ARIA The CONVERSATION   作:辰巳しおん

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「先輩方、『たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える』という言葉をご存知ですか?
これは、昔のえらい人の遺した名言で、どんな状況でも、いま自分にできることを精一杯やっていこう、もしくは、未来の希望を育て続けよう、という意味だとか」
「やっぱり、わたし達が成長していくには、毎日一生懸命に頑張るしかないんだねー」
「リンゴに関する名言で、私が知っているのは『柿食えば、鐘が鳴るなり法隆寺』ね!」
「はい?」
「だって、柿を食べて、鐘が鳴ったら『リンゴーン、リンゴーン』って」
「藍華ちゃん、色々な誤解が……」



その 成長の重みを知る者は……(3)

リーンゴーン、リーンゴーン……

 

「えっ!? 今日なの!?」

 

「だから、しばらくは……」

 

「もーアンタは! 何でそんな重要な事を早く言わないのよ!」

 

「だから、今日は行けないかもって、電話でアリスちゃんに言ったんだけど……」

 

「…………えっ?」

 

___________________

 

「お待たせしました! 灯里先輩!」

 

「あ、アリスちゃん?」

 

「はいっ! どうされたんですか?」

 

「なんだかとっても嬉しそうだねー。何か素敵なことがあったのかなー?」

 

「そ、そうですか? いつもと変わらないと思いますよ? ふふっ!」

 

「やっぱり嬉しそうだよー。わたしまで嬉しくなっちゃうなー」

 

「私の事は良いのですが、何か御用ですか? 灯里先輩」

 

「そうだった。あの、今度の合同会議のことなんだけど……」

 

「ああ、その事だったのですか。大丈夫です! カレンダーにもバッチリ○印を書いてますから。でも、ちょっと力を入れすぎてしまって、下にも○が写ってしまいました。でっかいドジっ子さんです」

 

「それがその……用事があって、もしかしたらわたしが行けないかも、なんだけど……」

 

「……えっ?」

 

「だから、もしかしたら、途中参加か、欠席ということで……」

 

「…………」

 

「あれ? アリスちゃん、聞こえてる?」

 

「はい。聞こえています」

 

「だ、大丈夫? 声がとっても暗いよ?」

 

「そうですか。灯里先輩は、私達と会うのが嫌になったのですね……」

 

「えっ? そ、そんなことは無いよ?」

 

「いいえ、いつかはそういう時が来ると思ってましたので。藍華先輩とも相談して、またこちらからご連絡します。それでは」

 

「あ、あれ? アリスちゃん? おーい!」

 

_____________________

 

「その後も、電話の度に、ちゃんと説明しようと思ったんだけど、聞いてもらえなくて……」

 

「ほほーう? 後輩ちゃーん?」

 

「そ、そんな事情だなんて、知らなかったんです! いえ、あの……はい。すいません」

 

「謝る事なんてないよ。わたしがちょっぴり我慢すればいいんだし」

 

「しかし、今は3時半を過ぎた所です。仕立て屋さんは、今日は何時までやっているのですか?」

 

「ええっと、採寸の受付は、4時までだと思うけど……」

 

「じゃあ、今から行けば、まだ間に合うんじゃない?」

 

「ど、どうかな? 仕立て屋さん、リアルト橋を渡った、街の中にあるから、ここからだとちょっと遠いし、ゴンドラだと遠回りになっちゃうから……」

 

ポンッ

 

「灯里、行きなさい」

 

「えっ? でも、走って行かなきゃだし、もう無理かなーって」

 

「何を弱気なこと言ってるのよ! こういう時こそ、気合いとガッツで行くべきでしょうが!」

 

「そうですよ! まだ間に合うのであれば、行くべきです!」

 

「えーっ? でも……」

 

「「いいから行きなさい!」」

 

「はっ、はひっ!」

 

 

 

「いいわね? いつも通り、平常心で臨めば大丈夫! スタートさえしっかり決めればきっと勝てるわ!」

 

「灯里先輩! 絶対に負けられない戦いが、ここにあります! 何としてでも、勝利を飾りましょう!」

 

「あのー、わたしは一体、誰と何を勝負しているんでしょうか?」

 

「灯里の、その弱っちい心との勝負に決まってるでしょ!」

 

「時間とのでっかい勝負です! 『一刻を争う』とは、まさにこのことと言えましょう」

 

「うーん。わかったような、わからないような……」

 

「「いいから早く!」」

 

「はひっ! 水無灯里、行きますっ! はひはひはひはひ……」

 

「5時までは待ってるから! 寄り道しないで、すぐに戻ってくるのよーっ!」

 

「はひーっ、了解ですーっ……」

 

 

 

「……ふう、やっとスタートしたわね」

 

「はい。しかし、何度かコケそうになっていますが、都度キチンと体勢を立て直し、正面から向かって来る人々もかわして、前に空いたスペースにうまく抜け出しています。さすがは灯里先輩、フィジカルが強い」

 

「本当ね。前を歩いている集団も上手くさばいて、広場出口の曲がり角も、内側沿い一杯の経済コースを通って行ったわ。後は、リアルト橋の坂で足が止ったりしないで、後方から来る集団に飲み込まれずに、最後まで走りきれるといいんだけど……」

 

「大丈夫ですよ、必ずゴールできます」

 

「あら、やけに自信あるのね?」

 

「はい。こういう時の灯里先輩は、きっとやってくれる。私はそう信じてますから」

 

「それ、『きっとやらかす』の間違いじゃないの?」

 

「ふふふっ。そうかもしれませんね」

 

「そうだ。ただ待ってるだけじゃつまんないし、灯里が間に合うかどうか、予想で私と勝負しない? で、スペシャルアフタヌーンティーセット頼んでさ、負けた方がおごる、っていうのはどう?」

 

「いいですよ。その勝負、受けて立ちましょう」

 

「後で泣きごと言わないでよ?」

 

「その言葉、でっかいそのまま、お返しします」

 

「はいはい。じゃ、灯里が間に合うかどうか、せーので言うわよ」

 

「わかりました」

 

「「せーのっ!」」

 

______________________

 

「はひはひはひはひ……」

 

「おっ、来た来た! おかえりーっ」

 

「はひぃーっ。やっと…帰って…来れたぁー」

 

「お帰りなさい灯里先輩。まだ5時よりだいぶ前です。早かったですね」

 

「はひ、はひ、はひぃー……」

 

「それで、どうだった?」

 

「う、うん……。間に合った…ことは…間に合った…けど……」

 

「けど?」

 

「着いたら…まだ…3時…45分…ぐらいで…」

 

「はあ? だって、ここ出たの、3時半過ぎでしょ? まさか、途中でウッディさんのエアバイクに乗せてもらって、パンツ丸出しで行ったとかじゃないでしょうね?」

 

「そんなこと…してないよ? 途中も…寄り道…してないし…何人かに…声を…かけられたけど…立ち止まったり…してないし…」

 

「じゃあ、意外と近かったとか?」

 

「でも…採寸が終わって…お店を出た時は…4時半前…ぐらいだったから…行きも帰りも…20分以上は…かかっていると…思うんだけど…」

 

「うん? どゆこと?」

 

「うふふっ。これはきっと、灯里先輩が起こしたでっかいミラクルですね」

 

「みらくる?」

 

「あっ! 後輩ちゃん、その顔は、何か知ってるでしょ!」

 

「はい。先輩方は、このアクアでその名を馳せる、スーパードジっ子さんはご存知ですか?」

 

「え?」

 

「実は私、こう見えて、そのスーパードジっ子さんの、一番弟子だったんです」

 

「……ほへ?」

 

「ごめん。話が全く通じてないんだけど」

 

「灯里先輩がここを出られたのは、何時ですか?」

 

「はへっ? アリスちゃんが3時半過ぎって……」

 

「そうよ、アンタがそう言ったんじゃないの?」

 

「その少し前に、大鐘楼の鐘が鳴っていたのは、ご存知ですか?」

 

「ええ、鳴ったわよ? それが何か?」

 

「あーっ!」

 

「おや? 灯里先輩は気づかれたようですね」

 

「うーん? 一体、何なのよう!」

 

「かつて、地球(マンホーム)では、大鐘楼の鐘は普段、お昼の一回しか鳴りませんでした」

 

「そうね。だけど、鐘は全部で5つあって、それぞれの役割も違うから、ネオ・ヴェネチアでは、一日に1回ずつ、合計5回、元々の役割にちなんだ時間に、鐘を鳴らしているんでしょ? そんなの、観光案内の常識じゃ……あっ!」

 

「そうなんです。その中で、午後3時、つまり15時以降に鐘が鳴るのは2回。その、最初の時間はといいますと……」

 

「「「15時15分!」」」

 

「と、言うことで、私が午後3時30分に鐘が鳴ったと勘違いするという、大いなるドジっ子っぷりを発揮してしまった、ということです」

 

「そうか、そういう事だったのね! だからあんなに自信たっぷりに……」

 

「はへっ? 何のこと?」

 

「はい。二人で、灯里先輩が、間に合うかどうかを予想していたのです」

 

「えーっ? それと、これは何?」

 

「何って、スペシャルアフタヌーンティーセットよ。灯里が試食したのと一緒でしょ? 」

 

「そうじゃなくて、何で何も残ってないの? わたしの分は?」

 

「にゃーに言っちゃってんのよこのコは。灯里が美味しいって言うから、私達も食べてみただけよ。確かに、とぉっても、美味しかったわー」

 

「はい。灯里先輩のいう通り、でっかい美味しかったです」

 

「そ、そんなあ……」

 

「それだけではありません。この、スペシャルアフタヌーンティーセットのお代を、先程の予想が外れた方が負担する、という話になっていたのですが……」

 

「ほへ? それは、どうなったの?」

 

「にゃんと! 二人とも、『灯里が間に合う』って予想だったのよこれが!」

 

「えっ? それって……」

 

「はい。二人とも予想が当たったので、御自身が間に合わないと予想していた、灯里先輩の負けと言うことになりまして」

 

「えーっ? じゃあ、わたしが払うのー?」

 

「ふふーん! そうよ! って、言いたいところだけど、灯里が可哀想だって事になったから、二人で割り勘することにしたわ」

 

「は、はひぃー……」

 

「安心した所ですみませんが、お話はそれだけではないのですよ、灯里先輩」

 

「えーっ? まだ何かあるのーっ?」

 

「モチロンよー」

 

「そろそろ分かりますよ」

 

「ほへ?」

 

リーン、ゴーン、リーン、ゴーン、リーン、ゴーン……

 

「あっ、5時だ。最後の大鐘楼の鐘だね」

 

「お待たせ致しました」

 

「えっ?」

 

「アップルソーダフロートでございます」

 

「えーっ? 素敵だけど、わたし、頼んでないよー?」

 

「はい、私達が頼みました」

 

「どうしてーっ?」

 

「ご褒美よ、ごほうび」

 

「はい。二人とも灯里先輩が間に合うと予想していましたので、灯里先輩が戻って来るであろう5時に出してもらうように、注文しておきました」

 

「ま、しばらくしたら、新しい制服も来るんだし、今日は沢山汗もかいたから、それぐらいは大丈夫でしょ?」

 

「あ、あの……」

 

「どしたの?」

 

「じ、実は、その事なんだけど……仕立て屋さんに行ったら……」

 

____________________

 

「アーッハッハッハッハ!」

 

「そ、そこまで笑わなくても……」

 

「いやー、ごめんごめん。でも、お店に入って来た時の灯里ちゃんのカオ! あの時のアリシアちゃんにそっくりだったんだもん! もう……クックックッ、可笑しくって!」

 

「ア、アリシアさんが?」

 

「そう、あなたと同じよ。息を切らせて、お店に飛び込んで来たから、一体何があったのかと思ったら、恥ずかしそうに『制服の採寸を……』って言うんだもの。しかも、聞いたら何と、サン・マルコ広場から、走って来たって言うじゃない? もう同じも同じ。同じ過ぎて、おばさん、やんなっちゃうわ!」

 

「す、すみません……」

 

「あら、謝る事なんてないのよ? きっと、アリシアちゃんの時と同じで、アリア社長が、体重計にしれっと前足を乗っけたのよ。ARIAカンパニーを引き継いだ人だけが受ける、祝福のイタズラね」

 

「祝福の、イタズラ?」

 

「そう。今の制服は、灯里ちゃんが半人前(シングル)の時から着ているのものでしょ? 一人前(プリマ)になって、一人で毎日忙しいから、新しい制服を頼むような気持ちの余裕もない。だから、心身共に成長して、立派になった灯里ちゃんに、新しい制服を仕立ててあげなきゃって言う、アリア社長の親心みたいなものよ」

 

「はへー。そうなんですか。それにしては、ちょっぴりやり過ぎかなーって、思いますけど……」

 

「でも、それぐらいインパクトのある事がないと、灯里ちゃんも、すぐに制服を新調しなきゃって、思わないんじゃない? キツくなりすぎて、お仕事中に破れちゃったりしたら、それこそ恥ずかしいわよ?」

 

「それは、確かにそうですけど……」

 

「ま、あり得ない重さじゃないし、焦るのも分かるけどね。とにかく、超特急で作ってあげるから、もしアリア社長のイタズラでも、許してあげてね」

 

「は、はひ……」

 

______________________

 

「と、言うわけで、体型は、ほとんど変わってなかったんです。多分体重も……」

 

「じゃあ、制服が少しキツくなったって言うのは、体重が増えたんじゃなくて……」

 

「身長が少し伸びてたし、腕とかは、少し筋肉がついたせいかも、だって」

 

「つまり私達は、アリア社長にでっかい振り回されていた、という事ですね」

 

「そこがちょっと癪だけど、アリア社長の思惑どーり、制服も新調できて、良かったんじゃない?」

 

「うん……」

 

「どうしました? 灯里先輩」

 

「わたし、お仕事はちゃんと頑張っていたつもりだったけど、周りがよく見えてないせいで、まだまだいろんな人に心配かけちゃっているのかなーって」

 

「そりゃ当たり前よ。今のARIAカンパニーには、灯里しかいないんだもの。周りが良く見えちゃう方がおかしいわよ。むしろ、そんな灯里をみんなが気にしてくれてるって事を、有難いと思わなきゃ」

 

「灯里先輩だけではなく、私達みんながそうですよ。心配というより、でっかい応援です。その応援に応えるべく、日々頑張らなくてはですね」

 

「うん、そうだね。わたしも、もっともっと、頑張らなきゃ!」

 

「そうよ! みんな、まだまだ成長途上なんだから、一緒に頑張りましょう!」

 

「「おーっ!」」

 

「という訳で、今日の会議はおしまい! さあ灯里、それを飲んだら、帰りましょ! 私だって、まだまだ仕事が一杯残ってるんだからね!」

 

「ほほう? これから、書類を涙で濡らしながら残業を?」

 

「泣かないから! もう、灯里も笑ってないで、早く飲みなさい!」

 

「はひ! それでは、いただきまーす!」




そんな訳で、最初は気持ちが重たかった私ですが、そんな気持ちは、軽くなって、どこかへ飛んで行ってしまいました。
それから、今日新しい制服が届いたので、早速着てみたのですが、何だか、私が初めてARIAカンパニーの制服を着た時のような、ワクワクする魔法をかけられたような、不思議な気分がしました。
初心にかえって、今日からまた新たなスタートです。
いたずらっ子さんのアリア社長も、何だかとっても嬉しそう。

灯里さん
いろいろと大変だったね! もし、私がアリア社長にそんなイタズラをされたら、きっと怒って追いかけ回しちゃうかもしれないなあ。
でも、ARIAカンパニーの制服って、オーダーメイドなんだね。とっても素敵な制服だから、私も大きくなったら、いつかまた着てみたいんだけどなあ……。
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