「オラァッ!」
───グルァッブ……
「気絶!入ったぞ!」
どこかの密林地帯にて。一つの命が終わりを迎えようとしていた。強烈な一撃で意識を持っていかれ、地面に倒れ伏したのは一頭の獣竜種。物々しい外殻に特徴的な突起が生えたその竜の尾は、巨大な剣のようになっている。斬竜 ディノバルドである。
「ハイハイ!人使い荒いんすよ!」
立ち上がろうともがくディノバルドに、荷車を押しながら近付くハンターが一人。赤い防具に幅の広い太刀を背負っているハンターだ。その荷車には大きなタルが積載されていた。
「置きますよっと」
「っ、下がれ!」
「へっ?おわぁ!?早いんですけど!?」
気絶したはずのディノバルドだったが、復調が想定よりも早かったようだ。荷車からタル爆弾を下ろしていた赤い防具のハンターを、ディノバルドの狂気に満ちた瞳が射抜く。
「チッ!」
「ふげっ!?」
ディノバルドがその顎を開き、目の前で硬直している餌を喰らわんとした瞬間。モンスターによる一撃ほどではないが、そこそこの衝撃が赤い防具のハンターを襲う。ディノバルドを気絶させたハンマー使い、カブラSシリーズを纏った男、ビオが蹴り飛ばしたのだ。
「ぐっ・・・おぉぉッ!」
───グアァッ!?
「ふぎゅっ」
パーティメンバーを強引に退避させ、代わりにディノバルドの正面に立ったビオ。獰猛な牙をギリギリで避け、返しの一発をディノバルドの横っ面に叩き込む。再びの衝撃にディノバルドは怯み、赤い防具のハンターは顔面から地面に滑り込んでいた。
「せあっ!」
───グウッ!ガアァァァッ!
ディノバルドの右後脚に向かってローリングし、コンパクトな横振りで注意を引く。懐に入ったままチマチマと攻撃を繰り出すビオに対して、ディノバルドは煩わしげに後退を選ぶ。数歩下がった所で身体を捻り、尾を咥え込んだ。必殺の回転斬りを繰り出すつもりだ。
「・・・どーん」
突如ディノバルドの足元が爆発した。厳密には、回転斬りの勢いを溜めていた場所に置き去られていたタル爆弾積載の荷車が。
「あぁもう、まったく・・・本当に人使い荒いんだから嫌になっちゃいますよ」
「この程度はしてもらわないとな」
「へいへい・・・で?呑気にお喋りするって事は仕留めました?」
爆風の向こうから戻ってきたビオ。愛用のハンマーであるストライクストライプを腰のラックに収め、返事の代わりにディノバルドの方へ視線を向ける。
「あーらら、火に強いとはいっても大タルG三発まとめて食らったらそーなりますよ」
「頭と腹に集中攻撃したのが功を奏したな」
「ビオさんマジ容赦ねぇ・・・」
ドン引きを隠そうともしない赤い防具のハンター。二人揃っての集中攻撃で外殻を削り、動きを止めた所をタル爆弾で仕留める。勿論この作戦の提案者はビオであり、赤い防具のハンターは言葉通りその容赦の無さに引いているのだが、自分で賛成した事は忘れたのだろうか。
「スェイデ」
「はい?」
「少し防具が焦げたんだがな」
「あらー、それはすいません御愁傷様です」
それに、何を隠そうタル爆弾を起爆したのは赤い防具に太刀を背負った彼女【スェイデ】なのだ。下手をすれば狩猟中に仲間の命を狙った、と判断されかねない危険な行為だが、当の本人はどこ吹く風と適当に謝罪し、巻き込まれかけたビオも本腰で追及しようとはしていない。
「まぁ、お前ならあのタイミングを逃さないと思ったからこそ放置したんだが」
「あらやだ最高のバディだなんて、惚れちゃいそう結婚しましょう」
「息をするように戯れ言をぬかすな」
感極まったように口元を手で覆うスェイデ。だがリアクションとは正反対に言葉は棒読みだった。そんなスェイデに冷たくツッコミを入れつつ、彼女の左手を見つめるビオ。
「んぁ?どーしました?手首に興奮する性癖でもあるんすか?」
「スリンガー・・・やはり便利だな」
「とうとうツッコミすら入れてくれなくなったんですけどこの人・・・あると便利っすよ?コツを掴むのに時間掛かるかもですけど」
ビオが見ていたのは手首、ではなくスェイデの腕に装着されている小型の弩のような装備。スリンガーと呼称されるそれは、小石や閃光玉を射出したりワイヤーで何かに掴まったり等が可能な複合装備である。つい先程タル爆弾を起爆したのも、このスリンガーから放たれた松明弾だ。
「それが便利なのは今さらか」
そう言って自己完結し、爆死したディノバルドの遺骸に近付くビオ。彼の脳裏には、スリンガーを扱う同期のハンター二人が浮かんでいた。
「・・・?あー、訓練所の同期さんにも居たんでしたっけ」
「人の思考を勝手に読むな」
「はーい。それでこのディノバルド、例のアレなんですかねぇ?それっぽい部分無いっぽいですっぽい」
「・・・」
「ボケに反応すらしなくなったんですけどぉ!」
ぎゃあぎゃあと騒がしいスェイデを放置し、力尽きて開いたままの顎に注目する。と、おもむろに剥ぎ取りナイフを抜き口腔内を削り始めた。
「ちょっとぉ!聞いてます!?・・・ん?何すかそれ」
「これだ」
「えぇ?他の牙と変わんないように見えますけどぉ?」
「間違いない。これだ」
「ふーん・・・」
ビオが剥ぎ取ったのはディノバルドの牙の一部。上位の個体として認定されたこのディノバルドの牙ならば、斬竜の鋭牙として認定されるはずの素材。スェイデの言う通り、一見しただけでは他の牙と変わらないように見えるが、ビオはその正体を見抜いていた。
これは【奴】の残滓だと。
▲▽▲▽▲▽
「んぐっ、んぐっ・・・ぷへぁ!いやー、狩猟終わりの一杯は最高にウマいんすよねぇ」
「そうか」
「調査も成功したんだし、もっとテンション上げてきましょーよー。おっ、そこのレザー装備の彼女ぉ。この後ヒマぁ?おねーさんと気持ちいい事しなぁい?」
「いちいちクエストが終わる度に発情しないと死ぬのかお前は」
「人を野獣みたいに言わないでくれますかね。あぁいう命のやり取りをした後は体が火照るでしょ?」
「腹は減る」
まだ駆け出しと思われるレザーシリーズを纏った女性ハンターに声を掛け、ビオに色情魔認定された挙げ句、レザー装備ハンターの連れらしいベルナ装備の男性ハンターに思い切り睨まれるスェイデ。その言動の殆どに本気を感じられない、ちゃらんぽらんな態度だが、ビオの言葉に対して声が一段低くなる。
「ビオさんって本当に謎ですよねぇ」
「・・・」
「常人の括りを逸脱した怪力、どんなに疲れてても食事は欠かさない、異性同性問わず性の香りがしない」
「何が言いたい」
「いやぁ、ビオさんってぇ───」
「イビルジョーみたいだなって」
スェイデの一言に食事の手を止めるビオ。カブラSヘルムを外し、素顔が見えている状態。その露になっている両目でスェイデを見据え、瞳に僅かな黒い衝動が混じる。
「怖いなぁ、そんなに睨まないでくださいよぉ。あっ、もしかしてアタシに惚れてるとか?困ったなぁ~アタシは女の子専門なんだけどなぁ。それとも昔の相棒さんに操立ててるから、そこらの女に惹かれないだけ?」
「相変わらず人の逆鱗を探すのが得意らしいな」
「レア物じゃないすか!ビオさんにもあるんです?」
「それで何が言いたい」
「相変わらずボケはスルーっすか・・・まぁいいや。別に難しい事じゃないっすよ?ビオさんも、なってるんじゃないかなぁって」
腹を探りながら逆鱗に触れるのが得意なスェイデ。一貫しておちゃらけた態度だが、その目は笑っていない。ほんの少し殺意を滲ませたビオの視線すら無視して話し続ける。
「人間の業喰に、ね」
「・・・」
押し黙るビオ。返答を促すように同じく沈黙するスェイデ。部外者は立ち入れない、気まずい空気が二人のテーブルに流れる。
業喰とは何か、何故ビオに同行しながらこんな態度を取るのか、ディノバルドとの戦闘は、そもそも何故ビオが拠点を移しているのか。全ては数ヶ月前に遡る。
▽▲▽▲▽▲
「さて、茶の一つも無しで悪いがね。早速本題だ」
ビーハの街、その集会所、さらに内部の応接室にて。ヘルムを外したカブラSシリーズに身を包むビオと、ビーハ街ハンターズギルドのマネージャーが席に腰掛け、どこか重苦しい雰囲気で話し合っている。
ギルドマネージャーが切り出したのは先日終結したばかりの「暴喰戦線」について。参加したハンターには基本報酬に加え、ハンターなら討伐モンスターに応じた追加報酬が。医師や物資供給を支援した協力者にもきっちり支払われている。
特にモンスターの生存本能を刺激し、多くのモンスターを追い立て、広範囲に渡って被害を出した首魁たる特異個体のイビルジョーを仕留めたビオ、ならびにモンジュには多大な報酬と称賛が寄せられるはずだった。何故ギルドの責任者との会議になっているのか。それはイビルジョー討伐直後に起きた、とある出来事に起因する。
◇◆◇
「っ、ハァッ・・・ハァッ・・・」
「ふぅ・・・とりあえず、お疲れ・・・」
後ろから声を掛けられるビオ。どうにか息を整え、一言返そうとした矢先。
「って、言いたい所だけど・・・!」
「チッ・・・!」
これ以上は動けない、と危険信号を発し続ける肉体に鞭打ってイビルジョーの遺骸から距離を取る二人。この場には物言わぬ骸となったイビルジョーと、そのイビルジョーに叩きのめされ、気を失ったアオアシラ以外にもう一頭モンスターが残っている。
───ヴゥゥゥッ……!
何故か執拗にイビルジョーを狙っていた異形のリオレイアである。怨敵の後脚に噛み付き、結果的にビオを援護した形となったリオレイアだが、ビオともモンジュとも心が通じ合っている友などではない。狙っている相手が一緒だっただけ。その相手が倒れれば、後はハンターとモンスターという関係に戻るだけだ。
「行けるか?」
「正直キツいね・・・一か八かで逃げた方が生き残る確率は上がると思うよ」
鉄刀を握るモンジュの手は微かに震えている。恐怖ではなく、振るう力が残っていないのだ。またビオも大して変わらず、全力の振り下ろしを放てて一度といった所。ならば振り返る事なく二人揃って逃げた方がどちらかは助かるかもしれない、というのが現実だ。
リオレイアと二人の間に緊張が走る。瞬間───
───ギャアッ!!!
───クアァァァッ!!!
───グルゥアッ!!!
「なっ!?」
「離れろ!急げ!」
突如として響く複数の鳴き声。数頭のモンスターが茂みや樹木の間を縫って現れ、二人とリオレイアの居る方向に殺到してきたのだ。リオレイアを警戒した際よりも大きく離れるビオとモンジュ。もつれる足を必死に動かし少しでも長く距離を稼ぐ。そろそろ仕掛けてくるか、とほぼ同時に武器を構え振り向く二人だったが───
そこでは、終わったはずの狂った晩餐会が再び開かれていた。
イビルジョーの遺骸をメインディッシュとして。
「な、なんだ・・・何してるのさコイツらは!」
「異常過ぎる・・・!」
現れたのはドスランポス、イャンガルルガ、ディノバルドの三頭。いずれも肉食、または雑食であるため生物の死骸を喰らうのは間違いではない。ビオとモンジュが戦慄しているのはその様子。
この中では弱者であるはずのドスランポスが、おこぼれではなく本体に喰らい付いている。戦闘という行為そのものを好む殺戮者、イャンガルルガが捕食に夢中。そんな二頭を追い払う事なく、威嚇すらせずディノバルドも食事に勤しむ。各々の本来の姿、性質とは異なる食欲を見せ、一心不乱に恐暴竜の死骸を貪り喰らう。突き飛ばしたリオレイアも、警戒を解かないビオとモンジュすら無視して。
「気持ち悪くなってきた・・・何がどうなってるのよこれは!」
「っ!まだ来るのか!」
あまりに異常な光景に気分を悪くしたモンジュ。逸らした視線の先で新たなモンスターを見つけ、ビオも別方向から迫る【客】を視認していた。大小サイズの違い、種の違いはあれど何れもモンスター。先に到着した三頭と同じくイビルジョーの死骸に喰らい付く。
(一頭でも厳しいのにこの数では・・・)
連続狩猟や乱入でもここまでの数が集まる事は滅多に無い。メインディッシュを喰い尽くした後、あの数が一斉に襲ってきたら一溜りもないのは明らかだ。
(退くしかない、が・・・)
先程モンジュが言っていたように撤退するしかないが、逃げ切れるかどうかは別問題。唯一残っている有用なアイテムは閃光玉が一発だけ。生存の可能性は五分五分にすら届かない絶望的なもの。鈍る思考を必死に巡らせるビオ。
───ヴァァァァァッ!!!
「なっ」
「あのリオレイア・・・」
───ギャアァァァァァァッ!!!
異形のリオレイアが吼える。狂い淀んだ空気を払拭するように。その場から動けない程に疲労し、自らを蝕み続ける毒は止まらないにもかかわらず。
───…………
そしてその叫びを聞き、今まで他の客やハンターすらも無視していたモンスター達が食事を止め、ゆらりとリオレイアに頭を向ける。
「構えろ・・・!」
「分かってるよ・・・!」
招待状を持たない無礼な女王、狂気にあてられ食欲に取り憑かれた客人達。一触即発の場面に固唾を呑む狩人。先に動いたのは───
「っ、逃げるの!?」
「いや、逃げてくれる、だろうな」
客人達だった。
急に死骸にもリオレイアにも、ハンターにも興味を失ったように森へと散っていくモンスター達。異様な空気は霧散し、ビオ達の呼吸だけが聞こえる静かな空間となった。
「本当に・・・何がどうなってるの・・・」
「あのリオレイア、もう・・・」
───グゥ……ガァ……
この場を収めたらしきリオレイアもまた、モンスター達が消えた方向とは逆に向かって脚を引き摺っていた。だがその歩みは遅く弱々しい。どうにか警戒姿勢を取れるビオ達とは違い、一歩進めるのもやっとのようだ。
「あんなになるまで戦って、最後は何処に行く気なの?」
「分からん。だが、アレではもう長くない」
モンスターの生命力は驚異的だ。どれだけ痛め付けられても、巣穴で眠り傷を癒せば、また活動を再開する。だが異形のリオレイアは違う。ビオの見立て通り一度意識を手放せば、もう二度と目覚める事はないだろう。
「おぉーい!大丈夫かぁー!?」
「む」
「後続が来たね・・・あ、もう無理かも」
鉄刀を支えにしながら座り込むモンジュ。急に移動を開始したモンスター達を追って辿り着いたのか、ハンターが複数現れた。後続のハンター達に助け起こされながらキャンプへと引き上げるモンジュ。ビオは最後まで、イビルジョーの死骸とリオレイアが消えた方向に意識を割いていたのだった。
◆◇◆
「で、そのイビルジョーと直に殺り合って、尚且つ因縁も深いビオ坊に白羽の矢が立ったワケだが。今のうちに聞いておきたい事はあるかい?」
「当事者ならもう一人居ます。そちらは?」
「そっちは元から各地を武者修行で廻ってたらしいからね。一旦故郷に戻って周辺から始めるらしいよ」
その場に居合わせ、ビオと共闘したモンジュにも同じ指示が届いている。【イビルジョーの死骸を喰らったモンスターを追い、可能ならば調査し討伐せよ】と。
「大まかな居場所は掴めているのでしょうか?」
「あぁ、様子のおかしいドスランポスがね。斬竜の方もじきに分かるだろうさ。問題は・・・」
「黒狼鳥、ですか」
真っ先に現れ、イビルジョーの死骸を貪っていた三頭。普段とは違う様子のモンスターという事で、ドスランポスとディノバルドは比較的早期に捕捉できているらしいが、問題は黒狼鳥ことイャンガルルガ。元から縄張りという縄張りを持たずに飛び回っては他のモンスターを襲撃する戦闘狂であり、その気性の荒さと戦闘能力の高さが問題視されているモンスターである。そんな生態も手伝ってか、どれがイビルジョーを喰らった個体で、どれが傷ついたイャンガルルガなのか判断が難しい。
「観測隊を信じるしかないね」
「了解です。その・・・奴を喰ったモンスターですが」
「長いからかね、総称は決まってるよ」
「恐暴竜の業を喰らい、狂った獣。【業喰個体】とね」
◇◆◇
「業喰、か・・・」
ギルドでの話と手続き終え、最も足の速い運び屋の出発は夜という事で一旦宿に戻ったビオ。出立の準備が整い、後は夜を待つだけとなった。
カムラ救援の時とは違い完全に引き払うつもりの宿。業喰個体調査の為に各地を奔走するだろう、という事で私物と装備以外の素材等は全て売却し、身軽になっている。元から家具等は置いていない為、宿の備品であるベッドとテーブルセット以外は存在しない。
「・・・何処までもお前が付きまとうな」
ベッドに腰掛け、手に取って眺めているのは現在のビオが唯一所持しているモンスター素材。怨敵の一部にして相棒の形見代わりでもある【恐暴竜の黒鱗】。今となっては本当に上位相当の黒鱗なのかすら怪しいが。その推定黒鱗は【奴】の怨念でも宿ってしまったのか、暴喰戦線で散々動き回ったにも関わらず、多少の傷が付いた程度で朽ちる事なく手に持つ事が出来ている。紐を通せるようにした以外は特殊な加工をした訳でもなく、である。
「なら見ていろ。お前の置き土産は全て俺が叩き潰してやる」
消えたはずの黒い炎を再び燃やし、形を変えた復讐が始まろうとしていた。
◆◇◆
また縁があったらニャー、と手を振る店番アイルーに見送られ宿を後にするビオ。このまま街の出入口である門に向かう、のではなく大通りに一度出る。向かう先は滅茶苦茶な事をやらかすビオが世話になっていた鍛冶屋である。
「別れの挨拶するくらいの礼儀はあるみてぇだな」
「あぁ、あんたにも世話になった」
「せっかく恐暴竜の素材を使った武具を作れると思ったんだがな」
「すまん。ほぼ喰い尽くされて持ち帰れなかった」
店の主人であるコースは、いつもと変わらずどこか不機嫌そうな態度だ。本人の言う通りイビルジョーの素材を使って何か出来ないか、と考えてはいたので実際に多少は不機嫌なのだが。
「まぁいいさ、この世に一匹しか居ねぇ訳じゃあねぇんだ」
「そんなに奴の素材が欲しかったのか?素材は不吉の象徴、武器は曰く付きで大抵の加工屋や商人は扱いたがらないそうだが」
「俺をそこらの腰抜けと一緒にすんじゃねぇ!頼まれりゃどんな呪いの武器だろうが作ってみせらぁ」
頑固で気難しいが、その腕前は一級品のコース。駆け出しから下位のハンターは怖がるが、上位より上のハンターらにはむしろ頼りにされている。と、ここでコースがビオから預かっている物を思い出す。
「そういやお前、あのスキュラ防具はどうすんだよ。うちは預かり所じゃねぇぞ」
暴喰戦線の直前まで一張羅で着回していたスキュラシリーズの防具は、それまでの酷使が原因で完全修復に出しているのだ。無論街を出れば引き取りなど簡単には出来ない。
「そっちで販売してくれて良い。誰か一人の助けにはなるはずだ」
「へっ、お前みてぇな滅茶苦茶やらかす野郎のお下がりなんざ誰も欲しがらねぇよ。イビルジョーの素材なんぞよりよっぽど不吉だっての」
何だかんだ言って預かってはくれるらしい。
「せいぜい他の鍛冶屋を泣かして、お前も困れ。良い装備をより高品質に、かつ素早く仕上げる俺の凄さが身に染みるだろうよ」
「ああ」
ビオの新たな一張羅になりつつあるカブラSの防具を本来の納期よりも短く、尚且つ粗の無いように仕上げたのはコースその人である。
「死ぬんじゃねぇぞ。お前が死んだら、悪霊よりタチの悪い何かになるに決まってんだからよ」
「善処する」
◇◆◇
「ビオさん」
「ん」
コースと別れ、街の正門へと辿り着いたビオ。人通りの少なくなった正門前で御者と行き先等の最終確認を行い、荷車を牽引する小型モンスターの準備が整うのを待っていた時。
「集会所はいいのか?」
「夜勤の子に少し早く変わってもらいました。どうしても見送りしたくって」
集会所の受付嬢、最もビオと親しいルアが現れた。その表情は苦笑しているような、どこか泣きだしてしまいそうな、いまいち感情が読めない顔をしていた。
「止めにでも来たかと思ったが」
「ギルドからの正式な通達ですから、私じゃ覆せないですよ。それに・・・止まる気は無いんでしょう?」
「無論だ。奴の全てを根絶する」
笑って泣いて怒って、そして明日にはまた狩りに出掛けて、仲間を見付けて親しくなって。仇討ちの終わったビオも、そんな普通のハンターに少しずつ変わっていくのだと思っていた。
けれど現実は違った。イビルジョーは死んでも尚、ビオに付きまとう。まるで、切りたくても切り離せない影のように。ハンターでもない自分に出来る事は、せめて死なないようにと祈るだけ。
「これ・・・」
「護石か?」
ルアが手渡したのは灰色の石。職人の手で研磨されたらしく、表面は滑らかで若干の輝きがある。脂の乗ってきたハンターが身に付け、一部の者は狂ったように収集しだすという護石である。
「いつまでも不吉な鱗だけじゃ、本当に不幸が来ちゃいますよ。あっ、護石としての効果はあんまり期待しないでくださいね?私が出歩ける場所にあったので」
「・・・」
無理におちゃらけて見せるルア。ビオはルアの護石に傷を着けないように加減しながら、大事にそれを握りしめ右腰にくくりつける。左腰に結んだ黒鱗と対になるように。
「大切にする」
「っ!・・・はい!」
◆◇◆
「賑わっているな。集会所は何処もこんなものか」
ルアに見送られてビーハの街を出発し、丸鳥車に揺られ数時間。辿り着いた中継地点の街で荷車を牽いていたガーグァを休ませ、そこから更に数時間。【マーガァ】と名付けられている街に到着し、マーガァのハンターズギルドへと足を運ぶ。
「ようこそ、マーガァの集会所へ。別地域から拠点を移される方ですか?」
「いや、これだ」
元気溌剌なルアとは正反対、クールビューティーなトラスよりも更に冷ややかな印象を抱く受付嬢に用紙を渡すビオ。地域的にはカブラSはそう珍しい装備とも言えない為、内心なぜ拠点を移すハンターという当たらずとも遠からずな推測をされたのか不思議に思う。
「この街で登録されているハンターの顔は全て記憶しておりますので」
そんなビオの心を読んだように疑問の答えを返す受付嬢。目はギルドの通達書から離していないので内容を読みながらだろう。マルチタスクが得意なタイプなのだろうか。というかカブラSヘルムで顔は見えないはずなのだが。
「・・・なるほど。お待ちしておりました、こちらが保留していたドスランポスの狩猟依頼になります」
「可能な限り情報が欲しい」
駆け出し三人のパーティーがドスランポスの狩猟を受注し、見事に失敗して帰還した。ここまでなら「よくある話」で「全員無事なだけ良い方」で済むのだが、その狩猟対象であるドスランポスが【異常】だったとの事。
曰く、取り巻きのランポスを一頭も連れていなかった。
曰く、常によだれを垂らしながら餌を探していた。
曰く、噛む力が尋常でなく片手剣を使う一人が腕に重傷を負った。
曰く、執拗に追撃を行ってきた。他のモンスターに擦り付けてどうにか逃げてきた。
曰く、【牙が異様に発達していた】
「以上の点から、このドスランポスは業喰個体である可能性が非常に高いと判断しています」
「了解した。直ぐにでも向かいたいが」
「拠点移動の手続きはこちらで済ませておきます。参加人数は一人、でよろしいですね?」
妙な事を聞く。話をしているのはビオ一人で、同じ調査を請け負ったモンジュとは別行動。この街に知人が居る訳でもない。人数が増える事など無い。
「あぁ、そう───」
「すいません遅れちゃって。二人でおなしゃーす」
急に現れ参加を表明するハンター。装備のデザインによって口元は隠れているが、線の細さと声の高さからするに女性。ついに自分の所にも来たか、と【タチの悪い素行不良ハンター】という判断を下し、特殊なクエストである事を説明して退かせようとしたビオだが───
「あれ?何すかこの空気。もしかして話届いてない系ですか。はぁー・・・困るんすよねぇ、ハンターより行動が遅いギルドって。ほいこれ、上様からのありがた~い指示書です」
女性から用紙を受け取り、目を通していくビオ。ビーハ街では一切説明されなかった事が書かれており、要約するとこの女性ハンターがビオの調査に同行するという。
「・・・本物か?」
「ハンターズギルドの正式な捺印もされていますし、偽造のしようがありません。もし偽造、強奪して偽装などしようものなら、全ハンターズギルドから刺客が飛んでくるでしょう」
つまり偽物の可能性は限りなくゼロに近く、誰かから奪って正式な所有者を騙っている可能性も同じくという事だろう。ハンターでありながらハンターズギルドを敵に回したがる者などほぼ居ないはずだ。
「そゆワケで、よろしお願いしますねー」
「・・・決まっているなら仕方ない」
「では二名での受注で承ります。お気を付けて」
「あっ、アタシはスェイデっていいます。スーちゃんでもイデっちでも好きに呼んで良いっすよ」
「行くぞ、スェイデ」
「わー・・・冗談通じないタイプだー・・・」
こうして出会い、ドスランポスの狩猟と通常のクエストを二つこなしたビオとスェイデ。その後、ようやく発見された業喰ディノバルドの狩猟を受注して冒頭の場面に行き着くのだ。
▲▽▲▽▲▽
「業喰個体。特異個体の恐暴竜、美食求めるイビルジョーの細胞に侵され凶暴化したモンスター。感染、細胞の侵入経路はそのイビルジョーの肉を経口摂取した事」
「・・・」
「要は美食ジョーを喰ったモンスターっすねぇ。業喰細胞が行き渡り活性化すると・・・恐暴竜化が始まる。恐ろしい限りですね~。体の内側から違う生き物に作り替えられちゃうんすから」
大袈裟に身振り手振りを交え業喰について語りだすスェイデ。その間にも視線はビオの体を舐め回すように見ているのだが。勿論欲情している訳ではなく、身体的特徴として恐暴竜の牙やら鱗やらが覗いていないか確認しているのだ。
「・・・で?ビオさんは初の業喰人間なんですかねぇ?」
「だとしたら?」
伏せていた目を開き、正面からスェイデを見据えるビオ。そこに迷いの類いは無かった。
「俺は俺だ、としか言えんな。お前を喰いたいとは微塵も思わないし、それを信じろとも言わん」
「・・・へぇ」
「降りたいなら降りればいい、強制はしない。人類の敵だと言いたいなら好きにしろ。その時は全力で抵抗させてもらうがな」
再びビオの瞳に黒い炎が灯る。殺意にも等しい漆黒の意思を正面から向けられたスェイデは。
「・・・冗談、じょーだんですって。そんな本気で睨まないでくださいよぉ、怖いなぁ」
同性をナンパしていた時のような態度に戻っていた。
「それで?」
「はい?あぁ、まだパーティー組むかですか?そりゃ勿論ご一緒させてもらいますよ?特殊個体の調査なんて儲け話、みすみす逃すワケないじゃないですか」
なら好きにしろ、と席を立つビオ。慌てて残っていた酒を飲み干し後を追うスェイデ。これから狩猟に行く訳でもない為、そんなに慌てなくても良いのだが。
「待ってくださいよぉ」
「調査でも狩猟でもないなら付いてこなくていい」
このマーガァの街で「騒がしい二人組」として定着しつつあるビオとスェイデ。新たな私怨を滾らせる男と腹の内を見せない女の往く先は何処なのか。それはまだ誰にも分からない。
「それに、勝手に降りたら首が飛んじゃいますし。物理的に」
「何か言ったか?」
「いえ何もー?おっ!そこのブナハ装備の可愛い子ー!おねーさんに抱かれてみなーい?」
【美食求めるイビルジョー】
恐暴竜イビルジョーの特異個体。
見境なく獲物に襲い掛かるのが通常のイビルジョーだが、この個体は「他のモンスターを追い立て」「生存本能を刺激し」「より凶暴になった状態で捕食する」という通常種からは考えられない行動を取る。また、判明しているだけでも三人の「新人」ハンターが犠牲となっており、人間に関しては「若い個体」を好んで捕食している模様。
そんな食通を気取るような行動から【美食求める】と名付けられた。
その肉体には特殊な細胞が詰まっており、業喰細胞と呼ばれるこれを取り込んでしまった生物は「徐々に恐暴竜に変異していく」という。
こんな個体が現れた最も有力な説は、「イビルジョーという種そのものが減少し、通常の繁殖では間に合わないためイレギュラーな方法で個体数を増やそうとした」と言われるが、真相は定かではなく、そもそもイビルジョーの通常繁殖方法も明らかではない。
【女夜叉リオレイア】
雌火竜リオレイアの特異個体。
体細胞に異常をきたし、毒素の暴走と肉体の急激な発達で亜種とも希少種とも二つ名とも異なる進化を遂げた。
陸の女王が復讐に燃え、命を削ってまで仇を追い掛けた姿から【女夜叉】と命名される。
最大の特徴は、リオレイア自らも制御できない猛毒。口や変異した翼爪から常に毒液が垂れ流しになっており、見た目通りに体外排出をしているが間に合っていない。その毒は【孤毒】と呼ばれ、アイテムをポーチから抜くという動作すら儘ならない程に対象を弱らせる。また、猛毒すら一瓶で完治させるハンターの解毒薬でも二瓶使わなければ抜けないという非常に強力な毒素を誇る。
紫毒姫リオレイアと同等かそれ以上に危険な個体ではあるが、その特殊すぎる発生状況から同種の個体が出現する可能性は低いとされた。
元々は「つがい」のリオレウス、及び幼体を特殊個体イビルジョーに捕食され、自身も致命傷を負わされたリオレイアだった。その際に業喰細胞が入り込み異形への進化を遂げたと思われる。だが上述のように、自身すら制御できない猛毒を常に生成・流動させており、それにより業喰細胞を殺し続け、恐暴竜化を極限まで遅らせた模様。
【義によって立つアオアシラ】
モンジュに素手で伸され、そのモンジュに操竜されて現れたアオアシラ。
自らを叩きのめしたモンジュを上位種として認識したのか、毒の影響が抜け切らないモンジュの前に現れ、自分の意思で操竜された。美食求めるイビルジョーに追い立てられた個体らしく、その恨みもあってか他のアオアシラよりも数段上の強さを見せた。
別れ際のモンジュの言葉を理解している……のかは不明だが、この個体が人を襲った事は無いという。
暴喰戦線後、とある森でケルビやガーグァと戯れながら大型モンスターを追い払う、義に厚い青熊獣が見られるようになったとか。
【スェイデ】
テリル、モンジュに続いてビオのパートナーになった女性ハンター。この地方では見ない赤い防具「ガロンα」シリーズを纏い、太刀 ダークシミターⅢを愛用している。
常にチャラチャラした態度の女性。好みの同性にセクハラをしてはビオに呆れられ、相手に睨まれるのがお約束。
だが、時折見せる異様な威圧感はハンターだけでなくモンスターすらも怯ませる等、謎の多い人物。正式な辞令でビオの元にやってきたようだが……?