『女神の眷属よ。あなたの旅路に、女神ハイリアの加護があらんことを』
そう言い残して消え去った大妖精様に疑問を抱きつつも、大妖精の泉から立ち去って数分。
あの言葉の真意は、いくら考えてもわからなかった。
タルミナではハイリア人の事を女神の眷属と呼んだりするのだろうか。
少なくともハイラルではそんな呼ばれ方はしない。
「(......ま、考えても仕方あるまい)」
いくら考えても金が生まれるわけではない。
今は、ロックビルの封印の扉とやらを探すほかないか。
ロックビルの神殿はもう目前。
恐らくこの道を道なりにいけば着くだろう。
が、しかしその前に.....
「出てこいよ。殺気、漏れてるよ?」
さっきから着いてきている誰かさんの相手をしてやらないとね。
「貴様、何奴?」
「それはこっちのセリフでしょ....」
尾行されてたの俺なんだけど。
やっと姿を現したストーカーくんは、黒いローブを羽織った不気味な風貌をした人物だった。
それが魔物なのか人間なのかはわからない。
ただこれだけはわかる。
こいつもイカーナに彷徨う魂の一人。肉体なき亡者だ。
「君、何者?なんでストーカーしてくるわけ?俺のファンか何かかい?」
「私はガロ。イカーナの忍だ」
イカーナの忍者.......。
ああ、この風貌、どこかで見たことあると思ったら、あの双子からもらった忍者のお面と同じ格好しているのか。
「なるほどね。君が俺を追ってきたのも、このお面が原因かな?」
「そうだ。貴様、どこでそれを手に入れた?」
「どこでって.....。普通にそのへんの人にもらっただけだよ?」
危ないから刃物向けるなって。
なんてことのない、嫌がらせをしてきた双子にもらっただけだ。
しかももらったのは一つだけど、あの双子、二人分のお面持ってたしね。
「そんな訳無いだろう!それは我らガロの民しか羽織ることの許されない物」
「........」
「力ずくでも、真実を話してもらうぞ」
両手から剣を取り出し、臨戦態勢に入る忍くん。
いつの間にかなかなか面倒なことになっているが、だいたい理解した。
多分彼らガロは、自分たちが死んだことに気づかず、死してなお隠密活動を続けている。
それ故の「彷徨える魂」。
仲間の証であるこのお面を、部外者である俺が持ち歩いているとなれば、彼ら忍者にとっては大事か。
本当はもうとっくに死んでるんだけどね。
「いいよ。やりあおうってのなら全力で答えるさ」
「早めに吐いておいたほうが楽だぞ?」
「おいおいおい、困ったな。俺はもとより真実しか言ってないよ?なにせ、嘘は嫌いなもんでね」
「世迷い言を.....!」
ガロは一気に距離を詰めてくる。
動きに無駄がない。さすが忍びの者と言ったところか。
──キィンッッ
素早く腰からカトラスを抜き、相手の斬撃を防ぐ。
「今のを防ぐか....。貴様、相当の手練だな」
「無駄口叩いてる場合かな?」
すかさずカトラスを相手に叩き込む。
「........!」
──ブンッッ
躱されたか。すばしっこいな。
正面から剣をうけるというより、躱して隙を狙うタイプってとこかな?
厄介だ。実に厄介だ。
やはり元生者というだけあって、他の魔物のようにはいかない。
しっかり知能があって、緻密な戦略の元、俺の命を狙ってくる。
「(これはなかなか....)」
やりがいがありそうだ.....!
「はぁ......っ!」
真っ直ぐな突進。
ただそれだけじゃない。不規則なジャンプを織り交ぜて、攻撃のタイミングを不確定にしているのか。
なかなか独特な戦闘スタイルだね。でも....
「言ったろ?殺気が漏れてるって」
──ガキィンッッ
ガロの斬撃のタイミングに合わせて、完璧に防いで見せる。
こういった亡霊の類は、気配を感じられないからなかなかに厄介。
しかし所謂魂だけの存在だから、殺気などの感情の振れ幅はそのまま放出されている。
故に攻撃のタイミングはわかりやすい。
生前はしっかり殺気も隠せていたんだろうが、今はしっかり漏れ出ている。
目の前の人間を殺そうという、その気配が。
「ふっ........!」
──ザシュッッ
「.......!?」
まず一発。
しかし残念。急所は外しちゃった。
亡霊に急所があるのかはしらないけど。
「.......やるな」
「どーも」
.......ダメージが通っているように思えない。
いや、確実に俺のカトラスは通った。
斬った感触もあった。
亡霊だから痛みを感じてないってところか。
「次は、そうはいかない」
本当に、厄介だね.....。
痛みを伴わない亡霊の体、攻撃に適応できる頭脳。
生身の人間よりも厄介だ。
──バッ
ガロは大きく飛び跳ね、距離を取る。
さあどう来るかな?
瞬発力、威力共に俺のほうが上。忍者ご自慢のスピードも俺のほうが格上だとわかったはずだ。
基礎能力でゴリ押しするのは不可能。
「はぁ.....っ!」
ジャンプを織り交ぜた突進。さっきの攻撃と同じ。
........いや、そんなはずはない。
──ガキィンッッ
突進の攻撃をカトラスによって防ぎ、後ろからの攻撃を盾で防ぐ。
もうひとり潜伏していたか。忍者らしい手だね。
「コレも防ぐか....!」
「化け物め!」
なんだか好き勝手言われてるけども。
化け物はどっちかって言うと君たちの方なんだけどね。
しかし化け物故に、亡霊の体では殺気を隠すことは不可能と見える。
もとより魂なんて言う感情むき出しの存在だ。殺気丸出しなのは無理もない。
おかげで、もう一人に気づくことが出来た。
「感謝するよっ.....!」
「.....っ!」
「ぐぁっ....!」
回転斬り。防御を捨てた捨て身の大技。
範囲と威力は絶大だろ?
──ザンッッ
一人は始末した。
「後は君だけだ」
「くそっ...!」
生前の意識か、忍者の習性か、はたまたまだ何か勝算があるのか。
一人の死を前にしても、未だに逃げようとせず、剣を握り立ち向かおうとしてくる。
ジャンプを織り交ぜた不思議な動きによる翻弄に、双剣による素早い攻撃。
なかなかおもしろい戦い方だった。
.......が、ここまでだ。
「はぁっ!」
大きくカトラスを振り下ろす。
──キィンッ
剣による防御。想定の範囲内。
「(無駄だ)」
もう一度───
───待て。
もう片方の剣はどうした?
ガロは双剣使いだ。しかし今俺のカトラスを防いでいる剣は、一本しか無い。
もう一方は.......
──バキィッッ
頭の上から、何かが割れたような音が聞こえてくる。
あれは.......枯れ木?
もう一本の剣を枯れ木に投げつけ、枝を割ったのか...!
「(くそっ、気を逸らされた!)」
ガロは........
........いない?
「(いや、そんなはずはない)」
どこかに隠れているはずだ。
なんたって彼は忍だ。隠れることに関してはエキスパート。
しかしどうやったって、攻撃の時に殺気は漏れる。
居場所は、すぐに分かる。
「(来い....!)」
イカーナの大地に、乾いた風が流れる。
いつ、動く?
どこから来る?
すべての感覚を研ぎ澄ませる。
少しの殺気も逃さないよう、全方向に意識を集中する。
風の音。
葉が地面を擦る音。
彷徨える魂たちの乾いた怨念の声。
すべて聞こえる。全て感じる。
「(さあ.....。さあ......!)」
どこから────
───刹那
一筋の殺気。
「(来た....!)」
方角は南西。右斜め後ろ。
間違いなくガロの殺気.....!
「全て感じ.....る......?」
.........いない?
またしても、姿は見えない。
「(いや、明らかに殺気はこちらに向かってきている)」
それなのに、姿は見えない。
「(こいつまさか.....!)」
──ザシュゥッッ
「くはっ.....!」
なにも見えない。なにもいない。
そのはずなのに、俺の腹は剣で斬られたかの如く切り裂かれる。
いや、実際に剣で引き裂かれたのだ。
鮮血が吹き出し、地面へと流れ落ちる。
視界が揺れる。痛い。ぶっ倒れそうだ。
統一戦争以来の、痛み、衝撃、死の間際。
冷静を保てぬ痛みのはずなのに、なぜか俺の思考は鮮明だった。
「(今、俺の腹が切り裂かれたってことは....)」
そこにいるってことだよな?
倒れそうな脚を踏ん張って、カトラスを持ち上げる。
「(当たってくれ)」
暗くなっていく思考を前に、俺は、自らの目の前の虚空へと、刃を振り下ろした。
──ザンッッッッ!!!!
「かはっ......!」
空気を吐き出す音。
それが俺のものなのか、はたまた相手のものなのか。
それすら判断ができなかった。
しかし......
──ドサッ
「.....ははっ」
俺が立っていて、忍くんが倒れているのは、しっかりと理解できた。
「俺のカトラスの味はどうだい?忍くん」
〜〜〜
「.......無念なり」
「それは俺の勝ちってことでいいのかい?それともまだやる?」
「もう、私の体は動きそうにない」
「見たらわかるよ」
忍くんは、地面にひれ伏し、苦しそうに咳き込む。
にしても.....
「やられたね」
「それは、こちらのセリフだろう」
もちろん、勝ったのは俺だ。
しかしかくいう俺も大きな負傷を負っている。
その原因の一端は、一瞬でも、忍くんが俺を上回ったからだ。
気配を消し、姿を消し。俺の隙を狙い身を隠されたところまではよかった。
それは俺も読めていた。
しかし......
「私は、とっくの昔に死んでいたのだな......」
忍くんが、ガロが、既に死していて、亡者としてこの世を彷徨っていたのを理解したのだ。
それ故に、姿が見えなかった。
自分が死んでいるのを理解し、利用し、姿なきまま攻撃をしてきた。
殺意は隠せずとも、己が姿を隠して、忍んで攻撃してきたということだ。
「一本取られたよ」
「急所は取れなかったがな」
「俺があえて外したからね」
「........!」
あのまま切り裂かれていれば、そのまま心臓に当たって死んでいた。
だから咄嗟にずらしたんだ。刃の先を腹へと。
まあ、頭で考えてやったわけじゃない。
自然と体が動いたことで熟せた、一種の生存本能みたいなものだ。
「化け物め.....」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ガロは、遠くはイカーナの空を見つめ、ため息を吐く。
「貴様、なぜイカーナに?」
「なに、ただの墓荒らしさ。金目の物をあさりに来ただけだよ」
「.......そうか。荒れ地になってもなお、この地には価値のあるものが残っているのか?」
「さあね。それはこれからだよ。ロックビルの神殿を漁りに行くんだ」
「ロックビル......。そうか、ロックビルか.....」
「なんか知ってたりする?」
「あそこは......元々我々ガロの住処」
ほう.....。
「めぼしいものは?」
「当時のまま残っているのであれば、多少はな」
「それは良いことを聞いた」
カトラスを鞘に収め、盾を腰へと戻す。
空を見るとまだ太陽は真上に昇っていて、日没まで時間がある。ロックビルの神殿を漁る時間は十分にありそうだ。
腹の怪我は包帯でも巻いておけばいいだろう。
「青年よ」
「ギーヴだ」
「ギーヴよ」
「なんだい?」
ガロは地面に座り込んだまま、こちらに向き直る。
ローブによって表情は見えないが、その奥にある眼差しは、いかにもイカーナの忍者として相応しい目つきをしているのがわかる。
「ロックビルの封印の扉。あの封印を解いたのは我々ガロの者だ」
「封印の扉....。それって──
振り返ると、忍くんは自分の剣を自らの腹へと突き立てていた。
「おい、お前なにやって.....「信じる信じないはお前しだい」
「死してシカバネ残すまじ。それが我らガロたちのおきて」
ガロの周りを、緑色の炎が包む。
その炎はどんどんと大きくなり、やがてガロの体すべてを包み込み、イカーナの風に流され、消えていった。
「..........」
死してシカバネ残すまじ。
ガロが跡形もなく消えていった地面を見つめる俺の背後に、確実にロックビルの影が迫ってきていた。