ARIA The CONVERSATION   作:辰巳しおん

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水無灯里は、一人前(プリマ)ウンディーネとして、また、かのグランマの設立したARIAカンパニーの後継者として、日々起きる問題に悪戦苦闘しながらも、充実した日々を送っていた。
これは、その灯里がアイちゃんとのメールのやり取りにおいて「やっぱりちょっぴり恥ずかしいから、送らないでおこうっと」と、自ら封印したメールに書かれた、とある一日の様子を紐解くものである。



(灯里編)その 明鏡止水の心を曇らすものは……(1)

「アリア社長~。大丈夫ですか~?」

 

「ぷ……ぷいにゅ……」

 

今日は冬なのにも関わらず、朝からポカポカと暖かい日差しが降り注いでいます。

 

もしかしたら、お日さまが、もう春が来た、と勘違いをしているのかもしれませんが、とってもゴキゲンさんなのは間違いなさそうです。

 

そんな、穏やかな朝、なんですが……。

 

私は今、かれこれ10分以上、お手洗いの前に立って、なかなか出て来ないアリア社長を待ち続けているのです。

 

どうしてそんな事になったかと言いますと……お話は、昨日の夜に戻ります。

 

____________________

 

「はひー。お腹が空きましたね、アリア社長」

 

「ぷいにゅっ!」

 

昨日最後のご案内は、お客様のご希望もあって、アリア社長と一緒に回ったんです。

 

リアルト橋の近くでそのお客様をお見送りした時には、もう日もすっかり落ちていて、お月さまがちょっぴり顔を覗かせていました。

 

その、ほぼまん丸のお月さまは、まるで『ようし、これからAQUAを照らすぞ!』と張り切っているかのような明るさを放っていました。

 

そんな時間でもあり、これからARIAカンパニーに戻ってお夕飯を作る、というのも大変なので、どこか近くのお店でお夕飯を食べよう、という事になったんです。

 

「今日は寒かったですね~」

 

「ぷいにゅ!」

 

「こんな日は、やっぱり暖かい物が食べたくなりませんか? アリア社長」

 

「ぷいにゅ~」

 

「ですよね~。じゃあ、あの中華料理屋さんにしましょうか?」

 

「ぷいにゅ!」

 

「あそこのお店って、麺類はもちろん、色々な種類の中華まんもあって、とっても美味しい……はへ? アリア社長?」

 

「ぷいにゅ! ぷいにゅ!」

 

「あっ、ちょっと待ってくださーい!」

 

気がつくと、今まで横にいたアリア社長の姿は消え、既にお店の前で「早く、早く」と、私を待っていたのでした。

 

アリア社長って、本当に食いしんぼさんで、食べ物の事になると、とっても素早いんです。

 

「こんばんはー」

 

そう言いながら引戸を開けると、中華料理屋さん独特の、それでいてどこか懐かしい、いい匂いがしました。

 

「オー灯里ちゃん、いらしゃい。おや、今日はアリア社長も一緒?」

 

「はひ。ちょうど一緒のお仕事が終わったので、そのまま食べに来ちゃいました」

 

「そうかい。じゃ、ダンナに盛りを良くしなさい言わないと、アリア社長に怒られちゃうネ」

 

「ぷいにゅっ!」

 

「あはは……」

 

「とりあえず、空いてるテーブルはどこでもどぞ」

 

「はひ!」

 

そう私が答えた時には、アリア社長はもう席について、壁に貼られたお品書きを見回していました。

 

「ぷいにゅ?」

 

「どうしたんですか? アリア社長」

 

アリア社長が指し示す方を見ると、そこには『冬はHOTにシベリアまん』という紙が貼られていました。

 

「シベリアまん?」

 

「ああ、あれカ?」

 

「シベリアって、あの地球(マンホーム)のロシアにあるシベリアですか?」

 

「おお、よくぞご存知ネ。そか、灯里ちゃん確か、地球(マンホーム)の出身だたネ」

 

「そうなんですよ~。でも、シベリアって、冬はとっても寒い所ですよね?」

 

「そう、そう言う極寒の地いても、これ食べたら身体の中から熱々になちゃう、激辛中華まんてことヨ」

 

「そ、それは凄そうな中華まんですね……」

 

「でも、みな興味あるけど、シベリアがイマイチ分からないみたいネ。味はいいだけど……。灯里ちゃん、お一つどう?」

 

「いや、あの……すみません、激辛のは、ちょっぴり遠慮しておきます」

 

「アハハッ! 冗談ヨ。ウンディネさんがお腹壊しちゃたら、大変だもんネ」

 

「ははは……」

 

というやり取りをしていたその時でした。

 

「ぷいにゅ!」

 

アリア社長が、シベリアまんを注文したい、というジェスチャーをしたんです。

 

「えーっ? アリア社長、頼むんですか?」

 

「ぷいにゅ!」

 

アリア社長は得意げに、右前足で胸をトントンと叩いていました。

 

「いやあ、火星(アクア)猫には無理じゃないカ? それこそ明日、お腹が大変な事なるヨ?」

 

「ぷいぷいにゅっ!」

 

火星(アクア)猫には無理』という店員さんの言葉に少しおヘソを曲げてしまったらしく、アリア社長はプイッと顔を背けてしまいました。

 

「本当に頼むんですか? アリア社長~」

 

「ぷいにゅぷいんぷにゅ!」

 

「何て言てるの?」

 

「多分『猫に二言はない』とかではないかと……」

 

「にゅっ!」

 

「……だ、そうです」

 

「うーん……。じゃ、食事の最後の方に出そカ? さすがにそれ先に食べたら、お腹がビクリしちゃうヨ?」

 

「それでいいですか? アリア社長」

 

「ぷいにゅ!」

 

「では、他の物も頼みましょう」

 

「はい。じゃあ決またらまた呼んでネ」

 

こうして、私は広東麺、アリア社長は海鮮チャーハンを、その他に、海老餃子と油淋鶏、それから巻き揚げを頼みました。

 

「ハイ、お待ちどさま」

 

「うわあ……美味しそうですー」

 

「ぷいにゅ~」

 

「沢山食べてネ」

 

それから私達は、あつあつの料理を、はふはふと食べ、うまうまの味に、ほかほかな幸せを味わいました。

 

そしていよいよ、あれの登場です。

 

「ハイ、お待ちどさま」

 

「ぷいにゅ!」

 

「こ、これが、シベリアまんですか……」

 

それは、見た目は普通の中華まんと変わらない様に見えるのですが、真ん中には雪だるまの焼き印がされています。

 

湯気が立っている中華まんにスノーマン、何だかちょっぴり不思議な組み合わせです。

 

「熱いから気をつけ……アッ」

 

店員さんが注意をしようとしたその時、アリア社長はシベリアまんを放り投げ、丸ごと口の中にキャッチしたのです。

 

「はへー……」

 

それから、静まり返った店内に、アリア社長のもぐもぐという音が2、3回ほど響いた後、アリア社長の動きがピタリと止まりました。

 

「…………」

 

「はわわっ、アリア社長!?」

 

「お、お水持てくるネ……」

 

ブワッと汗が出るアリア社長。そんなアリア社長を見て焦る私。そんな私を見てパタパタと調理場の方に向かう店員さん。

 

「アリア社長、無理しないで、このお皿に出してください!」

 

「む!」

 

……ゴックン

 

「えーっ!?」

 

私の『無理しないで』という言葉が逆効果だったらしく、何と、アリア社長は、口の中の物を、ひと思いに飲み込んでしまったのです。

 

その後すぐに、まるで炎を飲み込んだかのようにのたうち回る、アリア社長の悲鳴が店内に響き渡ったのは、言うまでもありません。

 

「ありゃ、遅かたカ。とにかく水飲んで!」

 

「はわわっ、しっかりして下さい、アリア社長」

 

店員さんの持って来た、ピッチャー一杯のお水を飲ませると、ようやく落ちついたようでした。

 

「ぷ……ぷいにゅ……」

 

「もう大丈夫そネ」

 

「すみません、お騒がせしてしまいました」

 

「アハハッ! 気にしないでいヨ。昔、灯里ちゃんと同じ制服のウンディネさんも、辛いの食べて、火、吹いてた事あたヨ」

 

「えっ?」

 

「ARIAカンパニの人、みな面白いネ」

 

「あ、あはは……」

 

まさか、グランマとか、アリシアさんとか、私の知っている人じゃないよね?

 

そんな事を思いながら、私とアリア社長はお店を後にしたのでした。

 

______________________

 

と、いう訳で、昨日は何とか帰って来た訳なのですが、やはりモチモチポンポンの方は無事ではなかったらしく、今朝のこの状況になっているのです。

 

「アリア社長~。そろそろ出てきてくださーい」

 

アリア社長の様子が気になるのはもちろんなのですが、実は私も、あつあつの料理を沢山食べて、お水をたくさん飲んだせいで……。

 

「ちょっぴり、わたしと交代してもらえませんかー?」

 

「ぷ……ぷいにゅ?」

 

「あの、お願いします~………」

 

「……ぷい」

 

そんな時、電話のベルが鳴ったのでした。

 

「あれ? アリシアさん?」

 

実は、今日の午後、藍華ちゃんやアリスちゃんの卒業したミドルスクールで『未来のお仕事体験会』と言うイベントがあるそうなんです。

 

もちろん、私達ウンディーネのお仕事も体験するそうなのですが、講師は我らが藍華ちゃんが務める事になっていました。

 

でも、もし藍華ちゃんが病気などで、急に出来なくなった場合の事も考えて、私にも講師の依頼が来ていたのです。

 

そして、そのお話を戴いた相手が、ゴンドラ協会の理事であるアリシアさんだった、という訳なんです。

 

例え私がやらなくても報酬は戴けるそうなのですが、その前後にお仕事を入れてしまう訳にもいかないと思って、今日はお休みにしちゃいました。

 

「でなきゃ……アリア社長、早く出てくださいね!」

 

そう言い残して、私は電話の方に行ったのですが……。

 

「はひっ!」

 

慌てていたこともあって、私は以前アイちゃんから貰った大きなマトリョーシカにつまずいてしまいました。

 

「ほへっ!」

 

更に悪い事に、足がもつれて今度は暁さんから貰った、大頭頭(かぶり面)という張り子のお面を蹴飛ばしてしまいました。

 

「はわわっ!」

 

更に更に悪い事に、そのお面が、陰干ししていたオールに当たってしまい、倒れてこようとしています。

 

「ほっ!」

 

何とかオールをキャッチして、事なきを得たのですが、この時、私は大切な事を忘れていたのです。

 

「はうっ……くっ!」

 

そう、お手洗いに行くのを我慢していたことに。

 

でも、とにかく今は、電話にでないといけません。

私は色々な所に、ありったけの力を込めながら、何とか電話に辿りつきました。

 

「……ハア……ハア……はい、ARIAカンパニーです」

 

「あ、灯里?」

 

「ああ、藍華ちゃん?」

 

電話はアリシアさんではなくて、藍華ちゃんでした。

 

一体どうしたんだろう?

 

「だ、大丈夫?」

 

「うん、ごめんなさい。あう……うんっ……ちょ、ちょっと……さっき起きたばかりで……」

 

「ああ、もしかして、起こしちゃった?」

 

「あっ……はひっ……そんな事は、ないよ。今日は……んんっ……休みなんだ」

 

「ねえ、何か息が荒いけど、ホントに大丈夫?」

 

お願いです、藍華ちゃん。早く要件を言ってくださーい!

 

「大丈夫んっ……あっ」

 

「そうは思えないんだけど……」

 

「ご、ごめん……それで、なあに?」

 

「ああ、そうそう。今日の『未来のお仕事体験会』の事って、灯里がピンチヒッターの予定だったって聞いたからさ」

 

「あ、藍華ちゃんが……やっ……やるの?」

 

藍華ちゃんがそのままやるのに、何故電話をしてきたのかが、その時は良く分かりませんでした。

 

「そーなのよー。何かさっき急に言われたんだけど、アリシアさんのご推薦だって言われてさ。そりゃやるでしょうよ」

 

「はひっ、そっ、そうなんだ」

 

そうこうしている時に、アリア社長がお手洗いから出て来ました。何だかとってもやつれた顔をして、ゆっくりとこちらに歩いてきます。

 

「でさー、そこでなんだけど、灯里は、今日の体験会の概要書とか貰ってる?」

 

「んんっ! うん」

 

「悪いんだけど、ちょっと見せて貰いたいからさ、今から行ってもいい?」

 

そうか。藍華ちゃん、私に用があると言うよりは……。

 

私はようやく、電話の意味が理解できました。

 

と、その時です。

 

「ぷにゅっ!?」

 

アリア社長がビクッとしたあと、再びお手洗いの方へ向きを変えたのです。もつ、嫌な予感しかしません。

 

「あっ……うん……あっ、イヤッ……」

 

「えっ?」

 

「ち、ちが……あっ! ダメですうっ!」

 

アリア社長がフラフラとお手洗いに向かうのを見て、わたしは思わず大きな声を出してしまいました。

 

「ちょっと、本当に大丈夫?」

 

心配してくれる藍華ちゃんですが、それどころではありません。

 

「大丈夫だからっ! 後でメール送るからごめんもう切るね!」

 

「あ、あの、灯里?」

 

私は心の中でも藍華ちゃんに謝りながら、電話を切りました。

 

とにかく止めないと……そうだ!

 

「えいっ!」

 

私は、お手洗いに向かおうとするアリア社長を止めたい一心で、思わず足下にあった大頭頭を投げてしまいました。

 

「ぷい? にゅにゅっ!?」

 

ガポッという、鈍い音がしたのと同時に、アリア社長の顔が、あの独特の顔に変わりました。

 

「アリア社長、ごめんなさーいっ!」

 

そう言って、もがくアリア社長を尻目に、私はお手洗いへと向かったのでした。

 

暁に 藍の華きる お花摘み アリアの流る 水の音入れ(※)

 

そんな一句でも()みたくなるような、ほっとするような朝のひととき。

 

などと、思ったのは束の間で……。

 

「ぷーーいにゅーーっ!!」

 

扉を叩きながら叫ぶアリア社長の声が聞こえて来ます。

 

穏やかざるいつもの一日。今日はとっても賑やかな一日になりそうな予感がします。




※短歌の解説
夜が明けて、藍色の華やかな花を切ったりして、お花摘みを楽しんでいると、川の水が流れる音が、まるでアリアを歌っているかの如く聴こえて来るなあ。
という意味(ウソですごめんなさい)
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