女の胸だ。

 

 そして抱きしめられた。健気ながら荒々しい抱擁。なんて力をしているんだ。華奢な少女とは思えない凄まじい包容力。きめ細かい褐色のスベスベとした肌が吸い付き、呼吸器を圧迫してくる豊かな双丘。とても柔軟で、とてもいい匂いがする。

 

「むっ! ぐううぅっ!」

 

 息を吸うことさえ叶わない柔肌の責め苦に悶える。

 

 息が出来ない。なのに麻薬のように彼女の匂い立つ香りが思考を焼き尽くそうと麻痺させる。それは雲の上に乗ったような安らぎさえ覚えた。

 

 少しでも酸素を求めて捥がいていると、ようやく彼女は危うい死の抱擁からヴェルナーを解放した。

 

「…………ヴェルナー、名前、ありがと…………すごい嬉しかた…………お礼したい…………」

 

「べ、ベル? 何を…………」

 

 薄く開いた疑問を投げかける口に、柔らかく芳しい感触が押し付けられる。

 

 ベルの唇。

 

 その優しく甘い感触に一瞬、陶然としかかって…………えもいわれぬ恍惚と…………相反する違和感がヴェルナーの意識を急激に醒めさせた。

 

 そんな彼の歯の隙間から、やおら蠱惑的に蠢く小さな舌先が滑り込み、口腔をヌルリと一巡していく。

 

「〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

 身悶えし抵抗しようにも、彼女の押さえ付ける力にヴェルナーは振り解けない。

 

 口を何とか閉じて侵入を拒もうとすると、彼女の鋭い牙が唇を切り、赤い血が口元を流れ落ちる。

 

「…………ヴェルナーの、味する」

 

 艶然とした妖しい笑みを浮かべるベル。

 

 その彼女の唇にも、その口元から覗く赤い舌先にも、ヴェルナーの血の色に染まり濡れ光っていた。

 

 まるで色鮮やかな口紅を差した娼婦のように。

 

「ベル、君は…………」

 

「少し思い出した。─────オレ、知ってる。どういうことすると、男は気持ち良くなるか…………」

 

 慈しむような哀れむような達観したような眼差しでヴェルナーを覗き込みながら、ベルは下肢を腰の上に移動し、馬乗りの姿勢になる。

 

「…………いろんな男が、いつも怒ったり、殴ったりしてきたり…………オレのこと、いじめて、乗っかって、そうすると、とても気持ち良そうな顔して…………」

 

「…………ッッッ!!!」

 

 ヴェルナーの服の下から忍び込んだ指先と掌が、妖しく胸板から腹下へと這い進む。

 

 そんなことをしてオスの身体からどんな反応が返るのか、委細承知しているかのように。

 

 ベルトをカチャリと外す音が鳴る。

 

「…………やめ、ろ……」

 

 身体が熱く燃えるように火照る。にも関わらずに動かすことがままならない。

 

 そんなことは求めていない。決して許される行為ではない。

 

 (さわ)られる、おぞましいほどに過敏な感触にゾッとする。

 

 彼女の瞳は、すべてを諦め、絶望した虚ろな色を称えている。

 

 そんな瞳は嫌というほどに幾らでも見てきたではないか。

 

 だから自分はそんな眼をした者たちを救うべく赤の女王を設立したのではないか。

 

「私は…………君を…………君をそんな目に合わせた奴らと一緒になど…………ッッッ」

 

 それは自分への怒りと情けなさか、あるいは少女を理不尽に狂わせたすべてのものにか、震わす溢れる慟哭に麻痺していた身体が突き動く。

 

 否や、ヴェルナーは勢いよく上半身を起き上がらせ、覆い被さるベルの背中に手を回し抱き締めた。

 

 力強く、彼女の力にも負けじと、強く、強く、強く。

 

「…………あ…………」

 

「…………いいんだ。そんなことしなくて。もういいんだ…………」

 

 惚ける彼女を抱き締め続ける。

 

 彼女は首を傾げて不思議そうにキョトンとしながら、ヴェルナーの頭を撫でる。

 

 母親が子供をあやすように優しく。

 

 なんだ、これでは、立場が逆ではないか。

 

 ヴェルナーは苦笑いし、頭を撫でられながら彼女をずっと抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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