友達と話すと喧嘩になる競馬のススメ 作:soiso
車の中で長時間待機するというのは地獄だ。
パチンコに行ったまま子供さんを数時間放置するのは虐待なのに、競馬おじさんをいくら放ったらかしにしても、こう言われる。
「アイドリングは禁止です」
戦うべきだろうか?
勝てそうな気もする競馬おじさんだが、いまいち自分を信用しきれない。
スターターに手をかけたまま悩む競馬おじさんは、死の淵に瀕している。
ディープインパクトは凄い馬だ。そこに疑う余地はない。
無敗の三冠も、七冠の称号も、とても重い。
競馬おじさんがそれを素直に認められないのは、おじさんがツンデレだからではない。
むしろ、欲求に忠実で嘘がつけない競馬おじさんの属性は、宇崎ちゃんに近い。
残酷な現実である。
古今東西、最強の馬がいるとしたら、それは天馬か赤兎馬だ。文字通り空を飛ぶか、どこまでもずっと走り続ける能力。
つまり、逃げ馬。
競馬おじさんは絶対に信用しないが、理想と浪漫を求めてその動向から絶対に目を離さない。
スズカにまた会いたいから。
脚質というのは大きく分けて二つだと、競馬おじさんは考える。
スタートから一気に加速する馬と、そうでない馬だ。
この勢いがあると先行馬。遅いと差し馬になる。
サラブレッドは力のない馬なので、生物として実は逃げに向いていなかったりもする。*1
紛らわしいのは、ここに馬の性格も加味する必要があることだ。
頭がよくて騎手の指示を聞く馬なら、この脚質という考え方はあまり意味がない。
特に重賞レベルの馬はそもそもからして能力が高いので、自在というカテゴリすらある。
脚質とあるのでなんとなく性能の話だと勘違いするが、サラブレッドである以上、それは僅かな違いでしかない。
人間でも平均と世界記録で3秒。*2
競馬おじさんは3時間ここにいる。
群れで生きるからこそ、知らない馬に対しては敏感なところがある。
闘争心があるから、とにかく端を主張する。
馬群が嫌い。
勝負根性がない。
競馬がわからない。
逃げや追い込みというのは、脚質という名を借りた気質の話である。
突出した馬なら結果的に逃げという見かけ上の話になるが、追い込みは馬群の後ろから駆け上がるのだから、圧倒的不利を背負っている。
それでも選ぶのだからよほどのことだ。
それはディープインパクトが選んだ道ではない。
サンデー産駒というのは色々言われているが、とにかく頭がいいのが特徴だ。
気性の激しさや難しさなど、些細なことでしかない。
競走馬はそもそもそういうものだからだ。
その前提に立っても、ディープインパクトは気さくないい馬である。
珍しいぐらい素直な馬だった。
飛ぶように走るとは速いということではなく、乗り心地が最高という意味である。
まっすぐ走らないどころか隙きを見せれば振り落とす気まんまんの、レース中に他馬に襲いかかるサンデー産駒がである。
当然、身体能力は抜きん出ていたので、欠点といえばたった一つ。
ちょっとおバカさんなのだ。*3
いや、賢い。
騎手の指示を理解して実行出来るのだから。
でもなんだろう?
前に行きたがるのだから、闘争心はある。
しかし、それではダメだと追い込みになっているのは、メジロパーマー*4やダイタクヘリオス*5やツインターボ*6よりも加減が出来ないってことだ。
併せると気を抜くのは、勝負を理解していない。
これでヨレる癖があるとかなら、勝ったと思って走るのを止めたんだと理解出来るが、そうではないので多分、一緒に走りたいんだろう。
天才も流石に鞭を入れる場面である。*7
それ以上にマイネルレコルトに怒られていたが。
英雄。
近代競馬の結晶。
最も奇跡に近い馬。
一番後ろから大外を回って、直線で突き放す。
どう考えたってとんでもない馬なのは間違いない。
だがその実態は、天才の介護がなければ競馬の出来ない、ちょっと天然が入った馬だった。
なんとも過剰に持ち上げられる報道を見て、競馬おじさんは考える。
もっと騎手を褒めてやればいいのに。
吹き出し口に覆いかぶさりながら、終わりのない待機時間を競馬おじさんは無為に過ごした。