「もー、後輩ちゃんったら。そんなに気を張ったって、疲れるだけじゃないの? 鼻歌でも歌いながら、気楽に行きましょうよ」
「♪ふふふん ふふふん ふふふんふんふ~ん」
「ねーちょっと後輩ちゃん。鼻歌なのに、無駄にクオリティ高過ぎじゃない? そんなんじゃ、灯里が歌いづらくなるじゃないのよー」
「な、何でわたしが……」
「あら、ごめんなさいね~」
「えっ?
「藍華ちゃん……何を心配しているの?」
♪Tra voi saprò dividere il tempo mio giocondo;
/あなた方となら、私の愉快な時間を分かち合うことができるでしょう。
Tutto è follia nel mondo ciò che non è piacer.
/この世のすべては狂気なのです、喜びでないものは。
Godiam, fugace e rapido è il gaudio dell'amore;
/楽しみましょう、愛の喜歓は束の間で、そして一瞬なのです、
È un fior che nasce e muore,né più si può goder.
/それは生まれては枯れる一輪の花で、もう楽しむことができないのです。
Godiam c'invita un fervido accento lusinghier.
/楽しみましょう、燃えるような喜ばしい言葉が私たちを招くのです。
「はー……」
「……あら? アリスちゃん、いらっしゃい。どうしたの?」
「あっ……はい。アテナ先輩が、こちらで、今度の特別公演の自主練習をされていると、聞いたもので……」
「そうだったの~。じゃあ、練習はそろそろ終わりにして、一緒にお茶でも……」
「ダメです」
「え~っ? どうして~?」
「アテナ先輩が、こんなにも練習に打ち込まれていたとはつゆ知らず、軽い気持ちでひょっこり来てしまった自分は、でっかいダメダメです。私は帰りますので、どうぞ練習を続けて下さい」
「でも、本当にそろそろ終わりにしようと……」
「いいえ、私の事は、もういいですから」
「あっ、アリスちゃん! ちょっと待っ……あっ!」
「えっ? アテナ先ぱ……」
バッターンッ!!!
「…………」
「……アテナ先輩!? アテナ先輩!? しっかりしてください!」
「う、う~ん………」
「き、気が付かれましたか? 大丈夫ですか?」
「……あら? ここは……どこ?」
「ええっ!? これは、ま、まさか……」
「私は……誰? あなたは……どちら様で?」
「…………はい、ここはフェニーチェ劇場。あなたの名前はアリア・ポコテンといって、ARIAカンパニーという水先案内店の社長をされています。そして私は、ただの通りすがりのウンディーネ。名乗る程の者ではありませんが、人は皆、私のような者を『アナータ・モブキャラーネ』と呼んでいます。ひとまず
「あっ!? アリスちゃ~ん! 行かないで~っ!」
「ご、ごめんなさいね、アリスちゃん。怒って……ないわけ無いわよね?」
「いいえ、全然怒っていません。アテナ先輩の後輩ですから、あのくらい、でっかい想定内です」
「そう、良かった~」
「良くは無いのですが、今日は折り入って、お聞きしたいことがありまして……」
「えっ? なあに?」
「はい、それが……」
「……そう、アリシアちゃん、そんな事をしたんだ」
「はい。私も、灯里先輩が描いた、当時のイメージ…ふふっ…イ、イメージ図を見ただけなので、まだ、詳しい状況はわからないのですが……」
「そうねえ。きっと、アリシアちゃんはその時、魔法を使ったのね」
「……は? あの、魔法ですか?」
「うん、魔法。びっくりした?」
「びっくりするな、という方がでっかい難しいです」
「そう? ああ見えて、アリシアちゃん、魔法を使うのがとっても上手なのよ? アリスちゃんは、アリシアちゃんが魔法を使うところ、見たことな~い?」
「えっ? ええっと……何と言いましょうか。そう言われてみると、魔法を使ったとしか考えられないような、神出鬼没っぷりを発揮されていた事が、あったような……」
「でも、今のお話だと、灯里ちゃんが、アリシアちゃんと、同じ魔法を使いたいって事なのよね?」
「はい。しかし、あのモチモチポンポンのアリア社長を、オールで持ち上げる事自体が難しく、ご自身では皆目見当がつかないと。アリシアさんにも確認はされるそうですが、私や藍華先輩にも調べて欲しいと……」
「そうなんだ……」
「ただ、アテナ先輩の言うように、それが魔法だと言うのなら、到底、灯里先輩の成功は望めません。そうなのであれば、灯里先輩には、今の時点で、諦めてもらった方が良いのでしょうか?」
「……ねえ、アリスちゃん」
「はい」
「さっきの歌って、何だか知ってる?」
「はい、『乾杯の歌』ですね。ヴェルディのオペラ『椿姫』の、第一幕で登場する劇中歌です。この『椿姫』は、西暦(地球歴)1853年に、ヴェネチアのフェニーチェ劇場で初演が行われ、世界中にあるオペラ劇場でも、最も上演回数が多い作品の一つに数えられています」
「すごいわ。観光案内だけじゃなくて、歌やオペラの紹介まで完璧なのね」
「ありがとうございます。しかし、それが何か?」
「この『椿姫』はね、『初演が大失敗に終わった』っていうことでも有名なの。でも、上演を何度も重ねる度に人気が出てきて、やがて、世界中で上演される、とっても有名なオペラになったそうよ」
「はあ……失敗、ですか」
「もし、ヴェルディ自身が、このオペラの成功を信じず、失敗を恐れて、初演だけで諦めてしまっていたら、きっとこの歌も、こんなにも歌われることはなかったでしょうね」
「ん? それは、そうですが……」
「それとね。この歌は、他の歌手の人達と、みんなで歌う事になっているの。それは、ここの劇場の方が『慣れない衣装、慣れない場所で、最初はどうしても緊張するでしょうから、始めに、この陽気で楽しい歌をみんなで歌いましょう』って、言ってくれたからなの」
「えっ? アテナ先輩でも緊張することがあるのですか?」
「そうね。一人だったら、少し不安もあったわ。でも、自分だけじゃない。この公演を、何とか成功をさせたいって、みんなが思ってくれてるんだって思ったら、そんな不安も、すっかり忘れちゃった」
「はっ!? そうでした。私も、もし周りの誰かが、何かを成功させたいと強く願うなら、一緒になって成功させてあげたい。そうですよね?」
「うふふっ。それは素敵なことですね、アリスちゃん」
「しかし、魔法とは……。せめて、アリシアさんのオール捌きに関して、何かヒントになるようなものでもあればいいのですが……」
「う~ん。あ、ヒントになるかは、わからないけど……」
「何か、思い当たるものがあるのですか?」
「私がまだ
「替え歌!? それは、どのような替え歌なのですか?」
「えっ? え~っと……う~んと……」
「アテナ先輩! でっかい思い出して下さい!」
「そ、そんな怖い顔で迫られても……。ああ、思い出したわ。じゃあ、ちょっと歌ってみるわね」
「はい! よろしくお願いします!」
______________________
「……と、いう事で、私はアテナ先輩から、その替え歌を聴く事ができました。私からの報告は以上です」
「「えーっ!? そこで終わり!?」」
「はい。これ以上の報告をしたら、私が、その『コッコロ』の替え歌を、歌う流れになってしまう気が……」
「何ふざけたこと言ってるのよ! さっき訳のわかんない替え歌は歌ったクセに、どうしてこっちは歌わないのよ!」
「アリシアさんの替え歌、私も知りたーい!」
「いや、しかし、周りに人もいますし……」
「ふぬ~っ! 後輩ちゃ~ん! 教えなさぁ~い!」
「アリスちゃ~ん。おねえさん達にも、その替え歌、教えて欲しいなあ~……」
「ギラギラとキラキラの圧で、でっかいめまいがしそうです……。仕方がないですね……一回だけですよ?」
「やった!」
「わくわくするねえ……」
「コホン、では……」
♪ボールの 下に オールを 入れて
面に ぴったり ヘリには 当てない
オールの 角度は 岸に 向かって
ほんの 少し 斜めに 向けて
後は ひと呼吸
そっと ゆっくり
すくい 持ちあげて
最後 笑顔で返そう
「「…………」」
「どっ、どうでしょう?」
「うん……。とっても素敵だったよ、アリスちゃん」
「うりゅりゅりゅりゅ……。いい替え歌ねえ……」
「な、泣く程ですかね……。ま、さすがは通り名が〈泣き虫セレナーデ〉だけのことは……」
「だからそれは違うっつってんでしょうが!」
「あ、藍華ちゃん、周りにも人がいるんだから、落ち着いて……」
「あっ? ああ、ごめんね灯里。私としたことが、つい熱くなっちゃったわ」
「……はっ!? 何で灯里先輩には、さりげなく自分の非を認めて、それで終わりなのですか!?」
「はいそこ! 理不尽発言、禁止!」
「むむむ……」
「まあまあ、ふたりとも……」
「でも、確かに歌は素敵だけど、後輩ちゃんは、この替え歌から何か掴めたワケ?」
「はい、要はこれと、ほぼ正反対の事をすればいいと思いまして」
「正反対?」
「はい。この歌は『水路に落ちたボールは、無理に打ち返そうとせず、ゆっくり優しくすくい上げて、笑顔で返しましょう』という、超ドジっ子ウンディーネである、アテナさん向けの対処法なのです」
「ふんふん、それで?」
「今回はその反対、つまり、ゆっくりすくい上げるのではなく、オールに強い遠心力を加えて打ち上げる。例えば、少し浮かせた状態のサッカーボールを、足を振り抜き、真上に思い切り蹴り上げるような動作が必要なのではと」
「ほへー……」
「更に、オールのブレードの、ヘリの角張った部分と、シャフト部分の間にピンポイントで当てる。つまり、力が加わる部分を、面ではなく、点にして、伝わる力が最大限になるようにすればよいのかと」
「うーん、何だか難しいですー……」
「あー、それってさー。ここにある、角砂糖とスプーンに置き換えると、替え歌の方は、角砂糖を下からスプーンでゆっくりすくい上げる。で、アリシアさんスペシャルの方は、スプーンを90度回転させて、スプーンのヘリと柄の部分で、角砂糖を下からコーンって打ち上げる、みたいな?」
「そうです。また、恐らくですが、水面が凪の状態ではなかったと思われます。アリシアさんは、波の影響で、アリア社長が少し浮き上がった一瞬を見逃さず、スナイパーのように、ピンポイントの場所と角度、そして最大限の力で、オールを操ったのだと推測されます」
「確かにあの時、近くで飛行船が着水した時だったわ。でも、実際見といて何だけど、そんなこと、本当に出来るの? 角砂糖とスプーンでも、かなり難しいわよ?」
「だから、『魔法が宿っている』と言えるぐらいに、使い慣れたオールで、かつ、魔法使いのような、熟練した操舵という術がないと出来ない、という事です」
「それじゃあやっぱり、わたしには無理なのかなあ……」
「はい、無理ですね」
「ぬなっ!?」
「同じ事を、灯里先輩一人でなら……ですが」
「うん? それはどういう意味?」
「この三人でなら、水に浮かぶアリア社長を、垂直に跳ね上げる、という事は恐らく可能かと」
「「出来るの!?」」
「やり方については、私に考えがあります。ただ問題は、三人での相当な練習、というか、特訓が必要な事です。果たして、今の私達に、その時間が確保できるかどうか……」
「そ、それは……。ただでさえお仕事忙しいのに、わたしの為に特訓だなんて、ふたりに悪いよ……」
「なーに言っちゃってんのよ今さら。時間なんて、作ればいいのよ。それに、さっきも言ったでしょ? どうせ走るなら、三人で一緒に走んのよ! これから毎日、早朝合同特訓をやるわよっ!」
「藍華ちゃん……」
「ま、忙しい
「むむむ。藍華先輩の方こそ、毎日残業で疲れ、出勤時間ギリギリまでベッドから出ない日々なのでは?」
「はあ!? 姫屋の支店長なめんじゃないわよ!? そこまで言うなら、早朝特訓、絶対遅刻しないでよね!」
「私の事なら心配いりませんよ。やれやれ、ノリと勢いで突っ走ろうとする先輩を持つと、でっかい世話が焼けますね……」
「アリスちゃん……」
「ってことで灯里、三人でいっちょ、頑張りましょ!」
「共に、高みを目指しましょう!」
「……は、はひ……。ありがとう……ふたりとも」
「いい? もしこれが成功したら、あの三大妖精にも、グンと近づけるかもしれないんだから! 気合い入れていくわよっ! 成功目指してー、レッツラーGO!」
「「おーっ!」」
と、言うことで、次の日から三人で、早朝合同特訓をすることになったんです。
それは、何度も何度も、地道で、同じ動作の繰り返し。
そして、何度も何度も、藍華ちゃんからは怒られ、アリスちゃんからはダメ出しを受ける日々。
でも、何とか成功させたいという、この気持ちは変わりません。
変わらないどころか、日を追うごとに、どんどんどんどん、その想いが強くなって行ったんです。
それは、半人前(シングル)時代の合同練習では感じた事のなかった、何だか、特別な感情でした。
そして、いよいよ来週、ご予約のお客様の前で披露します!
どうなるかはわかりませんが、結果についてはまたメールしますね!
続く