SIDE 碇シンジ
「初めまして。君が碇シンジ君かな?」
彼女と出会ったのは太陽の照り付きと強風の印象的な洋上だった。
ネルフでの保護者兼上司である葛城ミサトさんとクラスメイトの友人二人と共に国連軍太平洋艦隊に輸送されるエヴァ2号機の受領に向かった時、僕は彼女と出会った。
「あ、うん。君は誰?」
「私はエヴァンゲリオン2号機パイロット。ネルフ・ユーロ支部所属のセカンドチルドレン、式波・アスカ・ラングレーだ。式波と呼んでくれ。今後は一緒に出撃する事になるからよろしく頼む。」
そう言って、アスカはニッと何処か少年の様な、男性の様なカラッとした笑みを浮かべて握手のために手を差し出した。
やや赤みがかった金髪をポニーテールに纏め、上半身にはインナーのみで下は迷彩柄のズボンの軍服?(戦闘服と言うらしい)に身を包み、堂々とした立ち居振る舞いは確かにしっかりと訓練を受けた人間と言う事が何となく分かる。
こちらも手を差し出して握手すると、その掌のごつごつした感じから彼女が自分では思いも付かない程に厳しい訓練を受けて来たのだと何となく伝わって来た。
自分の様なポッと出を除き、綾波以外の正規のエヴァパイロットとは初めて出会ったが…成程、彼女は確かにエヴァのパイロットに成るべくして成ったのだと理解できた。
「む?碇君、君は同い年の割に余りにも軽くないか?ちゃんと食べてるのか?」
「え?う、うん。人並みには。」
「となると単に筋肉の比率が低いのか。鍛えて体力付けないとこの先辛いぞ。」
握手したまま手を確かめる様にニギニギしたりちょっと押されたり引かれたりされてそんな事を言われ、僕にはいなかったけどクラスの子の語る親戚のおばちゃんやお婆ちゃんみたいだなと思った。
「外も良いが、態々こちらに来たんだ。私の乗る2号機の紹介をしておこう。」
さ、入った入ったと促されるまま、僕は格納されている2号機の下へと案内された。
同い年の筈なのに、何だかお姉さんみたいな綺麗な子。
これが僕と式波の出会いと初印象だった。
……………
私、式波はあの衝撃的な目覚めから数年後、2号機専属パイロットとして訓練に励み続けた。
今まで以上の体力・学力・戦闘訓練を重ね、常に成績は最優秀を叩き出す。
施設内を自由に歩けるようになり、設備の多くも自由に使用できる。
通路を歩く際、多くの職員は私に負の感情のこもった視線を向けて来る。
恐怖、嫌悪、畏怖、罪悪感。
しかし、それは普通の人間ならば私に対して感じても何もおかしくは無いものだった。
クローン人間と言う未知への恐怖、他者を蹴落としても生き延びている事への嫌悪、余りにも優秀過ぎるが故の畏怖、非人道的な方法で産み落とした罪悪感。
それでも私は毅然とした態度で前を向き、歩み、生きていく。
そう妹達に教えたからには、姉としてそれを実行し、堂々と生きていかねばならない。
それがあの地獄で身勝手にも呪詛を吐き続けた私の責任だった。
そんな日々を過ごす内、幾度かこの施設の外の人間と接触する事があった。
加持リョウジ一尉と葛城ミサト三佐。
この二名は私が式波として生まれてから一度も無かった位には個性的な人間であり、流石は原作キャラはキャラ立ちしてるな、と思わされた。
将来を見越しての顔繋ぎ程度の知り合いだが、まぁ今はそれで充分と言う事なのだろう。
そうして日々を過ごす中、遂にほぼ完成した2号機とのシンクロテストが実施された。
当然と言うべきか、結果は上々だった。
新劇においては2号機を始めとした量産仕様のエヴァにはバックアップが存在し、複数の人間がシンクロ出来た。
これはコアの切り替えを可能としていると言う説があったが…エヴァにそんな複数の人間の魂を突っ込んで大丈夫なのかと言う疑問があった。
その答えは2号機との初のシンクロテストで分かった。
『エントリープラグ挿入。固定位置に接続。』
『探査針、打ち込み完了。』
『プラグ深度は…。』
『精神汚染深度は基準範囲内。』
『A-10神経接続、異常無し。』
『ハーモニクス、全て正常。』
通信から入って来る全ての雑音が、今は遥か彼方だった。
LCLに満たされたエントリープラグの中、瞑想に近い状態で私は2号機へと語りかけた。
どうか私に力を貸してほしい。
そんな身勝手な祈りに応えてくれるかどうか不安だったが、返事は直ぐに来た。
お 姉 ち ゃ ん
消えてしまった筈、失われてしまった筈の声だった。
私の代わりに消えて、失われてしまった筈の気配だった。
自らへの憎悪・殺意・赫怒、妹への愛情・悲哀・惜別。
激情が次々と湧き上がり、叫び出しそうになる事を必死に堪えるが、涙腺は情けなくも決壊し、流れた涙はLCLに混ざって消える。
「そうか。アスカは、ここに居たのか。」
あぁ、あぁ!
叶うならば、もう一度この手に妹を抱き締めたかった。
大事なのだと、愛してるのだと、もっとずっと一緒にいたかったのだと。
置いて逝こうとしてごめんなさい、自分だけ生き残ってすまないと言いたかった。
『ッ!? シンクロ率急上昇!』
『70、80、90…まだ上がります!』
『神経接続カット!停止信号送れ!』
『ダメです!停止信号が全て拒絶されています!』
『何だと!?』
もっと、もっと一緒にいたい。
もう離れ離れになんてなりたくない。
だが、まだだ。
右手を操縦棹から離し、血が出る程に握り締め、その痛みと自傷で激情を抑え込んでいく。
私はまだ、お前達への誓いを果たしていない。
だから、もう少しだけ待っていてほしい。
寂しくなんかないよ、また逢いに来るから…。
『え、シンクロ率低下中です。90…80…75%で安定しました。』
『馬鹿な…こんな事が…。』
『各数値も正常範囲内です。如何しますか?』
『…現時刻を以て第一回シンクロテストは終了。停止信号送れ。エントリープラグを排出後、総点検を行う。シンクロテストは後日改めて行うものとする。』
その一週間後、改めて行われたシンクロテストでも私は高いシンクロ率を安定して出し、シミュレーターでも十二分な成績を上げた。
これを以て私、式波・アスカ・ラングレーはエヴァ2号機パイロットとして完成した。
終わった後、私は2号機のバックアップシステムを理解した。
成程、道理で2号機が複数のコアを持てる筈だ。
なにせ全てのコアが私の妹達なのだ。
2号機は式波・アスカ・ラングレーと真希波・マリ・イラストリアスの両名とどうしてシンクロ出来たのか?
複数のコア、即ち魂をエヴァの中に取り込ませて問題は出なかったのか?
答えは簡単だった。
取り込まれたコアは全て同じ様な人格を有するクローン体、即ち式波シリーズで統一されていたのだ。
同一人物のクローンならば魂同士の不適合の様な事も起こり辛く、自分と似た存在が多数いる環境に慣れている事も+となる。
そしてシンクロする際は取り込まれたクローン体の内、そのパイロットと最も相性の良い個体がコアの役割を担当し、シンクロする。
何だったら事前にパイロット候補と共同生活をさせ、信頼関係を深めさせるのも有りだろう。
余りにも下衆な構造に吐き気がするが、考えれば考える程効率が良い。
人命や倫理観を溝に投げ捨てるが如き行為だが、人類滅亡の瀬戸際においてはそんなもの不必要とされたのだろう。
全く以って度し難い。
度し難いが、これが滅びに抗うと言う事なのだろう。
背に腹は代えられず、セカンドインパクトによって人口が半減し、国力も減衰した人類には手段を選んでいる程の余裕が無かった。
まぁ外道は外道なので、心の中の復讐手帳にはしっかり記載しておくのだが。
遂に使徒の出現と合わせて日本支部へと2号機と共に移動が決定した。
ユーロ支部は私と言う傑作パイロットとご自慢の2号機を日本支部に向かわせる事に抵抗を抱いていた様だが……どうやら「お偉いさん」からの命令には逆らえなかったらしい。
渋々といった感じで私と2号機は国連軍太平洋艦隊(殆どは米太平洋艦隊)によって移送される事が決定した。
その際、予備パーツや武装類に整備用の人員等は送らず、固定兵装のプログレッシブナイフと右肩のニードル発射機構のみと来た。
成程、この詰まらないガキの癇癪の様な行動こそが赤城リツコ博士の言う「各国のエゴ」と言う訳だ。
嘗ての鉄と技術、軍事の国が笑わせてくれるものだ。
洋上では碌な娯楽も無いし、暇つぶしのためのシミュレーターすら無いと来た。
そのため、私が出来るのは軍人達に交じっての自己鍛錬のみ。
射撃場は部外者と言う事もあって貸して貰えなかったが、トレーニング施設等は使わせて貰った。
その歳にしてはよく鍛えられ、かなり筋も良いと言われたが、その辺は転生者故の呑み込みの速さと式波クローンのスペックの高さが故だろう。
そうしている内に軍人達とコミュニケーションを取っていると、旗艦オーバー・ザ・レインボー内の娯楽施設の事を教えられた。
よくよく考えればこんな大人数が長期間航海するのだから、第二次大戦期の艦でもないのに兵の士気の維持のためにもそういった施設がある事は常識的だった。ウカツ!
空母内部には病院、床屋、日刊紙発行所、放送局そして図書館までも揃っていた。
他にもこのご時世で天下のマ○クや教会まであるのだから、全く米帝様は凄まじいぜ!
で、旗艦に行くと一緒に乗って来たらしい加持リョウジ一尉と出会う。
彼は専らこの艦隊のあちこちをうろついていたらしいが、こんな所あるのなら最初から言ってほしい。
「いやーすまんすまん。何せ熱心に訓練してるのを邪魔するのも何だと思ってね。」
お詫びに奢るよ、と言う事なのでその日の昼食は○ックにした。
だが流石は本家仕様、サイズが記憶と余りに違ったので加持のお財布にダメージは入らなかった。
そんな事はさて置き、ここに置いてる蔵書、特に専門書籍は一級品ばかりで、残りの航海の間はほぼほぼここで過ごす事となった。
まぁ時折2号機の所にいったが。
だって夢枕で妹達が寂しそうにしてたし、お姉ちゃんとしては行かぬ訳にはいかない。
そんな日々を過ごしていると、遂に日本から葛城ミサトと碇シンジ+オマケ二人がやってきた。
「これがエヴァ2号機。エヴァシリーズの制式採用型であり、今後建造される機体の先行量産仕様になる。」
「見た目はそんなに変わらないんだね。」
「まぁな。初号機や零号機には規格の合わない追加オプションなんかも使えるぞ」
「へぇ、それってどんな…!?」
直感に任せ、碇シンジを庇うように抱き寄せ、手近な手摺へ身を寄せる。
同時、大きな衝撃が艦体を、否、艦隊全体を襲った。
『緊急事態発生!緊急事態発生!!総員、速やかに戦闘配備!!繰り返す、戦闘配備!!』
それだけで何が起こったのかを私と碇シンジは理解した。
「使徒か。まさか輸送中とはな。」
「式波!早くミサトさん達と合流しよう!」
「いや、2号機を放ってはおけない。それに君を旗艦に送る余裕も無いだろう。」
この状況で輸送艦から旗艦の空母へヘリを飛ばすのは得策じゃない。
第一、本来外様の部外者一人移すなんてこんな非常時にしてくれる訳が無い。
だが、彼が死んだり戦線離脱する様な事態は絶対に避けねばならない。
となれば、碇シンジの身の安全を保障しつつ2号機の安全も確保できる手は一つだけだ。
「仕方ない。碇君、予備のプラグスーツを渡すから、君はそれを着てくれ。」
「え?」
「君も2号機に乗るんだ。」
「えぇ!?」
「で、空母に移動する。あそこにしか外部電源は無い。」
「で、でも、何の許可もなく…。」
「待ってたら死ぬぞ。使徒相手に通常兵器じゃ基本的に役に立たない。」
「わ、分かった。じゃぁちょっと着替えてくるね。」
明らかに自分の体格に合わなそうなプラグスーツを渡された碇シンジはしょんぼりとしながら物陰へ入っていった。
うん、素直なのは良い事だ。
こうして、私式波・アスカ・ラングレーの初めての対使徒戦闘が始まるのだった。