「楽しかったです~」
「それは良かった」
二人はすっかり暗くなった街中を歩いていた。
美九は楽しかったデートにすっかり満足のようだった。
士織も疲れてこそいたが普段はそこまでこだわっていない洋服をじっくり見る機会だったり、喫茶店のパンケーキに舌鼓を打ったりと割と満足な外出だった。
「しかしパンケーキを食べた後なのにそんなに食べるんですね……」
美九の視線には士織が持っているケーキだった。しかも割とガッツリとワンホール分買っている。
「ん~…みんなで食べようかなって。私達だけ喫茶店ってのも悪いから」
「ハニーは優しいですね」
二人はそんな何気ない会話を広げていく。
そこで私達と言って士織はふと思った事を口にする。
「あ、そうだ。この後予定が開いているなら美九も―」
「はいはーい!行きますぅ!!」
「うちで夕食を食べ、うおおぉ…そっか」
美九は相手が全部を言い切る前に素早く飛びつく。
あまりにを食い入るように前のめりなものだから士織は若干引いてしまった。
「あ、でもいきなりお邪魔して迷惑じゃないですかー?」
「元々精霊のみんなと食べる予定だったし、一応美九の分も事前に下ごしらえはしてたんだよ」
ふと思った事を口にするのだが、元々帰るのが遅くなるであろうことは事前に予測出来たため前日から大人数分のおかずは用意していたのだ。
「さすがですぅ!」
「と言っても大人数だから鍋なんだけどね…」
基本的にラタトクスの支援は受けずに、五河家の懐事情の範囲で食事は作っている。それに大人数相手に手の込んだものはあまりにも時間がかかってしまうため、コスト的にも手間的にも鍋という選択は割とベターだ。
何よりも作るのが簡単で多くの人の舌を介しても不味いという評価にはなりにくい、ぶっちゃけると保身的な料理だ。
◎
「ハニーの家、久しぶりですね」
「確か精霊になった切っ掛けを聞く時以来だよね」
「はい」
美九は士織にべた惚れてしまってからというもの、特段ラタトスクに逆らうことなく精霊の力を手放したし、質問にも分かっている範囲で答えるなど、あの我儘暴君だった時は打って変わって協力的になった。
それで分かった事は精霊の力は人為的に増やす事が可能だという事だ。つまり自然災害ではなく人為的な災害、人災の可能性が浮上したのだ。
すっかり真っ暗になった道を歩くと家に灯りがともっている家が彼女を迎えてくれた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
二人が家の玄関をくぐると既に中には複数人の話し声が響いていた。
いつもであれば誰かいるとしたら琴里だけだが、今日は精霊皆で食事を食べることになっているため家が賑やかである事に驚きはない。
「おおシオリ帰ってきたか!その右手に持っているいい匂いのする包はなんだ?」
「ケーキ。食後に食べようかなって、皆の分もあるよ」
「あの滑らかな口当たりの菓子か!」
リビングのドアを開けて帰ってきた彼女を真っ先に迎え入れたのは十香だった。相手の持つおやつに嬉しそうな表情を作る。
それに続いて八舞姉妹に四糸乃もお帰りの挨拶をする。
「呵々、士織よ、早く我に贄を献上するのだ」
「釈明、耶倶矢はただただお腹が減っただけです。お腹ペコペコのぺこ耶倶矢です」
「何!?そのヘンなあだ名は!?」
「おかえりなさい…士織さん……」
『はあい、美九ちゃんと熱々だったかしらん?』
三者三様の内容だったが、共通項は士織を受け入れてくれているという事だ。出会ったばかりであったならまず考えられないほど打ち解けている。
一方で美九はその女体まみれの光景に「きゃー!」と興奮を抑えられない様子で、「うへぇ…」と精霊たちは少し引いていた。
そしてテレビ前のソファーでテレビを見ているようでありながらもチラチラと士織に向かって視線を送っている琴里がいた。
彼女の口元には大好きなチュッパチャプスが加えられており、またお決まりの髪型であるツインテールをかたどっているリボンは真っ黒なそれになっている。
「琴里ただいま」
「ええお帰りなさい。それで美九とイチャイチャ出来て楽しかったのかしらん?」
よしのんの真似をした相手のどこか棘のある言い方に士織は苦笑いをしてしまう。
ラタトクスの司令官なのに精霊と友誼を深める事に嫉妬を見せるのが可愛らしいといった感じだ。
琴里からすれば真剣な好意から嫉妬であるのだが、士織は真剣に気持ちを受け取っておらず、姉との時間を取られて不貞腐れるなんて可愛い妹じゃないとしか思っていないから報われない。
結局ストレートな好意を伝えないツンデレヒロインはこうなってしまう。
「そうだね…とーっても楽しかったなー」
「んな…!」
「あ、そうだ。すぐに食事だからもうチュッパチャプスは開封しちゃダメだからね?」
「ちょっ…ちょっと待ちなさい!楽しかったって何がよ!?」
士織の口元を手で隠してクスクスする意味ありげな笑みと共に伝えられた情報に、黒モードである事を忘れて食いついて行くが、相手はそれ以上は何も話さない。
本当の意味で琴里はどのような事態にも対応できるほど強くなったわけでは無く、強い言葉を使って強固で大人な自分を演出しているだけだ。
初めて妹のその豹変ぶりを見た時は驚いた共に、ここまでストレスと溜め込むまで気が付けなかったのかと愕然としたものだった。だが二重人格ではなく自己暗示である事に気が付いてからは普通に接する事が出来るようになった。
士織はキッチンに入ると鍋の準備に取り掛かる。と言っても既に具材の用意は終わっているためすぐに出来上がるが。
「なーべなーべなべなーべなべー」
「おお、なんだその魅力的な歌謡は」
その口ずさみに反応したのは食い意地を張っている十香だった。
キッチンとリビングを繋いでいるカウンター越しに十香は興味深そうに質問をする。
「鍋の歌」
「歌が美味しそうだ!」
「多分それは美味しそうな歌だ、だと思うよ」
「うむそうか!」
本当に肩ひじを張らずに済む気兼ねのない会話に士織は少しだけ一日の疲れが取れたようなそんな錯覚を感じる。
そんなこんなでお目当ての料理が出来上がる。それをテーブルの真ん中にドンと置く。
「出来ましたー」
『おおっ』
皆はその鍋を見て色めき立った声をあげる。
ただ良い匂いがするだけでなく、お肉がふんだんに使われた鍋全体が野菜って何?と主張しているのではと思ってしまうほどの豪華な一品だった。
「へぇ…ここまでお肉がふんだんに使われてるなんて一段と豪華じゃない…美九と良い事があったから機嫌がいいのかしら?」
「スーパーのお肉の消費期限がギリギリで、割引で安かったからたくさん買ったんだよ」
琴里の毒に対しても士織は別段動揺を見せることなく対応してしまう。相手は自分があまり真面目に相手されていないのではないのかと不満に思ってしまう。そして同時に気が付いたのは、目の前で使われているお肉たちが腐っているのではないのか疑惑だ。
「へ?じゃあこれ大丈夫なの…?」
「お肉は消費期限が近くても小分けして冷凍すれば腐るのが遅くなるから大丈夫、まぁ解凍に手間がかかるけど。琴里にもいつかは一人で自立できるように料理とそのコツとか教えるからね」
士織のその言葉に琴里は不満顔になってしまう。
「……いいもん…お姉ちゃんがいてくれれば食事困らないもん……」
黒リボンでありながら甘えたがりな側面が少しだが出てきてしまう。
「…………」
それを聞いて士織は少しだけ寂しそうな笑みを見せる。それは決して悲観的というわけでは無いのだが悲しさが含まれている。
これから先、精霊の抱える問題とは何かしらの最終地点には着くだろう、それにDEMとも勝つにしろ負けるにしろ何かしらの決着があるはずだ。
今は目の前の問題で精一杯だが、いつかはここにいるみんなが自分自身の問題をクリアして人らしい生活を獲得して羽ばたいていくはずだ。いつまでも未来永劫このメンバーでこのように一緒にご飯を食べるという現状維持は成立しない。
一緒に食卓を囲む機会はきっともう数えるほどしか残されていないかもしれない。
「士織ッ!お前は我ら八舞の共有財産なのだぞ!?そんな事が許されると思ったか!」
「同意、耶倶矢の言う通りいつまでも一緒です」
耶倶矢と夕弦は慌てて士織に対して声をかける。
それは心の中に生まれた不安を、強い言葉を使って無理矢理払拭しようとするかのようだ。
「そう…ですね…いつかは士織さんや……ラタトスクの…サポートが無くても、自分で歩けるように強くならないと……」
『おっ四糸乃も強くなったねぇ…出来るかなー?』
一方で四糸乃は覚悟と言えるほど強固なものではないのかもしれないが、ただ弱くてそれを認めるだけしかしない今の自分と決別しなければいけないと考えた。
「嫌ですー!ハニーと別れるなんていやっ!!」
美九は大声でそう言うと素早く士織の腕に組み付いて駄々をこね始める。
ここに来て士織は精霊たちの精神に余計な負荷をかけてしまった事に気が付いた。
「あーごめんそんなつもりは無かったんだよ…というか鍋が冷たくなるから早く食べようか」
士織がそう言うと先ほどショックから立ち直ったとまではいかないもののある程度は皆が気持ちを切り替えて鍋の中身をつつき始める。
先ほどまでの暗くなってしまった雰囲気は美味しい料理によってすっかりうやむやになった。
だが―
「…………」
十香だけは何か考え込んでいるように見えた。
その後、鍋を食べ終わった後はケーキを食してから夕食会はお開きとなった。
◎
「お姉ちゃんお風呂入ったから」
「うん分かったー」
鍋パーティーもお開きになって家には五河姉妹の二人になった。
士織が後片付けをしている間に琴里は風呂を先にいただいていた。そして空いたので姉に入っていいよと口頭で連絡を入れる。
「じゃあお楽しみにー」
「うん、うん?…お楽しみ…?」
聞き返そうとしたがその時には琴里はその場から立ち去って自分の部屋へと消えて行った。
「まさか変なトラップとか仕掛けてないよね……」
ちょいちょい女性を口説くスキルの向上ため、そして士織を百合っ子に洗脳するために突発的なイベントごとを仕掛けてくるのだが、ここまであからさまに予告してくるのは殆ど例がない。
これまでにないパターンだからこそ不安になってしまう。せめてお風呂の時間くらいはゆっくりとしたいものだった。
風呂に入らないわけにはいかないため脱衣所の扉を恐る恐る開けるのだが、そこには何も無いいつも通りの家の風景があった。
「……?…普通だ…」
士織はてっきりラタトスクの職員やその息がかかった人間が大量に待ち構えている展開を想定したのだが、ふたを開ければもぬけの空だった。
「ビクついてばかりいても仕方ないか……」
彼女は服を脱いで臆することなく風呂場へ突撃した。
予想した通りに琴里が風呂に入り終わった後なため床のタイルはまだまだ濡れている。
「…普通だ……」
彼女は何とも言えない肩透かしを食らってしまった。
何とも言えない気持ちの悪さを感じながらも体を清めに行く。
「っはー……」
肩まで湯船に浸かるとまるでくたびれた中年の様な唸り声を上げながら湯を堪能する。自分が思っていた以上に一日の疲れが溜まっている様だった。
「このまま何もありません様に」
あろうことかフラグを簡単に立ててしまう。そしてその期待通りの展開になってしまう。
ガチャリと脱水場の扉が開く音がする、どうやら誰かが入ってきたようだ。
「…………」
士織の苦々しい表情。
シュルシュルと衣ずれの音が彼女の耳に届く、どうやら服を脱いでいるようだ。
「…………」
頭を抱える士織。
どうやらラタトスクの刺客たちがやってきたようだ。流石に身体に傷をつけるようなことはしないと考えられるが毎回心への負担は多いのだ。
よく見ると風呂場の扉のすりガラス越しに見えるのは女性と分かる丸みを帯びたシルエットだった。
そして外から声がかけられる。
「シオリ…入っていいか?」
「へ…?十香…?」
扉を開けて現れたのは刺客ではなく夜刀神十香だった。