あの娘が生まれた日、私達夫婦にとっての最良の日は間違いなくあの日でした。私の可愛い娘。この子には幸せになって欲しい。だからこそ、あの娘にしてしまった事は母として失格でした。
私は余りにも娘を見ていなかったのです。だからあの娘が苦しんでいた事に気が付いてあげられなかった。思えば、家族として過ごした記憶が余りにも無さすぎました。
クリスマスも誕生日も、授業参観も何もかも仕事を理由に蔑ろにしていました。それなのにあの娘には私の理想を押し付けて、話をしようともしなかったのです。あの娘から何かを求められた事は一度も無かった。それを素直に育ってくれていると、勘違いした。あの娘はもう私に何かを求める事を諦めていただけだったのに。
僕は親として失格だった。あの娘が生まれた時、家族を護っていこうと誓ったのに。
父親として、僕は仕事に打ち込んだ。それが家族の為だと信じて。しかし、それは家族を顧みない事とイコールでは無い事を理解していなかった。間近で反面教師となる両親を見てきていた筈なのにだ。それでも僕なりに、タイタンに出来る事があるとクリスマスや誕生日にはプレゼントを用意したし、やりたい事があるならやってみなさいと声を掛け続けた。時々、何かを求める様な目をしている事には気付いていたんだ。しかし、娘とのコミュニケーションを取る機会が少なかった僕は気付かない振りをして、逃げてしまったんだ。きっと、タイタンは僕達を許してはくれないだろうね。
私にとってのお姉さまは完璧なウマ娘でした。何でも知っていたし、脚も速かった。私の知らない世界を教えてくれて、私をウマ娘として一段先へ連れて行ってくれる。そんなお姉さまの様に誰かを導く様なウマ娘になりたかったのです。だからお姉さまが何かに悩んでいる事なんか夢にも思いませんでした。
だから、私達は願ってしまったのです。同じ学舎で学び、そして同じレースで競い合う事を。
私の贖罪はレースで勝つこと。お姉さまに幻想を見てしまった私は先へ進む事を、勝ち続ける事しか許されなくなってしまったのです。それがメジロの刺客として天皇賞連覇の悲願を背負って立つ私の呪い。お姉さまの全てを否定して見せる事が私の唯一の贖罪の方法なのです。
タイタンお姉さまは私の知らない世界を教えてくれた。私のトリプルティアラの夢を笑わなかった。メジロ家の三世代の天皇賞連覇の悲願に縛られる必要はないと言ってくれた。メジロ家の者としては失格だったのだろう。けれどそう言ってくれる人が、ウマ娘が一人でも居てくれた事で私は救われたんだ。でもタイタンお姉さまにはそんな人が一人でも居たのだろうか。
結局、私達はタイタンお姉さまに背負わせてしまった。無責任な希望を。私はどうやってタイタンお姉さまに謝れば良いのだろう。
たった一人で立ち続けたお姉さまの強さを知ったのは皮肉にも、トリプルティアラの懸かったターフの上だった。
タイタン姉様はいつだって全力だった。勉強も教練も、遊びも。タイタン姉様と競う事はアタシの楽しみだった。だから、余りにも姉様の事が理解出来ていなかった。アタシはきっと姉様と並び立てるウマ娘になりたかったんだ。
周りからはスポーツ少女だとか、麗しき実力者なんて呼ばれるけれど、タイタン姉様はもっと先を行く。追い付き追い越せ。マックイーンとドーベルと共に姉様を追い詰め過ぎてしまった私達に出来る事はこれ位。
姉様を支えられる存在。きっとそれにはアタシ達はなれない。メジロである者とメジロに仕える者では視座が違う、立場が違う。それに気付けたのはメジロタイタンが私達に仕えてきてくれたからだ。もっと早く出会えていれば、違う形で出会えていれば。
メジロ家のウマ娘だからこそ出会いがあったのだという事実は皮肉な話だと思う。
『中央トレセン学園へ入学せよ』
メジロ家の総裁からそんな命令が言い渡されたのは、年の暮れ。受験を控えた学生達は最後の追い込みをかけている時期。タイタンは普通の中学校への進学を考えていた為、受験勉強などしていない。正に青天の霹靂である。
あの日から、タイタンは何も変わっていなかった。正確には諦めてしまった。先へと進む気持ちが萎えてしまったのだ。だからタイタンはあの日以降、足踏みを続けていた。
この命令を持って来たのは両親であった。母は難しい顔をしていた。父は誇らしい様な、申し訳なさそうな色々な感情が入り交じった顔をしていた。
母は事あるごとに、レースになど出るなと言っていた。元競争バとして、中央を走っていた母はメイクデビューこそ果たす事が出来たが、その後が勝てなかった。結局OP戦、PreOP戦で少し白星を上げられただけにとどまった。
だからそんな事を言い続けてきたのだろう。"夢"など見るなと。私は母には何も言えなかった。負けを知っているから、勝てなかったから諦めてしまった姿に嫌悪を覚えたから。
父は敷かれたレールの上を歩く人生を強いられ続けてきたらしい。だから私には好きに生きろと、自由に生きて良いのだと言い続けてきたのだろう。その様に言う割には私がメジロ家に仕える事になった時、何も言わなかった。きっと父はそれ以外の生き方を知らないのだろう。
そんな父でも母だけは自分で選んだのだと言っていた。どうせなら、その選択を、選ぶ勇気をもっと出して欲しかった。そんな父が情けなく見えてしまったのは、きっと私には何も無い弱い存在だからなのか。
…腹がたった。私から何もかも奪い、お前には何も無いのだと言われた。こんな身勝手な連中に私は生かされているのか。胸に灯った怒りの炎は、心の炉にくべられた何もかもを焼いて大きく爆ぜた。
良いだろう。私には何も無い。それで良い。それが良い。私の周りを取り巻く全てを見返してやる。その為に進学しよう。そこで私の全てを賭けて走ろう。そして思い知らせてやる。お前達の足元に居る者達はお前達に安寧をもたらす者ではないのだと。
その日、メジロタイタンの時間が再び動き出した。
タイタンちゃんは孤独なボッチです。
友達100人出来ませんでした!
残念でしたぁ!(人間の屑)
周りに人は居たんですけどねぇ。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。
不思議ですねぇ~。(他人事)
次話からは新章に移ります。
覚悟完了のタイタンちゃんが自らも、周囲も曇らせてくれるのをご期待下さい!