第一話 ゲルドの用心棒
ゲルドの谷。
見渡す限りの断崖と、砂漠の限り。
この大地には植物や動物なんて僅かしか居らず。巷じゃ死の大地なんて呼ばれていたりもする。
そんな枯れ果てたこの土地には、ゲルド族という民族が住んでいる。
100年に一度しか男性が生まれないその一族は、その一人の男以外全員が女性である。
しかし女性とて、厳しい環境で生まれ育ったその民族たちは、総じて強く、気高く、そして時にはずる賢く。
皆がたくましく盗賊として育っていくのだ。
『ハイラル統一戦争』
「おい、ハイリア人。仕事だ」
ゲルドの砂漠に建つ石造りの砦、ゲルドの砦にて。
俺の元にゲルド族のローラが一つの仕事を持ってきた。
「ローラ、俺にはちゃんとギーヴという名があるんだ。恥ずかしがらずに呼んでくれてもいいんだよ?」
「世迷い言も大概にしろ。仕事をしないのであれば、ハイリア人を雇う理由などないのだぞ?」
「わかった、わかったよ。しかめっ面はやめてくれ。君の綺麗な顔にシワが残ったら困る」
「はぁ....。お前は相変わらずだな。さっさと行け。ガノンドロフ様がお待ちだ」
「ああ、帰ってきたら酌を頼むよ?」
「仕事ぶりによる」
「それは楽しみだ」
「人の話を聞いているのか?」
「もちろん。なにせ俺の仕事はいつだって完璧だからね」
「はぁ....。お前と話していると頭痛がしてくるよ」
「褒め言葉として受け取っておく」
俺の言葉を最後に、ローラはゲルドの砦の巡回に戻ってゆく。
俺も、ガノンドロフの様のところに行きますかね。
「...よっと」
手入れをしていた弓を置いて、ソファから立ち上がる。
ゲルド族。
ここの民族たちは皆美しいが、可愛くない。
恋愛や人情、美的感覚を全くと行っていいほど重要視せず、強さにのみ重きを置いている。
「(ま、こんな土地で育ってんだから、当然っちゃ当然か)」
見渡す限り生物の存在しない、乾ききった死の土地。
土地だけじゃなくて、そこに住まう民族までドライになってちゃ世話ないね。
「おい!ハイリア人!」
こういう子供には、もっと美的センスを大事にして育ってほしいものだ。
「はいはい、後で甘いものあげるから。いいこで待っててね」
「子供扱いするなあ!私はもう13歳だぞ!大人だ!」
「ナボール。お前まだ12歳だろう?」
この娘はナボール。ゲルド族の少女だ。
「明日誕生日なんだ!だからもう13歳。大人だろ!」
「てことは今はまだ12歳ってことか。子供じゃないか」
「うー....。いいの!ナボールは大人なの!」
「はいはい、大人な。俺これから仕事だから。要件は後でにしてくれ」
「むー...。お前のようなハイリア人がゲルドで仕事をしているのが気に食わんっ!」
「わかったわかった。そうですねー」
「話を聞けぇ!....あ、待て!まだ話は──
──バタンッ
まったく。子供の相手は専門外だ。仕事前に余計な体力を使ってしまった。
乾ききったゲルドの土地で、ああいった純粋な眼を持っているものは、ナボールのような争いを知らない子供くらいしかいない。
あの純粋無垢が汚される前に。戦争が終わってほしいものだ。
ハイラル統一戦争。
主にハイリア人とゾーラ族。ゴロン族とゲルド族間によって起こっている、ハイラル全土の統一を巡った戦争のことだ。
その戦火はハイラルの大地すべてを巻き込み、日に日に大きくなっている。
そして今、その4種族同士の火花が頂点にまで達しているのだ。
つまり今こそハイラル統一戦争の最盛期。
そんな中ハイリア人の俺、ギーヴは、ハイラル兵ではなくゲルド族の用心棒として働いている。
理由は単純明快。金だ。
数多くのエリートを囲うハイラル国の給料は、お世辞にも多くない。
しかしゲルド族はどうだろうか。
女性しか生まれない種族。必然的に兵力は落ちる。
俺のような人材は喉から手が出るほどほしいはずだ。
よってゲルドのほうが金払いがいい。だからこっちに付いた。理由なんてそれだけで事足りる。
それに.....
「(ここには美しいレディがたくさんいるからねぇ)」
褐色、高身長、そしてなによりそのスタイル。
毎日が眼福。男としてこれほど最高の職場はない。
「お呼びでしょうか、ガノンドロフ様」
「来たな、ギーヴ」
「仕事があると伺ったので」
「どうだ。ゲルドは慣れたか?」
「えぇまぁ。ホコリ臭い以外はすっかり」
「ガッハッハッ。言うなぁ小僧」
「お褒めいただいて光栄です。それで、仕事というのは?」
「なーに、お前にとっちゃ簡単なモンさ。ハイラル平原とゲルドの谷の丁度境、なにやらハイラル兵がうろついているらしくてな」
「そこの掃除を?」
「ああ。ただ、一人は生け捕りにしろ。それ以外は殺せ」
「生け捕り...?」
「試したい拷問器具があるんだ。お前も付き合うか?」
ニヤァっとガノンドロフは口角を上げる。
「陛下の悪趣味に、俺を巻き込まないでくださいよ。金が出るなら付き合いますが」
「ククッ、よい。金のみのしがらみは信用できる。今回の仕事も完璧にこなせば相応の金は出す」
「期待してますよ」
「それはこちらも同じだ」
俺はガノンドロフに背を向けて、部屋を出ていく。
ゲルドの谷の入口のハイラル兵掃除。そう難しい仕事じゃないだろ。
さっさといって、さっさと帰ってきてローラに酌をしてもらおう。
「(赤か白か...)」
どちらのワインにするか。
上質なチーズが入ったんだ。今から酔いが回るようだ。
自室からカトラスと盾。弓を持って外へ出る。
空を見ると、太陽は真上に昇っていた。
真っ白の砂の地面が光を照り返し、灼熱を作り出している。
「(雨でも振らないもんかね)」
適当なことを考えながら、馬宿にいる愛馬、『ポール』にまたがる。
腰にはカトラスと盾。背中には弓矢。水に携帯用食料。完璧。
「.....!」
ふと砦を見ると、砦の窓からナボールがぶすっとした表情で睨んでいるのが見えた。
お出迎えとは。嬉しいね。
「..........」
笑いかけてやると、すぐに顔をそらされてしまう。
子供ってやつはシャイだからな。
「行くぞ、ポール」
「ブルルッ」
──バシィッ
ムチを打つとポールは大きく棹立ちし、勢いよく走り出す。
ゲルドの灼熱の風が、俺の頬をかすめた。
〜〜〜
「(ひぃ、ふぅ、みぃ.....)」
崖の上から目視できる限りは五人。その内乗馬している兵士は二人。
どこかに潜伏している兵士がいてもおかしくない。
「(さて。どうするかな)」
馬が厄介だ。一人でも逃げられたらガノンドロフになんて言われるかもわからない。
潜伏兵がいたとして、そいつが馬を持っている可能性は低いだろう。
じゃあ先に狙うべきは....。
弓に矢を通し、構える。
照準の先は騎乗兵、”二人”。
一度に二本の矢を構え、ふたりとも同時に貫く。
頭は兜によって守られているから、狙うは首。一撃で仕留める。
「.......ふっ」
──バシュッ
「ブルルッ」
「ヒヒーンッ」
──ドサッ
「え?」
「は?」
「なにが....」
「(命中...)」
お見事。自分で自分を褒めてしまうぐらいに鮮やかだ。
さて、弓による攻撃はもう通用しない。
刺さっている場所ですでに居場所がバレた。
潜伏兵が来ないうちに、早めに詰めるか。
「敵襲!」
「今崖上に見えた!詰めてくるぞ!」
「一人、潜伏兵に連絡を──「遅いよ」.....は?」
──ザンッ
背後から回り、カトラスで首を流れるように斬る。
戦いは力や数よりも、手際とスピードだ。
敵が理解しきれていないうちに、確実に仕留める。
──ザクッ
ほら、もうあと一人。
「なっ....。お前、何者だ!」
「東洋の騎士でもないのに。戦いに名乗り出が必要かい?」
「お前...ハ、ハイリア人だろ!なんで俺たちを襲う!?」
「金と女のため」
「はぁ!?」
さて、どうしたもんかなぁ。
潜伏兵はいるらしいけど、姿見えないから見つけようがないし。
こいつ始末するのはいいけど、それで潜伏兵に逃げられたら生け捕りできないしな。
「(ま、こいつでいっか)」
こいつ縛って連れてけば──
──バシュッ
「......甘いね」
──タンッ
斜め後ろ、南南東方向の茂みからとんできた矢を、盾で確実に防ぐ。
「はぁぁ!!!.......あ?」
これでこいつを生け捕りする必要もなくなった。
──ザシュッ
わざわざ自分の位置知らせてくれて、ありがとう。
「ンー!ンー!」
「うるさいって。俺もお前みたいなむさ苦しい男、愛馬に乗せるような真似したくないんだよ?」
俺の後ろは綺麗なレディ専用なんだ。感謝してほしいぐらいだよ。
仕事ならしょうがないけど。
紐でぐるぐるに縛り、ついでに助け呼べないように猿ぐつわもはめた兵士を、雑にポールに縛り付ける。
ごめんなポール。ちょっと走りづらいと思うけど、我慢してくれ。
しっかし....
「(もう日が落ちる。間に合うかな)」
この潜伏兵捕まえるのに、ちょっと手こずっちゃったから時間がない。
こいつ無駄に足速いんだもん。仕事終わりに買い物しようと思ったのに。
「ポール、ダッシュできるか?」
「ブルルッ!」
「おーけー、頼もしいな相棒」
ま、ポールの足なら間に合うか。
──バシィッ
大きくムチを振るうと、ポールは勢いよく走り出す。
生け捕りの兵士を乗せたまま、ハイラル城下町まで、勢いよく走り出す。
〜〜〜
「取って来ましたよ、ガノンドロフ様」
ガノンドロフの自室に、生け捕りした潜伏兵を転がす。
もう抵抗する元気がないのか、縛られたまま小さくなっている。
「よくやった。一切の不備はない。完璧だ」
「どーも。それで、報酬は」
「相変わらずの守銭奴め。案ずるな、もう用意済みだ」
どんっとガノンドロフが出した壺の中には、大量のルピー。
ざっと確認したら500ルピーはくだらない。
「出費したばっかりなんでね。ありがたく頂戴しますよ」
「次も頼むぞ、”ゲルドの用心棒”」
「ええ。こちらこそ」
──バタンッ
「.........」
ゲルドの用心棒。
ゲルド族に戦力として雇われ続けて、俺に付いた異名がこれ。
その異名はゲルド族だけでなく、一部のハイリア人たちにも伝わっているらしい。
ゲルド族に付いた、裏切り者のハイリア人。
「(裏切ったもなにも、最初からどっちの味方でもないっつーの)」
しかし今は両種族が絶賛戦争中だ。そんな不名誉な異名つけられても文句は言えない。
戦争なんてくだらない遊戯、俺には興味ないけどね。
「ギーヴ」
「.....!ナボール、まだ寝てなかったのか」
「だから子供扱いするなと言っている!……その。あの……、仕事はどうだった?」
「仕事?俺を誰だと思ってるんだよ」
「......!」
「もちろん完璧にこなしたさ」
「そ、そうか!ならいい....」
「........心配してくれたのか?」
「そっ、そんな訳無いだろ!バカを言うな!」
「ふっふっふっ、ちんちくりんのナボールが俺を心配するなんて、百年はやいよ」
「なっ、なにをー!」
「ああ、あとこれ」
ポケットから小さな箱を取り出す。
「え....。これは?」
「はやめの誕生日プレゼントだ。仕事終わりに買ってきたんだよ」
閉店間際でまあぎりぎりだったし、拘束したハイラル兵を隠すのがまあ大変だったけど。
それでもなんとか買えた。
「あ、開けていい!?」
「ああ、もちろん」
「.......」
こうやってプレゼントを夢中になって開ける姿を見ると、ますます子供らしいな、ナボールは。
「わぁ.....!これ、ルビーのペンダント?」
「そう、よくわかったな」
「バカにしないでよね。つ、つけていい!?」
「むしろつけてくれよ」
「う、うん!.......ど、どう?似合ってる?大人っぽい?」
「.........」
「.........」
「.........」
「.....ね、ねえ。どうなの?」
「……うん。俺の見立て通りだな。さすが俺、でかした俺」
「なにそれ!私のこと褒めてよ!」
「冗談冗談。似合ってるよ。大人っぽいかは置いといてな」
「むーっ!バカっ!」
ぽかっと、一発こづかれ、ナボールは小走りで廊下を駆けていく。
「なくすなよー」
「………うん。ありがと」
「どういたしまして」
そのままナボールは顔を見せずに部屋に入っていった。
なくすなよ。その純粋無垢な感性と一緒に。
俺が唾つけときゃよかったって思うくらいイイ女になって、そのまま幸せに過ごしてくれ。