特異個体包囲戦が始まってから少し時間が経過した頃。包囲網が敷かれているライ地帯へ向けて出発しようとしているハンターが居た。
「本当に行くのか」
「当然だ。奴をこの手で殺すチャンスだからな」
「慣らしも済んでねぇのに、マトモに動けると思ってんのかオメェは」
「奴までの道中で慣らすさ」
身に纏った防具の感触を確かめながら会話しているハンターがビオ。いつもの二割増しで厳しい声になっている鍛冶屋がコースである。完成した新しい装備で包囲戦に参加しようとしているビオだが、コースが言ったように防具は出来立て。今まで使用していた装備と形状や重さが違うならば、なおさら調整は必要になるのだが、今のビオにはどんな言葉も届かないだろう。そしてこちらも本人が言った通り、本当に道中で感覚を合わせてしまうのがビオを含めた奇跡の世代、規格外のハンター達なのである。
「・・・ったく、死ぬなよ」
「進んで死ぬつもりは無いさ」
死んだら奴を殺せないからな。と言葉には出さず胸の内で呟くビオ。それを聞けばコースは更に渋い表情になるだろうから、言わなくて正解である。だが、ビオはこうも考えている。
俺の命と引き換えに殺せるなら喜んで差し出す
と。自殺願望がある訳ではないが、相討ちでも殺せるなら殺すというのがビオの考えだ。そんな虚しく悲壮な覚悟を抱えて狩場へと向かうビオ───
「ビオさん!!!」
に声を掛ける者。ビーハ街の受付嬢の一人、普段は快活なルアである。集会所から走ってきたのか息が荒い。
「待っ・・・けほっ、待ってください・・・!」
「・・・」
一種の謹慎期間があったビオと、その謹慎直前に揉めていたルア。ギルドマスターの介入でその場は収まったが、二人の関係には深い溝が出来てしまい、その後は一度も会話する事なく今日になってしまったのである。無神経な言葉を謝りたくて、死んでほしくなくて、受付嬢として送り出したくて、様々な感情がぐちゃぐちゃになり上手く言葉に出来ない。
そしてそんな彼女に対して言葉を紡ぐ事もせず、振り返る事も無く歩き出すビオ。あまりにも冷たい態度にコースも止めようとするが、ビオの歩みは止まらない。
「帰ってきてくださいっ!!!」
「・・・」
「残されるのが辛い事はっ!ビオさんが一番分かってるはずですっ!」
「・・・」
「自分勝手な考えだって言うならっ!ビオさんの仇討ちだって自分勝手です!私はビオさんに死んでほしくないんですっ!」
「・・・」
心からの叫びがこだまする。言いたい事を全て吐き出したルアの呼吸は先程までよりも荒い。そんな彼女の思いを聞いたビオは足を止め、ほんの僅かに首を動かした。
「善処はする」
そして短く告げ、再び歩き出す。その歩みは今度こそ止まらなかった。
▲▽▲▽▲▽
「良いのかよ嬢ちゃん・・・アレで」
「はぁ・・・ふぅ・・・良いんです。今のビオさんは私には止められませんから」
そう言って笑顔を向けるルア。だが、その笑顔は悲しみを必死に堪え、隠した痛々しく無理矢理な笑みだった。
「・・・難儀なモンだな。クソッタレが」
人生の先輩として、若い二人に何のアドバイスも慰めも出来やしない。自分に出来るのは武器を鍛え、防具を作り送り出すだけ。自分が戦う為の道具を作るからハンターが死ぬのではないか、等という傲慢で青臭い考えはとっくの昔に投げ捨てたつもりだった。だが、こうして目の前で死に向かおうとする男と、それを見送るしかない女を見ていると捨てた考えが甦ってくる。
「本当に誰かを振り回してばっかだな、テメェはよ」
「待ってますから・・・帰ってくるのを」
彼に向けられた言葉は、彼に届く事なく風の中に溶けていった。
▽▲▽▲▽▲
「どこだ・・・!」
街を出発し、ライ地帯へと突入してもまだ走り続けているビオ。今までも何度か使用した事がある強走薬グレートのお陰で、ノンストップで走り回れている。新たな敵と認識して襲い来る大型モンスターや、おこぼれを狙って忍び寄る小型肉食モンスター等全てを無視して駆け抜ける。
「血の匂いが重なりすぎている・・・」
僅かに感じる倦怠感。強走薬の効果切れと共にスピードを緩め、小走りペースに切り替えながら【奴】の気配を探る。だがハンター・モンスター問わず既に多くの生命が傷付き、倒れているフィールドには血と死が蔓延しており、その中からたった一頭を探し当てるのは至難の技だ。
「千里眼も意味が無いか。チッ・・・」
ここまで大型モンスターが多いと、使用者の感覚を鋭くし対象の位置をある程度まで絞り込める千里眼の薬も使い物にならない。
「適当に餌を置いても引っ掛かるかどうか」
イビルジョーは貪欲極まる食性を持っており、たとえ戦闘中であってもハンターが設置した生肉を食べに向かおうとするのだ。その食欲を利用し、ドクテングダケやマヒダケ等の毒物を仕込んだ罠肉を食わせる、という手段が用いられる。だが今回に限っては、そこら中に獲物が存在し、尚且つ活動範囲が広い事もあり、通常の罠や爆弾類等の定点トラップは使い難い。一度戦闘に入れればチャンスはあるのだが。
───ヒュルルル……パァン……!
「救難信号?近いな・・・やむをえまい」
【奴】に近付く方法を模索するビオだったが、突如として甲高い音と、空に閃光が走ったのを確認した。別のハンターが助けを求めているようだ。今はまだ冷静に思考できているらしく、近くという事もあり、救難信号を打ち上げた主の元へと向かう。
◇◆◇
彼は気付いているのだろうか。
血と死の気配で仇を追おうとしていた事に。
それが奴と同じ恐暴なる獣の感覚である事に。
獣を屠る為、自ら獣へと近付いている事に。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
◆◇◆
「くっ・・・」
ビオが目撃した救難信号の発射点にて。大木を背にし、武器を構えている女性が居た。
───グアッ!ガアッカッ!
───グルゥ!オアッ!
複数のモンスターに囲まれながら。
「悪運、尽きた・・・か」
「そんな事無い、って言いたいけど・・・さすがに無理かな、これは」
大木の根元には傷付いた男性ハンター。それも片腕を失っている重傷者。男性を守るように女性が立ち塞がっているが、女性もけっして軽くはない怪我を負っており、脇腹に巻いた包帯から血が滲んでいる。
「すまない・・・君だけでも逃がしたかったが」
「先にヘマしたのはあたしだろ?感謝はしても、恨む気は起きないね」
軽口を叩き合っているように見えるが、状況は絶望的である。二人を包囲しているのは、鳥竜種モンスターであるドスランポスとドスジャギィ。さらにランポスとジャギィが複数で二人を取り囲んでいる形だ。万全な状態ならば、群れをまとめて相手しても後れを取る事は無いと言い切れるが、今のコンディションは最悪の一言。不幸中の幸いは、ランポスとジャギィが別のモンスターであり、互いに「獲物は譲らない」と牽制し合っている事だろう。
(せめて閃光玉があれば・・・)
今最も欲しい物と聞かれれば即座に答えられるだろう。だが現実は非情。ポーチの中身は文字通り空なのだ。頼れるのは途中で拾った片手剣だけ。だが、女性ハンターが本来得意としている武器は弓。訓練所時代に使い方を学んだが、まともに戦えない状態を切り抜ける事が出来るかどうかは別問題。
───シャッ!
「クッソぉぉぉ!!!」
新鮮な肉を前にしびれを切らしたドスランポスが女性ハンターに飛び掛かる。群長に合わせてランポス達も動き始め、遅れてなるものかとジャギィの群れも牙を剥く。万事休すか。破れかぶれで片手剣を振るおうとした女性ハンターが次に聴いたのは、自分の肉が噛み千切られる音ではなく───
───ギャインッ!?
ドスランポスの悲鳴と鈍い衝撃音だった。
飛竜種が行う空中での姿勢制御など出来ないドスランポス。女性ハンターの息の根を止める為に行った飛び掛かりだが、同時に己の逃げ場も無くしていた。自分と同じくジャンプし、大型の鎚を下から振り抜いたハンターに吹き飛ばされてしまったのだ。
「生きてはいるようだな」
「アンタは・・・」
着地から素早く体勢を戻し後続を警戒するハンター。偶然近くに居り、救難信号を見て駆け付けたビオである。
「下がっていろ。直ぐに片付ける」
「悪い・・・助かるよ」
───クアァァァッ!!
───グゥゥゥゥ……!!
(こんな所で時間を食う訳にはいかないのでな)
ランポスとジャギィ。そのどちらの存在も、ビオの琴線に触れる事は無かった。奴を殺すチャンスを邪魔立てするなら、容赦無くこいつらも殺す。そんな冷徹な思考だけが今のビオの全てだった。
▽▲▽▲▽▲
「終わりだな」
「・・・」
数分と経たずに鳥竜の群れを殲滅したビオ。その手際の良さと戦い方に、女性ハンターは絶句していた。元来ハンターには、武器を一つしか狩場に持ち込めないという制約があった。今ではベースキャンプに複数の武器を持ち込み、クエスト規定時間内なら自由に持ち替える事が可能だ。だが今回のような特殊クエストの場合は、そもそも撤退出来るかどうかも怪しい所。相手も複数の為、最も馴染んだ武器を最後まで使い続けるのがベターだ。
だが今のビオは如何に手早く殺すか、という効率を重視しており、一撃の重さに比重を寄らせたハンマーでは、機敏に動く鳥竜の群れを潰し切るのに時間が掛かると判断。素材が欲しい訳じゃない、と言わんばかりに剥ぎ取り用のナイフを使い始めたのだ。モンスターの背に取り付いて剥ぎ取りナイフで攻撃し、ダウンを取るという戦法はこの地方では比較的オーソドックス。だが、剥ぎ取りナイフをサブアームとしてメインアームのハンマーを振り回す等、そうそうやらない戦い方である。
「容態は?」
「あ、あぁ・・・ギリギリ動けるよ。ただ、っ・・・二人とも血を流しすぎた。正直フラフラする」
(集中治療しないと危険だな・・・だが)
先を急ぎたいビオだが、助けたから後は自分達でなんとかしろ、と口に出せない程度にはまだ人の心は残っているつもりだ。
(やむを得ない、か)
「キャンプまで少し距離がある。歩ける所まで───」
手の届く範囲にある命までは見捨てられないビオ。一旦キャンプに戻り、重傷者を預けてから戦線復帰しようと決めた矢先。何者かの足音を捉えた。
(血の匂いに寄って来たか)
潰し尽くした鳥竜種の残党か後続か、あるいは別のモンスターか。警戒を強め得物のストライクストライプを構え直す。そんなビオを見た女性ハンターも片手剣を握る力が強くなる。そして茂みを軽々と飛び越え現れたのは一匹の獣と、その背に跨がった一人の男だった。
「救難信号を確認しました!要救助者はどちらですか」
「ハンターに・・・ガルク?」
「カイナ地区医務担当のメイです。ガルクの説明は大丈夫そうですね」
ビオと同じく救難信号を見て駆け付けたメイと、銀色の毛並みが特徴的なガルクが乱入者の正体だった。健在なビオと今にも倒れそうな女性を交互に見比べ、女性の元へ駆け寄っていく。
「あたしは良いから・・・あいつを頼む」
「腕を・・・ギンゲツ!もう一仕事頼めるか!」
───ウォフッ
ギンゲツと呼ばれたガルクが片腕を喪失したハンターに寄っていく。その間にメイは女性ハンターの状態を確認し終え、肩を貸せば離脱は可能と判断する。
「二人はこちらで対処します。貴方は」
「このまま奴を探す」
「奴?」
「この騒動の黒幕だ」
「騒動・・・?」
ビオとメイのやり取りに反応したのは片腕を失った男性ハンター。続いて女性ハンターが男性を制しつつ言葉を引き継ぐ。
「傷に障るぞ。なぁ、一つだけ聞かせてくれ・・・何かあったのか?あたしらが調査に出てから」
「調査?・・・まさか壊滅した調査隊か?」
女性の名はカタヨ。そして男性の名はハイジッヒ。共に壊滅したと思われた先発調査隊のメンバーである。
▲▽▲▽▲▽
「居るのか・・・!そこにッ!」
追い掛け回されたから詳しい場所は分かんないよ。でも大体の居場所なら───
ビオが再び駆けていた。カタヨから受け取った情報を元に。メイの制止も聞かず。調査隊が襲撃を受けた地点と、撤退したおおよその距離から算出した地点に向けて。走り、血の匂いが濃くなるにつれて情報も予測もビオの頭から抜け落ちていった。代わりに確信を強めていったのだ。
そこに【奴】が居る、と。
「っ!」
居た
見付けた
両の目で捉えた
別の個体?違う【奴】だ間違いない
「久しぶりだな」
────!
訓練所までの、【奴】に狂わされる前までの、あるいは【奴】を前にしていないビオならば、決してやらなかった事だろう。一心不乱に餌へ食らい付いているモンスターにわざわざ声を掛けるなど。奇襲の優位性を捨てるなどと。リスクを避け、一撃を叩き込むチャンスを無為にしてまで姿を晒すなど。
「お前を───」
───グルゥ……!
命を無駄にする行為だろう。
誰もが呆れ、怒る愚行だろう。
だが、それでもビオはそうする。
何度繰り返そうと。
正面から挑み、潰さなければならない。
「殺しに来たぞ」
───ゴアァァァァァァァッッ!!!!
▽▲▽▲▽▲
「っ!?」
「モンジュさん?」
「何だ今の・・・背筋だけ寒冷群島みたいになった」
「?」
何体目かの大型モンスターを仕留め、小休止中のモンジュとルーフ。ほどよく緊張を解していた二人だったが、モンジュが何かを感じ取ったらしい。そしてモンジュの背筋が凍ったのとほぼ同時に木々から鳥が飛び立ち、茂みから獣が飛び出していく。まるで何かに怯えるように。その場から一刻も早く逃げたいと言うように。
「一旦拠点に引き上げませんか?道具の補充もしたいですし」
「・・・そう、だね。そろそろ他の連中も復帰する頃合い───」
───ギャアァァァァァァ!!!
成果を手に一時撤退を決めたモンジュ。だが、続く言葉を遮り咆哮が響く。咄嗟に各々の武器を構え警戒を強める二人。
「上だ!」
僅かに聞こえた風を切る音。モンジュの聴覚が捉えたのは何かが羽ばたく音。それを証明するように、二人の上空を【何か】が飛翔していった。
「あ、れは・・・?」
「さすがにヤバいねぇ・・・」
「ちょっ!モンジュさん!?どこ行くつもりですか!」
「決まってるだろう!アイツを追うんだ!」
「無茶ですよ!経験の浅い僕でも分かります!アレは危険だ!命がいくつあっても足りない!!」
「だから、ほっとけないんだろ!ルーフは先に戻れ!拠点に伝えるんだ!」
「モンジュさんッ!!!」
獲物として狙われていない状態でも分かる。空と地で離れていても分かる。飛んでいた【何か】は危険だと。血の繋がりどころか友人でもないモンジュだが、死んでほしくないと思える程度には共闘したのだ。ルーフは撤退を進言するが、モンジュは危険性が高いからこそ放置できないと言い、退こうとしない。そしてルーフの言葉も届かず駆け出してしまった。
「っ・・・死なないで、くださいね!」
ルーフ自身も、今やるべき事と情を天秤にかけ、モンジュとは逆の方向───拠点へと足を向け走り出す。
◇◆◇
遠く離れた怨敵を見据える飛竜が居た
番を殺され、怒り、嘆き、狂った竜が居た
女夜叉が今、羽衣を翻し恐暴なる王に迫る
◆◇◆
▲▽▲▽▲▽
「チッ」
───ゴアァァッ!!!
幕を開けたビオとイビルジョーの私闘。
まるで、血液という血液が沸騰したように体は熱く、されど思考は氷河のように冷静で。修復が完了したストライクストライプを叩き付け、後脚を回避し、打ち付けては牙を避ける。互いに致命傷とは程遠い小技の応酬を続け、長く短い数分が経った。
「決め手に欠ける、かっ!」
───グルァァァァ!!
ビオが纏っているのは、咎と誓いの為に使っていたスキュラシリーズではなく、イビルジョーとの決戦に備えて新調した装備。現状のビオが直ぐに用意できる素材で作成可能な、「最も硬い防具」である【カブラ S】シリーズ一式。
「ッ!くっ!」
が、それは適正レベルのクエストでの話。上位、下手をすればG級にも届きかねない恐暴竜の一撃をまともに受ければ命に関わる。一発も貰わずに倒せるとは思っていないが、被弾無しくらいの意気込みでなければ倒せない相手でもあるのだ。
「ハァッ!」
───ガアッ!?ゴォアッ!!
執拗に右後脚を狙い続けたビオ。さすがに一点を狙われ続けて鬱陶しくなったのか、脚を大きく振り上げて地に叩き付けるイビルジョー。だが、それこそビオが狙っていた行動だった。イビルジョーが脚を振り下ろす攻撃をする際、インパクトポイントを確認しながら行う可能性が非常に高い。つまり、普段は狙いの付けづらい頭を自分から向けてくれるという事。
狙いどおり首を曲げながら振り下ろし攻撃を行ったイビルジョーに対し、ビオの動きは早かった。サイドロールで振り下ろしを避け、即座に体勢を立て直しハンマーの振り上げを顎に直撃させた。無理な姿勢を取らされたイビルジョーは怯むが、そこから反撃の噛み付きを繰り出してくるのはさすが特異個体と言った所か。
「ッ!?」
───フシュゥ……!
反撃は想定していたビオだったが、一つ想定外の事があった。直撃は避けたが、僅かに噛み付かれたのだ。それ自体は問題無い。ダメージはほぼ無く体勢を崩される事も無かった。問題なのは鎧に付着した液体。そう、イビルジョーの唾液である。
(空腹?いや、いくら恐暴竜とはいえ早すぎる)
イビルジョーの唾液は草木や岩、果てはハンターの装備すら溶かす強酸性なのだ。唾液が落ち、溶解した箇所が再凝固するまで防御能力は落ちてしまう。そしてビオが怪訝に思ったのは唾液の分泌タイミング。本来は動きが鈍くなる程に腹を減らした、スタミナ切れ状態で口から滴り落ちるのだが、目の前のイビルジョーは動作も眼光も鋭く空腹には見えない。さらには、ビオと戦う直前まで餌を貪っていたのだ。
ビオの脳裏に一つの、それも最悪寄りの推測が立つ。
「武器になる事を理解している・・・?」
自分の唾液は武器になる。そう理解している。だから空腹でもないのに唾液を分泌して振り撒いている。
「やはり普通の個体ではっ!ない、のか!」
───ゴアァァァッ!!!
ビオの思考を中断させるように行動を起こすイビルジョー。次の一手は跳躍。強靭な両後脚でビオを踏み潰さんと飛び掛かってきた。
「くっ!」
一部とはいえ防御力が低下した状態で受ける事など出来ず、唾液を地面に擦り付けて落とす意味も含め、やや大げさにローリングするビオ。今のところ致命傷に繋がる大きなミスはしていないが、イビルジョーも同じく大きなダメージを負っていない。
(多少無理にでも───)
「動かすッ!!」
───グルァ!……!
膠着状態を打破しようと、そろそろ喰い殺してやろうと、両者が次なる一手を打とうとした瞬間。ビオの聴覚が、イビルジョーの視覚が、何かを捉えた。
【それ】は空からやって来た。
───ガアァァァァァァァッッッ!!!
「チィッ!」
ビオの背後に強引に着地し、滑空からの勢いを利用してイビルジョーに体当たりを仕掛けた【それ】。正面から受け止めるイビルジョーだが、勢いを止められずに押し切られてしまう。かなり強力な羽ばたきが聞こえた為、危険を感じて身を投げ出したビオは無傷で済んだが。
「リオ、レイア?」
即座に起き上がり状況を確認するビオ。彼の目に映ったのは、自身と同じく起き上がっているイビルジョーと強襲してきた乱入者の姿。ビオの言葉通り雌火竜リオレイアなのだが───
「何だ・・・あれは」
記憶にあるリオレイアと明らかに違う点が見受けられるのだ。図鑑でしか見た事の無い亜種とも、お伽噺レベルで語られる金の甲殻とも異なる異形のリオレイアがそこに居た。
───グヴゥゥゥゥゥ……ガアァァァァァッ!!!
異形のリオレイアが吼える。それと同時にイビルジョーの気配も変化した。
こいつは【敵】だと判断したのだろう。
睨み合いは一瞬。先手を打ったのはイビルジョー。先程ビオに繰り出した跳躍からのストンプを強行した。対してリオレイアは遅れながらも迎撃。一歩退く構えを見せた。
(サマーソルトか)
縄張り争いなら利用しない手は無いと、イビルジョーの背後を取るように移動しているビオ。予測通り雌火竜の十八番、伝家の宝刀サマーソルトでイビルジョーを迎え撃つリオレイア。だが、ここで予想外の出来事が起きる。
「っなに!?」
左の翼の突起部、翼爪部分から紫色の液体を噴射したのだ。噴射された一部がビオの方にも飛んできた為、慌てて回避するビオ。
「くっ・・・まさか、噂に聞く二つ名か?」
通常個体と比較して遥かに強く、体色や紋様が異なる特殊個体モンスター。二つ名持ちと呼ばれるそれらの中に【紫毒姫】と呼称されるリオレイアが存在する。猛毒を超える劇毒を持ち、舞うように毒を振り撒き辺り一面を死の大地にするという恐ろしい個体。紫がかった鱗に、原種よりも毒の扱いに長けている、という特徴は一致するが───
(違う・・・二つ名とも違う。何だコイツは)
毒液を噴射した左翼はほぼ紫に変色し、背中から尾にかけての甲殻は刺々しく隆起しつつヒビ割れている。リオレイアの特徴でもある尾先の毒刺は、そこだけ見れば甲虫種か鋏角種と誤認してしまう程に変異している。さらによく見れば、口から常に紫色の唾液のような物が滴っている。アレではまるで───
(毒を制御しきれていない)
体外排出を急ぐかのように常に噴出している毒液。どこか苦し気な咆哮。異形に変異した体。まさに暴走という言葉が当てはまるリオレイア。
イビルジョーが始めた狂宴は、招待状の無い乱入者によって思わぬ方向へ、そして終焉に向かいつつあった。
復讐者は人だけに非ず。
【異形のリオレイア】
モンジュとルーフが目撃し、ビオとイビルジョーの戦いに割って入った特殊個体。
左翼が翼爪から飛膜まで毒々しい紫に染まっており、背中の刺から尾までの甲殻は不規則に隆起しつつヒビ割れを起こしている。さらに先端の尾刺は虫型モンスターやネルスキュラ、あるいはライゼクスのような形に変異しており、そこだけ見れば種を誤認しかねない。
口や翼爪などから常に毒液が噴出しており、苦し気な咆哮も相まってビオからは暴走と形容された。