───ヴァァァァァッ!!!
───ゴアァァアァッ!!!
この世の地獄か。
世界には数多の地獄があるだろう。例えば主義主張の違いによる戦争。例えば貧富の差による格差。例えば異種による襲撃。例えば流行り病による激減。
そして人非ざる存在による、圧倒的な暴力。
ビオの目の前で暴力と暴力をぶつけ合う二頭の獣は、間違いなく地獄の顕現、災厄の権化だろう。そこに脆弱な人の入る余地など無く。自分の身を守るので精一杯、巻き込まれないよう逃げ回るのが得策───
「邪魔だぁッ!!!」
否。断じて否。奴を仕留めるのは俺だと、割って入った邪魔者がでしゃばるなと、獣の法など知った事かと。ビオは叫び、駆ける。押し負けて地に倒れた異形のリオレイアを踏み台に、轟竜の鎚を振り上げながら恐暴竜へと飛び掛かる。
───グゥラァッ!!
「オォッラァッ!」
イビルジョーが次に取った行動はリオレイアへの追撃。地面を強靭な顎で抉り、岩塊を飛ばすつもりだ。だが倒れたリオレイアの影から向かってきたビオを視界の端に捉え、岩塊の射出角度を僅かに修正する。それは理論的な思考ではないだろう。危険度の高い敵が増え、向かってきたからそちらを潰そうという本能的な反射。
「グウゥッ!あぁぁぁぁ!!!」
───ガアッ!?グアッ!
ビオが跳ぶ。抉り跳ばされた岩塊にストライクストライプを合わせ、直撃を防ぎつつイビルジョーへ飛び掛かったのだ。代償としてストライクストライプを手放してしまったが、怨敵の背に取り付いたビオにはもう一つ武器がある。
「つか、まえ、たぁっ!」
カブラSアームの爪を力の限り突き立て、空いている右手で腰から得物を抜き放つ。鳥竜種の群れを殲滅させた際にも見せた、剥ぎ取りナイフである。
「倒れ、ろおっ!」
───グゥアァァ!!ギャアァァァッ!!!
モンスターの背に乗り、剥ぎ取りナイフを突き立てて消耗させ、転倒させる。この地方ではメジャーな狩猟技術の一つであり、狩りに慣れたハンターなら誰しも行う常套手段でもある。
新大陸で使われる、狩猟武器による締めの一撃を叩き込んでダウンさせる【発展型】ほどスマートでなく、ビオの同期であるウツシの故郷、カムラの里で独自に進化を遂げた、鉄蟲糸と呼ばれる特殊な道具を使いモンスターを操って攻撃させる【操竜】のような力と技が同居するでもない、スタンダードな【乗り攻撃】。単純な腕力とスタミナだけで大型モンスターをダウンさせるそれに、自身のドス黒い感情を上乗せして一心不乱に恐暴竜の背を刺し続ける。
───ガウゥ……!
「チッ」
非常に短い時間で何度も突き立てられたナイフ。さすがに煩わしくなったのか、イビルジョーが一瞬屈んだ後に大きく跳躍する。
「ッ・・・があっ!?」
振り落とされないよう力を込めていたビオだが、予想外の方向から衝撃を受けて落下してしまう。そしてビオから少し離れた位置にイビルジョーも落ちてくる。その原因は、先程押し倒された異形のリオレイアだった。
───ガアァァァアァッ!!!
跳躍したイビルジョーに対して、再びサマーソルトを繰り出したのだ。意図的か偶然か、完璧なタイミングで合わせられた強烈な一撃は、翼を持たない獣竜種を叩き落とすのに充分な威力を誇っていた。
「ぐっう・・・クソッ」
───グルァ……!
邪魔はお前だ。
取り落としたストライクストライプの元へ走る際に交差した視線。一瞬だけビオを睨み付けた瞳からは、そんな意思を感じられた。
「実質的にそれぞれが敵か・・・!」
ビオはイビルジョーを殺す為にこの場へ駆け付け、リオレイアも恐らくイビルジョーに執着している。だが互いに協力する気は無く、邪魔をするなら潰す気でいる。そしてイビルジョーはどちらも喰い殺すつもりであり、一人と一匹が協力しようが、いがみ合おうが関係無い。
(せめて・・・いや、集中しろ)
せめて───もう一人居れば。
既にこの世に居ない、大切な相棒の姿を一瞬だけ幻視するが、即座に無意味な思考だと切り捨てるビオ。その相棒の仇を討ちに来たのだ、とストライクストライプを拾い構え、リオレイアとイビルジョーの隙を窺う。もう一押し欲しいのは事実だが───
───パシュンッ
何かを打ち出したような音をビオの聴覚が捉える。数秒と経たずビオの背後に何かが落ちた音がした。
「無事か!?」
「あんたは・・・」
頭装備を簡略化し、使用者の顔が見えているジンオウ装備。それを纏った、声質と顔立ちから推察するに女性のハンターがビオに駆け寄ってきた。
「ワタシはモンジュ。妙な飛竜種っぽいのが飛んで行ったから、追って来たんだけど・・・」
「アレか」
ジンオウシリーズの防具に、鉄刀系列の太刀を背負った浅黒い肌の女性ハンター モンジュ。どうやら、イビルジョーと組み合っている異形のリオレイアを追ってきたらしい。
「ならちょうど良い。あのリオレイアは任せる」
「任せるって・・・一人でイビルジョーの相手をする気なの!?」
「元々そのつもりだ。余計な乱入があって手数が足りなくなっていた。利用できるなら利用するが、あそこまで狂乱していると却って面倒だ」
そう言って得物を握り直し、イビルジョーへの最短ルートを行こうとするビオ。だが、モンジュはビオの事情も私情も知らず、知っていたとしても止める性分の女性である。
「無茶だよ」
「悪いが退けない理由がある」
「・・・なら勝手にすればいい」
「何?」
そして操竜の技術も中々のモノなのだ。対象を復讐鬼のビオにして、鉄蟲糸ではなく言葉で操ってみせる。
「ワタシも勝手に動くからね。たまたま援護になっても文句は言わない事」
「・・・ふん」
各々の武器を握りしめ、同時に駆け出す二人。変異したリオレイアの尻尾に打たれ、イビルジョーの頭が正面から外れる。その時、偶然ながらも小さな乱入者達を視界に捉えた。
───ゴアァァァッ!
───ヴァァァッ!!!
ビオとモンジュの迎撃に動こうとするイビルジョー。だが、リオレイアの追撃も苛烈さを増す。よそ見をしている暇があるのか、と叫ぶように。
「ふっ!」
ビオには無いモノ。鉄蟲糸と翔蟲を使い、疾翔けでイビルジョーへと高速接近を仕掛けるモンジュ。飛んだ先で抜刀し、リオレイアとの組み合いで動けないイビルジョーの尻尾を斬り付ける。
「ウツシと同じ技?遅れは取らん!」
モンジュに負けじと走るビオ。全力で、されど武器を振るうスタミナは残し。ハンターにとって初歩にして必須の体力管理でイビルジョーとの距離を縮めていく。
「ハァッ!」
抜鎚、振り抜きから返しの一撃。ハンマー使いには基本中の基本動作で攻撃を行う。頭に叩き込みたい所だったが、イビルジョーを含めて獣竜種は頭部の位置が高く、その体格・骨格も相まって頭を狙いにくい。傷を負わせられるだけマシと、右後脚にストライクストライプを叩き付けた。
「せいっ!やっ!てぇりゃあッ!」
先に辿り着いていたモンジュも連続して太刀を振るっている。地面にぶちまけられるリオレイアの毒液とイビルジョーの唾液を器用に避け、着実にダメージを蓄積させている辺り、若くも手練れのハンターである事がうかがえる。
───グァウッ!!!
───ガッ!?
突如、イビルジョーの眼光が鋭くなる。空気の変化を感じ取ったビオとモンジュは一旦距離を取るが、それを咎めるように攻撃を繰り出してきた。リオレイアを武器として。
「ちょっ、嘘でしょ!?」
取っ組み合っていたリオレイアの首に思い切り喰らい付き、そのまま持ち上げてモンジュへ叩き付けたのだ。即席の質量武器として使われたリオレイア本体は身を投げ出して回避するも、地面に叩き付けられた衝撃で飛散した毒液を被ってしまうモンジュ。偶然反対側に居たビオは傷こそ負っていないものの、凄まじい衝撃で足元が覚束なくなっている。想定と理解はしていたが、装備全体の耐震調整はしていないのだ。
「くっ・・・ガハッ!?」
どうにかバランス感覚が戻った瞬間、イビルジョーの後脚による蹴りが飛んでくる。リオレイアを咥えたまま、地面を引っ掻くように行った蹴りは、見た目こそ滑稽だが威力は半端ではない。大きく飛ばされ、転がるビオ。反対側でモンジュが立ち上がるが、明らかに顔色が悪い。ふらつきながら走り、ポーチから何かを取り出そうとしている。
「うっ・・・おえっ・・・っぷぇ、ふつうの・・・どく、じゃ、ない・・・」
「くっ・・・おい!無事か!」
ストライクストライプを腰のラックに納め、モンジュの元へ走るビオ。その直前に応急薬を一気飲みし、痛みを和らげるのを忘れない。
────ヴォゥゥゥゥッ!!
「うおっ!?」
このイビルジョー、やはり知能が高いのか。ビオの【同じ種を助けようとする行動】を妨害するように尻尾を振るい、【即席の武器として】リオレイアを振り回す。その身体から溢れる毒が人間にとっても有害である、という事までこの短時間で理解したかのように。
「少し黙れ!」
───ギャアッ!?
ここでビオも手札を一枚切る。リオレイアの抵抗に合わせて閃光玉を投擲したのだ。強烈な閃光に目を焼かれたイビルジョーは怯み、咥えていたリオレイアも離してしまう。そのまま尻尾側を全力で走り抜け、モンジュの元に向かうビオ。お返しとばかりにイビルジョーの喉元に食らい付くリオレイア。今この瞬間だけはビオとリオレイアが協力、もとい両者の利害が一致したようだ。
「うっ・・・」
「おい、しっかりしろ!解毒薬は・・・これか」
様々なモンスターとの戦闘を想定していたのか、解毒薬も持ち込んでいたモンジュ。ポーチから取り出そうとしては失敗していたそれを代わりに取り出し、モンジュに飲ませるビオだが、本来なら即座に回復する毒が抜けない。
「何故だ・・・!おい、もう一つ飲めるか!」
「うっ、うぅ・・・」
快復に向かわないモンジュの様子を目の当たりにし、改めて普通の毒ではない事を知る。
(プケプケなんぞとは比較にならん毒性だ・・・まさに殺すための毒か)
直近で毒を使うモンスターとなると、カムラの救援に向かった際のプケプケが挙がり、次いで爪に毒を持つリオレウスも該当する。
プケプケは外敵への攻撃の他に、樹木や岩に毒液を吐いて付着させる事で縄張りをアピールする習性がある。また、リオレウスの爪の毒は狩りのための物。空から急襲し、体重を乗せた一撃で獲物の体内に爪を食い込ませ、毒を注ぎ込んで仕留めるのだ。何れも、マーキングに使ったり、毒で仕留めてもその場で食らえる程度には毒性が抑えられているはず。
だが、常にイビルジョーしか見ていない異形のリオレイアは違う。縄張りの主張に使うでもなく、毒で殺傷して捕食する事も視野に入れていない。浴びてしまっただけで屈強なハンターを前後不覚に陥らせた、正に「殺す事に特化した毒」なのだ。
「けほっ・・・っくぅ、まさか、二本も飲むはめになるとはね・・・」
「離れていろ。俺がやる」
解毒薬を二本使ってようやく復調してきたモンジュ。だがまだベストコンディションではないようだ。そんな彼女を下がらせ、改めてストライクストライプを構えるビオ。元から自分一人でもやり遂げるつもりだったのだ、モンジュが居ようが居まいが関係無い。
動きの鈍ったモンジュを囮にする、という事を考えない辺り、冷徹な復讐鬼になりきれていないのがビオらしいか。それを僅かに残った優しさと言うか、捨てきれない甘さと言うかは人によるだろう。
「っふぅ・・・死なないでね」
「奴を仕留めるまでは死なないさ」
奴を仕留めるまでは、「その後」を考えていないビオを窘めようとしたモンジュだが、その前にビオは駆け出してしまう。
「本当に・・・死なないでよ」
気休め程度ではあるが、大型モンスターが進入しづらい木々の間に身を隠すモンジュ。目の前の死地に自ら身を投げ出していくビオへ、届かない言葉を送るのだった。
───ゥヴァァァァァッ!!!
一際大きな咆哮。リオレイアから発せられたそれは、聞く者全てを震え上がらせるような威圧感に満ちていた。これの使い方をようやく理解した、とばかりに鋏のように変異した尾刺をガチガチと鳴らし、イビルジョーを威嚇する。どうやら明確に「怒り状態」になったらしい。
───シュゥ……
「あれは・・・奴もか!」
対するイビルジョーも様子がおかしい。先程まで絶え間なく溢れていた唾液は消え、代わりに黒い煙と赤い稲妻のような物が口腔から漏れている。龍属性のエネルギーであるそれは、イビルジョーが「怒り状態」に移行した事を告げる警告だった。
───ヴゥアァァァァッ!!!
───ゴアァァァァァッ!!!
「チッ・・・」
僅かにズレて咆哮するリオレイアとイビルジョー。咆哮の回避を会得しているビオだったが、さすがに二体の異形から発せられた死の兆しは躱せなかった。
「それでも・・・!」
奴を仕留めるのは俺だ、と言外に滲ませ駆け出す。ビオがイビルジョーを得物の射程に捉えたのと、リオレイアが身を翻したのはほぼ同時だった。イビルジョーが龍属性ブレスを放ったのだ。
「せぇあぁっ!」
───グゥ……ガアッ!
右から左へと薙ぎ払うブレスを飛翔して回避し、変異した尾で斜め下からかち上げるリオレイア。ビオも負けじとアッパースイングでイビルジョーの腹を強打する。
───グアゥ!?ガァァァァッ!
立て続けに強烈な攻撃を食らったイビルジョー。だがその闘志と殺意は衰えなかった。仰け反った体勢を強引に戻し、自身に痛手を負わせた尻尾へ喰らい付く。更にビオに近い左脚を振り上げ、地面を砕きながら接地させる。
「くっ、滅茶苦茶な・・・!」
───グアァァッ!?
打ち付けて固定した左脚を軸に身体を捻り、リオレイアを地面へと叩き付けたイビルジョー。さすがに無理が祟ったのか自身も倒れ込んだが、傷はリオレイアよりもはるかに浅い。ビオも振動から復帰し、何とか直撃は避けたものの、イビルジョーの尻尾に引っ掛けられ手傷を負ってしまう。
「まだ、だぁっ!」
立ち上がろうとしているイビルジョーへ駆け寄り、その背中を叩く。一応の手応えを感じ、立て直す為に転がって離脱するビオ。その内心は僅かに焦っていた。
(タル爆弾か何か・・・火力が欲しい所だな。このままだとジリ貧になる、いやもう追い込まれているか)
普段の狩猟ならキャンプに用意し、必要な場面で狩場に出すタル爆弾。今回は狩場に指定された場所が広く、首魁たるイビルジョーも居場所が不明だった為に用意していない、または使う場面が無いというハンターがほとんどである。その例に漏れずビオもタル爆弾の持ち込みは見送っている。
「・・・ん?」
思考を巡らせるビオの視界に異形のリオレイアが映る。怒り状態になっていたはずだが、先程までの気勢と殺気が感じられない。立ち上がるのがやっと、といった具合に見えるのだ。
「限界が来たのか・・・?っ!チィッ!」
現れた時から暴走気味だったリオレイア。イビルジョーからの攻撃で負ったダメージも加わり、限界に達してしまったらしい。疲労状態とも違う苦しげな呼吸と、分泌量が上がっている毒液からビオはそれを察していた。そして、リオレイアの弱体化を待っていたかのように仕掛けてくるイビルジョー。先の追撃で見せた、地面を抉る岩塊飛ばしでビオを狙う。
「っ、らぁ!」
岩塊を避け、地面を抉った硬直で動きを止めたイビルジョーに一撃を入れる。仕留めるには遠いが、殺せない相手ではないという事を改めて実感し、攻めの手を増やす。
「せあっ!」
通常時よりも軟質化している腹部に再びアッパースイングをヒットさせ、迎撃の蹴りはローリングで回避。直ぐに立ち上がり隙の少ない横振りで脚を打つ。
───グゥ……ガァッ!!!
「くっ!」
攻撃の届き難い足下で立ち回っていたビオ。先程から何度か繰り出している脚の振り下ろしを誘っていたが、それを察したのか本能か、振り下ろしではなく足下まで巻き込むタックルを繰り出す。間一髪イビルジョーの身体を潜り抜けるビオだが、イビルジョーがまたしても予想外の行動を取る。
「っ、かはっ・・・」
なんとタックルを途中で強引に止め、リオレイアを投げ飛ばした時と同じように倒れ込んできたのだ。近い動きで形容するなら、タックルをフェイントとしたボディプレスだろうか。ビオの回避が長かったのか、イビルジョーが目測を誤ったのか、直撃こそしなかったものの衝撃で大きく吹き飛ぶビオ。まともな受け身も取れず、地面に叩き付けられてしまう。
「ぐっ・・・ぅ、こんな所で・・・!」
気絶という最悪の事態は避けられたが、全身が悲鳴を上げている。立ち上がって距離を取るなり応急薬を一息にあおるなり、しなければならない事は幾らでもあるが、体が言うことを聞かない。
(あの時と同じだ・・・!情けなく逃げるしか出来ず、テリルを見捨てるしか出来なかったあの時と!)
その相棒の仇を討ちに来たんだろう、と強引に立ち上がろうとする。今度は逃げるものかとヒビの入ったカブラSヘルムから、こちらを仕留めようと向かって来ているはずの怨敵を睨むが、ビオの目に映ったのはまたしても想定していなかった光景だった。
───グゥゥゥゥ……ガフッ……ガァァァァ……!
「なん、だ・・・?」
ビオと同じくイビルジョーも立ち上がろうともがいていたのだ。口腔から漏れ出ているのは龍エネルギーではなく紫色の液体。
「毒、か?」
───ヴゥゥゥゥゥ……ギャァァァアァァァァッ!!!
正解と示すように絶叫するリオレイア。ビオを無視してイビルジョーに向かって行く。
───ッヴァウッ!……グブッ……
どうにか跳ね起きるイビルジョーだったが、その後の行動に繋がらない。まるで吐血するように毒素が混じった唾液が口から溢れ、溢れていく。
───グラァァァァッ!!!
毒に侵され弱体化したイビルジョーと同じか、それ以上に毒液を撒き散らしているリオレイア。口からは止めどなく紫色の唾液が流れ、異形と化した翼爪と尻尾からも大量出血するかのように毒液を噴出している。とっくに限界を迎えている事は誰の目にも明らかだった。
「同じ、か・・・いや違う!奴を、仕留めるのは!」
獣に出来て自分に出来ない道理があるか?否である。限界を超えた竜になど先を越される訳にはいかない。奴の頭蓋を砕き、肉を千切り、骨を粉砕し、その命を叩き潰すのは───
「俺だぁぁぁぁぁッ!!!」
苦痛も出血も、自分に関わる全てを無視して立ち上がり駆け出す。全てはこの時の為に、今この瞬間に限界を超えなければいつ超えるというのか。
「っらぁぁぁぁぁッ!!!」
背中の刺に食い付かれて投げ飛ばされたリオレイアに続き、ビオが吼える。イビルジョーがその雄叫びに気付いた時には既に復讐者が宙を舞っていた。ハンマーで殴打する、というよりは半ば殴り付けるように、荒々しく構えた轟竜鎚を振り下ろす。
───グプァッ
頓狂な音を発しながらイビルジョーが地に顎を擦る。生来の怪力と、何が何でも殺すという漆黒の意志、そして生命の危機に瀕した者の本能、それら全てに突き動かされた凶悪な一撃は恐暴竜の脳天に深い傷を付け、牙を砕いた。
「終わり、じゃあ・・・ねぇッ!」
気絶はしていないイビルジョー。自分に重傷を負わせた下手人を喰い千切ってやる、と頭を上げるが、その瞳に映ったのは鎚を振り上げるビオの姿だった。イビルジョーの頭部を地面にめり込ませる勢いで一度、二度と振り下ろされるストライクストライプ。身体を捻って振り抜かれる締めの一撃でカチ上げられ、天を仰いで引っくり返る巨体。
「まだ・・・耐える、か!」
息絶えてはいない事を示すようにもがくイビルジョー。無尽蔵なのではと錯覚するタフネスを見せ、立ち上がりビオを睨む。
───もういい
───お前は
───殺す
貪食の恐王がそう言った。紛れもない幻聴だが、イビルジョーの殺気は先程までより増大し、眼光は鋭いどころか深紅に染まり、消えていた龍エネルギーが未だ溢れる毒素と共に再発生している。
「来いッ!俺がお前を殺してやる!」
───グゥオァァァァァァッ!!!!
ビオがストライクストライプを握り直し、イビルジョーが敵に向かって一歩踏み出した瞬間───
「走れぇ!アシラァ!」
───グォォォォ!
森林地帯から雄叫びと共にイビルジョーへと向かう影。饗宴の場には似つかわしくない牙獣種、アオアシラである。更にその身体には複数の光る糸が絡み付き、操られているという印象を抱かせる。そしてアオアシラの背に乗り、糸を操っているのは一人の女性。下がったはずのモンジュだった。
「あいつ・・・!」
───グルルァッ!!
別のモンスターの気配を感じ取ったのか、ビオに向けて数歩踏み込んでいた脚を止め、振り向き様に裂けた口を開くイビルジョー。
「っく!ふっ!でぇい!」
斜め方向をまとめて喰らい尽くさんとする一撃を、鉄蟲糸を巧みに操り回避させるモンジュ。そのままがら空きになった左後脚にアオアシラの豪腕を振らせる。
───グゥ……!ガアァッ!
「何処を見ている!」
小柄な部類ではあるものの、一応は大型モンスターであるアオアシラ。その鋭い爪による攻撃は放置できないのか、イビルジョーも懐に潜り込んだアオアシラの迎撃を優先して噛み付こうとする。が、右後脚に追い付いたビオが轟竜鎚を振るい、一瞬注意がそちらに流れてしまう。
「今だ!」
───ギュアッ!
モンジュの操作で繰り出されたアオアシラ渾身の体当たり。大きくよろめくイビルジョーに対し、追撃でもう一度突進を行わせる。【突進離脱】でイビルジョーに操竜対象を移す気だろう。だが───
───ゴゥァァァァァッ!!!
「なっ!?」
全身が異常発達した筋肉の塊であるイビルジョー。その膂力は「生物の限界を超えている」と評される程であり、凶暴性と双角が有名な砂漠の暴君「ディアブロス」の突進を受け止め、あろうことか垂直に持ち上げて投げ飛ばした事すらあるという。
先も異形のリオレイアを振り回し、飛竜種の中でも特に大型のディアブロスすら投げ飛ばしてしまうイビルジョーが、小柄なアオアシラごときの突進を止められないのか?答えは否だ。その頭を呑み込むように咥え、鉄蟲糸が絡み付く前に持ち上げ、モンジュが離脱する間も無く地面に叩き付ける。
「ぐっ、まだだよ!」
どうにか翔蟲受け身を取ったモンジュ。離脱ではなく逆にイビルジョーへ接近し、鉄刀による抜刀斬りを繰り出す。
「はっ!」
───グアゥ!
「・・・ッ!」
後脚や腹を叩くビオ、頭を斬り付けるモンジュ。煩わしくなったイビルジョーは、二人まとめて薙ぎ払おうとその場で回転して尻尾による殴打を狙う。だが、それを待っていたのがモンジュだ。回されてきた尻尾に対し、下がりながら独特な構えを取る。尻尾が直撃する瞬間に踏み込み、斬り上げ一閃。さらにその刀身には練られた気が込められていた。見切り斬りである。
「貰っ・・・たぁッ!」
「っ、待て!」
ビオの攻撃も相まって、イビルジョーが怯み仰け反る。そのまま気刃大回転斬りへと繋げようとするモンジュだが、ビオの脳裏に嫌な感覚が走る。これもまた、あの時と同じなのだ。怯んだイビルジョーに対して気刃大回転斬りを繰り出そうとし、思わぬ反撃を食らい、最悪の結末へ転げ落ちた相棒と同じ───
「せりゃあっ!───なっ、うそ・・・」
───ヴゥゥゥ……!
どこまでも化物じみている。
モンジュが放った気刃大回転斬りを、あろうことか咥えて無力化したのだ。首まで裂けた口に更なる切れ込みを入れられながらも、その命には届いていない。
「こっ、のぉ!離せ───」
───グヴゥゥゥゥアァァァァァ!!!
「うわぁぁぁ!?」
その咬合力で鉄刀を咥えたままモンジュを振り回すイビルジョー。ディアブロスで無理ならば、それより脆弱な人間が耐えられる筈もない。呆気なく鉄刀を離してしまい。背中を地面に強打しながら落ちてゆく。
「うっ!いっつ・・・」
もう用は無い、と鉄刀を吐き捨てモンジュを仕留めにかかる。剥ぎ取りナイフ程度しか残っていないモンジュは最悪の状況に追い込まれてしまった。
「届けぇッ!」
裂帛の気合いで何かを投擲するビオが居た。ビオが投げたそれは、ギリギリの所でイビルジョーの頭部に追い付き、強烈な光を放って炸裂した。閃光玉だ。
───グアゥ!?グゥオァァ!ガァァァッ!
モンジュへの追撃を中断させられたイビルジョーだが、尻尾を振り回し、虚空に噛み付き、地面を砕くなどその場で暴れ出した。こうすれば人間は近付けない、とリオレイアと組み合っていた際の一発で理解したかのように。
そう、普通のハンターならば。
「おぉぉぉぉぉぉ!!!」
───ゴプァッ……
イビルジョーが口を開いた瞬間、走り込んで来たビオが自身のハンマーではない、別の武器を突き入れたのだ。それはモンジュが手放し、イビルジョーが吐き捨てた鉄刀だった。横一文字の大回転斬りは咥えて防いだイビルジョーだったが、目が眩んだ状態で真正面から縦に刺し込まれた太刀はどうしようもなかった。
───カッ……オアッ……ゴ……
「くたばれ!これでぇ!」
───グッ……ゴファッ!ヴアァァァァッ!!!
目の前に居るなら狙いが付けられずとも、そう言っているかのように赤黒い霧を口元に集めるイビルジョー。絶え間なく口から鮮血を流し続けながら、龍エネルギーブレスをビオに放とうとしている。
「ぐうっ!」
直接浴びせられている訳でもないにも関わらず、滞留するその龍エネルギーの瘴気で命を削られていくのが分かる。このままでは先に力尽きる。ビオが自らの死を間近に感じた瞬間。
───ヴォアァァァァッ!!!
異形のリオレイアが、最後の力を振り絞るようにイビルジョーの脚に噛み付いた。それによって集中を乱され、体勢も大きく崩れるイビルジョー。龍エネルギーの集束は止まらないが、その集束速度は目に見えて落ちた。
「っのぉ!!!」
───グギュアァッ!?
更には、モンジュがビオの背後から手を伸ばし、鉄刀をイビルジョーの口腔から勢いよく引き抜く。刃が体内を傷付けるようにしっかりと立てながら。盛大に吐血し、引き抜かれた勢いで頭を下げるイビルジョー。その先に待っていたのは───
「っ!」
因縁の復讐者。
「死ぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
───ガフッ
轟く雄叫びと共に鎚が振り下ろされ、一頭の獣の命が潰えた。
狂った晩餐は終わる。