五河士織な物語   作:高町廻ル

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五河士織な朝

 五河家のリビングには美味しそうな匂いで溢れていた。厳密にはリビングと繋がっている台所から。

 今日は起こされることなく自力で起きた琴里は、開口一番日本人にとって最もテンプレートな挨拶から始める。

 

「おはよー…おねーちゃん……」

「おはよう琴里」

 

 彼女の姉は打てば響くように挨拶を返すのだが、すぐさまその視線が若干だが厳しいものになる。

 

「あーもー…制服はちゃんと着なさい」

 

 そう言って料理を一時中断して、妹の側まで歩み寄って肩辺りのシワを伸ばしてピシッとさせる。それと同時に妹の髪型のアクセントとなっているツインテールを形成するために使われている白いリボンを見やる。

 五河琴里はリボンの付け替えによって人格を切り替えている。

 白いリボンの時はちょっとあざとさがあるが理想の妹然とした性格に、そして黒い時は強い自分であろうとしている時だ。

 ただその強いというのはいささかズレているのでは…と姉は思っている。

 

「えへへ…お母さんっぽい……」

 

 実の所、琴里はやろうと思えば制服を文句なしに着こなす事は可能だった。だがこうやって構って欲しいからこそ敢えてだらしない感じを演出しているのだ。

 そして彼女の姉もまたその事は薄々勘づいているが見逃している部分もある。その事に対して甘くでダメだなと思ってはいる。

 

「誰がお母さんかっ」

 

 琴里の経産婦扱いに対して相手は少し恥ずかしそうな表情を作りながらも反論をする。

 もし仮に彼女に男がいて、それも肉体的な関係を持つほどの親密な間柄であれば琴里は持っている権限全てを持ってして相手をすり潰していただろう。

 だからこその冗談とも言えるのかもしれない。

 

 彼女の名前は五河士織。特殊な事情こそあれどまだまだ男に対して夢見がちな女子高生だ。

 彼女を引き取った五河夫妻が家を空けるため急遽家の事を任されているのだ。留守中の家を任されるほどに信頼されている事を意気に感じているのか、妹に対しての態度が姉というよりも少しだけ口のうるさいお母さんと言った方が近い。

 

「もうすぐ朝ご飯できるから」

「ふぁ〜ぃ……」

 

 姉の言葉に欠伸をしながらもテレビを見るために歩き出すく琴里。

 そこで士織は思い出したと口を開く。

 

「先に言うけどチュッパチャップスを食事前に頬張ったら許さないからね?」

「うっ……許さないって…?」

「許さないから」

「…………」

「許さないから」

「……はい」

 

 姉である士織からの釘指しにビクビクしてしまう琴里。勿論本気で相手の機嫌が悪いわけでは無いと長年暮らして来た感覚から分かってはいる。

 

「食べようか」

「は~い!」

 

 士織からの声掛けに琴里はテレビへと向けていた視線を中断して美味しそうな匂いのする方向へと目を向ける。そこにはご飯や味噌汁といった和の朝食セットが用意されている。

 二人は席に着くと手を合わせる。

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 その合掌と共に二人の箸が動いて食べ物を口元へと運んで行く。

 琴里は口に運んだ瞬間に中に広がったその味に驚きそして声をあげる。

 

「美味しいっ」

「ありがとう」

 

 それはあまりにもありふれた感想だったのかもしれないが、その言葉から溢れてくる幸せオーラがお世辞では決してない事を士織に実感させてくれるのだ。

 食事が終わると士織は使い終わった皿洗いをする、琴里はテレビで朝のニュースをチェックをしている。

 今日は特段大きな報道は無く、テレビ画面に流れるのは名物料理やスイーツを紹介する内容に留まっている。

 琴里はふと思った事を口にする。

 

「そう言えばおねーちゃんは何か用事とかある?」

「美九に冬服を買うの手伝って欲しいって言われているから放課後デパートに行く予定」

「…へぇー……」

「…?」

 

 姉の特段何も感じてないですよと言った感じの言葉に、琴里は少しだけ機嫌が悪くなってしまう。

 妹としては同姓とはいえ姉に猛アタックしている美九は正直に言うと気に入らないし、自分にもべたべたして来るのでふんわりと苦手だ。

 他者からの好意に対して鈍感で、無頓着な士織でも百合っ子である事を知っていてかつここまで猛烈なアタックをされれば流石に相手のラブも理解している。

 だが一方でラタトスクの司令官としては精霊の機嫌メーターを安定させるデート的な行為はむしろ積極的に行って欲しいのだ。勿論士織はそんな狙いなど持ってはいないだろうが。

 ただ美九は女の子同士の絡みが大好きな百合っ子であり、士織が他の精霊(女子)が一緒に居るだけでもそれなりに機嫌は回復する。まさに眼福というやつか。

 そのため十香と違いあまり嫉妬的な行為は行わないタチであるため、琴里は正直に言うと行かないで欲しいがそれを立場的に口に出来ようはずもない。

 琴里は黒モードにならないようにするため士織から死角になっている太ももをつねりながらもすっごく強張った表情で声をかける。

 

「た、楽しんでキテネ……」

「う、うん…」

 

 妹からの何やら圧力を感じるセリフに士織は少しだけ引いてしまうが、何故機嫌が僅かに悪化したのか想像出来ない。

 もし黒モードであれば何かしらからかうなり茶化したのかもしれないが、白モードの彼女にはそんな精神的なゆとりは無い。

 

 精霊、それは三十年前に突如現れこの世界に顕現するだけで空間震と呼ばれる自然災害を発生させる高次元生命体。

 人類はそれを止めるために二つの対処法を見出した。

 一つは武力を以ってしてそれを殲滅する、もう一つはデートしてデレさせる。

 前者は精霊の戦闘能力的に達成はほとんど不可能。

 後者は命がいくつあっても足りない。だがそれを達成するために生まれた組織がラタトクスなのだ。

 だが世界で唯一五河士織だけは平和的な解決方法を兼ね備えている。

 それはキスをしてその精霊の力を封印する事が出来るという特殊能力を持っているのだ。だが封印は完全ではなく、キスした相手との間にパスが生まれて不機嫌になるとそれを伝って力逆流してしまうため、ある程度機嫌を伺う必要性があるのだ。

 つまり士織をサポートするために作られたのがラタトスクだ。

 

 士織がふと時計を見るとそろそろ通学時間になろうとしていた。

 

「そろそろ家から出ないと、お弁当は置いてあるから取ってね」

「えー…まだ学校間に合うよ」

「言っておくけど緊急事態でもないのにフラクシナスを使って登校するのは許さないからね」

「むー…」

「先に出るから遅刻はダメだよ」

 

 琴里は先手を打たれたといった表情。どうやら足を使って登校するのは決定事項のようだ。

 

 

 封印処理が施され人間社会に溶け込むために精霊はラタトスクの指導と支援のもと生活をしている。

 その一つに精霊たちの住居は五河家の近くに建設された専用のマンションに住んでいる。

 側は普通の建物だが、仮に力が逆流したとしても辺りに被害を出さないように高い強度とラタトスクの常時バックアップ態勢が敷かれている。

 

「シオリーッ!」

 

 そんな精霊の一人である十香はマンションの出入り口前で待っていた士織を見つけると、手をぶんぶんと振りながら嬉しそうに名前を呼ぶ。

 士織もまた軽く手を上げて挨拶をする。

 

「おはよう十香」

「ああ、おはようだ!」

 

 二人が空間震のあの現場で出会ってからもう既に半年ほどが経つ。

 もう既にこの挨拶も二人にとっては日常として落とし込まれている。

 士織は弁当箱を入れた十香用の包みをずいっと掲げて渡す。

 

「そうだお弁当、この前テレビでミートボール見て美味しそうって言ってたから入れたんだよ」

「おお~っ!それは楽しみだっ!」

 

 彼女は受け取った箱をだらしなく破顔した表情で嬉しそうに掲げている。

 これだけ食い意地を張っているというのに、特段努力をするわけでも無くスタイルも容姿も抜群なのだから周りの人達はとっても納得できない。

 嗚呼、神は何故ここまで不公平なのか。

 

『……とうか…なんてどうかな』

『とーか…か?…まあ…トメよりはマシだ』

 

 士織と十香の二度目の邂逅の際に名前を付けた一件。

 あの時と比べたら十香はとても丸くなった。いや厳密にはこの天真爛漫さこそが本来の彼女の性格だと思われる。

 力の封印によって人間社会に溶け込んでいく中で、自然と防衛、そして傷つかない為に作り上げた仮面が剥がれているのだ。

 

 精霊というのは一人封印してハイ世界に平和が訪れたというわけでは無い。自然災害生命体は複数人存在する。

 

「士織さんに十香さん…おはようございます…」

『はーい士織ちゃんに十香ちゃん、おはようなのよね』

 

 十香に続いて出入り口から現れたのは四糸乃とよしのんだった。

 よしのんというのは四糸乃が精霊としてASTと呼ばれる精霊の殲滅を計る組織に狙われる際に、精神的なストレスから生み出され片手に装着した人形を介して出てくる疑似人格の事だ。

 

「おはよう、四糸乃、よしのん」

「四糸乃によしのんもおはようだ!」

 

 二人の挨拶に対して士織は朗らかに手を振って返す。それにつられて十香も元気いっぱいの挨拶を。

 最初に会った際はほとんど会話をする事も出来ず、またまともに目を合わせてもらう事すら出来なかったあの時と比べたらあり得ないほどの成長だと思う。

 また今の関係こそが士織が律儀に、そして相手に対して真っ直ぐに向き合ってきたことによって生まれた結果だ。

 

『……わ、たしは……いたいのが、きらいです。こわいのも…きらいです。きっとあの人たちも…いたいのや、こわいのは、嫌だと思います…だから私は……』

『……四糸乃は強いんだね』

『強い……?…でも私はよしのんがいなきゃなにも出来なくて…こわがって、にげてばかりで……』

『確かにそうかもしれないけど、でも四糸乃は自分がされて嫌だと思う事をキチンと理解していて、それを相手には決してしないとても強い子。それは分かっていても真似出来る事じゃないと思う。だからその優しさと強さだけは誇っていいんだよ』

 

 それはかつてパペットを紛失して探し回っていた時に士織が四糸乃に伝えた言葉。

 このやり取りがあったからこそ、どこかで力を持っている自分は精霊を守ってやらなくてはいけないという義務感から、本心から力になりたいと感じたのだ。

 

 そんな事を思い出していると、士織はふと手に装着されているパペットがどこかが違っているように映った。

 

「あ、よしのんを手洗いしたんだ。毛並みがどこかふかふかそうに見える」

『あらー士織ちゃんてばよく分かったわね。女の子の小さな変化に気がつけられるのは生きていくうえで必要なマナーよん』

「はい…昨日よしのんを洗って、今日はもこもこなんです」

 

 気が付いてもらえて嬉しかったのか二人の口調は少しだけ元気さが混じった声色になっていた。

 ちなみに十香はよくそんな違いが分かるなと言った感じだ。

 朝から大人しい小動物系の精霊と友誼を深めていると、その背後に現れたのは顔が瓜二つの少女二人が現れた。

 当然その二人は精霊。

 

「呵々、士織よ。我に朝の辞儀をする事を許そう」

「翻訳。耶倶矢は素直に挨拶をするのが恥ずかしいだけで本当は『おはよう愛しの士織』と言いたいだけなのです」

「夕弦っ!有る事無い事勝手に付け加えないでくれる!?」

「うん知ってる」

「士織ぃ!?知ってるって何!?」

 

 このようなやり取りもすっかり日常の一コマとして刻まれてしまっている。

 因みに知っているというのは愛しのではなく、素直に挨拶が出来ない耶倶矢の抱える心の病についてだ。

 二人は八舞姉妹、たまに危ない雰囲気になってしまう仲良し姉妹だ。元々は一人の存在だったのだが何度か地球に現れた際に二人に分かたれてしまった。

 そのためか耶倶矢と夕弦どちらが姉でどちらが妹かは分かっていない。ただ二人もそこまでどちら年上か上下にこだわりは持っていない。

 

 二人と初めて邂逅したのは修学旅行先での事。二人は分裂したその時からいつかは元の一人に戻る事を定められていた。だが戻る際にどちらの人格が優先されるのかを決めなくてはいけなかったため、どちらが八舞に相応しいか勝負をしていたのだ。

 暴風を発生させながら勝負をしていた二人に恐れることなく飛び込んだ士織に、どちらが八舞の主人格に相応しいか判定するように進言したのだ。

 

『真に八舞に相応しい者は男を虜にする事など当然』

『真理。そう女性ですらその魅力によってその心を占有する事が可能』

『は、えっ、はい?』

『『つまり…魅力で勝負!』』

『ちょっとまってえええ!!!!』

 

 そんな理屈のもと士織は二人の行く末をジャッジする事になったのだ。

 だが勝負でどちらが相応しいか決めるというのは建前で、その本質はお互いがお互いを生かすために勝利を譲り合っていた。

 結果は士織が同時に二人の力を封印したため元の一人に戻らなくなり一緒に暮らせるようになったのだ。

 そんなやり取りをしていると弁当箱を持って昼への楽しみを募らせていた十香が妄想から帰ってきて声をかける。

 

「シオリーそろそろ学校に行かないと遅刻するのではないか?」

「あ、ほんとだ」

 

 携帯電話で時間を見ると八時を過ぎていた。これ以上駄弁っていては遅刻ギリギリになってしまうだろう。

 

「じゃあそろそろ行こうか。四糸乃行ってきます」

「はい、士織さんも皆さんも学校頑張ってください」

 

 士織は十香と八舞姉妹を連れて精霊マンションから離れていく。

 彼女は少し歩いたのちふと背後を見た。視界に映る四糸乃が少しだけ寂しそうに見えた。

 本音を言えば一緒に居てやるなり、一緒に学校に行くなりした方が良いのだろう。

 だがまだまだメンタル面で不安が残る彼女を不特定多数の人がいる環境へ送り出すのは難しい。

 今彼女に必要なのは精霊という境遇を分かち合えて、かつ同年代の友達だろう。

 この条件に一番あてはまるのは琴里だが、ラタトクスの司令官と四糸乃の面倒を見ることに加えて学生生活三つの両立は難しいと判断せざるを得ない。

 結果、残念ながら今の彼女にはその適任者に心当たりがない。

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