「本日付けをもって御華見衆上野支部隊長の職を解く。要望があれば陸軍部への異動も推薦しよう」
東京都某所、御華見衆本部に呼び出された俺に伝えられたのは、冷たい言葉だった。
「どういうことですか司令」
愕然とした俺は、困惑の言葉を口にするしかなかった。目の前の少女。いや、少女の姿をした刀剣、巫剣、七星剣様はただ鋭い目で俺を見ていた。
「先日の星詠みの結果、後2か月ほどで禍憑は完全にこの世から消え去ることが分かった。これ以上の出現もあり得ない。そうなれば御華見衆は解散となり、巫剣たちも百華の誓いにのっとり市井に紛れて生きていく。そうなれば、お前の仕事もなくなる。巫剣使い」
禍憑がいなくなる。つまりはそれを倒すための巫剣も、巫剣を支え、ともに戦う巫剣使いも不要となる。それは分かる、だけど
「しかし、禍憑の消滅が2か月後なら、その間に出現する禍憑はどうするのですか。いや、御華見衆の解散を知れば彼岸五将やそれに匹敵する禍憑だって」
「それも場当たり的な対処で十分だ。この街にはすでに十分なだけの巫剣が控えている。なにより、どのような事態が起ころうとも後2か月ですべてが終わる。お前はもう戦わなくていい」
その言葉を最後に七星剣様は言葉を続けず、俺は煮え切らない感情を押しつぶすように拳を握りしめて部屋を出た。
めいじ館に戻ってすぐに始めたのは荷物整理だった。何しろ配属されてからずっとこの隊長室で過ごしていたのだ。服も、筆も、書類も、自分に必要なものはすべてこの部屋に置いてある。必要最低限のものだけかばんに詰め、最後の仕事に取り掛かる。
「必要な書類は残しておくとして。巫剣の情報に関わる書類は処分した方がいいよな。後は」
自分の几帳面さに感謝しながら、きれいに整理された棚からこれまでの巫剣に関する書類や禍憑が関わっている事件の報告書などを確認する。そんなことをしていると、不意に部屋のふすまが勢いよく開かれた。
「隊長さんちょっとお願いがって、うわ。なにこれ大カバンに荷詰めして外行用の服着て、本部から帰ってきてすぐにまたどこか行くの?」
入ってきたのはめいじ館の工房の主八宵だった。
「ああ、本部で直接司令に伝えられてな。今日限りで隊長を解任だそうだ」
「ええ、隊長さんが隊長さんじゃなくなるの」
「ややこしい言い方だがそうなる。本部からの命令である以上逆らうこともできないし、そうなれば、新しい仕事や家を探さなくちゃいけないからな。ここの書類が片付き次第出て 痛ぁぁ」
「うーん隊長さん。お疲れのようだね。それはきっと夢の内容だよ。最近というか、めいじ館に来てから働きすぎで夢と現実の区別もつかなくなっちゃったのかな。どう? 目は覚めた?」
殴られた。工具で。鉄の工具で。ここに配属されてすぐのころ、遠回しに工具で殴ると脅されたことはあったが、ここに来て実行されてしまった。
「何をするんだ八宵」
「いやあ、隊長さん仕事のし過ぎでついに壊れちゃったのかなーって。なので、工房で壊れたものを直して早数年のこの私の秘技で修理できないかなーって」
「壊れていないし、仮に壊れていたとしても工具で殴っても直らない。ほら、本部からの書類にもあるだろ」
そういって、七星剣様から渡された書類を見せる。
「ホントだ。そう書いてる。じゃあ、隊長さんの妄想じゃなかったんだ」
「わかっただろう。隊長じゃない以上ここにもいられないからな」
「いやいや、そうはならないでしょ」
俺の言葉を遮るように、八宵は話す。
「隊長の解任即野に放つとか、仮にも政府直属の組織のすることじゃないでしょ。路頭に迷われた挙句変な思想に目覚められても困るし」
「俺を何だと思っているんだ」
「ていうか呼び出して即クビとかありえないでしょ。大方、口下手な司令が大事なこと言い忘れてか、隊長さんが動揺して聞きそびれただけなんじゃない?」
「そんなことは」
「あと、もしそんな命令がホントだったら無視しちゃえばいいんだよ。どっちにしろ、このまま隊長さんを逃したら私が七香姉や巫剣さんたちに何されるかわからないし。とりあえずは、次の仕事なり、家なり見つかるまでここにいていいんじゃないかな」
私は一切責任取らないけど。と八宵は締めた。そうか、八宵の言うように、突然のことで自分も動揺して、何も考えずに行動していたかもしれない。まるで逃げるように机に向かい、ただ義務感だけでこんな作業をしているのは今の状態が嘘であってほしいという自分の弱さが
「そんなことより」
そんなこと?
「大変なんだよ隊長さん。さっき本部の人から大量の封筒もらってそれぞれの巫剣さんに渡せっていうから、みんなに配ったらさ、みーんな部屋にこもって誰も出てこなくなっちゃったんだよ。七香姉もどっか行っちゃったしで、めいじ館はもうめっちゃ静かで、居心地が悪いんだよ」
「静かなのはいい事じゃないか」
「静かすぎるの。いつもは、その辺を歩いてたら、誰かの甲高い笑い声とか、修行中の掛け声とか、特に理由の分からない叫び声とかが聞こえてさ。そりゃあ、研究中とかはうるさくて、こっちもなんか爆発させよっかなーとか思ってたけどさ」
「思ってたのか」
「ほんのちょっとだけ。でも、それが急に静かになるものだからもう逆に不安で不安で」
「まあ、おそらく俺が言われたように、巫剣たちも今回の話が伝わったんだと思う。皆いろいろ考えているんじゃないかな」
「と・り・あ・え・ず。巫剣さんの中には自分一人で考えこんじゃう人もいるから、様子見に行ってあげて」
半ば追い出されるように部屋から出た俺は、少し嫌な予感と共にめいじ館二階。巫剣たちの個室へと向かうのだった。
「たいぎぃーーー」
そんな言葉と共に突如開かれた扉、そしてその先からやってくる突撃に対応できなかった。はっきりと言えば不覚を取った。仮に、今の攻撃が巫剣使いを狙う禍憑の攻撃だったなら俺は死んでいただろう。それほどまでに予想外の出来事だった。とはいえ、言い訳させてほしい。日ごろから甘い甘いと言われながらも、巫剣たちにしごかれていた俺が不意を突かれたのはちゃんとした理由がある。何せこの開かれた扉、このめいじ館で最も開きにくい扉なのだ。仮にこのお通夜のような状態のめいじ館でなくてもこの扉はまず開かない。開けるには長時間の交渉もしくは決戦兵器の投入が検討される。ゆえに油断した。もし、この段階で巫剣が部屋を出てくることがあっても、彼女だけは出てこないと思っていたのだ。この部屋の巫剣、毛利藤四郎だけは。
「たた、助けてあるじさん。ぼぼ、ボク、死んじゃう」
普段からボサボサの髪はさらに乱れ、よれてしわだらけの服は着ているとも言い難い状態で、いつも隈が出来ている目は涙と絶望で物の怪のようなありさまである。
「どうしたんだ毛利いつも以上に酷いありさまだが」
「だってボク、もうだめなんだよ。ついに御華見衆からも見捨てられちゃった。死ぬしかないよ」
「大丈夫だ毛利。死ぬことなんてない。誰もお前を見捨てたりなんかしない」
弱々しくなく彼女をぎゅっと抱きしめる。この後、決して誰かに聞かれたくないような、さながら告白のごとき言葉の羅列を毛利にぶつけたのだが、まあ、聞かれたくないため割愛させていただく。とにもかくにも、俺は彼女の説得に成功し、このめいじ館で最も荒れている部屋への立ち入りを許可してもらえた。
「ふむ。要約すると、あと2か月で禍憑は出現しなくなる。それに合わせて御華見衆も解散するから、各々百華の誓いを忘れずに生きていくように。ということか」
「たいぎぃ。無理だよー。だってボクめいじ館の仕事なんて全然やってないんだよ。絶対真っ先に首切られるよー」
毛利は本人たっての希望で、基本的に巡回任務しか行わない。もちろん、禍憑が出なくなってもそのような仕事は必要だが。彼女が警察のような役職に就けるとは思えないし、仮にやる気が出てきたところで、少女のような外見では、採用されないだろう。
「百華の誓いってようは、巫剣の力を使うなってことでしょ。ボク、それ以外で仕事なんてしたことないし。やや、やっぱり無理だよう。あるじさん僕のこと養って。ほほら、あるじさんって結構いい役職だし、巫剣一人ぐらい養えるでしょ」
「残念ながら俺も毛利といっしょで職を失うからな。そんな余裕はないと思うぞ」
「た、たいぎぃ」
ガクリと肩を落とす毛利。しかし、ずっと戦い続きでいざ、平和になったとき自分はどうなるのか、何をしたいのか何も考えていなかった。何か漠然と巫剣たちと一緒にずっといる。そんな思いでいたのだからこんな事態を想定していなかった。
「あ、あるじ……さん?」
「いやすまない。俺も毛利とずっと一緒にいられたらな、と思ってな」
「あ、あるじさんって、たまに、とと、とんでもないこと言うよね、ホント」
「そうか?」
「うん、自覚、ないと思うけど」
そうだろうか。士官学校時代から、失言には気を付けるようにはしているのだが。
「しかし、どうしたものか。そうだ、毛利たしか海外の本とか読んで勉強していたよな。なにか役に立つこととかないのか」
いつぞやに、モールス信号について詳しかったことを思い出す。彼女は方向性はわからないものの一部の専門知識を身に着けている。そういったものならあるいは
「う、うう、僕の知識って深く狭くだから、あ、あんまり使いどころがないっていうか、使う気も起きないっていうか」
「そうか。なら、仕立て屋なんてどうだ? たしか、乱たちに衣装を用意したのは毛利だっただろう」
いつもは副指令がどこからか見繕ってくるのだが、乱が着ていた衣装はたしか毛利が作ったもののはずである。かわいらしい動物の衣装だったし、子ども向けに仕立て屋になるのもいいのではないだろうか。
「ぼ、ボクの技術って独学のものっていうか、ちゃんとした奴じゃないから。それに、そ、その、あれはみーちゃんのためだからできたっていうか、あれ以上はやる気的に無理っていうか、フヒヒ」
どうにも、乱のことを思い出して上の空といった様子。
「とと、とりあえず、今は茶房の仕事、簡単なやつからでも、覚えて、うん。多分、接客とかじゃなければ」
「……」
「ど、どうしたのあるじさん」
「いや、毛利が急に仕事にやる気をだしてびっくりしてな。どういう心変わりだ?」
「ささ、さっきも言ったけど、ぼ、ボクって、茶房だと戦力外だとお、思うん、だよね」
「そうだな」
「う……そう、だよね。だけど、さ。ボク、この部屋も、このめいじ館も、気に入って、いるし」
「そうだな。俺もそうだ」
きっと、ここにいる皆がそう思っているはず。
「だ、だから、さ。ボクももうちょっとだけ頑張ってみようかなって、うん」
「そうか。それはうれしいな」
「あ、あるじさんは、さ。これから、どう、するの?」
「え?」
「あるじさんも、隊長、やめちゃうんだよね。どう、するの? ここに、残って、くれる?」
「ああ、次の仕事が見つかるまでだけどな」
「そ、そうなんだ」
どことなく寂しそうな毛利だったが、特に何か言うのでもなくただ何かを考えているようだった。
「あ、あるじさん。相談聞いてくれてありがと。もうちょっと、だけ、考えて、みる」
「そうか。ならよかった」
毛利の部屋から出て、歩きながら考える。どうするべきなのか。このまま、流れに身を任せて、ここから離れるのが正しいのか。それで、自分は笑顔でめいじ館から去ることはできるのか。
「あー隊長さん、お疲れ」
ふらふらと歩いているうちに、八宵に声をかけられた。
「いや、別に何もしていないけど」
「まっさかー。もう、さっきまで静かだっためいじ館があちこちから声が聞こえるもん。あまりいいものでもないかもだけど」
「え?」
「いやー、隊長さんから情熱的な告白を受けたって、いろんな巫剣さんたちが噂してるよ」
……まさか。あのとき毛利を説得した時の声。そういえば、廊下の真ん中。扉越しに誰かが聞いていたかも。それこそ、毛利の部屋は防音設備がしっかりしていたから、中にいる間、外の様子にも気付けなかったし。
「まあ、あと数日もすれば忘れるでしょ。いつものことだし……北谷さんとか以外」
「あまり不穏そうなことを言わないでくれ」
「気にしない、気にしない。それより、七香姉が呼んでたよ。一緒に行こ」
「ああ、ありがとう」
1階奥の部屋に訪れる。指令室として使われる部屋で七香は待っていた。
「お疲れ様です。隊長さん」
「ああ、お疲れ様、七香」
「とりあえず、本部に行って今の状況について、いくつか説明してもらってきました。御華見衆の解散についても、隊長さんの処遇についても、納得いってませんがとりあえず、理解はしてきました」
「あはは、七香姉。いつにもまして積極的だねえ」
「いくら何でもこれだけ重要な話について、説明が少なすぎると思っただけです」
七香がここまで、動き回っているところは初めて見るかもしれない。
「隊長さんも申し訳ありません。私からは何もできず」
「いや、それだけ動いてくれただけありがたいよ。どっちにしろ、禍憑が現れなくなればお役御免なんだ。それが少し早まっただけだよ」
「はい。それなので、隊長さんには最後のお仕事をしていただきたくて」
と言って七香は一枚のチラシを渡してくる。
「店長の求人募集? ああ、そういえば隊長さん、店長も兼任していたっけ。て、七香姉さすがに気が早すぎない!?」
「いいえ、隊長さんがいなくなる以上、店長の募集は必要ですから。早すぎることなんてないよ八宵」
「じゃあ、俺はこのチラシを配りに行けばいいのか?」
「いえ、これはめいじ館に貼るようですね」
「ああ、喫茶の壁にでも貼ってくればいいのか」
だとしたら、できる限り見やすいようにしなければ
「はい。隊長室の壁とかお勧めですよ」
「え」
「え」
八宵と全く同じ反応をしてしまった。
「いやいや七香姉。隊長さんの部屋に貼っても新しい店長さんなんて来ないじゃない」
「ええそれが?」
八宵がなにかあきらめたように工具を取り出す。ズキリと頭に鈍い痛みが走る。
「いや、分かった。隊長室に貼ればいいんだな」
「はい。よろしくお願いします」
七香は笑顔でチラシを渡してきた。では、急いで隊長室に向かうとしよう。
「むう。ああ、なるほどそういう風にするのか」
「あ、やっとわかってくれた? じゃあ、その工具しまってね」
「ああ、うんごめん。私てっきり七香姉も激務で壊れちゃったのかと」
「そんなわけないでしょ」
「うん、さすが七香姉。だけど隊長さんなーんでこんな時は鋭いのに、巫剣さんのこととか鈍いんだろうねえ」
「本当。なんでなんだろうね」
部屋に戻ってチラシに目をやる。募集要項に目をやり、必要事項を確認していく。よくもまあ、ここまでびっしりと書いたものだと、思いながら筆を走らせる。
「やっぱり俺は縁に恵まれていたな」
書き終えたそれを持ち、再び七香のもとへ向かう。
「募集を見てきました。聖十郎です」
「はい。ありがとうございます。履歴を確認しますね」
そういう彼女に、先ほど書いた書類を手渡す。
「はい、数年間喫茶の店長をしていたのですね。それはありがたいです。経歴に問題もありませんし採用です」
「ありがとうございます」
そんな俺たちのやり取りを冷めた目で見る少女が一人。
「ねえ七香姉。この茶番いる?」
「いるよ。ちゃんと、書類と面接は行ったってことは残しておかないと」
「それで、自分は……俺は何をすればいいかな七香」
やはり彼女達と話すのに他人行儀と言うのはやりづらい。
「あ、はい。今日からは隊長さんではなく雇われ店長さんになるので、お店の仕事を手伝ってくれればそれで問題ないです。あとは」
そういって彼女は一息つき、大事そうに続ける。
「巫剣さんといっぱい喋って、いっぱい遊んであげてください。それがきっと、皆さんにとってかけがえのない思い出になると思います」
東京都某所御華見衆本部
「いいんですか。あんな風に追い出しちゃって」
「かまわない。これから先、どれだけ禍憑が現れようが、未来には一切関わらない。だったら、あいつが命をとして戦う必要などない」
「そのためだったら嫌われてもいいと?」
「ああ、私たちはあいつに多くのものをもらったのだ。だというのにこのような結末しか用意できなかった。ならばせめて、あと少しの時間ぐらい、縛られることなく生きていてほしい」
少女は手に持った懐中時計をぎゅっと握りしめる。
「あと2か月で、この世界のすべてがなくなる。禍憑も、巫剣も、人間もみな等しく消滅する」
そんな未来は見たくなかった。そんな結末のために戦ってきたわけではなかった。
「これほど時計が止まってほしいと思ったことはなかったな」
ぐったりと机に頭を預け、時計の針を見る。針はゆっくりと、だが確実に、終焉へと向かっていく。
今後は、筆が乗るたびに、好きな巫剣の物語を書いていきます。菊一文字則宗、大兼光、不動行光は書きたいと思っています。