ドルヴァン&エルレリーフ魔道具工房   作:雪谷探花

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2.光食香木のランプシェード

「おめでとうロイエン。君が首席卒業者だ」

 

 秩序と強欲の竜の町にある初等学校の校長室で、ロイエンは学校長に告げられていた。

 和やかな雰囲気の中、ロイエンに拍手が送られる。

 ロイエンは感動と達成感から自然と笑顔が浮かび、目が潤んだ。

 

 校長室にはロイエン、学校長、学級担任の教員、そしてもう一人いる。

 

「彼はギルド職員のエヴァンズだ。君への恩賞の担当となる」

「エヴァンズだ。よろしく、ロイエン」

 

 握手を求められてロイエンが返す。

 

「ロイエンです。よろしくお願いします、エヴァンズさん」

 

 町ではギルドが運営する学校で教育が受けられる。

 初等教育が6年、中等教育が6年、高等教育は専攻によって2年か4年。全て無料だ。

 

 初等、中等では卒業時の成績最優秀者に恩賞として望みの魔道具と表彰盾が送られる。

 

「うん。僕の昔と比べて随分しっかりしてる。将来が楽しみだ」

 

 エヴァンズは冗談めかすと元の位置に戻った。

 

 後は担任からいくつかの連絡事項と、卒業式でのスピーチを考えておくよう告げられた。

 

「それじゃあお待ちかねの話をしよう」

 

 このために校長室での話は最低限になっている。

 エヴァンズはそんな事を雑談の中で教えながら、ロイエンを連れて個別面談室へ入った。

 

「魔道具について焦って決める必要はないよ。

 これまでの最長記録は1年だ、更新を目指してじっくり悩んでもいい」

 

 エヴァンズは随分気さくな人のようで、ロイエンの緊張もすっかり解きほぐされていた。

 

「いいえ。何が欲しいかはずっと前から決めていたんです」

 

 ロイエンから欲しいものと理由を聞かされたエヴァンズは、間違いなく最高の物を作ってもらうと胸を叩いた。

 

 

*

 

 

 ドルヴァンは光食香木(こうしょくこうぼく)をすり下ろしている。

 光食香木は光を当てるとその分の香りを発する木だ。

 そして光の強弱により透明度と香りが変わる。

 弱い光ならそれだけ木も透け、強くなるほど本来の木の姿を現す。

 香りに関しては主に光量と光の種類によって変わる事が判明している。

 

 すり下ろし終わったら水に入れる。

 柔らかくして揉みほぐし、より細かくしていく。

 目の細かい網の上に厚さが同じになるように広げたら、上下を押さえて水分を絞る。

 熱を加えて水気を飛ばせば、光食香木の紙が出来上がった。

 

 出来上がった紙から舟型多円錐を切り出し球体を作る。

 接合部はしっかりと接着し、継ぎ目はよく馴染ませて完全に消しておく。

 上下を同じ大きさで切り取る。

 下を平面で塞げば外見(そとみ)の下地が出来た。

 

 次はここから、厚薄(こうはく)の差でデザインを描く。

 光食香木は厚さの違いによって透明でいられる光の量が変わる。

 厚ければ厚いほど透明な状態が続く。

 

 デザインはエヴァンズがかき集めた資料を見ながら、エルレリーフのアドバイスのもと、ロイエンと何度も打ち合わせをして作り上げたものがすでにある。

 それに忠実に従い作っていく。

 

 余った紙を団子状にした後、粘土のように使い肉付けしていく。

 背景にあたる部分が最も厚くなるように、それ以外は遠近感を意識して。

 

 最後の微調整が済んだ元球体はでこぼこの状態だ。

 これを完全に透明な樹脂に漬け込み固める。

 気泡が残らないようにした後、球体に削り出す。

 

 下は平面に切り取った後少し掘り、削った部分より盛り上がらないように光食香木の粘土で塞ぐ。

 上は同様に平面に切り取った後、中に詰まっている樹脂を円柱状に掘る。

 半分を少し過ぎるあたりまで掘ったら、最後にフタになる部分を作る。

 

 光食香木のランプシェードが出来上がった

 

 

*

 

 

「なんって素晴らしいのかしら!」

 

 エルレリーフは目を輝かせて、ロイエンの肩を両手で掴んでいた。

 ロイエンは驚きと年上の女性から急接近された事で硬直している。

 

「エルレリーフ。気持ちはわかるが」

 

 ドルヴァンが諫める。

 

「あ! ごめんなさい急に!」

 

 エルレリーフははっとして、謝って手を離した。

 

「い、いえ。こちらこそ」

 

 ロイエンは何とか言葉を絞り出し、それから深呼吸した。

 いささか刺激が強すぎたらしい。頬が紅潮し、目も泳いでいる。

 

「エヴァンズ、続けてくれ」

 

 ドルヴァンが話を促すと、呆気にとられていたエヴァンズが気を取り直して話し出す。

 

「ああ。ええっと。依頼内容は部屋使いする体力回復効果のある魔道具って事になります。

 特に睡眠時。安眠できるようにしつつ体力回復効果が最大になる事を目指して貰います。

 使用素材は自由ですが、棚に置ける程度の大きさにしてください。

 それとこれは僕からの要望ですが、可能な限りデザインもこだわって欲しいです。協力は最大限しますんで。

 こんな所ですが、いかがでしょう」

 

「もちろんやるわ! いいわよね? ドルヴァン!」

「無論だ。ロイエンと言ったな」

 

 ドルヴァンは腕組みを解き、ロイエンをじっと見る。

 

「は、はい!」

「ワシは最善を尽くす。だがそれだけでは足らん部分もある。お主の力が必要になる。協力してくれるか」

 

 ロイエンはドルヴァンに見据えられ少し怯えた様子を見せたが、すぐに決意を滲ませた表情になった。

 

「もちろん! やります!」

「わかった。よろしく頼む」

 

 ドルヴァンが深く頭を下げる。

 

「こ、こちらこそ! よろしくお願いします」

 

 ロイエンも慌てて頭を下げた。

 

「話はまとまったわね! よーし! やるわよー!」

 

 エルレリーフが拳を突き上げると、エヴァンズはノリノリで続き、ロイエンはあたふたと頭を上げて倣い、ドルヴァンは深く頷いた。

 

 

*

 

 

 ロイエンは卒業後のしばしの休暇を家で母親と過ごしていた。

 母一人子一人で住んでいる家は、それなりの窮屈さはあるものの暮らしていくには十分だった。

 

 ロイエンの母リアナは治癒院で働く術師だ。

 魔道具での治癒やそれを用いない治療も行っている。

 

 ロイエンにとってリアナは優しく強い母親だ。

 いつも笑っていたし、たまの休みに一緒に出かけられれば、それはもう楽しそうだった。

 年頃の少年として子供扱いな現状に少しばかり抵抗はあるものの、母の事は大事に思っている。

 ロイエンはよく家事を手伝ったし、それで母の負担が減るなら面倒さよりも喜びが勝った。

 ただ、母が感謝しながらもどこか申し訳なさそうにするのは悲しかった。

 それに、明るさの陰で、疲れ続けているのだろうとも察していた。

 だから、魔道具が来る今日をずっと待ち望んでいた。

 

 リアナにとってロイエンは自慢の息子だ。

 優しく、賢いロイエンは、亡き夫と自分の良い所ばかり似てくれたと思っている。

 ただ、生活のためとはいえ、働き詰めでロイエンとの時間が取れず、家の多くを任せる形になっているのは心苦しく思っていた。

 ロイエンが初等学校を首席卒業したのをリアナは当然知っていたし、恩賞の魔道具の存在も知っていた。

 何を頼んだか聞いてみたが、ロイエンがそれとなくごまかしたので、無理に聞くことはせずにそのままにしていた。

 それでも今日のロイエンの様子がいつもと違い、そわそわとしていたので、今日何かあるんだろうと感付いていた。

 

 ドアをノックする音が聞こえる。次いでロイエンにとって覚えのある声が聞こえる。エヴァンズだ。

 来た。

 ロイエンは立ち上がり、ドアに駆け寄る。

 魔道具が出来上がったのは知っていた。

 エヴァンズに頼んで、リアナが休みの日に届けてもらえるよう頼んでいたのだ。

 

 エヴァンズは両手で大事そうに箱を持っていた。

 

 そして、挨拶をし、荷物を渡すと、ウインクして帰っていった。

 

「ロイエン?」

「魔道具が届いたんだよ」

 

 リアナの怪訝そうな声に答えると、ロイエンは荷物を中に持っていく。

 床に置いて早速開け、リアナに見せつける。

 

「まあ! とてもきれいね……」

 

 うっとりとするリアナが見たのは、蜜で作った細工を閉じ込めたような透き通った球体だった。

 色々な種類の花が咲き、その間を飛ぶ妖精は柔らかく微笑んでいる。

 

 花畑にはロイエンから聞いたリアナの好きな花が作りこまれている。

 

 ロイエンは一緒に梱包されていた石を取り出した。

 

「母さん、これに魔力を込めて欲しいんだ」

「え? ええ、いいけど……」

 

 リアナが促されるまま魔力を込めたのは感応光石(かんのうこうせき)と呼ばれるものだ。

 魔力を込めた人を記憶し、その人の存在を感知して光る。

 

 ロイエンはランプシェードのフタを開け魔力を込め終わった石を入れた。

 香りが生まれる。

 

「これは……。一つ星花(ひとつぼしはな)? 甘山吹(あまやまぶき)の香りもするわ」

 

 どちらもリアナが好きな花だった。

 花畑からは花々の香りが生まれるようになっている。

 

 リアナは目をつむり、香りに身をゆだねている。

 

「これはね、母さん。母さんにとって一番心地いい香りを出す魔道具なんだ。

 それにどうかな。疲れが取れた気はしない?」

 

 ロイエンが言った言葉に、リアナは目を見開いた。

 

「ロイエン……! それじゃああなたは」

「うん、俺が頼んだのは、母さんが健康で、元気でいられる魔道具なんだ」

 

 リアナは感極まって、ロイエンに抱き着く。

 

「か、母さん」

「ロイエン、ロイエン。ありがとう、ロイエン」

 

 泣きじゃくるリアナをしばらく宥めてから、ロイエンはリアナの寝室にランプシェードを置きに行った。

 

 

*

 

 

 今のエルレリーフは妖精だ。

 

 一面に広がる花畑では、花が思い思いに咲く。

 日に見守られながらエルレリーフは自由に蜜を吸う。

 

 大きな花は透き通ったさわやかな味。

 小さな花はとびっきりの甘い味。

 

 一つ一つ違う味を堪能し、花の香りを身にまとっていく。

 妖精の小さな羽ばたきが体に染み込む香りを空に広げていく。

 

 そうしながら妖精は、花びらを集めていく。

 たくさんのきれいな花びらで寝床を作る。

 

 妖精はそこで寝ると、日が妖精を守るように花畑を夜で閉ざす。

 妖精の体は花びらと蜜でできている。

 

 体はもっときれいな花びらと入れ替わり、美しく色合いを変えていく。

 蜜は血液となって、透き通るような体を流れていく。

 

 目覚めた時、妖精は昨日よりもっと美しくなり、もっと豊かな香りをまとって、もっと自由に舞う。

 花畑がある限り、妖精は輝いて生き続ける。

 

 日がそう望んだからこそ、妖精は健やかであり続ける。

 

 

*

 

 

 リアナは寝室で息子からの贈り物を眺めていた。

 不思議なもので、今は暖かな季節の花を集めた束のような香りがしている。

 

 心地よい香りが眠気を誘う。

 ロイエンが言うには、とても寝やすくなり、疲れもすっきり取れるようになるらしい。

 眠りに落ちると、光源は逆に光を増し、ランプシェードが光を遮り真っ暗になるそうだ。

 

 美しい細工を作った職人に感嘆していたリアナだったが、それを聞いて付与魔術師の腕の良さに敬意を抱いた。

 香りの変化は、光の強さを調整して実現しているらしい。

 感応光石に付与を施し、感情や状態に同調させているとも聞いた。

 だが、香りがはっきり変わった時でも、明るさの変化には気付けなかった。

 しかし眠ったとなれば一気に光を最大まで上げ、暗くする。

 高い調整力を持ち、確かな見極めができるという証だった。

 

 ロイエンはこの魔道具を作った工房の人達の手伝いをしたという。

 本人は話をしただけと言っていたが。

 それでもリアナは、息子が一流の仕事を間近で見る機会を得られた事に感謝していた。

 楽しそうに語る息子の姿から、間違いなく良い影響を受けているのは見て取れた。

 

 ランプシェードが急速に光を失っていくのを感じた。

 同時に心地よい眠気にのまれていく。

 

 眠りに落ちる間際、リアナは息子とのやり取りを思い浮かべていた。

 

「でもロイエン。あなたが頑張ったのだから、あなたが使うものを頼んでもよかったのよ?」

 

「いいんだ。俺はこれからも頑張って、母さんに楽をさせる。

 これは俺がそんな未来を手に入れるって約束の証なんだ。

 だから母さん、俺はちゃんと必要な物を手に入れたんだ」


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