天華百剣 針が進む日々   作:ムレ

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菊一文字則宗のお話
菊は僕のデータでの愛刀であるためほかの巫剣より贔屓されているという設定があります。ご容赦ください。


硝子の剣

めいじ館裏庭。離れにある隊長室からも見えるここは、巫剣たちが休憩によく使う場所であり、物干し竿をはじめとした洗濯担当が毎日のように通う場所であり、俺が素振りをする場所である。早朝から、山鳥毛に課せられている訓練を終え、さて、今日の業務に入ろうかと言うとき、一人の少女に声をかけられた。

「お疲れ様です、隊長さん」

 ガラス細工のように華奢な手足、透き通るような銀の髪。心をうかがいにくい金色の目。一挙手一投足に儚さとつかみづらさを持つ巫剣、菊一文字則宗である。

「ん、おはよう菊。今日は早いな」

 縁側に置いた布で汗を拭きつつ、彼女に応える。ここめいじ館は洋風茶房でもあり、所属する巫剣は当然、給仕や料理人としての仕事を担当する。ゆえに、早朝の今であっても、巫剣たちが起きていることは珍しくはない。しかし、

「今日は非番じゃなかったか?」

 彼女は今日お休みである。もちろん、禍憑が出現すれば非番関係なく出撃にはなるが、彼女はそういう緊急事態用の戦力でもない。彼女が、いつでもどんな状況でも戦える巫剣ではない、と言うところがほとんどではあるが。

「はい。今日はお休みなんですが、まあ、いろいろとありまして。僕は今日一日隊長さんと過ごそうかと」

「ん? 今日一日ずっとか?」

「ええ、ずっとです。朝から晩まで。折角なんで朝起こしに行っておはようからお休みまで全部のつもりだったんですけど、隊長さん思ったより早起きでした」

「そうか。でも俺も仕事もあるし、さすがに全部は」

「ないですよ」

 彼女はさっぱりと否定する。

「隊長さんのお仕事、というよりめいじ館の店長としてのお仕事はありません」

「そんなはずはない。一応、めいじ館の雇われ店長として二か月間ここにいることになっているんだから」

「そんなの隊長さんをここに置いておく都合のいい理由でしかないですよ。今の隊長さんのお仕事は今後、巫剣や自分とどう向き合うか。それを決めることです」

「巫剣とどう向き合うか」

「隊長さんのことですから、僕以外にも、ずっと一緒とか、離れ離れになることはない、とか調子のいい事言っていたんでしょう」

 どこか、言葉がとげとげしくなってきた。

「でもね、隊長さん。今回ばかりはそれも無理なんです。皆わかっています。だから、この2か月と言う時間は僕たちにとって最後の戦いです」

「最後の戦い」

「はい。果たして誰が隊長さんと一緒に居られるのか。隊長さんと一緒に生きていくのは誰なのか」

「待て。それは」

「わかっています。最後に決めるのは隊長さんです。場合によっては誰も選ばれない。そんな可能性もあるでしょう。それでも、思わずにはいられない。自分こそが巫剣使い『聖十郎』の愛刀であると」

 御華見衆の巫剣と巫剣使いという、誰かが決めた関係ではなく、ともに生きる相棒として選ばれたい。彼女はそう強く宣言した。

「残り二か月。巫剣たちは最後の”あぴーる”に来ます。自分を選んでほしい。その一心で。なので、隊長さんも正面から向き合ってほしいんです。僕たちの思いを」

 そういって彼女は、期待と不安の入り混じった不器用な笑みを浮かべた。

 

 朝の鍛錬も終え、着替えたのちに隊長室に戻ると、そこには朝食が用意されていた。

「これは」

「当然、僕が、と言うより僕たちが用意したものです。さっきも言った通り、これから隊長さんはいろんな巫剣からあぴーるを受けることになります。だったら先陣を切る僕は、後の巫剣のやりそうなことは全部やり切らなければなりませんからね。当然、料理ができる。ということも重要でしょう。なにせ、ずっと一緒に生活するのですから」

「その割には献立は普通なんだな」

 部屋の机に置かれているのは、みそ汁、白米、焼き魚、小鉢と普段から食べているものと一緒だ。

「こういう日常の象徴に奇をてらうのもどうかと思いまして。とはいえ、味に自信はありますよ」

「そうか。では、いただきます」

 手を合わせ挨拶をしたのちに、みそ汁から手を付ける。

「これは」

 続けて、魚や小鉢にも手を付ける。

「ど、どうですか?」

「うん。なんというか。いつも通りだな」

 まずくはない。むしろうまい。なのだが、いつも食べているものと大して変わらなかった。

「そ、そうですか。そうですよね。一部を除いて、僕たちの料理の師は茶房のれしぴなわけですし」

 めいじ館は洋風茶房なのだから、当然、この朝食に直接的な影響はないだろう。しかし

「基礎が同じだから味付けが他の巫剣も同じ傾向になりやすいと」

 はあ。と目に見えて落ち込んでいる。だが、

「いや、悪いことなんてないぞ。むしろ、俺はこの味が好きだ」

「え」

「俺は昔のことはほとんど覚えていないし、軍学校にいたころは、配給の食事ばかりだったからな。俺にとって家庭の味と言えば、めいじ館の料理なんだ。だから、この料理はなんていうか、安心するんだ。だから、菊がこういう味付けをしてくれることもうれしい」

「そ、そうですか。そうですか。えへへ」

照れ隠しのように顔を伏せたまま彼女は笑う。それでも少しすると、いつもの表情に戻る。

「さて隊長さん。これからの予定なんですけど」

 当然今日一日彼女と付き合うのだから、何か予定でもあるのだろうか。彼女は決意に満ちた目で、俺のことを真っ直ぐとらえる。

「特に決めてません」

「ん、そうなのか」

「はい。いろいろ考えたんですけど、僕ってこういうときどうすればいいのか分からなくて。なんで、隊長さんに決めてもらおうかと。なんでもどんとこいです」

 菊は胸を張りながら言う。

「何でも?」

「ええ、なんでもいいですよ。隊長さんのお願いなんですから断るなんてしません」

「じゃあ……」

 

 正午を回るころ、照り付ける太陽の真下でおれは大の字に倒れている。体中に鈍い痛みが残り、背中から感じる土の冷たさも、痛みを和らげてはくれない。顔に影が差したと思えば、俺を徹底的に打ちのめした少女がこちらを覗き込んでいた。

「どうですか、なにかつかめましたか?」

 笑顔で聞いてくる彼女だが、この笑みは喜びや楽しみと言ったものではない。どちらかと言えば、典厩割が頭を触られたときのような、怒りを隠している時のような笑顔だ。

「その、なんだ。菊、怒っているのか」

「怒ってなんかいません。勉強熱心な隊長さんのため僕の剣を振るえることに怒る理由なんてないでしょう」

「そうか。それにしても菊の剣は相変わらずすごいな。これまで何度も手合わせしてきたが、一太刀も浴びせられる気がしない」

 一撃目を捌くと二撃目が目の前にある、なんて感覚がずっと続く。それに一太刀ごとの重さも人の比ではない。

「一太刀受けられるだけで十分ですよ。常人なら一撃で終わっています」

「そうだろうけど」

「隊長さん。これまでなら、隊長さんも僕ももっと強くならなくちゃだめでした。だって、禍憑との戦いは長く、過酷なものでしたから」

 僕は元から強いですけど、なんて自罰的な笑いを浮かべる。

「でも、禍憑が現れなくなったとき、強さって必要なものなんでしょうか。ただ、強いだけの僕は必要なんでしょうか」

 どんどんと言葉が弱くなり、いつもの笑みが消えていく。いたたまれなくなった俺は立ち上がり、菊をそっと抱きしめた。

「隊長さん?」

「菊。巫剣は禍憑を倒すために生まれたものだ。それは変わらない。だけど、生まれた意味が、生きる意味になるとは限らないんだ。俺が巫剣使いとして生まれたことにはなにか意味があるんだと思う。だけど、たとえ俺が巫剣使いでなくとも、俺は同じ生き方を選んでいたと思う。だから、自分を否定しないでくれ。おれは、君が生まれて、生きて、このめいじ館に来てくれたことがうれしいんだ」

「隊長さんは、ホントに卑怯です。そんなこと言われてうれしくない巫剣なんていませんよ」

 菊は顔をうずめながら弱々しくつぶやいた。

 

 午後からの菊は午前とは打って変わってしおらしくなった。縁側で座り込む俺の膝の上に乗って体を預けてくる。

「朝は隊長さんのいうことを聞いてあげたので、お昼からは僕のわがままを聞いてもらいます」

 とのことで、今は彼女のお願いである、膝を貸してほしいというのを実行中である。だが

「なあ菊。いつまでやるんだ? これ」

「僕が満足するまでお願いします」

「いやしかしな、この体勢は俺も足が疲れるし」

 かれこれ一時間は彼女を膝の上にのせている。重いなどと言うつもりはないが、ずっと同じ体勢だと足が痺れて感覚がなくなっていく。

「むう、しょうがないですね。じゃあ、ぎゅって抱きしめてみてもらえますか」

「抱きしめ……」

「いやならこのままずっとこのままでもいいんですよ」

「いや、わかった。抱きしめればいいんだな」

「ええ、ぎゅっとお願いします」

 そういわれればしょうがない。膝の上に座る彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめる。か細い彼女の身体は俺の腕の力でぽきりと折れそうで少し怖くなってしまう。

「これは……いいですね」

「なあ、菊。そろそろ」

「えー、もうちょっと堪能させてくださいよ」

腕の中でグラグラ揺れて駄々をこねる菊だが、女の子を膝の上にのせて抱きしめるというのはやはり、心臓に悪い。どことなく悪いことをしているような気分になる。

「では、最後に僕のお願いを聞いてもらえますか」

「最後なんて言わなくていいぞ。菊の頼みなんだからな」

「で、では、お願いします」

 菊は膝の上で器用に体を回すとこちらと向き合う形になる。そのまま、俺の肩にてを置き、俺の顔に近づくと、ひな鳥がエサをねだるように目を瞑り顔を突き出す。

「……」

「……」

 お互いに沈黙が続き、姿勢が固まったまま、時間が止まったかのような錯覚さえする。

「菊。それでお願いってなんだ」

「……隊長さん。本気で言ってます?」

 菊は心底呆れた目で俺を見る。

「だから、なにをっ」

 言い切る前に、彼女の腕に力が入り、思い切り押し倒された。馬乗りになった少女が俺を見つめる目は普段見ることがないように妖艶で、体に鳥肌が立つ。

「ホントに隊長さんは、誘っても誘っても攻めてこないんですから。つい、かっとなって攻めちゃったじゃないですか」

 菊は表情を変えないまま言葉を続ける。

「でも、こっちの方がよかったですかね。だって僕、攻めている時の方が強いですから」

 確かに彼女の戦い方は相手が攻めてくる前に仕留める先手必勝型だが、今の彼女はそういうことを言っているように思えない。

「菊。急にどうしたんだ」

「隊長さん」

 彼女はゆっくりと顔を近づけてくる。白磁のような肌が目の前まで迫ってきたとき、彼女がなにをしようとしていたのかに気付く。しかし、時すでに遅し。いや、押し倒された時点で遅かった。抵抗しようとしても手押さえつけられた手はピクリとも動かず、そのまま彼女の唇と俺の唇が重なった。心臓は恐ろしく早く動悸し、体は火に当たっているように熱い。対して、唇から伝わる彼女の体温は冷たく、しかし、手から伝わる逃がさないという思いは痛いほどに熱く伝わってくる。

 十秒か、一分か。それ以上か、体はとっくに抵抗する意思を投げ捨て彼女のなされるがままになっていたが、ようやく、彼女は顔を離した。

「隊長さん、巫剣って人間より力が強いんです。だから、こんなに細い腕でも簡単に押し倒せちゃうんです」

 彼女の頬は赤く染まり、目は普段よりトロンと落ちている。あえて、例に挙げるなら、北谷菜切がよくなっている状態に似ている

「だから、なんでしょうか。僕、巫剣なのに隊長さんを自分のモノにしたくてたまらなくなっちゃうんです」

「どうしたんだ菊。こんなこと」

「隊長さん。朝言いましたよね。残りの日々は他の巫剣たちと過ごすって。つまりですね。僕も、他の巫剣たちも、一日しかないんです。だから、僕は」

 そういって彼女は俺に倒れ掛かる。

「菊」

「隊長さん」

 

 めいじ館厨房。昼の繁盛時が終わり、巫剣たちが自室に戻っていく中、落ち着きなく厨房内を歩き回っている巫剣が一人。

「菊一さん、大丈夫かなあ」

 加州清光。菊一文字則宗が最も信頼し、今回の作戦の裏方として、主に食事の準備等で手伝っていた巫剣である。とある事情により、二か月のうちの一日を辞退した彼女ではあるが、主への想いはそれこそ、菊一文字則宗にも劣らない。しかし、仲が良く、それなりに長く付き合っているからこそ、彼女のどうしようもない弱点も知っていた。

「まあ、こんな大一番なんだから大丈夫でしょう。晩御飯の食材集めに行きましょうかね」

 なんて、不安を拭い去るように、次なる仕事へ向かおうとした時だった。ガチャリ、と厨房の扉が開いた。入ってきたのは菊一文字則宗であった。はて、どうしたことか。今日一日、隊長と過ごしているはずの彼女がなぜこんな時間にやってきたのか。まだ日も暮れていない。なんなら日が暮れてからが本番ではなかったかと。少し前の不安が頭をよぎる。そんなはずはないと、思いつつ顔を伏せた少女に声をかける。

「あのー菊一さん。どうしたんですか。まだお夕飯の時間でもないですよ」

「あ、かしゅーさん。そのすいません。ちょっと、いろいろありまして」

「いろいろってなんですか。主様ほったらかしにして何しにきたんですか」

「その、僕も頑張ったんですよ。隊長さんとご飯食べて」

「はい」

「膝の上にのせてもらって」

「ほうほう」

「朴念仁さにイラっとして、つい押し倒しまして」

「なんと」

「そ、そのあと、接吻もその、しまして」

「だ、大胆ですね」

「それで」

「それで」

「隊長さんに名前を呼ばれたら。急に恥ずかしくなっちゃて。そのまま逃げてきちゃいました」

「ぐはあ」

 その発言を聞くと同時に加州清光は吐血した。

「だ、大丈夫ですかかしゅーさん」

「全然大丈夫じゃありません。なにここ一番でまたヘタレているんですか」

 菊一文字則宗の弱点。彼女はどうしても大事なところでヘタレる。逃げる。なんなら、接吻まで持って行けただけマシであったかもしれない。しかし、それでは困るのだ。

「なんですか、昨日は自信満々に、僕に任せておいてください。後悔はさせません。とか言いながら」

「う。いえ、たとえかしゅーさんでもきっとあの状況になったら逃げてました」

「新選組に逃げるなんて言葉はありません。士道不覚悟ですよ」

 しかし、ここで疑問が出る。はて、彼女のヘタレさは確かに生来のものではある。しかし、かつての事件の折、一応治ったはずである。彼女もまた巫剣使いと共に戦うことを選んだ巫剣のはずである。

「でも、なんで急にウジウジ癖が出てきたんです? 最近はそんなことなかったのに」

「その、多分なんですけど、ずっと隊長さんに支えてもらっていたんで、いざ隊長さんに向き合った時、その支えがなくなっちゃたんだと思うんですよ。ほら、僕って不完全な巫剣だから」

「いいからその自虐を辞めてください」

 しかし、これは加州清光にとっても予定外である。初日で主様を落としきり、菊一さんと一緒に主様と過ごす。そのために、わざわざ、自分の番を蹴ってまで彼女を最初の一日目に推薦したのだ。自分より菊一さんの方が主様に好かれているはず、なんて、思いたくもない事を思って菊一文字則宗に賭けたのだ。いや、あえて思うなら「僕が選ばれたらかしゅーさんも一緒についてきていいですよ」なんてことを言っていた時点で、彼女が逃げる可能性は大いにあったのかもしれない。

「なので僕のことを慰めてください。もしくは褒めてください」

「ほんと、叩き切りますよっ」

 こうして、強く、脆く、儚い巫剣の最後の日は終わった。柄にもなく色仕掛けをしようとしたのがダメだったのか、それとも、巫剣使いとの関係が変わってしまうのを恐れたのか。

「そもそも、接吻ぐらいほかの巫剣さんともやってますよ主様は」

「え、かしゅーさん。隊長さんとやったんですか」

「い、いえ、私は、ない、ですけど」

 時計の針はゆっくりと進む。終わりに向けて。




お疲れ様でした。投稿遅くなりましたが、サービス終了のストレスとTRPGシナリオ製作が重なり中々手が付けられませんでした。こんな調子で書いてますので、ゆっくりとお付き合いください。
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