「うぉぉおおおおおお!!!」
ハイラルの夜空に、酒場の男たちの歓声が木霊する。
岩のように頑丈で屈強な体を持つゴロン族。
そのゴロン族に、ハイリア人の女性であるアッシュが、腕相撲で勝って見せたのだ。
なんの小細工も出来ない腕相撲という、シンプルな力比べ。
それを彼女は涼しげな顔で、いとも簡単といった様子で勝って見せた。
「すげえな姉ちゃん!」
「どんな力してんだ!?」
「テルマさん、この姉ちゃんに酒注いでやって!俺の奢りだ!」
これには他の酒場の客たちも大盛り上がりで、てんやわんやとアッシュを讃えている。
ただ、カウンターに座るある一人の男を除いて。
「ちょっといいかな?可憐な淑女」
宮廷詩人、ギーヴ。
この男のみは、ほかの男と違い、軽薄な笑みを浮かべながらアッシュに近づいた。
その表情の奥には、悪だくみの文字が浮かび上がっている。
「なんだ?」
「俺も一つ、勝負を挑んでもいいかい?」
「........」
軽薄な、胡散臭い笑み。
この時アッシュは、この男は恐らく何かしらの小細工にて自分を打ち負かすつもりだろうと推測していた。
「......いいだろう」
アッシュはその小細工のすべてを暴き、叩きのめすつもりで勝負を受けた。
しかし彼女には、一つの誤算があった。
「よし来た。勝負は腕相撲。そこに一つルールを追加したい」
「ルール?」
この男の悪だくみ。それは.....
「賭けをしよう。君が勝つか、俺が勝つか。この酒場にいる人間で」
金策の悪だくみであり、勝負での悪だくみではない。
ギーヴにはもう、腕相撲での勝敗はわかりきっている。小細工をする以前に、自分の勝利を確信しているのだ。
「賭けに勝った人間は、この賭けに賭けられた金額を勝った人間内で山分けする。それがルールだ」
シンプルで、簡単な賭け事。
しかし次にギーヴが放った言葉により、酒場はざわめきに溢れた。
「俺は自分が勝つに300ルピーだ」
酒場中がどよめく。
アッシュも呆気にとられたようにギーヴを眺めている。
「さあさあ!参加する奴はいるかい?」
ギーヴが辺りに問う。
普通ならばギーヴがどれほどの力を持っているのかわからない状況。賭けに乗ってくる人間はいない。
しかしギーヴ自身が300ルピーという大金をかけ、自ずと金額を引き上げたことにより、酒場の男たちの目の前に大金の誘惑が躍り出てきた。
「じゃ、じゃあ俺、10ルピー。姉ちゃんに」
最初は子供のお小遣いのようなものだった。
しかし.....
「じゃあ俺は50ルピーだ!兄ちゃんに賭けるぜ!」
「俺は100ルピー!姉ちゃんにだ!」
「......150ルピー。頼むぜ兄ちゃん」
段々とその勝負は白熱してきた。
そしてその勝負に更に火を灯したのは
「あたしはアッシュに300ルピーだ」
この酒場の店主。テルマだった。
「言うねぇテルマさん。後で泣きを見ても慰めないよ?生憎、おばさんを相手取るほど落ちぶれちゃいないんでね」
「あんたこそ。あんまりアッシュを舐めない方がいいよ?」
テルマは挑発するようにギーヴを見やる。
もちろん、ギーヴはアッシュの実力を十分に買っている。決して舐めているわけではない。それでもなお確信できる己の実力。彼女より強いという根拠のない自信。
「もちろん。でも俺の方がもっと強い」
この男は、それほどまでにナルシストなのだ。
「さあ、一通り出揃ったかな?」
男たちの賭け声はすっかりと止み、一通り役者が揃ったところで、ギーヴが賭け金を集めたツボの中を覗き込む。
ざっと数えて2000ルピーはくだらない。
ギーヴの口角は我慢ならぬといった様子で吊り上がる。
「あとは、君の賭け金だけだよ。可憐なレディ」
別に俺に入れてくれてもいいんだよ?
と、ギーヴは煽るようにアッシュを見る。
「........私に500ルピーだ」
どっと、歓声が沸いた。
ギーヴとテルマが賭けた300ルピーより、遥かに多い金額。これにはさすがのギーヴも面を食らったような表情をしている。
「........いいね。強気の女の子は好きだ」
「私はお前のような男は嫌いだ」
「手厳しいねぇ」
それでもなお崩さぬ不敵な笑み。
金額が吊り上がっても変わらぬ、絶対的な自分の腕への自信。
ギーヴは机に肘をつき、そのキザな笑みを浮かべたままアッシュを見上げる。
アッシュも軽くギーヴを睨みつつ、机に肘をつき、ギーヴの手を握った。
「照れるなよ」
「御託はいい。さっさと始めてくれ」
「それは審判に言ってくれ」
「........あっ!じゃ、じゃあ行くぞ?」
呆気に取られていたハイラル兵が二人の手を握り、合図の準備をする。
「レディー.....」
二人の拳に、ぐっと力が籠る。
さっきのゴロンとアッシュの勝負の時と、比べ物にならない緊張感。
ここにいる全員の酒を飲む手が止まり、その勝負の行く末を見守っていた。
さっきアッシュに負けたゴロン族も、ハイラルの兵も、旅人も、いつも悪態をついているヤブ医者も、テルマの飼い猫のルイーズも。
全員がその二人を見守っていた。強い願いと共に。
「やっちまえ兄ちゃん!」
「頑張れ姉ちゃん!」
「ゴーッ!!!」
しかしその勝負の行く末は、呆気なく終わることとなった。
「.......ふっ!........!?」
──バタンッ
「........え?」
酒場中がどよめく。
「......に、兄ちゃんの.....勝ち?」
皆が驚きの表情をしている中、ただ一人だけ、軽薄な笑みを浮かべた男が、申し訳なさそうに言った。
「ごめんねー、エンターテイメント精神がなくて」
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それぞれが驚き、それぞれが賞賛し、それぞれが喜び、それぞれが喘ぎ泣き。
それぞれがそれぞれの反応を示した後、ギーヴとアッシュは二人肩を並べて酒を酌み交わしていた。
「乾杯」
「乾杯」
ギーヴはワインを、アッシュは蒸留酒を。
二人して度数強めの酒をぐいっと飲みこむ。
勝負の際は睨み合っていた二人であるが、勝負が終われば関係ない。昨日の敵は今日の友。それがハイラルの流儀である。
「強い男は、嫌いじゃない」
「それはどーも。光栄だね」
ギーヴは酔いが回っているのか、にこにこと嬉しそうにアッシュに酒を注ぐ。
ギーヴは本来酒豪であるはずだが、久々の美しい女性との酌み交わしに、悪酔いが如くテンションが上がっているのだ。
「にしても本当にアッシュに勝つとはねぇ」
カウンターに立つテルマは、肩を落としながら酒を作る。
「だから言ったろ?俺に賭けとけって」
「そんなことは言ってなかったよ」
「そうだっけ?」
適当なことを言いながら、ギーヴはグラスにワインを注いでは飲み干す。
既にボトル二本を空にしており、さすがは酒豪といったところか。もしかしたら普段から自分に酔っているから、これ以上酒で酔うことはないのかもしれない。
「それにしても、本当に強いんだな」
心なしか落ち込んだように、アッシュはポツリと呟やいた。
「........別に、俺に負けたからって気にすることないよ。俺はそこらの有象無象とは違うからね。ノーカンってやつだ」
俺は特別だからね。
と、慰めのつもりか、訳の分からない供述を続けるギーヴに、アッシュはつい笑ってしまう。
「ギーヴの言う通りだよ。こんな奴に負けてくよくよしててもしょうがない。相手にしないのが一番さ」
「おいおばさん。賛同するのか貶すのかどっちかにしてくれ」
「誰がおばさんだ。賭け分の300ルピー、返してもらうよ!」
勘弁してくれよ、とギーヴは酒を煽る。
やんややんやと言い合いながら、空になったアッシュのグラスに、テルマがチェイサーを注ぎながら、ふと一つの疑問を投げ掛ける。
「そういえばシャッドとラフレルはどうしたんだい?」
シャッドとラフレル。
それはアッシュと同じくして、テルマと共に志を共にした、云わば信念を共にした仲間のようなもので、普段はレジスタンスとしてアッシュ、シャッド、ラフレルの三人で行動していることが多い。
特にこの酒場に訪れる時なんかは常に三人一緒にいるものだが、今日は二人の影が見えない。
「今日は二人して調査に言ったよ。ここ最近は物騒だからな」
「確かにねぇ。森の方でも、妙に魔物が暴れだしてるらしいよ」
ここ数週間絶えないブッソウなウワサ。
全体的に魔物や動物などの、所謂下等生物と呼ばれる分類の動物たちの凶暴化。そんな兆候をアッシュらレジスタンスは、なにかしら悪い出来事の前触れと推測していた。
「シャッド.....ラフレル....」
酔っ払いのうわごとのように、ギーヴがオウム返しする。
「ああ、ギーヴは知らなかったね。この居酒屋の常連客だよ。アッシュ含めてハイラルレジスタンスさ」
「レジスタンスねぇ。こんなにも平和ボケしたハイラルに不満があるのかい?」
「だからだよ。もしハイラルに危機が訪れた時、今のままじゃきっとすぐに崩壊する」
「それは確かだ」
ハイラルの危機。それはギーヴにも心当たりがあった。
ゼルダ姫の言っていた、ハイラルに迫る影。黒き力。
「ギーヴのような強い人間には、是非ともレジスタンスに入ってほしいものだが。どうだ?」
「レジスタンスって....。俺王国正式の宮廷詩人だよ?君たちに革命起こされる側なんだけどね」
「別にレジスタンスとはいえ、王国と敵対するつもりはない。ハイラルを危機から救いたいだけだ」
「.....ま、可憐なレディの頼みなら協力は惜しまないよ」
「それは助かる」
アッシュはにこやかにほほ笑む。
彼女の鋭い目つきも、こうして笑うと年相応の女性という風貌が良く出ている。
その柔らかなほほ笑みを見て、ギーヴは満足したとでも言うように立ち上がった。
「珍しいねぇ。もう帰るのかい?」
「今日は朝から仕事だったからね。眠くて仕方ないんだ」
本来ならばもっとアッシュと酒を酌み交わしておきたいところだが、朝早くからゼルダに演奏をしていたことから来る疲れのせいで、ギーヴは激しい眠気に襲われていた。
「会計、ここに置いておくよ」
ギーヴは乱雑に、カウンターのテーブルにルピーを放って、扉へと向かう。
「じゃあね、美しいレディ」
その会計の中には、アッシュが頼んだ酒の分まで含まれていた。
この男、どこまでもキザ野郎である。
酒場の扉を開き、ドアを開けると、夜の冷たい風がギーヴの頬を撫でる。
軽く身震いしながら、ギーヴは持ってきていたマフラーを首に巻く。
「(今日は冷えるな....)」
地域によって大きく気候が変わるハイラルであるが、王国周辺は、寒すぎず暑すぎず。ちょうどいい気温であるはずだ。しかしここ数日はどうも冷える。
ギーヴを容赦なく叩きつけるこの冷たい風は、恐らく北のスノーピークから流れてきているもの。ここ最近のハイラルは、どうもヘンだから、スノーピークの方でも異変が起こっていてもおかしくはない。
空を見上げると、そこには昔となんら変わらない、綺麗な星空が広がっている。
「(なにも、起こらないといいけどね)」
ギーヴはそっと、首のエメラルドのネックレスを撫でた。
まるで黄昏時のような焦燥感。違和感。
表しようのない胸のざわつきが、ハイラルの人々を襲っていた。
そのざわつきは、アッシュにシャッド、ラフレルといったレジスタンスまで作り上げてしまうほどで。
近いうちにハイラルに生と死を分かつ危機が訪れるのを、予兆していた。
そしてそれは、今日から約一週間後に起こった。
ギーヴがハイラル王国を訪れて約一月。宮廷詩人に就任して二週間が経ったころ。
ハイラルを、一つの影が襲った。
「選ぶがよい。降伏か、死か。ハイラル全土の生か!死かを!」
ブレワイの小説も投稿していますので、ぜひぜひ。