これは、そのアリスがにおいて「これは、でっかい不思議すぎる出来事なので、詳細はあまり語らないようにしましょう」と、自ら封印した事件簿の、不思議な一日の様子を垣間見るものである。
自分ソックリの同姓同名のお客様をご案内することになったアリス・キャロルに、どんな不思議な出来事が待っているのだろうか?
私が集合場所に戻った時には、既に他のお客様も含め、全員がゴンドラ乗り場に戻っていました。
まだ集合時間には余裕はありましたが、本来なら、私がもう少し早く戻っていなければいけなかったのです。
もっとも、アテナ先輩に至っては、
「お待たせ致しました。皆様お揃いですね。それではご案内を再開致しますので、順番にお手をどうぞ」
再び、お客様達の手を取り、ゴンドラに乗せました。
最後に、アリスさん(仮)はでっかい無言のまま私の手を取ると、再び一番船首に近い席に座りました。
「では、ここからは、カナル·グランデと呼ばれる運河を北に進みながら、主要な名所をご案内をさせていただきます」
そう言って、私が漕ぎ出そうとしたその時です。
乗っていた唯一の男性のお客様が、軽く手を上げました。
「あの、ウンディーネさん」
「はい」
「ARIAカンパニーって、この近くにあるんですか?」
「!?」
「えっ?」
アリスさん(仮)が急にこちらの方を向いた事もあって、私は少し動揺してしまいました。
「あ、あの、ええっと、はい。ここから少しだけ、東に行った所にありますが……」
「近くなら、ちょっとそこに寄って貰える事って、出来るんですかね?」
「は、はあ……」
隣の女性のお客様が、「もー、何言ってるのよ」というのも聞かずに、男性は話を続けます。
「いや、実はさっきのお店でカフェラテを飲んでいたら、店長らしき人が、他のお客さんにえらくお勧めしていたんで、どこにあるのかなって」
ああ、これがあの、灯里先輩のでっかいお友達の輪なのですね……などと、感心している場合ではありません。
「そうでしたか。ただ、ご案内のルートとは反対方向なので、少し余計にお時間がかかりますし、確か今日は、お休みだったと思うのですが……」
と、やんわりとお断りしたものの、男性のお客様にはお察し戴けなかったようでした。
「ああ、構いませんよ、単にどこにあるのかなってだけなんで」
「あ……そ、そうですか。では、他のお客様はいかがでしょうか?」
と、聞いてみると、
「少し位ならいいんじゃない?」
「そうね」
「……」
コクコクと頷くアリスさん(仮)。
行かない、という選択肢にはなりそうにありません。
「かしこまりました。それでしたら、予定のルートとは反対方向になりますが、先にARIAカンパニーをご案内致します。その後で、本来のご案内をいたしますね」
「ARIAカンパニー……」
アリスさん(仮)はそうつぶやくと、また前の方向を向いてしまいました。
まさか、私がお客様にARIAカンパニーをご案内する日が来るとは……。
何だか、自分の家を紹介するようで、少し恥ずかしい感じがします。
もっとも、アテナ先輩に至っては、
それにしても、もし灯里先輩がいたりしたら、どんなリアクションを取るのでしょうか?
いつもの灯里先輩のように、私を気遣って、何も言わず、あの優しい笑顔で静かに会釈をしてくれるのでしょうか?
それとも、いつもの藍華先輩のように「アリスちゃん! 恥ずかしいご案内、禁止!」と、あの怒り顔で突っ込んでくれるのでしょうか?
それはそれで楽しみな気がします。
……などと考えていたら、もう着いてしまいました。
シャッターは閉まっていて、「本日休業」という看板がかけられていました。
2階の窓も閉まっていて、灯里先輩はおろか、アリア社長もいないようです。
「皆様、こちらがARIAカンパニーです。ネオヴェネチアの水先案内業界において、『伝説の大妖精』と呼ばれ、永きに渡りトップクラスの活躍をされた、天地秋乃氏が創設した会社として知られています。
少人数主義のため、会社としての規模は小さいのですが、近年では、史上最年少の水先案内人となり、後に三大妖精と呼ばれたアリシア·フローレンス氏など、優れた人材を輩出していることでも知られています」
「へぇ、案内ができる位に有名なんですね」
「はい、それはもう……」
何だか、少し誇らしい気分になりま、その気分はガラガラと積み木のように崩されてしまいました。
「でも、今はそのナントカ妖精の二人はいないんでしょう? じゃあ今は、姫屋とかオレンジぷらねっとと比べたら、大した事はないのかな?」
「いいえ、そんな事はありません!」
「えっ?」
ああーっ! 思わず言ってしまいましたっ!
今度は、ゴンドラがおかしな空気にっ!
お客様達の全ての視線が、こちらに向けられています。
は、早く何とかしなければ……。
こんな時、もし藍華先輩がいたら……そうです! 『思ったことは、ちゃんと言いなさぁーい! 後輩ちゃんの悪いクセよ!』と、怒られてしまうに違いありません!
「あ、あの……実は、今は水無灯里せ……水無灯里さんという方が運営されているのですが、私がまだ見習いの時によく一緒に練習をさせて戴いていたので、その実力の程はよく知っておりまして……」
変にフォローをしようとすると、嘘くさくなってしまうと思い、ここは事実だけを言う事にしました。
すると、その男性のお客様は、すまなそうに頭をかきながら、
「ああ、お知り合いだったんですね。すいません、そういうつもりで言った訳じゃ……」
と、言いました。
「こっ、こちらこそ失礼致しました。ただ、次に皆さんがカフェ·フロリアンにいらっしゃる時は、きっとオレンジぷらねっとの話題で持ちきりになるよう、この後も私、頑張りますので!」
と、笑顔で言うと、少しお客様達(アリスさん(仮)を除く)の表情が和やかになりました。
何とかピンチを切り抜けたようです。
ホッとしたものの、何だかでっかい気疲れをしてしまいました。
「さて、そろそろ本来のご案内に戻っても、よろしいですか?」
「ええ、ありがとうございました」
「……」
アリスさん(仮)は、黙ってそのやり取りを見つめていましたが、再び前を向いてしまいました。
それから私は、本来のルートに戻り、再びご案内を始めました。
なるべく時間通りに、それでいて、急いでいることが悟られないように、少しだけスピードを早めて、サンタ·ルチア駅まで、約4キロのご案内をしました。
リアルト橋などをご案内しましたが、この暖かな気候のせいか、普段と比べてだいぶ賑やかな感じがします。
こういう日に少しだけ冷たい風を感じながらご案内をするというのは、ご案内する方もでっかい気分が良いというものです。
もっとも、アテナ先輩に至っては、
「それでは、最後は街中の細い水路を通りながら戻ります。このような街中にある水路沿いにも、とても多くの隠れた名所があるんですよ」
そう言いながら私は細く張り巡られた水路へと、ゴンドラを進めました。
こういった水路のご案内は、細ければ細いほど、自分の技量が試されるので、でっかい気合いが入るのです。
でも、アリスさん(仮)は、相変わらず前を見つめたままで、周りの観光名所には、あまり興味がなさそうでした。
何とか興味を持ってくれそうな事はないかな?
そんな事を思いながら、ご案内をしていると、十字路に差し掛かりました。
「ゴンドラ、通りまーす!!!」
普段よりもかなり大きめの声で掛け声を出すと、アリスさん(仮)が少しビックリしたらしく、キョロキョロと辺りを見回しています。
本当は左右に気を配らないといけない所ですが、アリスさん(仮)の反応が、仔猫のように見えて、でっかい面白かったので、つい見入ってしまいました。
すると、左の水路から、「アリスセンパーイ!」という、私を呼ぶ声が聞こえてきました。
アリシアさんの……声?
驚いて声の方を見た私は、再びビックリしてしまいました。
アリシアさんが……姫屋の制服を着たアリシアさんが、私に手を振っている!?
……と、思ったのですが、隣に愛華先輩がいて、愛想笑いをしながら一緒に手を振っているのに気が付きました。
そうだ、藍華先輩と一緒にいるのは、後輩のアイシアさん他2名ではないですか。
確か、『未来のお仕事体験会』というイベントをやっているんでしたよね。
ここは先輩として、落ち着いて対処をしないと、後で、でっかい笑われてしまいます。
そう思った私は、胸元で控えめに手を振り返しました。
このような所作は、藍華先輩のご指導で身についたものなので、みんなも良く教わってほしい、という願いをこめて。
そうだ! 藍華先輩と言えば、灯里先輩の事を相談しなければ!
私は手を振るのを止めて、『後で連絡します』という、ブロックサインを出しました。
気が付いてくれるでしょうか?
その反応を伺っていると、少し不思議そうな表情をした後に、何かを察したようで、『了解』というブロックサインが返って来ました。
流石は藍華先輩、こういう事には長けてますね。
そんな事を思いながら、私は再びゴンドラを漕ぎ出しました。
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「皆様、本日はオレンジぷらねっとのクルーズにご参加いただき、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
私がそう言ってお辞儀をすると、軽く拍手が起こりました。
「いやあ、色々な事が知れたし、楽しかったなあ」
「本当に」
「ありがとうございます」
そう言いながら、お客様達をお見送りしていると、アリスさん(仮)が、ニコニコとして立っていました。
自分そっくりとはいえ、心から笑っていない感じがするような、何となく不気味な感じです。
「あ、あの、お客様。今日はご利用いただき、ありがとうございました」
「はい。ありがとうございました」
「ご案内は如何でしたか? 何か至らない点はありましたでしょうか?」
「いいえ、ありません」
「そうですか。良かったです。もし、ネオ·ヴェネチアにお越しになられる事があれば、また、お会いしましょう」
「いいえ」
「えっ?」
そう言ったかと思うと、アリスさん(仮)は、すれ違いざまに、私の耳元で、こうささやきました。
「……また、お会いしましょう」
「えっ? お客様?」
最初の言葉が聞き取れませんでしたが、振り返った時には既に、アリスさん(仮)の姿は見当たりませんでした。
「またお会いしましょう」という私の言葉に、「いいえ」と言ったのに、「またお会いしましょう」とはどういう事なのでしょうか?
迷路の中をぐるぐると回っているような、不思議な感覚になりましたが、ふと時計を見ると、15時を過ぎていたのに気が付きました。
大変! 早く藍華先輩に電話をしなければ!
次のご案内まであまり時間の無い中、私は急いで寮の電話へと急いだのでした。