これは、その藍華が書き留めた膨大な日誌や報告書の中で、「恥ずかしい日誌、禁止!」と、自ら封印した日記風日誌の、とある一日の記録を紐解くものである。
朝のルーティン失敗からツイてない中、ウンディーネのお仕事を三大妖精ソックリのミドルスクール生、アイシア・フェリーラ、アルテナ・ロフレンス、
この後、一体どんな華麗なる一日が待ち受けているのであろうか?
リーンゴーン、リーンゴーン、リーンゴーン……
ああ……やってしまった……。
遠くの方から15時15分を知らせる鐘の音が聞こえる中、私は支店長室のデスクに座り、大量の涙と鼻水を垂れ流しながら突っ伏していた。
後輩ちゃんの後輩ちゃん達による、『未来のお仕事体験会』については、まあ大部分は成功に終わったと言ってもいい。
しかし、だがしかしである。
後輩ちゃんの後輩ちゃん達と、後輩ちゃんのソックリさんを乗せた後輩ちゃんに出くわした辺りから、支店に戻って来る迄の道程、そうあのポニ男に会って以降は、大いなる失態があったような気がする。
思い出したくもないし、正直かなり記憶があやふやな部分はあるのだが、覚えている限りは、確かこのような状況だったような……。
「よう、ガチャペンじゃあねえか」
そう、それは、あの夢にまで見てしまったポニ男こと、ポニ男であった。
「あの、三人ともごめんなさい。ちょっと待っててくれる?」
ポニ男に話しかけられた私は、まずゴンドラを岸に停め、念のため、リモコンを使って、定点で撮影していた記録用ビデオの録画を停めてから話をした。
「あによ?」
「今日は後輩指導か?」
「だとしたら、何だって言うの?」
「いや、今朝方、もみ子の所に行ったら、お前の話になったもんだからな」
「あ、そ」
素っ気なく答えはしたが、『今朝方』というワードを聞いて少しテンパった。
もしポニ男が、私が電話をする前からいたとしたら……。
『あっ!? 暁さん、そっ、そこは……』
『ふ、ふんっ……どうした? もう、限界か?』
『いえっ、そういう訳では……』
『じゃあ……まだいけるな?』
『はひっ……あの……はひ……』
『今度は……もみ子、はっ、早くしろ……おっ……俺も、この体勢では……すぐに出ちまいそうだ』
『じゃ、じゃあ……私が動いて……あうっ……くっ……』
『どっ……どうした? 俺からは……何も見えないのだから、おっ……おいっ! もみっ……うおっ!?』
『はひっ……だっ、だってこの方が……たっ、体位が安定して……えいっ……』
『ちょっ! うおっ!? そんな所に足をかけたら出てっ……うぐっ!』
『はひっ……さあ……こっ、今度は……暁さんが……え、えへへ……もうっ……あふっ……げっ……限界っ……ですか?』
『ぐっ……まだまだ……これでっ……どうだっ!』
『あっ!? そんな所……ふあっ! だっ! ダメですよう!』
『おっ……俺だって……はっ…早くっ……ううっ』
『あふっ……わっ、私……いっ……いきますっ! えっ……えっと……ひっ……ひだり手を、オレンジッ!』
などという、お年頃の男女がガチですると若干恥ずかしい事態になりかねないツイスターゲームをポニ男と灯里がやっている様を、脳内細胞をフル稼働して妄想する。
まあでもポニ男に限って灯里とそんなことするワケないわって思っちゃうけど二人ともいいお年頃だから別に何しても不思議じゃないわとはいうもののいやでも待ってよ私だってまだアル君とはそんなツイスターゲームなんてできるような親しい関係にはなってないのに灯里はまだそういうのは早いんじゃないかしらって姉目線で考えてるワケであっていやいや別に私は羨ましいです悔しいですぴえんぱおんチックショーってワケじゃないけどアル君ともそろそろそんな関係になっちゃってもいいのかなってちょっぴり思っちゃったりしちゃったりするのは置いといてやっぱりあの灯里がポニ男とそういう大人の関係になるのはまだ早いというのが私の姉目線の見解であるのでってこのあるって言うのはあるあるで別にアル君とは何の関係も無いアルって……
「おい、どうした?」
「うえっ!? あ、いや、あんたには何も関係ないわよ! そうよ、何も関係ないでしょ!?」
「まあそれもそうだがな。しかし、見習いが三人も乗ってるってえのは珍し……むっ!?」
ポニ男が驚きの声を上げた。
「あ、あ、アリシアさん!!!」
「えっ? オレ?」
ビックリするアイシアちゃん。まあ、お互いの反応は無理もない。
「姫屋の制服なんて着て、一体どうしたんですか?」
「は?」
「あ、あの。いやだからこれは……」
と、言いかけて、アリシアさんのソックリさんなんです、という言葉を飲み込む。
すると、ポニ男は、相変わらずの空気読まなさぶりを発揮した。
「そうか! なんちゃって
「えっ? いや、あの……」
「いやあ、さすがはアリシアさん。こいつ、調子に乗ってやがるんで、しっかり指導してやってくださいね」
「何だテメェ……」
「えっ?」
「さっきから黙って聞いてりゃ、何だ何だぁ?」
キッとポニ男を睨むアイシアちゃん。
キリッとしたアリシアさんも素敵だけど、もしこんな風にキッと睨まれたら、それはそれでいけない感情が溢れ出てしまいそうだ。
「あ、あの……アリシア…さん?」
ポニ男はポニ男で、かなり戸惑っているようだ。
「オレの名前はアイシアだっ」
「えっ? だから、アリシアさんですよね?」
「よく聞けよこのポニーテール野郎。ア・リ・シ・アじゃねえんだよ、ア・イ・シ・アだっつってんだろ?」
あのアリシアさんソックリの姿と声で罵られたポニ男は、怪訝な顔をして、私に尋ねた。
「……ガチャペン、これは一体どういう事なんだ? 俺様にも分かるように説明しろ」
「えっ? ええっと……」
「はあ!? お前が勝手に勘違いしてるだけだろうが!」
と、アイシアちゃんが急に立ち上がり、ポニ男の胸ぐらを掴もうとしたが、さすがのポニ男も何かを察したらしく、とっさに後ろにのけ反った。
「あっ、うわっ!」
空振ったアイシアちゃんは、勢い余って、そのままバランスを崩してしまう。
「あっ、アイシアちゃん、危な……」
シャッセ・アントルラセ
決して、補助魔法を唱えた訳ではない。
私は以前、晃さんが、ゴンドラ上でバランスを崩したお客様にしたような、救助活動を試みた。
バレエのステップとジャンプで、華麗にアイシアちゃんの後ろに回り込み、オールでゴンドラのバランスを取りながら、アイシアちゃんの腰を抱え、ありったけの力で押し戻す。
「ぬおおおっ!」
決して、華麗ではないと思われる声を出していたが、私はとにかく必死だった。
「うおおおっ!」
そんな私の思いが通じたのか、かろうじてゴンドラの安定を維持つつ、アイシアちゃんの体勢を立て直す事には成功したのであった。
よ、良かった……と、思ったのも束の間。
「あらっ?」
思い切り踏ん張っていた私は、アイシアちゃんを戻した反動で、バタンという音を立て、ゴンドラの中に倒れてしまったのである。
「「「藍華さんっ!」」」
見えないが、心配そうな声の三人。
私は大丈夫、ええ、私は大丈夫よ、と思ったその時だ。
「どっ、どうしたんですか?」
別の声が近づいて来るのが聞こえた。
それは私が、最も今の華麗ではない姿を見られたくない人物の声だった。
「おお、アルか。どうしたもこうしたも……ホレ」
「えっ? 藍華さ……うええっ?」
かなりビックリしている。
ん? ビックリ? …………まさか!
「ううむ、今日からコイツのあだ名は、ガチャペンではなく、ガチャパンにしようか?」
「ちょっと暁君! それはいくら何でも……」
「じゃあ、ストレートにシマパンにするか?」
「だから、そういうことじゃありませんってば!」
「こんなブザマな姿を晒してるんだ、それぐらいいいだろうよ」
そうか……私は今、パンツ丸出しなんだ……。
「おい! お前らいい加減に……えっ?」
起き上がった私は、なおもくってかかろうとするアイシアちゃんを制して、笑顔で話しかける。
「いいのよ、アイシアちゃん」
そう、私が我慢すれば全てが収まるんだから、これでいいんだ。
それなのに……ポニ男が追い討ちをかけるように私を煽る。
「おっと、シマパンさんのお目覚めのようだな」
「暁君!」
その時、私の中で、鋼鉄で出来た鎖のような何かが、一気に弾け飛んだような気がした。
「ごめんなさい、私、ちょっとこの二人とお話したいことがあるから、もう少しだけ待っててもらっても、いいかな?」
「あ……はい」
「ありがと。じゃあ暁さんとアル君。ちょっとあっちの方で、お話しましょうか?」
私は、その時出来うる限りの、そう、決して般若の面の様な顔ではなく、飛びきりの笑顔で二人に言った……と思う。
「おいおいシマパン、勘弁しろよ。俺様はシマパンと話をする暇など……ぐっ」
「いいから来い」
「えっ? あっあの、藍華さん?」
と、アル君が言っていた所までは何とか覚えているのだが、その後の数分間についての記憶がほぼ無い。
ただ、後輩ちゃんの後輩ちゃん達からは見えない裏路地まで三人で行ったのは覚えている。
何となくではあるが、一緒に歩いて行ったというよりは、引きずって行ったような気がするけれど……。
そして、再び戻って来た時には、ポニ男はまるで誰かにマウントを取られながら大量の平手打ちを食らったかのように、頬が手の形に真っ赤に腫れ上がっており、アル君の方は、まるで巨大な竜の雄叫びを聴いたかのように、顔が真っ白になっていたのだ。
一体誰が、あんな酷い仕打ちをしたと言うのだろうか?
そうだ、一つだけ思い出した。
アル君が、『あ、あの……シマシマを見て、しまった~なんちゃって~』という、渾身のダジャレを言っていたはずだ。
それを私は、渾身の笑顔で、今はそういうク……いや、くだらないダジャレを言う状況ではないですよという主旨の指摘と、この事は誰にも話さないようにしてくださいねという主旨のお願いと、いくらアル君と言えども、もしこの事を誰かに話したら貴方の身の安全が脅かされかねない状況に陥る可能性がありますよという主旨の軽い注意喚起をしたような気がする。
そうすると、私が原因という事になるのだが、たかが一個人の指摘と、お願いと、軽い注意喚起であそこまで真っ白になるのだろうか?
いや、それはない。
そもそも、あの時見た夢の通りなら、確か私はポニ男にラリアットをかましたはずである。
それがなされていないのが、私が般若……じゃなかった、私が犯人ではない確定的な証拠だと思うし、後に気が付いた二人も、起き上がるなり何も言わずにそそくさと去って行ったのだから、やはり私がやらかした可能性はゼロだ。
むしろ、問題は戻って来た直後だ。
私が気絶状態の二人を、格闘家のように両肩に担いで戻って来てしまった事や、二人を、ドサッと音が出るような、乱雑な置き方をしてしまうという、極めて華麗ではない振る舞いをしてしまったせいで、後輩ちゃんの後輩ちゃん達に、ドン引きされてしまったのが大いなる反省点だ。
その後、私は聖母のような振る舞いで華麗な救護活動を試みるなどして、イメージダウンを最小限にしようと努力したものの、またまたここで悔やまれるミスをする。
気付けの為と思って、二人の顔に、近くにあったバケツで水をかけたのだが、若干混乱していたせいか、水路の、しかも小魚が混じった水をかけてしまったので、二人の顔の上でピチピチと小魚が跳ねてしまい、そこで更にドン引きされてしまったのである。
その後、支店に戻り、最後に支店の皆と撮った記念撮影では、何となくひきつった笑顔をしていて、お礼はされたが、私とはあまり目線を合わせてくれないという結果となり、大いなる後悔をしながら今に至る、という訳だ。
そうだ、後でアル君に、どんな状況だったのか、誰にあんな状態にされたのかを聞いてみよう。
そんな事を思っていると、電話のベルが鳴った。
それはさっき、後で連絡する、というブロックサインを送ってきた、後輩ちゃんからの電話であった。
とりあえず、よろめき、足を引きずるように電話へと向かう。
「はい、もしもし?」
「たっ、たっ、大変ですっ! 藍華先輩!」
「はあ? どしたの?」
「灯里先輩から来たメール、ご覧になりましたか?」
「えっ? 何の?」
「まだ見てないんですか? では、決して驚かないで下さいね?」
「はあ」
気の無い私の返事をよそに、後輩ちゃんは興奮冷めやらぬ感じである。
「な、ななな、なんとっ! あの灯里先輩がっ! きっ、今日、ARIAカンパニーでお泊まり会をしませんか? っという内容なんですっ!」
「へえ、そりゃまた何で?」
「それが、三人ではないから大変なんじゃないですか!」
「あら、そうなの? 他に、誰か……」
と、言いかけた所で、私のポジティブな思考がにょきにょきと現れた。
「それって、もしかして、アリシアさんとかっ!?」
「いいえ、違います!」
違うんかい! と言う突っ込みを心の中でする。
「じゃあ、晃さん…な訳ないし、グランマとか?」
「違います!」
「んもう、誰よ一体」
「何と……、その名も、ARIAカンパニーお泊まり会、with暁さんなんですよ!」
「暁さ……って、ポニ男!?」
そう、まさかのポニ男再び、なのである。