恐れよ、暴れる竜を。狩れ、友の為に。   作:X2愛好家

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復讐の原点


相棒

【ビーハの街】ミナガルデ等の規模が大きく有名な街でもなく、ロックラックの峯山龍接近に合わせた祭典のような催しも無い、いたって普通の人種生活圏。だが、今この街は、厳密に言うならビーハを含めたいくつかの街や村はハンターズギルドと所属するハンター、さらには龍歴院やフリー・公的機関問わずモンスターの生態調査を生業とする学者達の注目の的だった。

 

悪い意味を多分に含んでいるが。

 

「いい加減にしてください!!!」

 

そんなビーハ街のハンターズギルドが置かれた集会所に怒号が飛び、何かを思い切り叩いたような鈍い音も同時に響く。「とある理由」で数は減ったが、それでもなお賑わいを見せる集会所兼酒場の喧騒に負ける事なく、むしろそれら全てを黙らせ注目を集めた声と音は、ハンターなら誰しも世話になるクエストカウンターから発せられていた。

 

「クエストの規定は守っている。それに体調も問題は無いのだが」

「違反スレスレです!それにそんなボロボロになって、どこが問題無しですか!」

 

揉めているのは受付嬢とハンター。いつもの快活な笑顔は鳴りを潜め、怒りと悲しみを露にしている受付嬢ルアと、もはや修復が間に合っていないズタズタのスキュラシリーズに身を包んだハンター ビオ。ビオの発言と行動がルアの琴線に触れてしまったらしく、カウンターを叩きながらビオに詰め寄っている状況のようだ。

 

「奴を殺すチャンスを逃す訳にはいかない」

「だからって!」

 

【奴】とビオが呼ぶモンスター。恐暴竜イビルジョーが出現したのだ。この世界に種として根付いているモンスターの中の一頭を執拗に付け狙っているビオ。砂漠から特定の砂粒を見付ける、とまではいかないものの広い河原から特定の小石を見付け出す、とは言えるような、一般人は鼻で笑う途方も無い話。だがビオにとっては、それこそ己の全てを賭け、投げ捨ててでもやり遂げなければならない使命なのだ。

 

「こんな復讐なんて、復讐のために体も心も磨り減らす事を、ビオさんの相棒さんも望んでないはずです!」

 

だが、引き下がれない理由があるのはルアも同じ。彼女の性格が、生まれ持った感性が、死に急ぐビオを放っておけない。その発言がビオとの溝を深めてしまうとしても。

 

「テリルが復讐を望む望まないは誰にも分からんさ。それこそ俺にも、あんたにも」

「っ!なら!」

「だからこれは俺が俺自身の為にやっている事だ。あいつが味わった苦痛を奴に返して、俺が前に進む為に」

 

死人に口無し。この世に居ない人間の声など聞こえるはずもなく。ビオの相棒だったテリルが本当に復讐を望んでいるかなど、誰にも分からないのだ。なればこそ残された、生かされた側であるビオは復讐を完遂し、このどす黒い殺意と虚無感を消化したいと思っているらしい。彼自身が語ったように、前に進む為に。

 

「でも・・・それでも・・・」

「そこまでにしときな。こっちとしても見過ごせないしね」

「・・・」

 

最悪の空気になったクエストカウンターの一角に現れた人物。ビオ以外にとっては救いの手、ビオにとっては最も介入してほしくなかった存在。ビーハ街のギルドマスターである。

 

「一つ前のクエスト・・・火竜の狩猟だったかねぇ。その時も他のハンターとだいぶ揉めたらしいじゃないか」

「最終的に和解しましたがね」

「最終的、にはねぇ。ギルドとしてはその過程にも目をむけにゃならんのさ」

 

ビオが受注し、完遂した直近のクエスト。火竜リオレウスの狩猟。ビーハ街からそう遠くない地域にて「番が居る訳でもなく」「幼体が居る訳でもない」「何かを警戒するように気が立っている」リオレウスが確認された。近付く者は一般人だろうがハンターだろうが、他の大型モンスターだろうが見境なく襲い掛かるという極めて危険な個体だった。当初は上位ハンターをリーダーとした、腕前も人格も問題無しのパーティが受注する予定だったのだが、タッチの差で単独のビオが受注してしまったのが事の発端だった。

 

「クエスト完遂率と受注数がほぼ同じ、上位ハンターに届く・・・いや、それすら凌ぐ腕を持ってるのは確かさね。それは認めよう」

「なら」

「けど今のアンタにクエストは任せられんね」

 

上に立つ者としての威厳を隠すつもりもない視線がビオを射抜く。今のビオの精神状態───復讐にしか目を向けられない状態では【ハンターとして】依頼を遂行できないと判断したのだ。

 

「しかし!」

「悪いけど問答無用だよ。ルア、その依頼はビオと揉めたハンターパーティに回しな」

「はっ、はい!」

 

素顔を覆い隠すスキュラヘルムの奥で歯噛みするビオ。いかに復讐鬼だろうと【ハンター】である以上はギルドマスターの言葉を無視する訳にはいかない。下手をすればギルドナイトが飛んできかねない。そうなれば復讐どころか普通の生活すら困難となる。

 

「・・・失礼します」

 

ギルドの出口へ早足で向かうビオ。行き先は宿か加工屋か、いずれにせよ一触即発の事態は避けられたようだ。事の成り行きを見守るしかなかった他の受付嬢やハンター達も安堵している中、ギルドマスターだけが浮かない顔をしていた。

 

「マスターありがとうございました」

「気にしなさんな。たまには上司らしい事もしなくちゃね」

「どちらへ?」

「執務室。個人的にまとめておきたい件があってね。何かあったら呼んでくれ」

 

受付嬢三人で分業しているクエストカウンターを離れ、執務室へと向かうギルドマスター。扉を閉め、自分以外が居ない事を確認してからようやく胸中を吐露する。

 

「少し頭を冷やしな・・・止まらないならせめて、準備だけでも万全にしておくんだね」

 

もう、ビオは止まらない。今はまだ理性がかろうじて働いているから良いものの、いずれそれすら振り切ってしまう日が来る。ならせめて、今のうちに出来る準備は済ませておけ、と言いたいのがギルドマスターではない、一個人の考えだ。あんな酷使を重ねた武器や防具では、いざ恐暴竜と対峙した時に実力を発揮できないまま喰われるのがオチだ。一種の謹慎期間、それに気付いて装備を強化・補修して備える。その程度の考えに及ばないのならば───

 

「アンタの復讐はその程度だったって事だね・・・牙を研ぎ続けるのも復讐の内だと思うよ」

 

向ける相手の居ない言葉が紡がれ、部屋の中に溶けていった。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「クッ・・・」

 

ギルドから半ば追い出される形となったビオ。その表情は相変わらず見えないが、纏っている雰囲気が今のビオを表現している。

 

(そんなボロボロになって、どこが問題無しですか!)

(今のアンタにクエストは任せられんね)

 

「・・・一理ある、か」

 

まだ、この瞬間だけはハンターとしての思考が残っているらしい。僅かに冷静さを取り戻し、宿に向けていた足を別の方向へと進める。その行き先にあったのは。

 

「近頃来ねぇと思ったらこんなズタズタにしやがって!素人の補修なんざ直ぐボロが出るって何べん言やぁ分かるんだ!!」

「・・・すまない」

「すまねぇで済むんならギルドナイトも鍛冶屋も要らねぇんだよ大馬鹿野郎!!!」

 

ビーハ街中央道に響き渡る怒声。ビオの前に立ち、腕を組んでぶちギレているのは、いかにも頑固な職人といった風貌と雰囲気の男性。その背後に構えられた自宅兼鍛冶屋の主、【コース】その人である。

 

「ほんっとにオメェらハンターは無茶しかしねぇな!」

「重ねて申し訳ない。新しい装備を頼みに来たのだが」

「よくこの流れで頼めたなぁ!?・・・まぁいい、お前はそういう奴だからな・・・まったく」

 

良くも悪くも今のビオは空気を読まない。元から対人的な部分は不得手だったようだが。それなりに付き合いが長いのか、コースも怒りの炎が一気に鎮火し、呆れに呆れた表情となってしまう。どうやらコースもまた、ビオに振り回されている一人のようだ。

 

「で?どんなモンが欲しいんだ?」

「直ぐに用意でき───」

「一番硬いやつな!わーったわーったよ!」

 

直ぐに用意できる素材で作れる最も強固な防具。というのがビオの言いたい内容だったのだが、途中まで聞いたコースはそれを遮って手をブンブンと振る。呆れた表情をさらに渋くしながら。

 

「オメェよぉ・・・もっと、飾りっ気というか、見てくれを気にしたらどうだよ・・・普通、脂が乗り始めたくらいにカッコいいの~だとか、可愛いの~だとか、最近の若い連中は大抵そうだぞ?」

「そうなのか」

「・・・」

 

コース、絶句である。普段のコースは先程までビオに説教していた、腕は確かだが気難しい職人状態がデフォルトであり、今しがた本人が諭したように若いハンターがカッコいい・可愛いといった、見た目重視の装備など要求しようものなら「中身も磨いて出直せ!」と怒鳴って追い返すまでやりかねない。だが、ビオに関しては真逆の事を言っている。

 

「あんま言いたかないが、ハンターってのは目立ってなんぼだろう・・・希少な素材で打たれた武器、凶悪なモンスターの素材を使った防具、そして高潔な人格と高い技術、それらが全部揃ってる奴を一流って言うんだ」

「そういうものか」

「そうだよ!なのにオメェときたら、影蜘蛛の防具を一張羅で着回すわ人付き合い投げ捨てて狩りに明け暮れるわ!腕が良いのが逆に腹立つっての!」

 

半ば逆ギレである。

 

「善処しよう。今依頼して完成はいつ頃になる?」

「・・・」

 

これがビオクオリティ。

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

呆れを通り越して虚無となったコースの元でサイズ合わせを行い、素材を渡して製作依頼を完了したビオ。今はハンター宿舎になっている宿屋の自室に引き上げてきた所である。インナー姿でベッドに腰掛け物思いに耽る。

 

(何をすれば良いのか分からん)

 

狩りは禁止、装備は製作が始まったばかり、スキュラシリーズも愛用のハンマー ストライプストライクも完全修復に出してしまったのでやる事が無い。素材は常に整理しているし、モンスター図鑑やハンターノートも今さら読み返す気が起きない。金勘定にも興味は無い。

 

(今まで本当に狩猟しかしてこなかったのか、俺は)

 

相棒のテリルが死んでから、ひたすら腕を磨く事しかしてこなかった。趣味の一つも無い自分からハンター稼業を取り上げたら何が残るというのか。

 

「お前が生きていれば、少しは違ったのか?」

 

もう二度と会えない無二の戦友に思いを馳せるビオの目は悲しげに彩られていた。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「───オ?おーい、ビオー?」

「ん?」

「起きてるなら反応してよね。相棒が話し掛けてやってるんだぞー」

 

アプトノスが牽く竜車の中で、不満を隠そうともしない女性と、それにようやく応える男性が居た。

 

「悪いな。さすがに疲れた」

「まぁ疲れたのは分かるけどさ」

 

ハンターシリーズの防具を纏い、ボーンハンマー改を前に抱えた体勢で休むビオ。バトルシリーズを装備し、ビオと同じように鉄刀を抱えて座る【テリル】である。

 

「あの時は四人でどうにかしたドスファンゴとドスランポスだけどさ、二人で狩猟できたのスゴくない?って言ったんですけど?」

「そうだな」

「少しは喜べー!年下の同期に負けてられないんだからね!これからガンガン狩って一番乗りするんだから!」

「何にだ」

「もちろんハンターのトップ的なアレだよ」

「・・・はぁ」

 

養成所の試験にて遭遇し、他の同期二人と組んで狩猟した大猪ドスファンゴとランポスの群長であるドスランポス。この二頭が村の付近に縄張りを築いてしまい、どちらが勝っても村の平和が脅かされるという事で討伐依頼が出され、それを受注したのがこの二人なのだ。試験時の二頭と個体差はあっただろうが、同じ状況を少ない人数でこなした事を誇るテリルと、それに呆れるビオというのが現在の竜車内の空気である。

 

ビオの呆れは「人は順調に経験を積むと、こうも調子に乗るのだろうか」という、相棒への容赦無いツッコミも兼ねているのだが。

 

「慢心はするなよ。ちょうど今の俺達くらいが一番危険視される時期なんだからな」

「分かってるよ。私だって死にたい訳じゃないし」

 

やや不満な表情ではあるが、ビオの慎重な考えも間違いではないと同意するテリル。輝かしい活躍を見せ、街を越え山を越え、果ては大陸すら越えてその名声を轟かせるハンターも存在する一方、疲労によるつまらないミスや病で倒れるハンターも存在するのだ。事実、訓練所の教官や所属ギルドの先輩ハンター、受付嬢に加工屋などハンターの生活に関わるほぼ全ての者から警告とアドバイスをされているのだ。

 

(それだけ「新人」は危ういって事だよな)

 

可能性の塊である新人ハンター。その可能性が開花するか、道半ばで刈り取られるかは本人にすら分からない。

 

「おーい、ビオー?また考え事?」

「あぁ、どうやってお前の手綱を握るか考えていた」

「誰がリノプロスだって?」

「アプトノスじゃない辺りプライドが見えるな。そしてリノプロスは家畜に向かん」

 

本気か冗談か分からないテリルの発言に、ツッコミと補足を入れるビオ。この二人の空気感と距離感は、訓練所時代からさらに遡り、故郷の村から始まり今も続いている。

 

「ふんっ!どうせ私はアプケロスだよ!」

「せめて統一しろ」

「・・・なんかビオ、雰囲気変わったよね」

「また唐突だな・・・」

「訓練所の時はもう少し砕けた感じだったじゃん。今は物腰が硬くなったっていうか」

「自分で言うのもなんだが、冷静になったと言ってくれないか」

 

意図的か環境の変化によるものか。ビオの纏う雰囲気や口調は、訓練所時代とは微妙に違う物になっていた。卒業からそれ程長い時間が経過した訳ではないが、ビオが生真面目寄りな性格になるには十分な時間でもある。

 

「あの時は同期や教官が常に一緒だったが、今は基本的に俺達二人だけだ。立ち回りが慎重になるのも無理はないだろう。その上、依頼人やギルドとの情報交換、事前調査に狩場での大まかな動き、考える事はいくらでもある」

「それに引っ張られて今の感じになったと」

「かもな」

「そんなもんかねぇ」

「それに───」

 

さらに理由を重ねようとしたビオだが、急に動きを止めた竜車に言葉を遮られてしまう。テリルも同じく不審に思い、雑談を切り上げて御者に声をかけた。

 

「どうしました?」

「いや、それが・・・急にコイツが」

 

どうやら御者にも理由が分かっていないらしい。警戒も兼ねて荷台から降りる二人。テリルはそのまま荷車近くに陣取り後方を警戒。ビオは前方の警戒とアプトノスの様子を調べるため進行方向へと向かう。

 

「怯えている・・・?」

 

アプトノスは忙しなく辺りを見回し、しきりに匂いを嗅ぐような仕草をしている。狩場にて、野生のアプトノスが同じような動作をしているのを何度か見かけた事があるビオ。【恐怖と警戒】を意味する動作。つまり───

 

「テリル!危険種が来る可能性が高い!」

「分かった!」

 

何が来るのか。新人にとって最初の関門と言われる怪鳥イャンクックなら二人で対処できるはず。だが、それ以上に危険度の高い大型モンスターならば撤退を優先すべきだろう。火竜か雌火竜か、黒狼鳥という可能性も捨てきれない。何にせよ空からの奇襲には注意せねば。

 

そう考えていたビオだが、【それ】は地を踏み鳴らしてやって来た。

 

───ゴアァァァアァァァァッッ!!!

 

「なっ、何あれ!?」

「獣竜種か!」

 

まだ距離は遠い為、耳を塞ぐまでには至らないが身体は強張る。頭から尻尾まで平行に伸びた体躯、強靭な脚、そして殺意と食欲を漲らせた小さな瞳。目に見える全てが訴えかけてくる。

 

【食事の時間だ】と

 

理性が、本能が、生命体としての全てが警鐘を鳴らす。

 

【逃げろ】と

 

「っ!救難信号を!!早く!!!」

「ひぅ・・・」

 

荷台に近いテリルへ叫ぶ。新大陸の調査など、活動の場を広げる毎に新たな道具を作り出してきたハンターとギルド、職人達。救難信号弾もそんな中で作られた道具の一つである。特に新人の遭難や重傷によるクエストの続行、及び帰還が困難となった際に使用される救難信号弾は必携とも言えるレベルなのだ。使用に踏み切るビオだが、獣竜種の存在感に呑まれてしまったのかテリルの動きが鈍い。

 

「くっ!全力で走れ!」

「あ・・・あぁ・・・」

「死にたくないなら走れぇ!!!」

 

完全に恐怖に負け、立ち尽くしていた御者の背を強引に押して獣竜種と真逆の方向に走らせる。不恰好ながらもようやく走り出した御者から離れ、ボーンハンマー改を構えて戦闘態勢を取るビオ。ビオの叫びを聞き、多少は正気に戻ったのかテリルも信号弾を荷台から引っ張り出した。

 

───グルァ!ガァッ!

 

(ブレスは!遠距離攻撃はするのか!?あの脚なら跳躍もかなりの距離を出せるか!?)

 

「クソッ!」

 

考える事が多すぎる。思考が上手くまとまらない。未知のモンスターへの対処法は冷静に立ち回る事だ、と理解していたつもりだったが、やはり経験の浅さはどうにもできない。焦燥を隠せないビオから、更に冷静さを奪う要因がもう一つ。未知のモンスターなのだが、どこかで見覚えがあるような気がしているのだ。それがどこだったか、いつだったか思い出せない。僅かな既視感が普段の思考を邪魔している。

 

「ビオっ!信号弾が上がるよ!」

 

───パシュッ

 

どこか気の抜ける音と共に空へ打ち上がる信号弾。炸裂音を確認できたので、後は他のハンターかギルドの救援が来れば何とかなるはず。

 

生きていればだが

 

「やるしか、ないよね・・・」

「あぁ・・・」

 

ビオの隣に立ったテリルも鉄刀を鞘から抜いて構える。相手は未知のモンスター、しかも完全にこちらを獲物として捕捉している。基本的によほど足の遅い種でなければ、人が全力疾走しても簡単に追い付かれる。討伐といかないまでも、手傷を負わせて撃退するしかない。

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

抗う事を、戦う事を諦めた者から死んでいく。とはよく言ったものだ。確かにその通りだろう。何もせず、目の前に迫った脅威をただ受け入れるだけの生物に明日など来ない。前を向き、知恵を絞り、力の限り抗うからこそ人は生き延び発展する事ができたのだ。

 

だが時として【抗う事を選択した時点で間違い】という事象も存在するのだ。何もしなくてよい、という訳ではない。ただひたすらに逃げる事が正解。

 

二人揃って逃げ出し、追い付かれてしまった方は御愁傷様、運が無かったと。お前が死ね、私の為に囮になれ、とどちらが生き残っても後悔後腐れ無く忘れ去れる程度の間柄ならばどれ程良かっただろう。

 

それが出来ない二人だからこそ、この復讐譚は幕を開けてしまったのだが。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

当時の事は鮮明に覚えている。

 

忘れてはいない。

 

忘れてはならない。

 

忘れられる訳がない。

 

 

何度武器を振るっただろう。何度回避しただろう。【奴】の終わりは一向に見えず、こちらの終わりは直ぐそこまで来ていた。

 

「ぐっ、おぉぉあぁぁぁ!!」

「せぇやぁぁ!!」

 

溜め込んだ一撃と気刃斬りの最終段が【奴】の頭と腹に叩き込まれた。大きく仰け反る【奴】。光明が見えた気がした。このまま押し切れると。だが───

 

───ガァッ……グオォォォッ!!!

 

誘いだったのか、本能的なカウンターだったのかは分からない。どちらにせよ【奴】は仰け反った態勢から右脚を振り上げ、全力で振り下ろしたのだ。大型モンスターは身動ぎ一つが武器になる。意図して攻撃に使うなら尚更、人にとって必殺の一撃になる。

 

「ガッ・・・」

 

気刃大回転斬りに繋げようとしていたテリルの左足に、それは直撃した。

 

この戦いで、俺の耳にこびりついた【音】がいくつかある。未だに離れてくれない【音】が。その一つがこれだ。形容し難い音。骨と肉がごちゃ混ぜになって、まとめてミンチにされる音と言えば分かるだろうか。

 

「───ッアァアァァァァァァ!?!!」

「テリル!!!」

 

そしてもう一つがテリルの悲鳴だ。強靭な後脚から放たれる全力の一撃。そんなモノを新人が用意できる程度の防具でマトモに受ければどうなるか。答えは簡単、筆舌に尽くしがたい苦痛が襲ってくる。

 

「くぅあっ!?」

 

痛みは俺の方にも訪れた。相棒の絶叫に動きを止めてしまった俺に対して【奴】は尻尾を振るってきたのだ。僅かな浮遊感の後、背中に激痛が走る。恐らく吹き飛ばされた先で竜車に激突したのだろう。

 

「かっ・・・はっ・・・」

 

呼吸がままならない。動かなければ死ぬ。分かっていても体が言うことを聞かない。終わる。次の瞬間には【奴】の口を通って胃の中だろうと。だがその瞬間は訪れなかった。

 

「立ってぇ!!!」

 

相棒の、テリルの声が聞こえた。立て、と俺に言っていた。続く言葉は「戦え」だろうか、「助けて」だろうか。

 

「逃げろぉぉぉぉ!!!」

 

霞む視界に映ったのは足を砕かれたテリルと、そんなテリルの元へ向かう【奴】の姿。大声を上げながらも動けない獲物を喰らう事にしたらしい。

 

「っ!ぐっ・・・!」

 

危険なモンスターの存在を報告しなければ、御者は逃げ切れたのだろうか、このまま戦っても勝てない。他にもいくつか理由が思い付いたが、それらは全て後付けの言い訳だ。

 

俺は【相棒に救われて逃げ】【相棒を見捨てて生き延びた】のだ。

 

【奴】に背を向け必死に無様に逃げている時、一度もテリルの声が聞こえなかった。頭から喰われて悲鳴を上げる事も出来ずに果てたのか、俺が振り向いて足を止めないように堪えていたのか。それは誰にも分からない。

 

───ぐちゃぐちゃ、べりっ、ぼきっ、ぐじゅり

 

言い表すならこのようになるだろうか。

肉を喰らい、皮を剥がし、骨を砕いて呑み込む。次第に遠くなる気味の悪い音を聞きながら俺は逃げ続けた。

 

生き延びてしまったのだ。

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

「テリル・・・」

 

気が付けば夕暮れ時。出血ギリギリの力を込めて【奴】の鱗を握っていたようだ。当時着用していたハンターシリーズに付着していた黒い鱗。劣化は進んだものの崩壊には至らず、ビオの狩猟に連れ回されている。仇の一部にして御守り、それに己の成長を見せるのは復讐の一環なのか。ここまで腕を磨いたぞ、と。これからお前を殺しに行く、と。

 

「これは・・・誓いだ。あの時果たせなかった誓いに代わる、新たな誓い」

 

それに───お前を死なせる訳にはいかないからな。

 

「奴は必ず俺の手で、殺す」

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

「もう・・・いいよ・・・置いてけって」

「ハァッ!ハァッ!少し!黙っていたまえ!ふっ!」

 

暗い森を駆ける人物が二人。片方は助かるかどうか分からない程に血を流しており、もう片方は重傷の相方を抱え、息を切らして走っている。

 

「お前まで・・・死ぬ必要、ない、だろ・・・」

「死なないさ!ハッ!君も!僕も!」

「バカ・・・」

 

───ゴアァァァアァァァァッ!!!

 

「っ!追い付かれたか!」

「逃げろ・・・!あたしは、いいから!」

 

二人の背後から、木々を薙ぎ倒して現れたのは獣竜種のモンスター。【恐暴竜 イビルジョー】である。逃げ切るのは無理と判断した男性ハンターは、抱えていた女性ハンターを近くの木の根元に降ろし、背に携えていたランスを構える。戦いの中で手放してしまったのか、女性を抱える為に捨てたのか、盾は持っていない。

 

「逃げろ!逃げろって!」

「平民を餌にして逃げた等と吹聴されたら、家の名に泥を塗る事になるのでね!」

「こんな時まで貴族ぶるな!あんたは生きてくれ!」

「貴族だからこそ、逃げる訳にはいかないのだよ!それに、簡単に逃がしてくれそうにないしね」

 

───グゥ……ガァアァァァ!

 

「ハイジッヒ・ヘヴレ・スタンヤール、参る!」

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「全滅!?確かなのか!」

「はい、誰一人として帰還していません・・・」

「何という事だ・・・!」

 

ビオの拠点としているビーハの街から離れた【ルービオ】の街。そのハンターズギルドにて、受付嬢から報告を受けたギルドマスターが驚愕していた。

 

【恐暴竜特異個体 調査隊 全滅の可能性 大】と

 

「リーダーのクオニフさんを含み、パーティメンバーだったシレナさん、ハイジッヒさん、カタヨさん、全員が未帰還となっています・・・」

「上位ハンターのパーティで調査すら出来ないとは、まさかG級個体なのか?」

「現状、危険度すら不明瞭ですね」

「チッ!化物め!」

「ギルドマスター!」

「今度は何だ!」

 

悪感情を隠そうともしないギルドマスター。そこへ別の受付嬢が駆け込んでくる。

 

「観測所からの報告です!特異個体の縄張りと推定されるエリア周辺にて、モンスターが活発化し始めたと!」

「何だと!?」

 

手渡された書類に目を通していくギルドマスターだが、その顔はどんどん青ざめていった。遠方から確認できただけでも【火竜夫婦】【黒狼鳥】といった危険種や、本来この地域には定着していないはずの【斬竜】や【雷狼竜】と思わしき咆哮を聞いた者も居るらしい。これではまるで───

 

「百竜夜行ではないか・・・」

 

特定の精鋭ハンター達によって撃退され、全ハンターズギルドに特殊災害として認定された百竜夜行。それがこの街を巻き込んで発生しようとしているのだろうか。

 

「・・・」

「マスター・・・」

 

黙り込んでしまうギルドマスター。二人の受付嬢も不安を隠せない。

 

「・・・ハンターを集める」

「え?」

 

「活発化している群れの抑制、特異個体の討伐。どちらも人手が必要だ。百竜夜行と同じくハンターを集め、同時に対応するしかない」

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

その日、ありとあらゆる手段で全ハンターズギルドに緊急連絡がなされた。

 

活発化したモンスターの群れは、ほぼ全て生存本能に突き動かされた結果であると仮定された。特異個体の恐暴竜に追い立てられ、その先で別の被害者に出会い、互いに警戒し合い、疲弊した所を特異個体に捕食されると。そこは特異個体の餌場であると。

 

このままでは気の立ったモンスターによる二次被害が深刻となり、特異個体は更なる力をつけ、大惨事を引き起こすと。

 

それらを防ぐ為、他地域のハンターにも救援を要請すると。

 

 

 

後に【暴喰戦線】と呼ばれる事になる、死闘の幕が切って落とされたのだ。




美食を喰らう者

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