超光速の証明   作:雁来紅

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二日連続で投稿できた事に驚きを隠せません。


2 難題と天才

 思えば自分は幸運だったのだろう。

 ふとそんな事を八京は思った。

 初めてウマ娘を追い抜いた時も騒ぎにはならなかったし、トレーナーになると初めて口にした時、両親は驚きこそしたが優しく背中を押してくれた。

 幼い頃に培われた、自分の足を隠す為に妙によそよそしい態度をしていた息子が初めて自分の考えを口にしたのも原因の一つに挙げられるが、少なくとも壁らしい壁は努力でどうにかなるものばかりで、思わず頭を抱えてしまいそうな問題に直面したことはなかった。

 だが、現在。

「君には魅力がない!」

 テーブルを挟んだ向こう側にいるトレセン学園理事長、秋川やよいに元気よくそう言われ、八京はなんと返して良いか分からずソファから立ち上がる事も忘れて問い返した。

「魅力、ですか?」

「左様! 君を含め、採用したトレーナーの情報には全て目を通している。養成学校に入学、地方でサブトレーナーとして研修を受けた事も勿論知っている。しかぁし!」

 びしり、と扇子が自分の方へ向けられる。

「君にはこう、なにか、核になるものがない!」

「り、理事長、それはちょっと曖昧すぎかと……」

 秋川やよいの隣に座る女性、緑色の服装が印象的な駿川たづなは、一度秋川やよいを宥めるとこちらに向き直って、

「すいません。私から説明しますね」

 と言って、改めて八京がトレセン学園に呼ばれた理由を説明した。

「今日文山さんを呼んだのは、あなたの事を再評価する為です」

「再評価?」

 聞き慣れない言葉だ。それと同時に嫌な予感がする。

「あなたは既にこのトレセン学園にトレーナーとしての配属が決定しています。それは既に上の方で受理されている状態です」

「しかし私がそこに待ったをかけた!」

「理事長、お静かに」

「む、す、すまん……」

「……ということで、あなたを採用するか否かを理事長が保留としているのが現在の状況です」

「保留って……、私、何かしましたか?」

「否定! 君はなにもしていない。私が君の採用を保留しているのは君の素行不良が原因ではない!」

「ではなぜ……」

「ここで行った面接の内容を覚えているだろう?」

「は、はい。一月に行った面接ですよね」

 忘れるはずもない。トレセン学園への配属が決まった後で行われた面接。試験目的ではない、トレーナーたちの精神的な面を見る為と聞かされていたものだ。

「何故トレーナーを志したのか」

 秋川やよいは面接で聞かれた質問の一つを口にした。

「君はこの問いになんと答えた?」

 その問いに八京は、あの時の回答を簡潔にまとめて口にした。この学園のトレーナーを志す者なら誰もが口にするような、ありきたりな言葉を。

 それを聞いた秋川やよいは、

「足りない!」

「え?」

「それでは足りないのだ!」

「そ、そうですか?」

 秋川やよいは「理事長」と書かれた扇子を広げた。

「君の熱意は理解できている。養成学校にしても地方の研修にしても、根底に確たる目標がなければそれは苦しいだけだろう。しかし君の記録を見る限り、君は意欲的に物事に取り組んでいるように見える。だからこそ!」

 秋川やよいはそこまで言って立ち上がる。しかし身長が低いため立ち上がったところで目線の高さはあまり変わらない。彼女は一体何歳なのだろうか、と場違いな疑問を八京は抱いた。

「足りない! ウマ娘に対する、ではない! 君のッ、君自身に対するッ、ここでウマ娘達のトレーナーになるという意気込みが足りないのだ!」

「…………!」

 言い切って、秋川やよいは息を整えるように深呼吸をした。そしてソファに座り直し、テーブルに置かれたティーカップに口をつけたところで、

「ともかく! 君にはもう一度面接を受けてもらう。面接官は私だけだ。面接の日は追って連絡する」

「……わかりました。考えてみます」

 そう答えながら立ち上がって理事長室を退室した八京の胸中は、まさに図星をつかれた気分だった。

 何故トレーナーになるのか。

 答えようと思えばすぐに答えられる。

 ウマ娘に憧れた。風のように走るあの姿に夢を見ない者はいないだろう。周りとは違う能力を持った八京にとっては尚更だ。

 見る側からサポートする側へ。

 彼女たちが全力で、安全に走れるように手助けをしたかった。

 だがここからウマ娘を抜いたらどうだろうか。

 途端に答えられなくなる。

 八京の夢は全てウマ娘という存在が付随していた。だからこそ、ウマ娘ではなく自分がトレセン学園でトレーナーとして働いていくにあたっての覚悟。それが欠如していた。

「何て答えればいいんだ……」

 学園内を歩きながらそんな事を呟く。季節は着実に春に向かっているがまだまだ肌寒く、外にいる生徒の数は少ない。

 選考中の面接ではなんとか合格をもらえた。筆記の成績も申し分ないと自負している。

 しかしあの理事長の言葉はそんな自負さえも粉々に砕いてしまう破壊力があった。

 八京は自分の右太ももの横を叩く。

「これが無ければ、もう少しマシな理由ができてたか?」

 分かりきった問いだ。

 自身の異常な脚力が無ければ彼はトレーナーになろうとさえ思わなかっただろう。それどころかウマ娘にも興味を示さなかったはずだ。 

 十年以上隠し続けていた事。それが今になって自分を苦しめることになるとは皮肉にも程がある。

「困ったな……。次の面接で認めてもらえなかったら落とされるだろうし……」

 両親にもトレセン学園に配属される事は連絡済みだ。それなのに直前で落とされたなんて事になれば、合格を自分のことのように喜んでくれた両親に申し訳が立たない。

 嘘でもそれらしい理由を言うべきか、とも考えたが、面接官がトレセン学園の理事長ともなると些か気が引ける。そもそも八京は嘘が得意じゃない。

「理由、理由か……」 

 簡単なようで難しい課題だ。そもそも考えていなかった事を一から考えるというのは時間がかかる。これでは面接日までに間に合うか分からない。

 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか八京は練習場の前にいた。

「おお……」

 思わず感嘆の声を漏らす。

 地方のトレセン学園にも練習場はあったが、こちらの練習場の方も手入れが行き届いているように見えてしまうのは気のせいではないだろう。

「研修先とはえらい違いだ……。やっぱり豊富な人員と潤沢な資金があってこそか」

 整備された芝の上では何人かのウマ娘たちが走っているのが見える。トレーナーらしき姿が見えないので自主練習の類だろうか。本番のレースでなくとも、走るウマ娘というのは絵になるものだ。

「っと、ダメだダメだ」

 憧れていたウマ娘がすぐ近くにいるとあってついつい見ていたくなるが、あいにくそれは自分がこの学園に正式に配属されるまでお預けだ。

 家に帰って考えようと、八京はこの学園のマップを脳内に描きながら踵を返して、

「おーい! ちょっとそこの君!」

「ん?」

 踵を返した先にこちらに手を振るウマ娘がいた。

「それを止めてくれー!」

「それ? それって……うわっ!」

 何、と聞こうとした瞬間、八京の顔面めがけて謎の黒い物体が飛来した。

 反射的に目を閉じて顔と謎の物体の間に左手を滑り込ませる。かなりの勢いで八京の手に収まったソレは金属のような冷たさを帯びていた。

「虫……じゃない?」

 恐る恐る目を開けてみればそれはドローンのようで、四方に伸びた金属の枝の先にそれぞれプロペラが付いている。四本の枝の源には小型カメラが取り付けられていた。

 八京が状況を理解する頃には前方から走ってきていたウマ娘も八京の目の前まで辿り着いていた。

「いやぁ、すまない。興味本位で弄ってみたら暴走してね」

 そう言う目の前のウマ娘は悪びれる様子もなく、やれやれ、という風に肩をすくめた。

 制服の上から白衣を着た奇妙なウマ娘は、毛先がはねた栗毛を揺らしながら右手を差し出してきた。

 その行動の意図は理解できていたはずだった。しかしこの時の八京は理事長から言い渡された難題に頭を悩ませており、他の物事に頭の回転を割く余裕はあまりなかった。

「えーっと、どうも?」

 左手に収まる金属塊の存在を忘れて差し出された右手を自身の右手で握ると、栗毛のウマ娘は目を丸くした。そして、

「……何かあったのかい?」

「え? ……あ!」

 そこでようやく自身の間違いに気づき、八京はすぐに手を引っ込めると、代わりに左手に持ったドローンを差し出した。

「悪い、ちょっとボーッとしてて……」

「ボーッとねぇ……。見たところ事務員でもないようだし、新しく入るトレーナーにしても時期が早い。さては何か悪いことでもしたのかい?」

「え」

 当たらずも遠からずな予想を投げかけられて思わず動揺してしまう。しかし相手は今ここで偶然出会ったウマ娘だ。そんな彼女に自分の問題を教えようという気にはならなかった。

「いや、そういう訳じゃないんだ。ただちょっと悩み事があって。……そ、そうだ、そのドローン壊れてないか? 見たところ大丈夫だとは思うんだけど」

「これかい? 問題ないよ。ウマ娘の走る姿を併走する形で撮影できないかと色々やってみたんだが、やはり自動にせよ手動にせよそれなりのスキルを要する。残念ながら私の研究に取り入れるには時間がかかりすぎるね」

 そこまで言って、栗毛のウマ娘はドローンを右手で弄びながら踵を返した。

「時間を取らせたね。じゃあ私はこれで」

「あ、ああ、さようなら」

 思わず別れの挨拶をしてしまったが、そのウマ娘は特にそれに反応する事なく歩いて行ってしまう。そして程なくして白衣の後ろ姿は見えなくなった。

「……研究か」

 ここはウマ娘を養成する機関で、全生徒共通の目標はトレーナーと組んでレースに出場する事だったはずだ。

「まあ、彼女も彼女で努力してるんだろうな」

 研究の内容は分からないが、少なくとも走る以外で彼女は努力しているのだろう。

 それより自分の事だ、と内心でつっこみながら八京はいそいそと学園を後にした。




はたして主人公がトレーナーとして活動するまでに何話かかるのでしょう。私も分かりません。

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