慟哭
あれ?
なんで座ってるんだっけ。
なんで目の前が真っ赤なんだ?
何も聞こえない・・・耳がおかしくなったかな。
「───ぉ」
声?誰だっけ・・・
なんて言って───
「カノォォォンッ!!!立てぇぇぇ!!!」
▲▽▲▽▲▽
「調査ぁ?今さら普通の個体をですかぁ?」
「あぁ」
「なんだってアタシ達に回すんだか・・・」
【カイラー街】のハンターズギルド、その集会所にて、文句を垂れながらジョッキで酒を呷る女性ハンターと、それに応じながら食事を続ける男性ハンターが居た。
「業喰どもの調査が忙しいんでパスー、って訳にはいかないすかね?」
左目とその周囲を覆う独特な形状の防具を身に付けている女性はスェイデ。上位ランクの時に愛用していたガロンαを、マスターランク素材でアップグレードしたEXガロンαに変更している。
「難しいだろうな。G級、マスターランクのハンターはそれなりに居る中で、わざわざ俺達を指名してきたからな」
面倒くさがっているスェイデのサボタージュ案を、食事の手を止めずにバッサリ斬り捨てたのはビオ。フルフェイス型の頭装備は外し、大きめのステーキを一口大に切っては口に運んでいる。穏やかな食事に見えるが、纏っている防具は穏やかさとは正反対のグリードZシリーズである。
「うげぇ、めんどくせぇ~・・・働けよ龍歴院とかそこら辺ー。こちとら狩ってヤって寝るが仕事のハンターなんだぞぉー」
「ほぉ鋭いな」
「へ?何か的を射た事言いました?褒めても良いんすよ?」
「その龍歴院から回されてきた依頼だ」
「ささやかなボケに反応してもらっていいすかね?」
相変わらずスェイデの小ボケや愚痴は完全スルーで話を進めるビオ。今となっては、スェイデも文句こそ言うが慣れてしまっている。文句は言うが。
「んで?観測所でも書士隊でもなく龍歴院から直、ってのはどういう事です?」
グチグチとくだを巻いていたスェイデの視線が急に鋭くなる。ちょっとした違和感の正体に気付き、それを即座に確認する程度には頭が切れるのだ。今のハンターとしてのスイッチが入ったスェイデと、酒を飲んでだらしなく机に突っ伏し、非常に広い性癖ストライクゾーンを持つセクハラ色情魔ではとても同じ人間に見えない。
「調査とは言っているが、実質的に討伐依頼だ」
「表沙汰にしたくない、ってやつですか」
スェイデの言う古龍観測所と王立古生物書士隊は、どちらもハンターと密接に関わっている組織である。人畜無害な草食種から謎多き古龍種まで、モンスターという括り全てを研究対象としている王立古生物書士隊。その書士隊からの研究成果やハンターからの報告をまとめ、古龍種の数少ない情報がほぼ全て保管されている古龍観測所。
書士隊はあくまで研究者集団であり、ハンターではないため護衛依頼が舞い込む事がある。観測所は、たとえ僅かでも警戒すべき、あるいは怪しいとされる場所に自前の気球や信頼できるハンターを派遣して調査・警戒を行う。基本的に研究組織からの依頼は、そういった護衛だったり事前の警戒だったりが殆どなのだが、ビオとスェイデに回されてきた依頼は違うらしい。
「厳密に言えば違う。危険種ゆえに下位や一般人には開示できない、が正しいな」
「混乱を防ぐため、ねぇ・・・アタシからすれば同じですけど。それで?何を狩ってこいって言ってるんですかね、学者せんせー達は」
「古龍だ」
【古龍種】通常の生態系に当てはめる事が出来ない「生命の例外」と言われる特異なモンスター群を指す。圧倒的な力と極端に長い寿命を持ち、天災にも例えられる強大かつ希少な生物。【龍】と呼ばれはするものの、その形態は多種多様であり、中には龍と呼ぶにはあまりに異形の個体も存在している。既存の生態系にカテゴライズ不可能な超常の存在を【古龍種】とまとめているのだ。
縄張りを持つ種も多く存在しているが、目撃例は少なく姿を見せるのは非常に稀。一生お目にかかる事なく天寿を全うするハンターの方が多い、というより殆どである。そんな謎多き古龍種を研究しているのが、先の観測所や書士隊、龍歴院といった研究機関なのだ。
「そりゃまたトンデモな相手ですねぇ・・・どこの馬鹿がちょっかい掛けたんすか?」
古龍は非常に広大な縄張りを持つ。が、縄張り内の他の生物を自ら攻撃する事はほぼ無い。姿を見せただけで、睨んだだけで大抵の生物は逃げ出す事を知っているからだ。要は相手をする価値は無い、取るに足らない存在だと認識しているのだが、攻撃を「受けた」場合はその限りではない。一度外敵と判断すれば、爆炎や雷に吹雪、巨体そのものなど人の手に余る災厄をもって排除しに掛かるのだ。マスターランクのハンターとしてそれを知っているからこそ、スェイデは「身の程を弁えない馬鹿が奇跡的に遭遇した古龍を刺激した」と考えたのだが。
「そうじゃない。むしろ今回は被害者しか出ていない」
「あー、アレですか。ネルギガンテみたいな戦闘狂」
自ら攻撃する事はほぼ無い、と言ってもそれは「ほぼ」の範囲。中には明確に他種へ襲撃を仕掛ける好戦的な古龍も存在する。スェイデが挙げた【ネルギガンテ】は【滅尽龍】とも呼ばれ、目に映る全てを敵として排除しようとするという非常に凶暴な古龍だ。
「近いかもしれんな」
「まーじでーすかー・・・気まぐれ過ぎて困り者ですねぇ古龍ってのぁ。ちなみに何人ヤられたんすか?」
「村が三つ全滅、飛行船が二隻、生態系への影響も危険域に入った」
「・・・は?」
被害の規模を聞いたスェイデが愕然とする。せいぜいその古龍の活動域に居た数人、多くても二十、三十人程度だろうと思っていたスェイデだが、予想を遥かに上回る被害に驚きを隠せない。
「いや、いやいや!下手すりゃ数百人規模じゃないですか!何でそんなんなるまで放置してたんすか!?さすがに間抜けが過ぎますって!」
「気が付いたら腹の中、だったようだ」
「ネルギガンテよりタチわりぃ・・・クソ面倒なイビルジョーじゃねぇんだからさぁ・・・」
飛行船は突如として襲撃を受け墜落、その古龍の出現地点から大型モンスターを含む多数の生物が移動を開始、或いは捕食によって数を減らし、村に至っては一夜にして全滅したとの事。
「中には俺達が調査予定だった地域も含まれている」
「あぁー・・・業喰個体を食ったかもしれないから見てこいって事か・・・そりゃ、業喰古龍とか一大事だわクソッタレが」
既に六年前にもなる暴喰戦線から始まった業喰個体との戦い。ビオとスェイデ、モンジュとその相棒、情報が共有された各地のギルド所属ハンター達の奮闘虚しく、亜種・希少種や二つ名、極限化などの「原種とは異なる生態」の一つとして根付いてしまった【業喰個体】。確認された数こそ少ないが、未だ根絶には到っていない。
【最終的に恐暴竜へ変貌する】という悍ましい現象を乗り越え、かのイビルジョーの力を我が物とした強靭な個体も数例確認されている為、素で天災に匹敵する古龍が業喰を克服してしまえば、それは人類の危機にまで発展しかねない。
「そういう事だ。今回のクエストは業喰個体の調査に加え、既に甚大な被害を出した古龍の討伐も目的としている」
「どっちかっていうと討伐の方がメインですよぬぇ。あーあー・・・さっさと新大陸にでも行ってくれりゃあ楽なのに」
食事を終えたビオとチビチビ酒を飲みながら愚痴るスェイデ。古龍渡りで新大陸に行ってくれれば、わざわざ討伐に赴かなくても済むのに、と言った所だろうか。
「とにかくベルナ村に向かう」
「・・・っはぁ!?龍歴院まで行くんすか!?」
「そうだ、飛行船の予約は取ってある。明日の朝一番で発つぞ」
「朝イチィ!?ちょちょちょっと待ってくださいよ!朝まで可愛がる約束した娘とこの後会うんですけど!?しっぽりねっとりお楽しむ予定なんすけどぉ!?」
「それは残念だったな」
ああ無情。
伝えるべき事は伝えた、と席を立つビオ。遅れるなよとスェイデに釘を刺しさっさと集会所からも出てしまう。この六年でスェイデの扱い方を学んだ、というよりも手綱を握る事を諦めたビオだった。
「・・・っ、だぁぁぁぁ!!!自分は良いでしょうよ性欲が欠片も無いんだから!でもこっちは火照った体を冷まさないと寝れないんだよチクショウ!」
スェイデ渾身の叫び。彼女の席の周りでは何事かとザワつきが大きくなりつつあったが、そんな事は気にしていられないのが今のスェイデである。
「あぁもう分かりましたよ!さっさと抱いてさっさと寝りゃ良いんでしょ!」
やるべき事には真剣だが、自分の欲望にも素直なのがスェイデという女。性欲に関しては特に忠実かつ貪欲である。一度組んだ「お楽しみ」予定は絶対に崩さないのが彼女の信条。待ち合わせの場所に全速力で走り、その勢いのまま予定の娘を捕まえ、使っている宿屋に駆け込んだようだ。
◇◆◇
「だぁー・・・ねみぃー・・・」
「寝ても構わんが、寝過ごしたら置いていくぞ」
「絶対そう言うと思ったから、こーやって頑張って起きてるんでしょうが・・・くっそぉ、あの娘マジで気持ちよかったのに・・・本当なら二、三日掛けてじっくり味わう予定だったのにぃ!」
「それだけ盛れる元気が有るなら問題は無いな」
「このハンティングジャンキーめ・・・」
飛行船の一室。ベッドに寝そべりながら文句と愚痴が止まらないスェイデと、何処吹く風と適当に流しながら書類に目を通すビオの姿があった。
ビオが目を通しているのは、今回の調査対象にして討伐対象である古龍の情報がまとめられた物。可能な限り事前情報は入れておきたいと頭に叩き込んでいるのだが、その中の一節がビオの意識を強く引いた。そして、そんなビオの様子を察したスェイデも「お仕事」モードに切り替えたようだ。
「何か気になる事ありました?」
「この古龍、一度撃退されているらしい」
「はぁ?」
再び愚痴と文句が顔を出すスェイデ。それなら何でウチらに回すんだよー、とベッドに突っ伏す。
「龍歴院の専属が一度やり合ったようだ。その時の情報が上がってきている」
「なら尚更その専属に任せりゃ良くないですー?」
「動けないから俺達に回ってきたんだろう」
「デスヨネー」
即座にお仕事モードを切り、眠らない程度にベッドで寛ぎ始めたスェイデ。それを尻目に報告書へと目を通していくビオ。龍歴院所属だからか、本人が真面目な性格をしているのか、戦闘を行った古龍に関する情報は事細かに記載されていた。恐らく誰が見ても分かるような行動や、戦ったからこそ分かる体感に近いものまでビッシリと。
「巨大な胴体から生える双頭、か」
「でたー、古龍お得意のワケワカラン生態ー」
「それをモンスターに言った所でな。粘性の高い青い液体を放つのが基本、後は体格任せの力押しか」
「意外と何とかなりそうですねぇ。それだけ、なら」
「隠し球」の一つや二つは持っているだろう、と二人の考えが一致する。ただでさえ人間の脅威となるモンスターの生態から、更に外れた超常の存在が古龍なのだ。辺りを粘液まみれにし、その巨体で押し潰すだけしか能が無い訳がない。そもそもイビルジョーの食性すら嘲笑するかのような、広範囲の捕食行動が危険視されてビオ達に依頼が回ってきたのだ。容易く終わらせられる相手ではないのは確実だろう。
「お前も読んでおけ」
「ヒプノックもドン引きのねむねむスェイデさんに読み物をしろ、と?このラージャン!深淵の悪魔!」
「深淵の悪魔?」
グチグチ言いながらも調査資料に目を通すスェイデ。一方のビオは、スェイデが冗談として言った言葉に引っ掛かりを感じていた。
「何処かで・・・」
「んぁ?そんなに気になるモンすか?。深淵の悪魔ってのはアレっすよ、どこぞの王国のお伽噺に出てくる」
王国という単語で合点がいった。業喰の調査をしている際に知り合った、王国出身だと言う騎士から聞いた話。スェイデの記憶と騎士の話に相違は無く、王国に伝わるお伽噺の中の存在。
「人々の心が闇に堕ち、国が乱れた時、大地を引き裂き深淵より悪魔が現れる。そして悪魔は人々の魂を彷徨う焔に変えて食い尽くす・・・だったかな?」
「詳しいな」
「ザ・お伽噺ですけどねぇ。英雄も勇者も現れず、ただただ人間が死んでハイ滅亡~ってのが印象に残ったもんで」
少なくとも自分の知る限り続きも無いですしー、と資料から目を離さずに補足するスェイデ。確かに続きも別の説も無ければ、国は滅び人々は喰われて終わりという救いの無いバッドエンドだろう。
「喰われて滅亡、か・・・」
「イビルジョーみたいっすねぇ。今回のコイツも大勢パクついてるみたいですし、案外───」
「犯人コイツだったりして」
スェイデがパシパシと資料を叩いて茶化す。王国の深淵から這い出た悪魔が生態系を荒らし回っている、その悪魔とやらが、人の魂だけでなく他のモンスターすら捕食対象とする貪食な個体かつ実在しているのなら無くはない話だ。
「何にせよ討伐は決定された。なら、俺達は狩るまでだろう」
「はいはい、わーってますよー・・・ふぁ・・・ねっみぃ・・・」
もはや隠す気も無く大きな欠伸をするスェイデ。彼女が取り落としかけた調査報告書のページには、二本の首を持つモンスターを簡単に表した絵と、正式に認定された名称が記されていた。
その名は【オストガロア】。
▽▲▽▲▽▲
「ふむ・・・」
「着いたー!」
目的地へと辿り着き、飛行船を後にするビオとスェイデ。二人が降り立ったのは、牧場や簡素な家屋といった自然と共に生きる牧歌的な村と、石造りの頑強な建造物に飛行船の発着場という文明的な集会所が融合したような地。【ベルナ村】と【龍歴院 併設集会所】である。
「急に元気になったな」
「そりゃあ、ねぇ・・・集会所という事はぁ?ハンターズギルドが置かれた村って事はぁ?」
「何が言いたい・・・」
「受付嬢が居るって事でしょー!各地の雰囲気にベェストマァッチィ!!!した美女美少女がお出迎えしてくれるんだからそらもうテンション上がるガクルガってなもんでしょって話ッ!!!行くぞビオの字ィー!!!」
睡魔と戦いながら資料に目を通していたぐーたら女は何処へやら。柵を乗り越え、スロープも無視し、やたらとアクロバティックな空中回避を披露して発着場を後にするスェイデ。それを見たビオは深く大きな溜め息を吐き出し、下船手続きと正真正銘の出迎えを担当しているアイルーに謝罪して
◆◇◆
「・・・」
「盛り始めたり静かになったり忙しい奴だな」
スェイデが発着場を飛び出してから数十分。異世界の更に異世界に居るかもしれない電気ネズミ探偵の如く、表情をしわしわにした女が肩を落としていた。無論スェイデである。
「ダッテ、オンナノコ、イナイ・・・」
「ブレない奴だ」
「ヤロウバッカ、ワタシ、カナシイ・・・」
今にも消えそうな掠れた声かつ、片言で悲しみを露にするスェイデ。それもそのはず、意気揚々と受付嬢に声を掛けに行けば、そっちじゃないとビオに首根っこを掴まれて龍歴院に連行され、事情説明に出てきた職員は男性であり、通された通路にも野郎しか居なかったのだ。美女美少女との交流だけを楽しみにしていたスェイデにとっては、文字通り虚無の時間だったようだ。
「悪評が広まるのは早いからな」
「悪評って何すか悪評って!アタシはただ、同じ女の子同士仲良くしたいだけですー!」
龍歴院側も、確実に招聘するハンターの事は可能な限り調べ上げているはず。女性職員が全くと言っていいほど見当たらなかったのは、女癖の悪いスェイデが来ると分かっていたからではないか。付き合いの長いビオはスェイデも分別はある方だと理解しているが、実際に面識の無い龍歴院としては危険は避けるに越した事は無いと判断し、女性職員は避難させていたのではないかというのがビオの考えだ。
「ハァ・・・で?どうするんです?どっちも一人じゃ厳しいと思いますけど」
「話はちゃんと聞いていたようだな」
「そりゃあ、ねぇ」
溜め息一つでお仕事モードに切り替えるスェイデ。軽口を叩きながらビオもそれに反応する。
「古代林にモンスターの群れ。オストガロアに刺激されたか、はたまた逃げ出そうとしてるのか」
そう、龍歴院で受けた説明によれば、現状は想定よりも悪い方向に転がっていたのだ。スェイデが口に出したように、古代林にモンスターの群れが認められ、放置すれば人々の生活圏に被害が出てしまう。オストガロアが根城としている【竜ノ墓場】は件の古代林の奥地にあり、そこから離れるようにモンスター達が移動を開始したらしい。
オストガロアが、餌となるモンスターをわざわざ逃がすような行動を取るだろうか、という推測からこの群れは「古龍の気に当てられ凶暴になっている」か「命からがら逃げ出してきた」かのどちらかである可能性が高い。どちらにせよ、生存本能を活性化させたモンスターの群れという事に変わりなく。そちらへの対応も依頼されたのが現在の二人。
「群れの方は、ある程度の時間稼ぎが出来れば後続に引き継げますけど」
「古龍を単独で相手取れるかどうかになる」
どちらも単独では厳しい戦いどころか失敗が目に見えているクエストだ。未だ謎の多いオストガロア相手に一人で挑むのは愚の骨頂、群れに二人で向かえばオストガロアが手薄になり手間取れば確実に被害が出る。かといって一人も群れに向かわなければ人的被害は甚大。
「せめてもう一人、アタシ達レベルのハンターが動ければ良いんすけどねぇ」
「無い物ねだりしても仕方ない。まず古代林の群れに対処し、そのまま竜ノ墓場へと強行突入する。モンスターが古代林から出ない内に殲滅するしかない」
「出来なくはないすけど・・・はてさて、古龍を相手するだけの体力が残るかどうか」
「なら俺も行きますよ」
話ながらも足早にクエストカウンターへと向かう二人。その背に声を掛ける男が居た。
「お前・・・カノンか?」
「お久しぶりです、ビオさん」
防具は「現状で用意可能な素材を使った最も硬い物」という飾り気の欠片も無いビオに対して、その男には何らかのこだわりが有るらしい。カノンと呼ばれた男性ハンターは、ロワーガとブナハの防具をマスターランク素材で鍛えた混合装備に蛛弦アレーニェスピオを携えている。
「何故ここに?」
「俺も呼ばれたんですよ。骸龍の討伐にね」
「後詰めというのはお前の事か」
「アルグリーズ、ねぇ・・・」
「ん?」
「いやぁ、ビオさんから聞いてますよぉ。剛蟲の射手カノン!本当にあの訓練所からは化物しか出ないですねぇ!」
一瞬だけ目を細め、ビオもカノンも気付かない内に軽い雰囲気へと戻ったスェイデ。今や各地に名を馳せつつある、特定の世代であるカノンを茶化しながら褒め称えているのだが、その目は真に笑ってはいなかった。
「剛蟲のって・・・」
「言っておくが俺は初耳の二つ名だ」
「この人がどんな性格してるのか大体分かりましたよ・・・」
スェイデが発した僅かな違和感に気付かなかったのか、気付きながらも流したのか、彼女の飄々とした態度に辟易する素振りを見せる。気を取り直して骸龍と古代林の群れにどう対処するかの会議となる、と言ってもほぼ決まっているような物だったのだが。
「オストガロアの方には俺が行きます」
「お前の腕なら問題も無いだろう。群れは任せるぞ、スェイデ」
「えー・・・アタシが群れに行くの確定みたいな空気ー・・・まぁでも良いっすよ?スェイデさんは物分かりが良い事で有名な女ですからね。という事でそこの受付嬢ちゃぁぁん!古代林に行ってきまぁす!」
集会所のクエストカウンターは目と鼻の先だったようだ。急にハイテンションとなり受付嬢へとダイブする勢いのスェイデだったが、軽く受け流され明らかな営業スマイルと共にクエストリストを突き付けられる。先程のシワシワな表情に逆戻りするスェイデだが自業自得である。
「元気ですね」
「いつもならもっと文句を言ってくる。今回はおとなしい方だ」
「・・・あの人、表の人間じゃないですよね」
弱々しく受付嬢に手を振り、トボトボと出発していくスェイデの背を見送ったカノンとビオ。カノンの目は、先のスェイデと同じく笑っていなかった。
「どうしてそう思う」
「気付いてたみたいなんで」
「・・・何に、だ?」
「親父が骸龍に食われた事」
そう言ってクエスト受注へと向かうカノン。一瞬だけ見えたカノンの目に既視感を覚えるビオ。当然だ、かつての自分と似た目をしていたのだから。
【失った者の目】を。
◇◆◇
「まぁ・・・スェイデさんにも、罪悪感的な感じのやーつってのはあるんですよねぇ」
古代林へと直行するスェイデは、誰に向けるでもない独り言を呟いていた。
「アルグリーズ。あまり良い噂は聞かない貴族」
周りに誰も居ないからか、カノンが気付いていた【裏の顔】が表出している。
「どこぞの男がアルグリーズの令嬢と駆け落ちした話。物語ほど優しい結末じゃなかったみたいだけど」
身分の低い男が、貴族の令嬢と両思いになり駆け落ち。ここで終わる話ならば、ドラマティックな恋愛譚で済んだだろう。だが、スェイデが溢したように絵本や小説の如く優しく暖かいエンディングとはならなかった。
「男はモンスターに喰われ、令嬢は連れ戻された。バッドエンドも良い所なのに、生まれた子供にも冷たいと来たらそれはただ胸糞悪いだけの話なのよ」
スェイデがカノンの存在を知っていたのは、ビオから同期の話を聞いていたからというだけではない。ここまで詳細を知っている理由は───
「何処にも居るのよね。金の為なら他人を不幸にしても良いって奴が」
【同業者】だから。
令嬢、カノンの母親に当たる女性を無理矢理アルグリーズ家に連れ戻したのは、いわゆる【裏の人間】だ。男、カノンの父親がモンスターに襲われたのは偶然だろう。恐らくその偶然を利用して拐い、連れ戻したのだ。
「でなきゃ、その場で殺してた」
スェイデも日の当たる所を大手を振って歩ける人間ではない。今でこそビオの相棒に収まっているが、それより前は色々としていた。それこそ自嘲気味に口にした同業者達と同じような事も。だからこそ、そういう連中の噂や情報には詳しいし、自ら集めてもいる。
「まさか古龍とは思わなかったけど」
アルグリーズ家の話は裏の界隈ではそれなりに有名だ。本人が言った通り、男を喰ったのが古龍種だったのだけは予想外だが。
「・・・まっ、せいぜい仇討ちが出来ると良いっすねぇ。今回のは復讐ってほど復讐ではないけど、復讐のプロが一緒ですし。何とかなるなるガクルガってね」
裏の顔は再び裏へと沈み、表の顔を張り付け直すスェイデ。その瞳は見えてきた古代林へと向けられ、その五感は狩場に適した状態へと研ぎ澄まされていく。誰も聞けない裏の独り言すら塗り潰し、あえて飄々とした態度を取ろうとするのは同業者故の後ろめたさか。
「任されたからには全部ぶち転がしちゃいますよぉ!帰ったら可愛い女の子とベッドイン!ヒャッホゥ!」
道化が往く。
明らかとなる過去
【カノン・アルグリーズ】
(原作:オリーブドラブ 様)
(原案:疾風。様)
後に「伝説世代」と呼ばれるようになる29人のハンターの一人。ロワーガシリーズとブナハシリーズの蟲系混合装備に、同じく蟲素材を使ったスアルクピウス系列の弓を得物としている。
普段は砕けた雰囲気の優男といった風情で、同期同士の間を取り持つ潤滑油のような役回りになる事も多い。
貴族であるアルグリーズ家の生まれだが、彼の父親の身分が低かった事から家では冷遇されていた。
母親と本来の婚約者の間に生まれた異父妹が一人居るが、正式に兄妹とは認められず、母や妹の負担になりたくないと家を出た過去がある。
【業喰個体】
六年前の暴喰戦線より少し経った頃から存在が確認され始めた特殊個体。
侵入された生物は最終的にイビルジョーへと変異するという、狂竜ウイルスによる極限状態や後の傀異化に匹敵しかねない異常現象を引き起こす業喰細胞に適応してしまったモンスター群の総称。
ビオとスェイデを筆頭として、手練れのハンター達によって根絶が図られていたが、一手及ばず特殊個体として定着してしまった。
現状、古龍種の業喰化は確認されていないが、後に傀異克服古龍が現れる事を考えると古龍が業喰個体となってもおかしくはない。
適応しなかった場合は顎や脚が発達し、翼等は急速に退化していき、最終的には骨格ごと獣竜種に作り替えられてしまう。克服した業喰個体はイビルジョー由来の強靭かつ異常な筋力を身に付け、更に龍エネルギーを扱う事も可能となる。