(モンスターハンター ワイルズのストーリーに関するネタバレが含まれます。ご了承ください)
護業
「もし、イビルジョーが捕食する必要の無い身体になったとしたら……どうなると思います?」
スェイデが不意に尋ねてきたのは、業喰個体と化した異形のラバラ・バリナを討伐した直後だった。
「どういう意味だ」
「言葉通りっすよ~。食欲が二本足で歩いてるみたいなイビルジョーが、他の生き物を食べる必要の無い身体になったとしたら」
「生物として破綻するだろうな」
現役ハンターの中で最もイビルジョーに詳しい、という訳ではないが、それなり以上にイビルジョーとの因縁が続いているビオとしての返答は「生命体としての破綻」。生物学を専攻している者や、それこそ学術院所属の編纂者辺りが出す結論は分からんが、と前置きしてから自分の見解を語り出す。
「アレはお前が言った通り、捕食本能の塊だ。常に他の命を食わなければ生きていけない、業を背負った命。まぁ、言ってしまえば元から破綻した存在だがな」
「元から?」
「生態が破綻している。俺たち人間を含めた生物は、生きる為に食べている。だがイビルジョーは、食べる為に生きている。過程と結果が人間や普通のモンスターとは逆なんだよ」
討伐証明となる素材を剥ぎ取り、業喰細胞の連鎖を絶つ為に死体を燃やす。一連の手順を終わらせ、拠点への帰路へ着きながら続きを話すビオ。
「知り合いの学者が言っていた。生物の構造には、先祖単位で遡れば必ず理由がある。だがイビルジョーだけはその理由が不明だ、と。龍エネルギーを蓄え、あれだけ異常発達した筋肉を使わなければ生き残れなかった環境があった、という事になる」
「何だかんだ滅茶苦茶語るじゃないっすか、面白いんで良いですけど。確かにそこは気になりますねぇ、有名なリオレウスとリオレイアも、外敵の排除と餌の調達の為に翼を発達させ、火炎ブレスや毒を身に付けたって説明できますし。確かにそう考えると、じゃあイビルジョーは何であんな進化したんだ?ってなりますもんね」
「捕食に特化するだけなら、特定の地域に根差して環境を利用するなり幾らでも方法はある。だがアレは筋肉に物を言わせ、泳いで他の地域にも行く」
「えっ、イビルジョーって泳ぐんすか?」
さすがのスェイデさんも過去一ビックリっすよ、と驚愕に足を止める。帰らないなら置いてくぞとビオは歩みを止めないのだが。
「ちょちょちょい!すごーく気になるんですけど!?アイツ泳ぐんすか!?」
「モガの村だったか、そこの住民が孤島に泳いで上陸するイビルジョーを目撃している」
「えぇ……どうやって泳ぐんだよ……」
「体型からして犬かきだろうな」
「ブッフゥ」
貪食の恐王、生態系の破壊者とまで呼ばれた古龍級危険生物イビルジョー。そんな恐ろしい存在が、可愛らしくバタバタと犬かきで泳ぐ姿を想像し、堪らず吹き出すスェイデ。ひとしきり笑った後、全身筋肉ならまぁ泳げるだけのフィジカルはあるかと一人で納得している。
「だいぶ話が逸れたが、最初の質問に対しての俺なりの答えは破綻だ」
「そういやそんな話でしたね」
「お前……」
「冗談、じょーだんですって。そっかぁ、ビオさんはそっち派かぁ」
「何だ」
実はですねぇ、とポーチから小さな紙束を取り出すスェイデ。何やら文字が乱雑に書き殴られているようだが、その内容までは読み取れない。
「オトモダチからですね?ちょーっと面白そうな情報貰っちゃいましてねぇ?」
「お前は……よくギルドナイトに目を付けられないものだな」
「ギルナイ案件じゃないんで~。正式な手順を十重二十重に踏んで踏んで踏みまくって、誰にも文句付けられないように入手した一般開示厳禁の情報なだけですぅ~」
「それを違法と言う」
「まぁまぁ!アタシと組んでる時点でビオさんもほぼ同罪の共犯者みたいなモンですし!」
「ヴォルガノス……」
誰がマグマの中を泳げるほど面の皮が厚い女ですって?といつも通りのやり取りを行い、紙束をビオに投げて渡す。ビオもまた、受け取りを拒否するような事はしない。飄々ちゃらんぽらんのクソレズ女ハンターに見えても、その行動そのものにいい加減な部分は無いのがスェイデだと知っているからだ。本人がこう言うという事は、きちんと違法にならないルートを通したという事なのだろう。手続きが面倒極まりないだけで。
「あ、読んだら燃やしてくださいね」
「それは機密文書だと言っているに等しいな」
「公的文書じゃないんだなぁこれが。ご覧の通りメモなんで、メモメモ」
「やれやれ……」
速読暗記はハンターにも必要な素養と教えられてきたビオにとって、たかだか六枚程度のメモを覚えてから破棄するなど朝飯前だ。どんな厄ネタを持ち込んできたのか、先のイビルジョーの話とどう関係があるのか、メモという名の機密文書を読み込んでいく内に理解していく。
「ガーディアン……?」
「正に人の業ですよねぇ、それ」
禁足地調査隊。つい最近になって発足した部隊の存在こそ知っていたが、彼ら彼女らが禁足地で何をしているかなど、当然ビオも含めたハンターには入ってこない。だが、スェイデはオトモダチ経由で禁足地の情報を得ていたようだ。下手をすれば、ビオが言ったように即ギルドナイト案件なのだが。
そして調査隊に関しては序盤に触れた程度で、残りはほぼ全て「護竜」というモンスターの種について書かれていた。筆者も相当に興奮していたのだろう、筆跡が大きく乱れていたり文字が飛んでいたりとその高揚度合いが見て取れる。
「既存のモンスターを基にして、人間がモンスターを造り出した……」
「竜乳とかいう見るからにヤバいエネルギーもあるみたいですし。いやぁ、禁足地マジでパないっすねぇ」
造竜種とカテゴライズされたそのモンスター群は、遥か昔に当時の人間達が造り出した人造モンスターとの事。こちらの地方には無い「竜乳」なるエネルギーを動力源とする疑似生命で、名前の通り当時の人間達を守護する為に使役されていたという。その為、摂取した血肉を消化する内臓も、繁殖の為に必要な生殖器官も持たない、生態系から外れたモンスターである。と記載されている。
「お前が言いたかったのは、この護竜の中にイビルジョーが居たらという事か」
「そっの通りぃ!いやぁ、気になるんすよねぇ。食べる必要もヤる必要も無い護竜とイビルジョー!もしそうなったらどうなるんだろーって」
「実際に目にした事は無いから何とも言えんが、やはり生物として破綻するんじゃないか。或いは……奇跡と言える確率かもしれないが、飢餓感に襲われる事の無い満ち足りたイビルジョーになるか」
もしそうなら、もし此方のイビルジョーが護竜だったなら、アイツは死なずに済んだかもしれないな。と感慨に耽るビオ。たらればを考えても仕方ないのは嫌という程に味わってきたが、今回の情報はたらればを考えずにいられない。
「黙ってればイケメンですよねビオさん」
「お前は黙っていれば美女なんだがな」
「やぁんもう照れちゃうじゃないですかぁ、そんな当然かつ不変の事実を言われたらぁ」
「そういう所だよ残念女」
狙ったかどうかは定かではないが、スェイデの言葉で一瞬にして現実へ戻ってくるビオ。残りのメモには調査隊のハンターが遭遇したらしい護竜と、その護竜を捕食対象とする禁足地固有のモンスターについて記されている。
「にしても、なーんで亜種なんですかね。オドガロンもアンジャナフも、護竜になってるのはどっちも亜種っすよ」
「こちらとは逆なのかもな」
「逆、とは」
「新大陸で発見されたアンジャナフもオドガロンも、先に見付かった個体を原種としている。古代の禁足地では亜種の方が先に見付かっていて原種として護竜のベースとなり、禁足地から出て広い世界に適応した亜種が現代の俺達に発見され原種と定義された、という考えだ」
「あー、そういう」
なくはないっすねぇ、と普段のいい加減さを潜めてビオの話に聞き入るスェイデ。内心では、キレてなければ冷静で学者気質なんだよなぁこの人、と割かし失礼な事を考えていたりする。
「それとこの、シーウー?不埒なモンスターっすねぇ。美少女美女に触手絡めてあーんな事やこーんな事だなんて許せねぇ……不届き千万ですよ」
「お前が言えた義理か。だが、強大な護竜を捕食対象としている辺り、油断ならない相手なのは確かだな」
暗器蛸シーウー。禁足地の護竜生息域に同じく根付いているモンスター。触腕から特殊な液体を分泌し、それを瞬間的に凝固させる事で、刺や鎌などの暗器として振るう。頭足種の軟体性を活かして地面や瓦礫の隙間に潜り込み、グロテスクな口を広げて食らい付くなど、暗殺者のような生態をしているという。スェイデが引っ掛かったのは、調査隊の女性ハンターにもその触腕を伸ばして巣に引き摺り込んだ、という点なのだが。
「にしてもアイツが……何だその目は」
「もしかしてぇー、この女性ハンターと知り合いだったりするのかなぁって。もしそうなら教えてくださいよ早く早く」
当事者である女性ハンターの名前を確認したビオの様子から、何かに勘づいたスェイデ。知りたいなら構わないが、お前には捕まえられないぞと釘を刺した上で話し始めた。
「アイツは……渡り鳥のような女だ。さっきまでそこに居ても、気付けばもう居なくなっているような。新大陸へ渡ったかと思えば、今度は遥か東の禁足地。自由気ままな根無し草か、死に場所を求めて鳴き続けるカラス。ハンターは一つの拠点に腰を据えるが、アイツは常に何処かを彷徨い続けている。まぁ、根無し草に関しては俺も強く言えないんだが」
「渡り鳥……だから鳥の隊、ってワケじゃないんだろうけど。何というか、皮肉というか」
全て読み終えたのか、左腕に装着されたスリンガーからワイヤーを伸ばし、種火石を回収して弾丸として装着。それを地面に撃ち込んで火を灯し、メモをそこに投げ入れ焼却処分。律儀にスェイデの頼みを守り、完全に塵となったのを見届けてから再び歩き出した。
「死に場所探しは我ながら的を射た例えか。ミラボレアスの一件で俺の同期の新大陸組が戻ってきた時、アイツは新大陸で別の古龍と一人で戦っていたらしいしな」
「アルバトリオンでしたっけ?まさかあんな化物がほぼ同時期にやってくるとか、新大陸はホントに災難ですねぇ」
ミラボレアスという禁忌の存在と対峙したビオは関係者として知らされていたが、特に関係は無いはずのスェイデが新大陸のアルバトリオンについて知っているのは何故か。ツッコミを入れるのも面倒なので、ビオはそれに関する思考を打ち切った。
「ともかくアイツはそういう規格外の存在だよ」
「うわー、ビオさんにだけは言われたくないセリフトップ3に入る発言ー……何ならビオさんの同期にも言われたくないやつー……アンタら全員規格外だよ化物め」
ならその規格外の化物に付きまとっているお前は何なんだ、と軽く裏拳を入れる。ツッコミは面倒だが、さすがに突っ込まざるをえないビオだった。
いやぁー会ってみたいなぁそんな強くて綺麗な美女!と欲望が漏れ出すスェイデをよそに、件の女ハンターの目を思い出しているビオ。どんな血よりも赤く濡れた瞳と、透き通るような声色で発される自身への呪詛は、忘れようして忘れられるものではない。
(呪われたこの身、か……禁足地で、お前は生き方を見付けられたか?俺も死に場所探しから降りられた、お前にだって出来るはずだ……)
狩りに生きる