これは、その藍華が書き留めた膨大な日誌や報告書の中で、「恥ずかしい日誌、禁止!」と、自ら封印した日記風日誌の、とある一日の記録を紐解くものである。
朝のルーティン失敗からツイてない中、ウンディーネのお仕事を三大妖精ソックリのミドルスクール生、アイシア・フェリーラ、アルテナ・ロフレンス、
この後、一体どんな華麗なる一日が待ち受けているのであろうか?
今日は日差しが暖かいせいか、いつもの冬服で動くと、少し汗ばむような気候だ。
そんな絶好の観光案内日和の中、私はミドルスクールの三人を練習用のゴンドラに乗せて、支店から少し離れた、人気の少ない水路へと移動した。
別に、サン・マルコ広場に近い沖合いとかでも良かったが、万が一の事を考えると、この方が対処しやすいと思ったからだ。
「はい、では、ここで実際にゴンドラを漕いでみて下さい……って言っても、三人は後輩ちゃ…じゃなかった、アリスちゃんと同じ、ゴンドラ部なのよね?」
三人とも、ゴンドラに乗り込むのは、やけにあっさりと出来ていたのを思い出す。
「はい。でも、普段の操舵は基本一人ですし、ゴンドラもここまで大きくないんで、人を三人も乗せて漕ぐのは初めてなんです」
「そうなんだ。じゃあ、念のため、操舵を少しだけ練習してから、観光案内とかをやって貰いましょうか?」
「「「はい!」」」
そんなやり取りのあと、私がまず、一通りのお手本を見せる。
操舵はもちろん、
どれもが、かの三大妖精やらと比べたら、大したことはないと思うが、私も
そんな私の動きを見逃しまいと、三人は眼を輝かせながら、一挙手一投足を見ている。
ああ……やっぱりいいな、こういうの。
もし、ここにいるのが、私が将来育成するであろう、かわいい
『はい頑張って~、オイッチニーオイッチニー! そうよ! いい感じ! ほーら! キョロキョロしなーい! スマイルスマイル!』
『はいっ!』
『うん! そうよ! オイッチニーオイッチニー! よぉーし、いいわよ! その調子!』
『はいっ!』
『うん! 最初の頃と比べると、大分良くなったわ! エス子ちゃん』
『ありがとうございます!』
『じゃあ、ちょっと休憩しましょうか。あそこの岸につけてくれる?』
『はいっ!』
『それにしても、貴方センスあるわねえ。さすが、私が見込んだだけのことはあるわ』
『ありがとうございます。でもきっと、藍華さんの教え方が上手なんですよ』
『あらあ、そうかしらん?』
『だって、あのARIAカンパニーの灯里さんとか、オレンジぷらねっとのアリスさんとかにも、色々教えていらしたんですよね?』
『あらヤダ、一体どこでその話を? ……まあ、元々あの二人は才能あってさ。実際は、私はあの二人のお姉さんみたいな、世話役だったってだけよ』
『お姉さん、ですか?』
『そうよ。私がしっかりしなくちゃって、そりゃもう必死に頑張ったわ。でも、そんな妹分がいたからこそ、こうして
『……あの、藍華さん』
『うん? なあに?』
『藍華さんって……本当に華麗で、素敵ですね』
『あら、そんなことないわよ。私なんかより、エス子ちゃんの方がよっぽど素敵よ』
『そんな、私なんて……』
『ううん。実は私、エス子ちゃんには、とっても期待してるの。だから、貴方には、私の持つ全てを教えてあげるつもりよ』
『えっ? それって……』
『だから……これからも、頑張りましょうね!』
『分かりました! 私、もっともっと頑張ります!』
『あの、エス子ちゃん、急に立ったら危な……』
『あっ、きゃっ!』
ドンッ
『おっと! ……ちょ、ちょっと、大丈夫?』
『すみませーん、藍華さん。でも、しっかり抱き止めて戴いたので、大丈夫でした』
『うふふ。エス子ちゃんてば、ドジっ子さんなんだから。気をつけなきゃダメじゃない』
『えへへ、すみません……』
『……』
『……』
『ええっと、あの、エス子ちゃん?』
『はい、何でしょう?』
『あ、あのさ、大丈夫なら、そろそろ、離れてくれないかしら?』
『ああっ、すみません。でも私、もう少し、もう少しだけ、こうやって、藍華さんの胸の鼓動を聞いていたくて……』
『へ? 胸の鼓動って?』
『ダメでしょうか?』
『いやあの、えーっと、いやぁ、そのぉ、ダメって言う訳じゃないんだけど……』
『じゃあ、いいんですか?』
『えっと、その、ま、まあ、そうね。別に減るもんじゃないし……』
『ありがとうございます、藍華さん。では……』
『はえっ? あっ、いやっ、そんなところ……顔をスリスリされたら、あの、くすぐったいって言うか、ねえ』
『ああ……藍華さんの胸、まるでバラの花ような、とっても華麗で素敵ないい匂いですね』
『ふえっ? あ、あの……エス子ちゃん、気のせいか、目の中にハートマークがあるような気がするのは、き、気のせい……でいいのよね?』
『ふふ、気のせいですよ、藍華さん』
『そ、そう? で、でも、何だか足まで絡めて来ている気がするのは、き、気のせいではないような……』
『それも気のせいですよ。ただ、私はもっと……もっと色々な事を藍華さんに教わりたいな、もっと藍華さんの事を知りたいなって、それだけなんです』
『そ、そう? そ、それならいい……うん? いいのかしら?』
『さっきも、藍華さんの全てを教えてくれるって……。私、嬉しくて……』
『えっ? あ、あの、えっと……確かにそう言ったけど……』
『うふふっ。支店に戻ったら、私に……もっともっと色々な事を教えてくださいね? 藍華お姉様』
『ええっ!?』
という、薔薇ではなく百合の花満開の漫画のような脳内未来予想図を展開していた所で、複数の視線を感じて、ふと我に返る。
そこには、キョトンとした表情で私の方を見る、三人がいた。
その中で、意を決したように、アルテナちゃんが口を開く。
「あのう……」
「あっ!? ごっ、ごめんなさいね。ど、どこの水路を通ろうかなーって、ちょっと考えすぎちゃって……」
「そうなんですか。ただ、お顔が真っ赤ですけれど、大丈夫ですか?」
心配そうなアルテナちゃん。
「いや、その、ちょっと今日は暑いからかな? もっと寒いと思ったから、インナーを重ね着しちゃってて……」
そう言いながら、十字水路を曲がろうとしたその時だ。
「ゴンドラ、通りまーす!!!」
曲がろうとした先から、何となく聞き覚えのある声がしたので、ゴンドラを停める。
そう、つい半年程前まで、今ここにいるミドルスクールに通い、三人の先輩でもある、後輩ちゃんの声だ。
まずは曲がり角から船首が見えて、次にお客様が見えたのだが………。
あら? 後輩ちゃんが……お客様!?
しかし次の瞬間、そんな疑問は、オレンジぷらねっとの制服を着た後輩ちゃんが出てきた所で、見事に打ち砕かれた。
「ねえ、アイシアちゃん、ちょっとあれ!」
「あっ! アリス先輩だ!」
「本当だ~」
さすがはミドルスクールの有名人である後輩ちゃんだけあって、後輩ちゃんの後輩ちゃん達から後輩ちゃんに対する感嘆の声が漏れる。
しかし、後輩ちゃんの後輩ちゃん達は、後輩ちゃんが乗せているお客様に後輩ちゃんのそっくりさんがいるのには気付ていないようだ。
「ど、どゆコト?」
思わず声に出てしまった。
お客様は全部で五人乗っているが、後輩ちゃんそっくりのお客様は、いわゆるお一人様のようだから、恐らく、後輩ちゃんは、相乗りでのご案内をしているのだろう。
相乗りは、色んなタイプのお客様が乗るので、稼げる代わりに、相当のスキルを必要とする。
行く場所はある程度決まってはいるので、一見簡単そうではあるものの、乗る目的やお客様の年齢やタイプが大分異なる場合がほとんどだからだ。
そんな後輩ちゃんを、三人と一緒に感心しながら見ていたが、後輩ちゃんは後輩ちゃんで、まだ私と後輩ちゃんの後輩ちゃん達が後輩ちゃんを見ている事に気が付いていないようだ。
「アリスセンパーイ!」
アイシアちゃんが、手を振ると、後輩ちゃんは、一瞬ギョッとした表情になったあと、すぐに可憐な笑顔を見せて、胸元で控えめに手を振り返した。
ああ、あの華麗な微笑み返しは、私が教えたやつなのに……。
無愛想だった後輩ちゃんに、営業スマイルを始めとする華麗な振る舞い方を教えたのは、何を隠そう、この私なのである。
もっとも、あの可憐な笑顔についてだけは、灯里の力によるものが大きいのかも知れないが……。
そんなことを考えていたら、後輩ちゃんが、手を振るのを止めて、ブロックサインを出しているのに気づいた。
えっと、『後で、連絡、する』?
何だろう? こっちの三人の事だろうか? あるいは、あっちの、後輩ちゃんそっくりさんの件だろうか?
とりあえず私も、『了解』とブロックサインで返しておいた。
後輩ちゃんが通りすぎた後、三人に話しかける。
「みんなは、アリスさんとは、一緒に部活動をしてたの?」
アイシアちゃんが反応する。
「はい。でも、ミドルスクールでは、部活はたまーに顔を出される程度で、直接会ってお話したことはないんです」
「そうなんだ、そりゃ残念ね」
と、言いつつ、それが、私や灯里との、合同練習のせいなのかと思うと、少し申し訳ない気がした。
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そんなこんなで、開始から二時間近くが経ち、『未来のお仕事体験会』も、いよいよ終わりが近づこうとしていた。
「みんなすごいわ。ちょっとしたポイントを教えただけで、とっても上手なんだもん」
私がそう言うと、アイシアちゃんが笑顔で答える。
「いやあ、藍華さんの教え方が上手なんですよ、なあ?」
「ええ、本当に、とっても勉強になりました」
「ありがとうございます~」
「そう? やだぁ、そう言われたら、そうかもしれないけど、何だか照れちゃうわね」
確かに、三人の顔は、充実感に溢れていた。
やはり、操舵の基礎はしっかり出来ていて、意外にも、
もっとも、
次に観光案内については、流石に経験がほとんどないらしく、皆苦戦していたが、アルテナちゃんだけは堂々と、それでいて明るくはきはきした感じの案内をしていて、私も参考になる程だった。
もっとも、
カンツォーネについては、みんな私よりも上手いので、悔しいです!って事で書くのもだるいが、意外(?)にも、アイシアちゃんが抜群の美声で歌っていた。
もっとも、うっとりした私が、橋のアーチに頭をぶつけそうになったが、当然私は誰からもフォローして貰えない為、決して、当たった判定にはなってないが、側頭部に、若干のたんこぶが出来たような気がする。
まあ、あくまでも当たった判定にはなっていないので、これも特に問題らしい問題はなかった。
「じゃあそろそろ時間だし、支店に戻りま……」
と、言いかけた所で、私に声をかける一人の人物がいた。
「よう、ガチャペンじゃあねえか」
そう、それは、あの夢にまで見てしまったポニ男こと、ポニ男であった。