超光速の証明   作:雁来紅

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初投稿緊張しますね。ニンジンはあまり好きじゃないです。


1 憧れ

 100m。

 その数字が、最速の人間を決める距離である。

 陸上競技の枠組み内において、短距離から長距離まで種目はあれど、人間が終始全力で走り続けられる距離となるとかなり限られてくる。

 故に人間はこの距離に全力をかける。体を鍛え、理論を学び、センスを磨く。誰もよりも早くゴールするという共通の目的を抱いて。

 とはいえ、何事にも例外は存在する。

 100mを文字通り風のように駆け抜け、その倍以上の距離を平然と走り切る存在、ウマ娘。彼女たちにとってその距離は短すぎた。

 ターフを支配する彼女たちの走りには誰もが魅了され、事実、彼女たちが走るだけでそこには一つのエンターテイメントが生まれた。

 トゥインクルシリーズ。

 ウマ娘による、ウマ娘のためのエンターテイメントは、今や国民の誰もが知るものとなっていた。

 ウマ娘がそこを走るだけで、誰もが声援を送り、彼女たちの活躍を自分のことのように嬉しく思う。

 人間の陸上競技とは違いここまで人気になるのは、ひとえにウマ娘の人間離れした脚力に、人々が憧れのようなものを抱いているからかもしれない。

 そんなウマ娘、トゥインクルシリーズであるが、しかし。

 何事にも例外はあるのだ。

 トゥインクルシリーズはウマ娘の超人的な脚力に合わせた、いわばウマ娘版の陸上競技のようなもの。当然出場資格はウマ娘のみである。そうでなければならない。自動車と同じ速度で走るウマ娘の脚力に人間がついていけるはずがないのだから。

 そう、本来であれば。

 

 

 

 

 唐突だが、足が速い人間はモテる。

 もう少し詳しく言えばそれは期限付きなのだが、まあともかくモテる。

 50m走の記録が良いだけでその人間はクラスの中心になれるし、運動会などの運動神経がものを言う行事では優勝の要となる。

 ではウマ娘はどうか。

 ウマ娘は走るために生まれてきたような存在だ。初めから足の速い存在と認知されているため、そもそも人間とウマ娘とでは記録は分かれている。

 しかし足が速いという事実は変わらない。彼女たちもまたクラスの中心になりえるだろう。

 では仮に、ウマ娘を追い抜けるほどの脚力をもつ人間がいたらどうなるだろうか、

 ありえない話だ。バカバカしいと笑う人間が殆どだ。

 だが、仮に。

 ウマ娘より速い人間がいて、その異常性に気づいたのが比較的早い段階であったとしたら。

 天は二物を与えず。

 その言葉通り、その異常性を発現した少年は、ウマ娘より速い脚力以外にこれといった取り柄のない人間だった。

 彼が自分の異常性に気づいたのは小学校のスポーツテストの時だった。

 彼のクラスにはウマ娘が一人いた。精神こそまだ小学生のそれで、本格化も迎えていなかったが、クラスで一番足が速いのが彼女だった。

 そんなウマ娘と他のクラスメイト数人と一緒に彼は走った。 

 距離は50m。

 誰もがウマ娘の彼女が勝つと信じてやまなかった。

 合図と共に生徒たちが一斉に駆け出す。走るのは苦手などといいつつも流石はウマ娘というべきか、先頭は勿論彼女で、一緒に走っていたクラスメイトたちを突き放す形で颯爽とゴールまで走り抜けた。そして、

「……え?」

 そんな間抜けな声を漏らしたのは彼女だったのか、それともタイムを測っていた教師だったのか。

 ゴールする直前、彼女を追い抜いて僅かに先にゴールしたのは彼だった。

 ゴールしてから、自分が何かしてしまったのは彼にも理解できていた。

 子供は周囲の感情に敏感だ。

 好奇、あるいは恐怖や疑問を向けられる。そこに羨望は感じられず、一言で言ってしまえば不気味がられている事も理解できた。

 羨望と恐怖。その境界線を把握した彼はウマ娘の生徒へと向き直ると、

「君、手加減したでしょ。テストなんだから全力で走らなきゃ」

 子供に似合わない説教じみた指摘をウマ娘の生徒にした彼は、内心で密かに決意する。

 自分は全力で走ってはいけない、と。

 幸運だった事といえば、まだ小学校低学年のタイムということで偶然の結果として処理された事と、彼が周囲の考えを理解していて、少なくとも精神が幼いうちはこの異常性を隠さなければならないと本能的に理解した事だろう。

 結果、50m走から一週間が過ぎた頃には、クラスメイトは彼に特別注目する事はなく、「ウマ娘を追い抜いた人間」ではなく「ただのクラスメイト」という平凡な称号を獲得とするに至った。

 自分と姿形は同じなのに、能力面においてかけ離れ過ぎている存在を前にした時、人々が抱く感情は羨望ではなく恐怖の類だ。

 身長が大きいだけで威圧感を与えるのだから、身体能力のレベル高さが違うだけで周囲から弾かれる理由には十分だった。

 そしてそれをまだ幼い内に経験した彼はそれを嫌という程その身で理解した。

 彼にとって学校での生活はかくれんぼのようなものだった。

 目立たないように、クラスの人気者ではなくクラスに一人はいる平凡な生徒であり続けるように。

 本来、伸び代しかない年齢の子供には酷な課題だ。しかし彼の精神はそれに難なく耐え抜いた。思えばそれは、大勢の観客の前で走ることのできるウマ娘の精神に似た所があったのだろう。

 だからその経験をトラウマにする事なく、むしろ走ることが苦手から得意に変わって嬉しいとさえ思った。誰にも知られずに走るのは面倒だったが、それでも彼は自分の足に感謝する事を忘れなかった。

 六年後、小学校を卒業して中学校に中学校に入学した彼が出会ったのは「憧れ」だった。

 きっかけは授業中に鑑賞したウマ娘のレースだ。

 小学生の頃にも何度か見たものだったが、あの時はただ走って満足するだけで、自分と同じくらいの脚力を持つウマ娘にさして興味を抱いていなかった。

 それが、変わった。

 授業資料用ではなく、レース好きの教師が現地で撮ってきた映像だったからというのも理由の一つだろう。ターフの上を、あるいはダートを走り抜けるウマ娘はまさに圧巻の一言で、画面越しの歓声は資料用の映像では得られない迫力を彼に与えた。

 自分の足の速さを隠す事なく、長い距離を一瞬で駆け抜けるウマ娘たちに彼はどうしようもなく憧れた。羨んだというのが適切なのかもしれないが、少なくとも彼にとってそれは憧れだった。

 それからは自分でウマ娘について調べる日々が続いた。

 トゥインクルシリーズの事や現在進行形で活躍しているウマ娘のこと。そしてトレセン学園のこと。

 トゥインクルシリーズはウマ娘にしか出場資格は与えられない。更にトレーナーがついているという条件付きで。

 出場できないなら、少しでもウマ娘の近くに行きたい。

 幼いながらも明確な意思を持った彼は中学を卒業するまでトレーナーについて調べ上げた。トレセン学園の、しかも中央のトレーナーになるのはかなり難しい事であることを知ってなお、彼は諦めようとは思わなかった。

 高校での進路選択の際も彼は迷わずトレーナーになると決め、三年間に及ぶ猛勉強の末、養成学校への入学を決めた。

 そして、数年後。

「……よし」

 養成学校、そして地方のトレセン学園での研修を終え、文山八京は憧れてやまなかった学園の前にいた。

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