これは、その三人が体験した、ある一日の様子を垣間見るものである。
一体、三人にどんな出来事が待っているのだろうか?
(ああ……疲れた)
藍華は、ARIAカンパニーのデッキに座りながら、白いため息をついた。
その日は朝から、冬とは思えないような暖かさだったにも関わらず、夜は再び厳しい寒さに戻っている。
思い返すと、今日は色々とおかしな事が起こりすぎている。
朝は入館用のセキュリティカードとポイントカードと間違えている事に気付かず、今日のおやつに取っておいた限定販売のプリンは
そして、ここに来る為の衣装を、
ひとまず、服装については、最近、各社の新人
そして極めつけは、今自分の隣で、まるで瞑想に
何の連絡もなしに、藍華が指定した時間ギリギリまで現れず、先輩を待たせるという、ウンディーネとしてあるまじき時間感覚の持ち主にイラついていた所へ、まるで幽霊かのように背後から、静かに、しかし突然に「お待たせ致しました」と、耳元でふうっと息を吹きかけられるように
おまけに、自分と同じサバイバルゲーム風の服装は良いとしても、多様な攻撃ができるという数種類のナイフ、催涙や催眠効果のあるという煙幕、窓からの侵入や相手を縛りつけるのに利用できるというロープなどの、まるで特殊部隊が敵のアジトに突入するかのような装備品の数々を披露され、さすがの愛華もドン引きしてしまったのであった。
確かに、ある程度護衛・防衛が出来る服装・装備で行きましょう、と言ったのは自分だが、明らかに「ある程度」の域を越えている装備に、一体どんな事態になるのだろうかという不安にもかられているのだ。
そんな藍華の心配など、まるで関係のないかのように、建物の中から灯里と暁の声がもれ聞こえて来る。
「フン、では、ココはどうだ?」
「はひっ! そ、ソコを攻められると……」
「ふっ、ホレホレ」
「ああっ! そんなっ、ナカの方まで……」
「どうだ? お前の弱い所をついてやっただろう?」
「はひ……ま、まだまだ……」
「うむ……うっ……ふふん……ぬおっ」
「えへへ、暁さん、場所によって、すぐ顔に出ちゃいますね〜」
「そっ、そんなことは無い……むっ!?」
「あーっ。ココが一番弱いトコロですか?」
「お、おい、やめろ」
「ではでは~えいっ」
「うおっ!」
「ほうら、白いのがいっぱいになりましたね~。じゃあ、次は暁さんの番ですよ」
(まったく、あの二人もやっぱりお子ちゃまね)
先程から二人がオセロに興じており、しかもかなり低レベルな様子だという事は、藍華にもすぐに理解できた。
ひとまず、懸念されていた、いかがわしい大人のツイスターゲーム等を興じていなかったことに、安堵する藍華。
と、同時に、こんな寒々しい所にいつまでも居座っている事が、急速にバカらしく思えてきた。
やっぱり帰ろうか、という提案をしようと、改めてアリスの方を見ると、じっと月を眺めているらしく、中の様子にはまるで関心が無いようだ。
(後輩ちゃん、一体何を考えているのかしら?)
アリスの様子を見ていると、いつか、ARIAカンパニーのお月見をした事を思い出した。
が、今隣りにいる後輩ちゃんと、お月見団子を競って食べたこと以外は、ほとんどアルくんとの恥ずかしい出来事ばかりで、お月見自体の事は、よく覚えていない。
それにしても、微動だにせず、ただ月だけを眺めているのは異様な雰囲気の様に思えてきた。
(もしかして、これは……)
「藍華先輩」
「うん? どしたの?」
「実は私、先輩方には言っていない、でっかい秘密がありまして……」
「秘密?」
「ええ……秘密です」
「それは……何なの?」
「秘密なので言えません」
「ぬなっ。んもう、そんなの言われたら、余計に気になっちゃうじゃないのよう」
「でっかい大丈夫です。言わずもがな、見ていれば分かりますから」
「見ていれば……って、あれ? 後輩ちゃん、そんなに毛深かったっけ?」
「ええ、以前から毛量には自信がありまして」
「いや、髪じゃなくて、何だか、オオカミのような……って、ええっ!?」
「私、灯里先輩とのお月見以来、満月になると、何だかでっかい興奮してしまって……」
「いや、そのー、興奮ってゆーか、変身って言うんじゃ……そ、それはそうと、興奮するとどうなるの?」
「はい、近くにいる人を、襲ってしまいたくなるんです」
「お、襲うって? だっ、だって……そんな事今まで……」
「でっかい安心してください。襲うと言っても、ただ、いろんな所を舐めたくなるだけですから……」
「あーっ、そうなんだ……ってならないわよ! な、なななななっ、舐めるって?」
「はい、ではまず耳から……」
「いやっ! だからちょっと待っ……」
「藍華先輩……でっかい綺麗なお耳ですねえ……」
「ま、まずは落ち着きましょ、ね? ねっムグッ!」
「静かにしてください、藍華先輩……」
「ムムッ…ムーッ」
「藍華先輩?」
「むふっ?」
ふと我に返ると、藍華の目の前には、自分の口に人差し指を当てつつ、藍華の口を押さえているアリスの姿があった。
「大丈夫ですか?」
眉を潜めながら尋ねるアリスに、藍華はコクコクとうなずきながら、ゆっくりとアリスの手を口から離す。
どうやら、いつの間にか妄想の世界へといざなわれていたらしかった。
「ごめん、後輩ちゃん。なーんか、ちょっと考え事しちゃってたみたい」
「えっ?」
あれがかよ、といいたげな表情のアリスに、焦る藍華。
「まあ考え事って言うか……ごめん。とにかく、本当に大丈夫だから」
「そうですか……」
「あの、えーっと、それにしても寒いわね……。温まるものでも持って来れば良かったなあ……」
「では、カフェラテは、いかがでしょう?」
「えっ? あるの?」
「はい」と言いながら、水筒を取り出しすと、コポコポと暖かい液体をコップに注ぐアリス。
湯気と共に、カフェラテの香りが伝わって来て、何とも幸せな気分になった。
そして、それを口に運ぶと、冷たく冷え切った身体の中が、ジワジワと熱を取り戻すような感覚になった。
「……あ~、温まるわ〜。さすがは後輩ちゃんね」
「ありがとうございます」
「それにしても、何だか中の二人も、変な雰囲気にもなりそうに無いわね。何だか心配して損……」
不意に、アリスが藍華を静止した。
その目付きの鋭さに、思わず息を飲む愛華であった。
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話は少し遡る。
ARIAカンパニー内
「えへへっ、すみません。また私の勝ちですね」
「くっ…また……負けた」
満面の笑みでいる灯里とは対照的に、ガックリとうなだれる暁。
オセロ勝負はもう、暁の十連敗となっている。
今朝、いきなり「俺を泊めろ」と言われた挙げ句、愛華やアリスにお泊まり会の提案を断られ、途方に暮れた灯里であったが、
楽しいことには手を抜かない灯里に、それまでの飲み会ではしゃぎ疲れた暁が敵う訳もないのだが、暁にとって、このほんわかした雰囲気の灯里に負け続ける事は、どうも腑に落ちない事なのであった。
他方、癪にさわるとか、怒りを覚えるという訳ではない、不思議な感覚なので、つい何度も勝負を挑んでしまうのである。
「もみ子、も、もう一度だけ勝負しろ」
そう言う暁に、灯里はすまなそうな顔をした。
「すみません暁さん。私、明日は朝からご予約が入っているので……」
「む、そうか……」
暁が時計に目をやると、もう日付が変わろうとしている時間だ。
暁は思った。
いくら歓迎されているとは言っても、寝泊まりする場所を提供してもらっているし、自分も明日は始発の空中ロープウェイに乗って戻らなければ、親方から大目玉を食らうのは間違いないだろう……と。
「まあ、もみ子の頼みじゃあ仕方がねえな。もう寝るとするか」
「はひ! ありがとうございます。じゃあ暁さん、三階の屋根裏部屋にお布団を敷いてありますので。そこに寝てください」
「おう」
「あ、それと、あの……」
「うん?」
「その……クローゼットとか、開けたりしないようにしてくださいね」
「そりゃ……お、おう……」
赤面する二人に、沈黙の時が流れた。
「(だあーっ! もう! こんな恥ずかしいやり取り、聞いてらんなムグッ!)」
「はへっ? 何か今、藍華ちゃんの声が聴こえたような……」
声のしたほうへ行こうとした灯里を、暁が引き止める。
「いや、そんな事よりもだもみ子よ」
「はひ?」
「お前は、どこで寝るんだ?」
「実は、以前アリシアさんが使っていたお部屋がありまして、今日はそこで寝るつもりです」
「はっ?」
意外そうな顔をする暁に、灯里が言葉を続ける。
「もし藍華ちゃんやアリスちゃんとかも来るようだったら、ここにみんなで泊まれるかなって、思っていたんですけれど……」
「そ、そうか。しかしだな、もみ子よ」
「何でしょうか?」
「いや、決して一人が怖いとか、不安だとかそう言う話ではない。ないんだが……もみ子を一人にするのはどうも不安でな」
「ああ、ありがとうございます。でも、以前、ここら一帯が停電した時以外は、ずっと一人で寝てましたので、私は大丈夫ですよ」
「そ、そうか。しかしだな、俺が寝ぼけて何をするかわからないぞ?」
「はひ。だから寝る時は別れて寝るようにって、アリシアさんにも言われてまして……」
「ア、アリシアさんが、俺が泊まるのを知っているのか?」
「ええ、そうですけど」
「何てこった……いや、何てことはないぞ、何てことはないんだが、何でもない」
「では、明日は早めに起こしに来ますので、お休みなさい」
「あっ、いやっ、待ってくれもみ…うわっ!」
「キャッ!」
ドサッ
足がもつれて、二人が折り重なる様な体勢になった。
「……あてて……」
「あの、暁さん」
「あっ? ああ、いや、その、すまん。怪我はないか?」
「だ、大丈夫ですけど、その……顔が……」
「あ、いや、これはだな……」
今、暁は、よつん這いになりながらも、動こうとはせず、灯里のことをじっと見つめる。
「(まずいわ! 後輩ちゃ……あら? こんな時に何処に行っちゃうのよう!)」
辺りを見回すも、アリスの姿が無い。
(あーもう! こうなりゃ一人で行くわよ! 灯里、必ず助けてあげ……あれっ? 何だか急に眠く……)
その場でよろける藍華。
(ダメよ愛華、灯里を守らなきゃ……)
思いとは逆に、意識は遠のいて行く……。
「灯里……あか……」
そう、言いかけた所で、藍華はその場に静かに倒れ込んでしまったのであった。
「と、とにかく、離れてもらっても、いいですか?」
「あ、あの……それなんだが、何だか身体が思うように動かなくてな」
「ええっと、それは一体……」
「もみ子よ、その……」
と、暁が言いかけたその時だ。
ポンッ! ポンッ!
頭上で、何かが破裂するような音がする。
「ほへっ?」
「なっ……何だ?」
辺りに不思議な色の煙が充満し、灯里は自分の視界がボヤけてきた事に気が付く。
「お、お前はだれ……うおっ!?」
灯里の目の前が急に明るくなる。
何が起きたのかはわからないが、少なくとも暁が自分から離れた事は分かった。
「……てて……おわっ!?」
「………」
「お、おい、待て。ま、まずは話をしようじゃねえか」
「………」
聞き覚えのある女性の声がするが、何を言っているのかまでは、灯里には良く聞こえない。
「じょ、冗談だろ? ふごっ!?」
明らかに焦りのある暁の声だけが、灯里に聞こえてくる。
「あ、暁……さん……」
きっと誰かに襲われているに違いない。
そう思った灯里は、身体を起こそうとするが、強烈な眠気が襲い、その場に倒れてしまった。
(暁さん……無事でいてくださいね……)
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……ふっ?」
灯里が目を開くと、そこは、見慣れない天井が広がっていた。
(あれ? ここは……)
目だけ動かして、辺りを見回す。
近くにある窓からは、うっすらと光がさしており、恐らく日の出の時間らしいことは分かった。
しかし、自分が寝ていたこの場所が、どこなのかは分からない。
だが、来た事はあるし、自分の寝ているふかふかのベッドからは、とても安心する匂いがする。
(もしかして、アリシアさんの部屋?)
太陽がのぼり、徐々に明るくなるにつれて、灯里はその場所が、自分が昨日掃除をした場所である事に気が付いた。
(わたし、どうやってここまで来たんだっけ?)
昨日自分がARIAカンパニーにいたことまでは覚えているが、そこからここまでの記憶が繋がらない。
「うーん……アリシアひゃん……」
「えっ?」
突然の声に驚いて、反対側を見ると、何とそこには藍華が寝ていたのである。
(どうしよう……何でここに藍華ちゃんが寝ているのかが、全然わからないや)
そんな事を思いながらも、まずは起きて状況をと思った灯里が身体を起こそうとした瞬間、いきなり藍華に抱きつかれる。
「ほへっ? あ、藍華ちゃん?」
「うーん……アリシアひゃーん……」
「はひっ? ちょ、ちょっと藍華ちゃん?」
幸せそうな顔をしながら、灯里の胸に顔をあてがう藍華。
「あれえ? アリシアひゃん……何だか思っているよりも、お胸がちいさい感じがしますねえ……」
「な、何言って……」
「うふふーん……さっき、アル君のかわりに甘えて良いって、言ってくれたじゃないですかぁ……恥ずかしがらないで下さいよー。もう、恥ずかしがるの、禁……」
と言った所で、藍華の目がパチンと開き、赤面する灯里と目が合う。
「し……」
「お、おはよう……藍華ちゃん」
藍華は、目の前にいる、引きつった笑顔の人物を即座に認識し、そして、即座に顔を真っ赤にして、そして叫んだ……
「ぎゃーーーーすっ!」
部屋中に、乙女の叫びが響き渡る早朝であった。
「ああ、もう! 一体どうなっているのよう!」
「それが、わたしもわからなくて……藍華ちゃんはどうしてここに?」
パタパタと走りながら灯里が尋ねると、藍華は少し頬を赤らめて言った。
「そっ、そんな事はどうでもいいじゃない! とにかく、ARIAカンパニー、ついでにポニ男がどうなったのか、見てみなきゃ!」
「うん、そうだった」
「あっ! 先輩方!」
二人が声のした方を見ると、制服姿で、湯気のたつパンを持った少女の姿があった。
「あーっ! 後輩ちゃん! 一体どこ行ってたのよう! 心配したじゃない!」
「ほへ?」
「あっ、ええっとね、こっちの話だから心配しないで」
「はい。見ての通り、でっかい心配御無用です」
「こっちの話で心配したけど、こっちの話は心配しないで?」
「と·に·か·く! どういう事なの?」
「す、すみません。何と説明したらいいのか分かりませんが、あの後、色々な事がありまして……。気が付いたら、自分の部屋で寝ていたんです」
「えっ? じゃあ、寮に戻ったのね?」
「えっ?」
伏し目がちに答えていたアリスは、藍華の質問の意図が理解出来なかったが、灯里のいる目の前で反問するのはまずいと思った。
「ええっと……はい。御心配をお掛けしてしまって、本当にすみません」
「ほへ? どういう事?」
「あの、だからそれはちょっとこっちの話なのよ。まあ、後輩ちゃんが無事だったんなら、それはそれで良かったわ」
「とても良かったとは言えませんが……それより、先輩方は大丈夫でしたか?」
「実は、私も灯里も、何だか寝ちゃったみたいでさ。何だか良くわからないのよ。ね? 灯里」
「うん……だから、今藍華ちゃんと一緒に、ARIAカンパニーの様子を観に行こうとしていて……」
「そうですか、それでお二人で?」
「そう。ポニ男がどうなっているのか、確認しなきゃ!」
「さあ、ドアを開けて!」
「は、はひ……」
「(いい? 昨日の様子じゃ、最悪の事態になっているとも限らないわ。そぉ〜っと、入るわよ)」
カチャリ、とゆっくりと扉のカギを開けて、三人が恐る恐る中を覗く。
しんと静まり返る中、椅子に座る何かがいる。
「(何なの? あれ?)」
「(でっかい危険な香りがしますね)」
「(えっ? どんな香り?)」
「(違うわよ! 雰囲気よ、フンイキ!)」
「(とにかく、中へ入りましょう!)」
三人はお互いに頷き、ゆっくりと扉を開け、中へと足を踏み入れる。
すると、薄暗い部屋の中で椅子に座る何かが、ピクリと動いた。
「はっ……はひっ……」
「ひゃっ! ちょっと! 押さないでよ!」
「えーっ? だって……」
藍華と灯里の声に気が付いたらしく、椅子に座る何かは、急に三人の方へと向かってきた。
「むうっ! むうっ!」
「はひぃーっ!」
「うわっ!」
その時、藍華はとっさに、幼い頃に習った、バレエのステップを思い出し、回避行動を取ろうとした。
が、『二人を守らなければ』という、無意識に起動したリーダーとしての組織防衛本能が、脳内で誤って闘争本能と結びついてしまい、相手へと立ち向かわせてしまったのである。
「おりゃーっ!」
「グフッ!」
藍華が繰り出したラリアットが、椅子に座る何かの顔らしき所に当たり、その場にパタンと倒れる。
その勢いで、珍妙なかぶり物がゴロン、と取れ、目には涙、鼻には鼻水、口には
「……はひっ! あ、あ、暁さん!?」
「えっ?」
藍華とアリスが改めて見ると、それはまさに、ポニ男こと暁だったのである。
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それから一時間後……
「ぷいにゅーっ」
「あっ! おはようございます、アリア社長」
「ぷいぷぷぷいにゅーにゅぷいにゅ?」
「はいはい、お腹の調子はもう大丈夫ですか? 今日は、おかゆじゃなくて、ベーコンとチーズのオムレツにしますからね」
「にゅ?」
「しかも、今朝は、アリスちゃんから、パンの差し入れがあったんですよ~」
「ぷいにゅーっ!」
「うふふ、テンション高いですね。さあ、今日からまた、お仕事も張り切って行きましょう!」
「ぷいにゅっ!」
暁は、猿轡やらロープを外されると、ただ一言「まあ、何だ。昨日の事は無かった事にしよう」とだけ言い残して、そそくさと帰ってしまった。
アリスと藍華も、時計を見て慌てて帰ってしまい、灯里一人だけがポツンと残されてしまったのであったが、直後に、何事も無かったかのように、アリア社長が上から降りて来たのであった。
(一体、昨日は何があったんだろう? アリア社長は……知らないよね)
そう思った灯里であったが、実はアリア社長は、一部始終を見ていたのである。
だが、アリア社長『昨日は大丈夫だった?』、と言おうとした所を『今日はお腹空いちゃった?』という様に捉えられてしまった事や、灯里が無事であった事に安堵した為、あえてそれ以上は深追いしなかったのだ。
決して、部屋に立ちこめるベーコンエッグや、焼き立てのパンの良い香りにお腹が空いてしまい、どうでも良くなってしまった訳ではない。
「あれ? アイちゃんからメールだ」
灯里さん
昨日のお休みは充実していましたか?
私は昨日、私にとって、大切な人を危険から守る事に成功しました!
本当は、私が直接守ってあげたかったんですけれど、遠くに住んでいる人だったので、そういう訳にもいかず、お姉ちゃんの旦那さん経由で、ある人にお願いをしたんですけどね。
いつか必ず、私自身が大切な人を守れるように、日々、ジョギングをしたり、筋トレを積み重ねる毎日なのです。
それでは灯里さん、今日もお仕事頑張ってくださいね!
そうそう、前に、ARIAカンパニーにお世話になった時に食べた、灯里さん特製ベーコンとチーズのオムレツ。
とっても美味しかったので、また食べたいなあ……。
アイ
メールを読み終えた灯里は、クスクスと笑いながらパソコンを閉じた。
「アイちゃんの大切な人かあ……とっても素敵。でも、一体誰なんだろう?」
「ぷいにゅっ!」
灯里を指すアリア社長。
「えーっ? わたしじゃないですよ〜」
「ぷいにゅっ!」
「そうだと嬉しいですけれどね。あ、それよりアリア社長」
「にゅっ?」
「アイちゃんが、ベーコンとチーズのオムレツ、食べたいそうですよ」
「にゅにゅっ!? ぷいぷい!」
「うふふ、アリア社長のは誰も取りませんから、大丈夫ですよ」
「にゅっ! にゅにゅっ!」
「そうですね。温かいうちに、食べましょう!」
一方その頃……
並んで歩いていた3人のミドルスクール生が、前をてくてくと歩いていた人物に声をかけた。
「アリーチェちゃ〜ん!」
「ああ、おはようございます、皆さん」
「おう。いやあ、昨日は残念だったなあ。まさか急に具合が悪くなって、早退するなんて思わなかったよ。なあ、アルテナ」
「そうね、もう元気になったの?」
「はい。皆さん、『未来のお仕事体験会』はいかがでしたか?」
「ああ! 姫屋の制服も着られたし、皆支店長に褒められたんだよな?」
「ええ、そうね」
「とっても楽しかったわ〜」
「そうですか。それはでっかい……」
「でっかい?」
「あ、すみません。つい……」
「ふうん……。まあいいや、ほら、早く行こうぜ!」
「あらあら、アイシアちゃん、今日は張り切っているわね」
「ああっ、みんな、待って〜」
沢山の人の、様々ではあるが、何でもない一日。
それが再び、始まろうとしていたのであった。
終