ARIA The CONVERSATION   作:辰巳しおん

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藍華・S・グランチェスタは、|一人前(プリマ)ウンディーネとして、また、姫屋カンナレージョ支店の支店長として、日々起きる問題に悪戦苦闘しながらも、充実した日々を送っていた。
これは、その藍華が書き留めた膨大な日誌や報告書の中で、「恥ずかしい日誌、禁止!」と、自ら封印した日記風日誌の、とある一日の記録を紐解くものである。

朝のルーティンを華麗に失敗した藍華。この後、一体どんな華麗なる一日が待ち受けているのであろうか?



(藍華編)その 華麗なるステップとスワップは……(2)

ああ、疲れた……

 

やっとの事で、通用口のドアを開けた私が中に入ると、そこにいた見習い(ペア)の子達が一斉に顔を上げ、起立する。

 

そして、「おはようございます! 支店長!」と、元気のいい挨拶をするのである。

 

「はいはーい! みんな、おはよう! 今日も一日、頑張りましょう!」と、私が言うと、「はいっ!」という、元気な声が返って来る。

 

う~ん、いい! やっぱり、朝はこうでなくちゃ!

 

この、見習い(ペア)の子達による一斉の挨拶は、本店ではあり得ない光景だ。

 

本店は宿舎も兼ねているので、朝はあまり大声を出さないのが姫屋の流儀だからだ。

 

尤も、某一人前(プリマ)ウンディーネの様に、中には四六時中声を張り上げている人もいるのだが……。

 

「あら? 一人お休み?」

 

確か、今日は休みの人はいないはずなので、近くにいた子に尋ねる。

 

「いえ、今、支店長室にいます」

 

「ぬなっ!?」

 

普段から、私が来るまでは、誰も支店長室に入らない様にと言っている。

 

掃除と称して、重要なメモを捨てられたり、高レベルの機密情報を見られたりしたら困るからだ。

 

決して、備え付けの冷蔵庫の中にある、大量のパッチンプリンを見られたくないとか、万が一にも食べられたくないからとか、という訳ではない。

 

そんな、(あるじ)のいない支店長室に見習い(ペア)の子がいる、という事は、私が例外として認めている『本店から誰かが来た時』である事を意味している。

 

普通なら事前連絡があるものだが、それがないとすれば、業務違反の有無をチェックする本店の監査部の人か、私に無理難題を押し付ける、あの某一人前(プリマ)ウンディーネかのどちらかだ。

 

しかし、ここはあえて、どちらかの特定はしないように尋ねる。

 

「本店から?」

 

「はい」

 

何時(いつ)から来てるの?」

 

「そうですね、かれこれ20分以上は……」

 

「えっ? そんな前から?」

 

「はい。今、支店長室にいる子が今日一番だったそうなんですけど、その子が来た時には、もう仁王立ちで待っていたそうです」

 

「仁王立ち……」

 

ハイキタコレ! もう確定じゃない!

 

 

『陛下ーっ! 女王陛下!』

 

『何事か? 朝から騒々しいぞ!』

 

『も、申し訳ございません! ですが陛下、緊急事態に御座いますれば』

 

『どうした? 申せ』

 

『はっ! 畏れながら申し上げます。城内に、あの深紅の薔薇(クリムゾンローズ)が侵入したとの報告が入りました!』

 

『何!?』

 

『現在、陛下の執務室にいるとの事で御座います』

 

『何だと!? それは不味い……』

 

『陛下? ま、まさか……』

 

『そうだ、あそこには今、我が城の至宝とも言える、生クリーム&カラメル大増量の、プレミアムパッチンプリンを保管しておるのだ! しかも2個!』

 

『ぬおっ! 何と!』

 

『いや、今はまだ心配には及ばぬ。あれほど濃厚な物を、朝から食す様な強靭な胃を持つ者など、このAQUAにはおらぬだろうからな』

 

『し、しかし……』

 

『フン! 何が目的かは知らぬが、(われ)が自ら、華麗に防衛してくれるわ!』

 

などと言う、女王自ら軍を率いる、中世王国ファンタジー物語風の脳内問答をしながら、事態を受け止める。

 

「あの、支店長?」

 

「えっ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「ああ、いや。だいぶお待たせしちゃったって事ね。わかった、すぐ行くわ」

 

私はそう言い残すと、早足で支店長室へと向かった。

 

 

「失礼します」

 

支店長室に着くと、見習い(ペア)の子が、深々と礼をして退室した所であった。

 

お盆を持っているので、お茶でも出してくれたのだろう。

 

「(おはよう)」

 

中の人物に気付かれないように、人差し指を口に当てて、小声で話すように促す。

 

「(おはようございます、支店長)」

 

「(晃さん、どんな感じ?)」

 

「(ええ、とてもご機嫌ですよ?)」

 

「(え?)」

 

意外な答えが帰って来たので、困惑する。

 

20分以上待っていたのなら、絶対イライラしているはずなのに、ご機嫌というのは逆に不気味だ。

 

この子も、お盆で口元を隠し、更に伏し目がちで、どこか後ろめたそうなのが気になる。

 

「(ご機嫌って?)」

 

「(はい。あの……ご案内した時は目がつり上がっていたんですけど、支店長室に入るなり、冷蔵庫を開けられまして……)」

 

えっ? 冷蔵庫開けたの?

 

「(そのあとは?)」

 

「(はい。中を見た途端、ニヤリと笑って、それから、濃いめの紅茶を持って来るように言われたんです)」

 

笑顔に、濃いめの紅茶……。

 

まさか……まさか……。

 

まさかまさかまさかまさかっ!

 

次の瞬間、私は見習い(ペア)の子の肩をグイッと押しのけ、特殊部隊が突入するかの如く、ドアを思い切り開ける。

 

そしてすぐに標的を探すと、ソファに腰かける、姫屋の制帽をかぶった鬼軍曹の後ろ姿に焦点が合った。

 

かなり派手にドアを開けたにも関わらず、後ろを振り返りもせず、口元だけを小刻みに動かしている。

 

いや、まずは冷蔵庫だ! 頼む! 1個だけでも!

 

一縷(いちる)の望みを賭け、急いで冷蔵庫を開け、中身の無事を確かめる。

 

ない、ない、ないっ!

 

眼を皿のようにして、くまなく冷蔵庫の中を確認するが、そこにはもう、愛しのプレミアムパッチンプリン(2個)の姿はなかったのである。

 

「よお、藍華。遅かったじゃないか」

 

何かを食べながらなのだろう、晃さんは少し口をもごもごさせながら私に語りかける。

 

声のする方を見た私は、晃さんよりも先に、カラになったプレミアムパッチンプリン(2個)の容器を凝視する。

 

「お゛……お゛お゛……」

 

絶望、怒り、恨み、悲しみの感情が同時に押し寄せてきたせいか、私は嗚咽(おえつ)のような、声にならない声を出した。

 

ああ……さようなら、私の宝物。

 

昨日のうちに食べてあげられなくて、ごめんなさい。

 

この(かたき)は必ず……。

 

「どうした? 顔が真っ青だぞ。体調でも悪いのか?」

 

ありとあらゆる負の感情を必死に押さえ込む。

 

「い、いえいえ。元気、バリバリ君ですよ?」

 

「そうか?」

 

「プリン、食べたんですね?」

 

「ああ。今話題の、プレミアムパッチンプリンだろ? 良く手に入ったなあ」

 

「ええ、昨日午前だけお休みして、買いに行ったんですよ」

 

「そうか。いやしかし、濃厚でウワサ通りの旨さだったなあ」

 

晃さんに、悪びれる様子はない。

 

ギリッと、歯を食いしばりながら、必死の思いで笑顔を作った。

 

「プリン、2個も食べたんですね?」

 

「んー? 食べちゃまずかったか?」

 

悪びれるどころか、もはや高圧的な態度だ。

 

「いや、何て言うか……その……」

 

「何だ? 文句でもあるのか?」

 

「いや、実は、旅行会社の社長さんと、大口の商談があるんですよ。その社長さん、大のプリン好きらしいんで、その時に出そうかなーって」

 

「えっ……」

 

当然嘘だ。いや、商談はあるが、プリンの消費期限である今日ではなく、相手がプリン好きかどうかは推測だから、嘘というのは適切ではない。

 

勿論、このプリンを出すつもりなど更々ないが、目の前の鬼軍曹は、私の意図的なミスリードに引っ掛かったらしく、明らかに気まずそうな顔をしている。

 

ふふん。まあ、このぐらいの罰で許してやろう。

 

私の中の女王陛下が、軽くガッツポーズをした。

 

「それはそうと、今日は朝からどうしたんですか?」

 

「あ、ああ。そうだったな」

 

晃さんはメモを取り出すと、こう私に告げた。

 

「何でも、お前が通っていたミドルスクールで『未来のお仕事体験会』というのを始めたそうなんだ」

 

「へえ、今はそんな事してるんですね」

 

「でだ。そこには勿論、我々ウンディーネの仕事もあるんだが、今回、ゴンドラ協会の要請で、姫屋(うち)がそれを担当する事になってな」

 

「はあ」

 

ん? 聞いてないぞ? でもまさか、この流れは……

 

「それで、同じミドルスクールの出身である、お前がご指名を受けた、という訳だ」

 

「えっ!? 私が、ですか?」

 

予感的中。でも、全く嬉しくない。

 

「そうだ。いや、私がやっても良かったんだが、向こうにしても、できれば年齢の近い、十代の一人前(プリマ)が良いんだとさ」

 

「でも、それなら、卒業したばかりの後輩ちゃんの方が適任じゃないですか?」

 

「いや、協会も、最初はそう思ったらしいが、オレンジ・ぷらねっとが受けなかったらしい。アリスちゃん本人の意向かどうかはわからん」

 

まあ、会社が断ったのだろう。その時はそう思った。

 

「で、どうだ?」

 

「分かりました、いいですよ。それで、いつなんです?」

 

「今日だ。今日の午後1時から2時間」

 

「ふえっ!? 今日!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「あ、でもでもっ、今日その時間は、ご指名の予約が入ってまして……」

 

「それだよ、それ」

 

「うえっ!?」

 

はめられた。確かに、十代の子が3人という、若いグループだとは思ったのだが……。

 

「嫌か?」

 

「その、嫌って事は無いですけど、今日の今日って言うのは、さすがに急過ぎて、準備が……」

 

「いや、別に姫屋(うち)としても、先週急に言われたもんでな。ゴンドラ協会としても、お前が無理と言うなら断ってもいいそうだ」

 

「先週? それって、私に言うの忘れ……」

 

「すわっ! だからこうして来て頭を下げているんじゃないか!」

 

「下げてはいませんけど……」

 

「私の事はいい! やるのか、やらないのか、どっちなんだ?」

 

プリンで胃がモタれたのか、明らかに不機嫌そうな晃さん。

 

「いやでもあの、断ったらどうなるんです?」

 

「ああ、病気などの緊急事態を想定して、他にもう一人押さえてあるそうだ。だから私も無理強いはしない」

 

「そうですか。いや、やりたいんですが、あまりにも急なもんで、今回はお断りできないかなーって」

 

上目遣いで見ると、晃さんは膝に手をついて目をつぶり、何かを考えているようだった。

 

「そうか……わかった」

 

えっ? そんなあっさり? 何で?

 

「ちょっと、電話を借りるぞ」

 

「ああ、はい」

 

晃さんは立ち上がると、備え付けの電話へと向かう。

少し後ろめたいが、やはり準備は必要だろう。これで良かったのだ。

 

「もしもし、私、姫屋所属の晃・E・フェラーリと申します。恐れ入りますが、アリシア理事はいらっしゃいますか?」

 

えっ? アリシアさん?

 

「ああ、アリシアか。この前のお仕事体験会の件だが、急ですまん。藍華は辞退するそうだ」

 

何で? 本当にアリシアさんなの?

 

「そうだ。せっかくアリシア理事にご指名戴いたんだが、ご期待に添えずで悪いな」

 

えっ? アリシアさん直々の、ご指名なの?

 

「でも、こういうのは藍華よりも灯里ちゃんの方が向いてるんじゃないか?」

 

あの、アリシアさん直々の、ご指名……。

 

しかも代わりは……灯里ですって!?

 

「ええ? おいおい、冗談よせよ。お前、藍華の事を買いかぶり過ぎだって」

 

トンベ・パドブレ・グリッサード……

 

決して、(いにしえ)の攻撃呪文を唱えた訳ではなく、幼い頃に習ったバレエのステップの一つである。

 

無意識に、私はそのステップを踏みながら、華麗に晃さんの方へと向かっていたのだ。

 

そう、あの『花のワルツ』のリズムに乗って。

 

「ああ、私からも灯里ちゃんには…おわっ!」

 

決して、晃さんにショルダータックルをかました、という訳ではない。

 

感覚的には、少し肩が触れたかもという程度だ。

 

しかし、何故だか晃さんは受話器を放り投げ、私に電話の前を譲る。

 

そこで私は、その手放された受話器を華麗にキャッチし、電話に出た。

 

「もしもし! アリシアさんですか?」

 

「あら? 藍華ちゃん?」

 

「はいっ! 今回のご依頼、是非ともこの私にやらせてください!」

 

「えっ? でも……」

 

「大丈夫です! んもう、ご指名なら直接言ってくださいよう!」

 

「あらあら、ごめんなさいね。でも、お仕事もあって、大変じゃない?」

 

「いえっ! 未来ある学生達に、お仕事の魅力を伝えるのも、私達先輩ウンディーネの重要な使命だと思っていますから!」

 

「あらあら、素敵な心意気ね。そこまで言って貰えると、私も嬉しいわ」

 

「いやー、アリシアさんのご指名なら、誰だって気合い入りますよ! では今日の午後、待ってますね!」

 

「ええ。私は立ち会えなくて、生徒さん達だけで伺う予定なんだけれど、藍華ちゃんなら大丈夫ね」

 

「ハイッ! 万事お任せください! では失礼します!」

 

ああ、アリシアさーん……。

 

僥倖(ぎょうこう)とは、こういう事を言うのだろう。やはり、今日は最高の朝だ、と思ったその時だ。

 

「おい……」

 

「えっ?」

 

背後から低い声がした。

 

そう、あの『怒りの日』のリズムに乗って。

 

声から感じる負のオーラが強すぎて、振り返る事すら出来ない。

 

「この私にタックルをかますとは、いい度胸しているなあ、お前……」

 

「あ、あれっ? 私には、何の事だか……」

 

とぼけたせいで、火に油を注ぐ結果になる。

 

「ほう? 記憶にございませんか? 女王陛下」

 

「い、いや、そのっ」

 

「そうか……では、思い出すまで、教えてやろう……」

 

「あ、あは…あはは……」

 

その後私は、囚人がため息橋を通るかのように、ソファーへと連行され、恐怖のひとときを過ごすことになるのであった。

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