「にーくら」
「嫌です」
南雲美鳥は顎に手を添えて、ふむふむと頷いた。
ポクポクポクポク、ポーン。木魚が音を鳴らして、思考をまとめる。
「か」
「い」
あ行の口の形を作ると、新倉はい行の形を作る。
「ね」
「や」
「く」
「で」
「れ」
「す」
ふっと南雲は観念したように不敵な笑みを浮かべ、やれやれと新倉の部屋の中に腰を下ろす。
「金くれ」
「嫌です」
腕を広げて大の字になって倒れた。天井の染みの数を一つだけ数えて、怖い顔が見えた気がして怖くなったので止めて、すぐに起き上がって胡坐をかきながら、もう一度新倉と向き直った。
――金がない。
どうして元々は後輩の新倉に金を借りる程に困窮してしまったかの説明をすると、どこから手を付けたものか、ゴミ屋敷のように有象無象の大小さまざまな理由があるけれど、しかし大きく分けて南雲がそれほどまでにみっともなく、恥も外聞もなくプライドをかなぐり捨て続けるのには、三つの理由がある。
ギャンブル、酒、ギャンブル、家賃、ギャンブル。
この金銭不足を解消するためにも、南雲は新倉に金を借りて、倍にしてから返す必要があった。こうも無下に断られても、そう簡単にはいそうですかと諦める南雲じゃない。そんな南雲が居たとすれば、それはもはや南雲美鳥じゃないだろう。
「待てよにーくら」
手のひらを広げて見せて、南雲はやはり不敵に笑う。土下座をするわけでもなく、駄々をこねるわけでもなく、待てと言う。
ドン、と効果音が背景に着きそうなほどの雰囲気だ。
「レンタル南雲」
ピクリと、新倉が反応した。
公園に置いてあった情報誌には、様々な情報があった。ファッション、料理、デートスポット、小学生のなりたいものランキング(一位はユーチューバー、二位は会社員、三位はサッカー選手)、バイト、なんかの情報。その中で目を付けたのは他でもない、レンタル職業。なんと貸すだけで金を貰うという裏技。もちろん、南雲には価値があるほどの物を持っていない。持っていない、が、南雲は南雲である。
「私を貸すぜ、そしてお前は金を貸す、どうだ!」
膝を手で打ち、立ち上がり布告。キラキラとした瞳には曇りなどない、楽して金が欲しいという欲以外にない。その純粋な眼差しに新倉はため息を吐いた。
「……じゃあ私が借りるんで、そこらでバイトしてもらって良いですか?」
「嫌だ! 動きたくない!」
バッと、腕を振って南雲は主張した。
「にーくら、勘違いしてるぜ。私は金が欲しい、喉から手が出る程欲しい」
熱い思いに目をつむり、握った拳がぶるぶると震える。
「だが!」
目を見開いて、宣言する。
「私は働かずに、金が欲しいんだ!!」
――――働けや。
南雲の顔面に柔らかい枕がクリーンヒットした。
「そもそも、南雲さん借りて、肝心の南雲さんが動きたくないんじゃ私は何すれば……」
「言っとくけど家事洗濯も無理だぜ。レンタル南雲はお安くないんでね」
「どのみち頼む気ないですよ。余計汚くなりそうですもん」
ただ、南雲美鳥を借りるというのは、魅力的な提案でもある。運動神経抜群、馬鹿、ギャンブル好き、ちょっと憧れてたこともなきしにもあらず、金を貸したくないが、腕を組んで考える。
「あ」
「お?」
ピコーンと、電球が新倉の頭の上で灯った。
「動きたくないんですよね?」
「ああ!」
「じゃあ、音、聞いてもらうってアリですかね?」
「音?」
「音」
「……ふっ」
言ってる意味は良く分からないけど、楽そうなのでとりあえず南雲は親指を自身に向けて答えた。
「お安い御用だぜ!」
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1時間1000円で引き受けて、南雲は渡されたヘッドフォンを装着する。ワイヤレスなので動き放題だ。
「実はですねー、私最近、音声投稿してて」
「?」
「ユーチューバーってやつですね」
ユーチューバー、そういえばそんな単語が情報誌に乗ってたなと思い出しながら、南雲はふーんと生返事をした。部屋にはパソコンもないから、なんなのか想像もつかない。
「まあ、要は音をみんなに聞いてもらってるんですよ」
「みんな? みんなって誰だよ。おばばか?」
「いや、世界中ですかね?」
「?」
「で、投稿してるんですけど、実際に聞いてる人ってそういえば私以外知らないわけで、南雲さんに体験してほしいなって」
「レンタル南雲の出番ってわけだな」
話の大部分が分からなかったが、音を聞いてるだけで金が貰えることさえ分かればそれ以外はどうでも良い。南雲は鼻歌を歌いながら、促されたベッドに腰かけた。
「よいしょよいしょ」
新倉の様子を見ていると、小さい箱型の黒い機械をパソコンに繋いだりだのを用意していた。これから音を聞くのに必要な作業なんだろう。とりあえず適当にお世辞を言うつもりなく、南雲は音を聞くだけで金が貰えるという素敵な作業に心躍らせながら待った。
「じゃあ、やってみますねー」
「おう」
せーの、と新倉が呟いた。それに一瞬違和感を感じた。
「ふぅ」
――ふぅ。
「……」
――あー、あー。南雲さーん、聞こえますか。
南雲は、ベッドに倒れる。よくは分からないが、南雲は耳元で囁かれたりするのに、弱い。めちゃくちゃ弱い。
「お、おぉぅぉぅぉ」
あ、聞こえてるみたいですね。よかったー。
およそ1メートルほど離れて椅子に座っているはずの新倉のささやき声が、耳元で聞こえる。呻き声に似た何かを発したら、新倉はそれを返事だと勘違いして続けた。
――右耳ー、左耳ー、えへへ、ちょっと面白いですよね。私もこういうの聞いてハマっちゃったんですよ。
右耳で声が聞こえて、左耳で声が聴ける。力が抜けて、止めようがない。
――じゃーあ、耳かき、してみますね。自分で聞いてると、途中から耳かきっぽい音なのか分かんなくなっちゃうんですよね。
耳かき、耳かき、耳かき? にーくらは相変わらず座っているので、耳かきのしようがない。疑問に思うと、本当にステンレスの耳かきを取り出して、それをマイクに向けた。
ゴソゴソ。
――ごそごそ。耳かきっぽいですかね? こう、こすって……。
ぞわぞわぞわぞわ。
耳かきをされている錯覚に陥った。
――右耳、たくさんつまってますね~。……実際はどうなのか知りませんけど、今度本当にやってみましょうか? とと、声多めもあんまりよくないですよね。ちょっと静かにしますね。
ゴソゴソ。
ゴソゴソ。
――かり~っと。
耳かきの先が、耳を伝って通った、気がした。
耳かきの先が、耳の中を擦るように当たって、南雲の耳を荒らす。
雑で、丁寧で、雑音で、小音だ。
ゴソゴソ、ゴシゴシ、音が聞こえて、繰り返される。
慣れない、慣れることはない。むず痒い音が、心臓までむず痒くする。
ゴソゴソ、ゴシゴシ、ゴソ、ゴシゴシ、ゴシゴソ、カリ、カリカリ、ゴシ、ゴソゴソ、カリ、カリカリカリカリ、ゴソ、ゴソゴソゴソ、カリカリゴソゴソ。
――ふ~。
ぞわぞわぞわぞわっと、体がビクリと動いた。
耳に、息を吹きかけられた。間違いない、でも、新倉は座ってるから間違いだ。
――こっちの耳も……
待てと、止めれず。
――ふ~……って、あー、なんか知り合いにやってるってなると恥ずかしいですね。わー、顔熱い。
知ってる声だ。聞き慣れた声だ。だけど、声の位置が違うだけで、何時もとまるで違う。声は同じでも、声質は同じでも、そこに乗る感情の色が、まるで違って聞こえる。
照れも、笑みも、嬉しさも、悪戯心も、懸命さも、全部が全部、ちゃんと聞こえる気がする。しかしそれは、聞き慣れた声をちゃんと聞こうとする人間なんて、そんな居るはずないのだから、音を、声を、聴くために聞いているのならば、違うのは当たり前かもしれない。
――でーも、ふ~……って、えへへ、もう一回しちゃいました。耳ふー、結構好きなんですよみんな。反応良いんです。コメント打つくらいには余裕あるのかなーと思いつつ、やっぱ反応あったら嬉しいですよね。……そういえば南雲さん、反応ないですけど。
振り返ってくるのが分かり、南雲は、失くしたと思ったプライドを掲げて、意地でベッドの上に立ち上がった。
「に、仁王立ち!?」
「にーくら!」
声をかき消すように南雲は大声をあげた。真っ赤になった顔で、若干目が潤んでるのを見せないようにして、
「は、はい」
「にーくらは、すけべだ!!!」
南雲は言い捨てて、部屋を脱出した。
残されたのは新倉のみで、彼女以外誰もいないが、彼女は小さくつぶやいた。
「あの、ヘッドフォン……」
本日の南雲の戦果。ワイヤレスヘッドフォン(後日返却)。
南雲さんが耳弱いというので書きたくなりました。
CITYの小説、供給が足りないなあ。需要はあるのになあ。きっと次の流行りなのになあ。南雲さんがASMR受ける話とかもっと見たいなあ。
(/ω・\)チラッ