ARIA The CONVERSATION   作:辰巳しおん

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アリス・キャロルは、業界史上初の飛び級一人前(プリマ)ウンディーネとして、また、業界史上初のスーパードジっ子ウンディーネの一番弟子として、日々起きる様々な出来事に苦悩しながらも、充実した日々を送っていた。
これは、そのアリスがにおいて「これは、でっかい不思議すぎる出来事なので、詳細はあまり語らないようにしましょう」と、自ら封印した事件簿の、不思議な一日の様子を垣間見るものである。
自分ソックリの同姓同名のお客様をご案内することになったアリス・キャロルに、どんな不思議な出来事が待っているのだろうか?


(アリス編)その 不思議の国からのお客様は……(2)

「お客様、お手をどうぞ……」

 

「……」

 

アリスさん(仮)はでっかい無言のまま私の手を取り、そのまま一番船首に近い席に座りました。

 

そのおかげか、私と瓜二つだと言うことに、他のお客様は気付いていないようです。

 

しかし、何だか遠縁の親戚の方をご案内するような、妙な緊張感がありました。

 

そのせいか、笑顔はぎこちなく、少し手が震えていたと思います。

 

もっとも、アテナ先輩に至っては、一人前(プリマ)になりたての頃、小さい頃からのお知り合いの方をご案内した際に、テンパったせいか、本来歌うつもりだったカンツォーネの歌詞をド忘れしてしまった事があるそうなのです。

 

仕方なく、昔その方と一緒に歌っていた童謡を歌ったところ、それが思いの外好評だった為にドヤ顔で戻って来たものの、橋のアーチに顔をぶつけてしまったという、通称『動揺したけど童謡歌ってDO-YO!からの顔ドーンよ事件』と呼ばれるドジっ子伝説があったようなのですが……。

 

それにしても、何と愛想のない、無表情な子なのでしょうか?

 

せっかくお金を払って観光するのですから、他のお客様と同じように、もう少し楽しそうな顔をしても良いのでは?

 

……と思ったのですが、以前の自分に、でっかいブーメランが刺さってしまうような感じがしたので、それ以上考えるのは止めました。

 

「それでは、出発致します。皆様、航行中は立ち上がったりしないようご注意ください」

 

そう言ってから、私はオールに体重かけて、前へと漕ぎ出しました。

 

_____________________

 

航行しながらのご案内中、アリスさん(仮)は私の方を一切見ず、ただ前に広がる景色を、ぼんやりと眺めているだけのようでした。

 

他のお客様は、写真やビデオを撮ったり、『これが終わったら次はあそこに行ってみよう』等と盛り上がっているというのに。

 

ただ、考えてみると、これがウンディーネの間で噂されている、いわゆる覆面検査官かもしれません。

 

何でも、一般のお客様としてゴンドラに乗り、抜き打ちでウンディーネの適性をチェックしているとか。

 

最悪の場合、一人前(プリマ)から半人前(シングル)半人前(シングル)から見習い(シングル)に格下げされてしまうとも……。

 

もちろん、実際に降格になったというお話は聞いたことがなく、あくまでも噂にしか過ぎないのですが……。

 

ただ、何にしても、私の観光案内に一切反応して貰えないというのも、それはそれで、でっかい考えものだと思います。

 

これでも一人前(プリマ)ウンディーネなのですから、全てのお客様に、でっかい良き思い出を作っていただかなければ!

 

そう決心した私は、次にご案内する場所で、アリスさん(仮)とお話をする事にしました。

 

「皆様、こちらはサン・マルコ広場になります。そしてあちらに見えますのが、カフェ・フロリアン。かつて地球(マンホーム)にあった、カフェの建造物をそのまま移築したものです。

 

外の開放的なお席から、大鐘楼を始めとする広場全体を眺めるもよし、店舗内の芸術的な内装に囲まれながら外の景色を楽しむもよし。どちらでも皆様に優雅なひとときを与えてくれる場所となっております。

 

皆様にはこちらのクーポンをお渡し致しますので、お飲み物を一杯、お楽しみください。なお、こちらではかつて地球(マンホーム)にあった頃そのままに、カフェ・ラテが有名となっていますが、コーヒーの(たぐい)が苦手な方は、紅茶やジュースもご注文戴けます。

 

30分後に、またこちらにご集合いただきますので、あまり遠くには行かれないよう、ご注意下さい」

 

私が一通りのご案内をしたところ、それぞれが思い思いの場所へと移動しました。

 

アリスさん(仮)は、カフェの外にある席の、ちょうど真ん中、つまり、広場にいる人からはあまり目立たない席へと向かいました。

 

「お客様?」

 

「……」

 

少し驚いた様子で、顔を上げるアリスさん(仮)

 

「こちら、ご一緒させて戴いてもよろしいでしょうか?」

 

「……」

 

コクンと頷くアリスさん(仮)。

 

「ありがとうございます。ではお隣、失礼致します」

 

私が座るやいなや、ウェイターさんがやってきました。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

 

「……」

 

アリスさん(仮)は、ウェイターさんの方を見て、メニューを指さして注文をしたようです。

 

「カフェ・ラテでございますね? かしこまりました。お客様は、いつものでよろしいでしょうか?」

 

「はい、今日は冷たい方をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

私が注文したいつもの、というのは、通称「アテナホワイト」と呼ばれている、ミルクベースの飲み物の総称です。

 

暖かいのはホットミルクで、冷たいのはミルクセーキなのですが、何故「アテナホワイト」と呼ばれているのかと言うと……。

 

アテナ先輩が一人前(プリマ)になりたての冬のある日、カフェ・ラテを思いきり制服にこぼしてしまい、お店の裏の水場をお借りして洗っても落ちず、仕方なく冬なのに夏服に着替えて観光案内をしたら風邪をひき、後で会社のえらい人にでっかい怒られた事があるそうなのです。

 

それ以降は、お仕事中はこぼしても目立たない白い飲み物を注文するようにと言われ、それを実践したところ、何故かご案内中のドジっ子が少し減ったどころか、三大妖精と呼ばれるウンディーネへと成長したことから、みんなこぞって頼むようになったという、通称『ラテは裏手で(あら)っても落ちないからって、まっ白な飲み物にしろと言われてからのむしろ伸び代半端なかった事件』と呼ばれるドジっ子伝説があるようなのですが……。

 

「あのう……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

無言に無言、まさにでっかい無言の応酬です。

 

やはり、いくら自分にそっくりだからと言っても他人は他人。

 

そんなすぐに打ち解けられるはずが無いのです。

 

これには、さすがの私も、でっかい考えが甘かったとしか言いようがありません。

 

「す、すみません。やはり、ご迷惑でしたでしょうか?」

 

「イイエ」

 

つ、ついに(しゃべ)りました!

 

ひと言ではありますが、ついにアリスさん(仮)の声を聞きました。

 

私にそっくりな声でした。

 

カタコトなので、どこか別の惑星というか、私の知らない言語を使われる国から来られたのでしょうか?

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「……」

 

再び無言、無表情。

 

「それにしても、今日はお日柄も良くて暑いですね」

 

「……」

 

またまた無言ですが、今度は首をかしげました。

 

私の言っている事が理解できなかったのでしょうか?

 

考えてみれば、言葉が分からない方もいらっしゃる事は、十分あり得る話なのでは?

 

これまで、お客様をご案内するのに、そんな事すら確認しなかったことを、今更ながらに後悔したのでした。

 

「あの、お客様。今日は、私の、ご案内は、分かりましたか? ダメな、所は、ありますか?」

 

ジェスチャーを交えてゆっくり言うと、アリスさん(仮)は何かを察したのか、急に私の手を取り、そして微笑みながら言ったのです。

 

「イイエ。今日は、優雅な、ひとときと、なっています。ありがとう、ございます」

 

「えっ?」

 

何だか、イイエ以外は途切れながらも普通の発音で、おまけに微妙に答えになっていない気がしたので、少し驚いてしまいました。

 

気のせいか、アリスさん(仮)の表情が、少し暗くなってしまったような…。

 

「すみません」

 

「あっ!? こ、こちらこそ、すみません」

 

ああーっ!

 

せっかくの打ち解けられそうな雰囲気が、何だかおかしな空気にっ!

 

しかし、アリスさん(仮)は不思議そうな顔をしています。

 

私が気にしすぎなのでしょうか?

 

そうです! 気にしすぎです!

 

もし藍華先輩がいたら、きっと『ネガティブ思考禁止!』と、怒られてしまうに違いありません!

 

諦めてしまったら、そこで試合終了です! 

 

ここは話を進めましょう!

 

あと、少しゆっくり、はっきりと話しましょう。

 

「あの……失礼ですが、お客様、ネオ·ヴェネチアに、来られたのは、今日が、初めてですか?」

 

「はい。今日が、初めてです」

 

「そうですか。もう少し、簡単な、言葉で、ご案内を、した方が、良いですか?」

 

「イイエ、そのまま、ご案内を、お願いします」

 

「そうですか、わかりました」

 

それから私達二人は、短い間ではありましたが、少しお話をしました。

 

自分にそっくりな人に、自分の話をするのは、でっかい違和感がありました。

 

しかし、何事にも動じてはいけません。

 

さすがに会社からも禁止されているので、アリスさん(仮)の素性は聞き出せませんでしたが、今回のツアーに参加したのは、「外の景色を楽しむ」為との事。

 

ただ、話す言葉は、相変わらず途切れ途切れなのですが、思いの外普通の発音になっているのが気になりました。

 

発音って、そんなにすぐ普通の感じになるものなのでしょうか?

 

もしかして、単に私が、外国の方だという、でっかい勘違いをしていただけなのでしょうか?

 

そんな事を考えていたら、いつの間にか集合時間が近づいていた事に気がつきました。

 

「お客様、申し訳ありませんが、もうすぐお時間になりますので……」

 

「そうですか、わかりました」

 

そう言うと、アリスさん(仮)は立ち上がりました。

 

「あっ、あのっ! お客様!?」

 

キビキビとした動きで行くアリスさん(仮)を追おうと、私も急いで席を立ちました。

 

「……あれ?」

 

ふとテーブルを見ると、クーポン券の敷かれたカフェラテには、口をつけられた形跡がありません。

 

私が話かけたせいで、飲めなかったのかな?

 

何だか、アリスさん(仮)にも、カフェ·フロリアンの店長さんにも、でっかい申し訳ない気持ちになりました。

 

ゴンドラ乗り場に戻る道すがら、私はさっきの会話で感じたでっかい違和感が、どうも気になっていました。

 

何故、アリスさん(仮)は、最初は無言だったのでしょうか?

 

何故、私が話しかけた後、急に、途切れ途切れに話をし始めたのでしょうか?

 

何故、『イイエ』という言葉だけ、変な発音だったのでしょうか?

 

この時の私は、疑問ばかりがぐるぐると頭の中で回るだけで、答えが思い浮かびませんでした。

 

しかし、私は気付くべきだったのかもしれません。

 

『イイエ』という否定的な言葉は、アリスさん(仮)と出会ってから唯一、私が話していなかった言葉だと言うことに……。

 

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