無痛症は緋色の夢を見るか   作:税込118円

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籠から出さないようにしましょう

あかしけ、やなげ、緋色の鳥よ。

くさはみ、ねはみ、けをのばせ。

 

その言葉は獲物を捕らえるための罠であり、魂を乗せる食器である。

誰が魂は何人にも侵されぬ神聖な領域であるとしたのか。何をもって己の背後に己を見つめる存在がいないと信じることができるのか。

 

それに見つかってしまえば、逃れる術はない。

 

今こそ来たらん我が脳漿の民へ。

今こそ来たらん我が世の常闇へ。

今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ。

 

緋色の鳥よ、未だ発たぬ。

 

 

 

 

 

 

先天性無痛無汗症。それが私の病気。

 

痛みは本来生き物が自分の身を守るために備わっているもの。痛覚がないということは命に関わる怪我をしても自力で気がつくことができず、人より死のリスクがとても高い。

だから、ずっと怪我を避けて生きてきた。

むやみに走らない、高いところには登らない、外出時は大人と離れてはいけない。友達と普通に遊ぶことも難しくて、孤独感は募っていった。

 

転機は研究者であった父親が亡くなったときだった。ろくに家に帰っても来ない人の死は現実味がなかった。何かの実験の事故に巻き込まれたらしく遺体は戻って来ず、遺品のみが墓前に供えられた。

父の研究員証に小さな紙片が挟まっているのに気が付いたのは偶然だった。千切られたルーズリーフには酷く乱れた字と血痕が付いていた。

 

『あかしけ やなげ ひいろのとりよ くさはみ ねはみ けをのばせ』

 

その文字列を読んだ瞬間、私は夕焼けよりも赤い野原にいた。大地を踏みしめる感覚も、頬を撫でていく風も、夢とは思えないほどにリアルだったけれど、鳥のように空を飛べたのでやっぱり夢なのだろうと思った。

のんびり赤い空を飛んでいると目の前から大きな赤い鳥がやってきた。あっという間に近づいてきた鳥は私の胴体に噛みついた。みちみちと音を立てて肉が食いちぎられていった。私は自分の体が啄まれていくのをぼんやり眺めていた。

 

なんだ、夢でも痛くないのか。

 

それが感想だった。

私は自分が痛みを得られない代わりに、メディア媒体でその欠落を補っていた。例えば、映画、ドラマ、小説。

R-15+どころかR-18指定のかかるZ級作品もしょっちゅう観ていたせいで全然怖くもない。しいて言うなら低予算映画のグロ描写はやっぱりリアルさに欠けるんだな、ということが身をもって分かったくらいだ。

残らず食べられた後、また野原の真ん中に立っていた。この夢はループしているのだとそこで気が付いた。

もしかしたら、そのうち痛みが感じられるかもしれない。そう思ってループに付き合ってみたけれど、20周目あたりで飽きてしまった。

夢ですら痛みを得られないなら、ここにいる時間がもったいない。

 

「見た目派手なのに意外と大したことないね」

 

血よりも赤い空を駆ける鳥に吐き捨てて、私は夢から覚めた。

 

 

 

 

 

 

「出ない」

「また便秘?」

「違う!ネームのネタが出なーい!」

 

目の前に座る友達は叫びながらテーブルに突っ伏した。ファミレスで大きな声を出すのはダメだと思う。そんなことを今目の前で悶えている友達に言っても無駄だろうけど。

こんなやりとりはもう何回もやってる。この後きっと「私の本なんてどこに需要があるんだろう」と答えの出ない自問自答を始めるに決まってる。

 

「これ描いても需要あるか…?」

 

ほら来た。

 

「大丈夫、大丈夫。あるって。で、今回の本誰が受け?で攻め?守り?なんだっけ」

「受け攻めの概念はまた別の機会に叩き込み直すとして、アニメ見てって前言ったじゃん」

「新作のサメ映画観てたわ」

「このクソ映画愛好家め。ホントはハピエンで出すつもりだったんだけど、推しが原作でご臨終しちゃったからどうしたらいいか分かんない…。うっ、カイきゅんなんで死んじゃったの…」

「ご愁傷様です」

 

空になったグラスをスプーンで軽く叩いて合掌したら頭を丸めたノートでポコンと叩かれた。暴力、よくない。別に痛くはないけど。友達も私の体質のことは知っているから強く叩くなんてことは絶対しない。

 

「はあー、どっかにいいネタ落ちてないかな」

「そうだねぇ」

 

適当に相槌を打ちつつ彼女の背後を見る。さっきよりも近付いてきてるな。

壁に張り付くようにしていたトカゲに似た一つ目オバケは視線を外すたびにじりじりと距離を詰めてきている。

()()は視線に敏感だ。じっと見てれば前に座る友達ではなくこっちに来てくれるだろう。視線を外さないようにしつつ席を立つ。

 

「ちょっとトイレ。ついでにネタが落ちてないか見てくるよ」

「頼んだー…」

 

まっさらなままノートに額をつけて唸っている友達を置いて、こっそりファミレスを出た。

トカゲのオバケはこっちについて来てくれている。人通りの少ない路地に入った。

 

友達はなんでか知らないけど、ああいうのを寄せやすい体質らしい。本人には全く見えないのだからたちが悪いと思う。だから寄ってきたら知られないようにこうして誘き出すことにしてる。私もあんなキモいのは好きじゃないけど、あんなのが憑いてしまったら原稿どころの騒ぎじゃなくなってしまう。

 

足を止めて振り返る。トカゲはもうすぐそこまで近付いてきていた。だるまさんが転んだかよ。

 

「あの子の邪魔しないであげてよ。ただでさえ煮詰まっちゃってるんだから」

 

履いているローファーから小さな紙切れを取り出す。それをトカゲの目の前に広げた。

トカゲの動きが完全に止まる。視線を外しても動く気配はない。相変わらずよく効く。

 

紙に書かれているのはたった一文。

『あかしけ やなげ ひいろのとりよ』。

 

この言葉があの夢につながるトリガーになると知ったのはけっこう前だ。

私はあの夢で何も感じないけど、普通の人が見たら間違いなく発狂ものだろう。だから、その辺にいたキモいオバケで試してみた。離れたところで観察したところ、数分間は目を開けたまま気絶したような状態だったが、突然暴れ始めて周りにいた他のオバケを攻撃し始めた。よく分からない叫び声を上げながら他のオバケを踏み潰し、食いちぎり、最終的には自分の頭を地面に打ち付けて力尽きた。スプラッター映画も真っ青の惨事だったけどオバケは死ぬと消えてしまうようだ。キモい死体が残らないことにほっとした。

 

それからはお守り代わりとしてこの一文を書いた紙を持ち歩いている。うっかり落としたらまずいので靴の中に入れている。友達といると必ずオバケが寄ってくるから必需品になりつつある。

暴れ出す前にさっさとファミレスに戻ろう。あ、ネタ見つけてない。

 

 

 

 

 

 

結局ネタは思い浮かばず、半べその友達を連れてファミレスを出た。あのままだとあそこで夜を明かすとか言い出しかねない。まだ中学生なんだからダメに決まってる。それに夜にはオバケが出やすい。夕方までに帰ったほうが安全だ。

急に友達が立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

視線を追いかけると目立つ二人組のお兄さんがいた。一人は黒い丸いサングラスに白髪。もう一人は黒い髪をお団子にしてデカいピアスをしている。恰好的に高校生くらいだろうか。見た目はヤバいチンピラという感じだ。

二人は何か話してから拳をぶつけて路地に入っていった。あそこさっきトカゲがいたところだけど大丈夫だろうか。巻き込まれるのは嫌だから首を突っ込むつもりはないけど。

じっと二人組を見送った友達がぼそりと呟いた。

 

「天啓…」

「なに?」

「天啓を受けたわ今。あのね、カイきゅんにはユリウスっていう親友がいて、前線に向かう時は必ず『信じてるぜ、相棒』って言って拳をぶつけるの。丁度あんな風に。分かる?いま私たちはリアルにカイユリな展開を見てしまったの。これはもう本にしろって同人の神がおっしゃってるの。ああもう早く原稿しなきゃこの情熱が冷める前に!」

「あ、うん。分かんないけど良かったね」

 

早口すぎて半分も理解できなかった。まあ悩みは解決したみたいだし良しとしよう。

どうせ数週間後には「原稿が終わらない」と泣きつかれるだろうし、今くらいのテンションでいてもらわないと困る。ずっとへこみっぱなしだと慰めるのが大変だ。

恐らくネタにされるだろうお兄さんたちに心の中だけで手を合わせて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

五条と夏油は状況を理解できないでいた。

一級相当とされる呪霊の巣があると窓から通報があり、来たはいいものの肝心の呪霊が一匹も見当たらない。

残穢は残っている。明らかに争った形跡もあるのに呪霊の姿は影も形もない。まるで自分たちが来る前に仲間割れでもして全滅してしまったかのようだ。

 

「んだよこれ。窓の情報が間違ってんのか?」

「いや、警戒は解かないほうがいい。より上級の呪霊の仕業という可能性もある」

「つっても、なんもいねぇじゃん」

 

周囲を捜索すると一匹だけ辛うじて生きている呪霊がいた。頭だけになったトカゲに似たそれは眼球が痙攣したかのように上下左右に動き続けている。「ヒ…ヒ…」とうわ言を繰り返している。

 

「悟、これ」

「あ?死にぞこないかよ」

「違くて。通報にあったのコイツだろう」

 

話していると突如トカゲの眼球の痙攣が止まる。空洞のような瞳孔が二人をじっと見つめる。

 

緋色の鳥よ、未だ発たぬ

 

呪霊とは思えないハッキリとした言葉を最後にトカゲの頭は崩れて消えた。

五条と夏油は顔を見合わせる。何が何やら分からない。

ただ、背後から何かに見られているような不気味な居心地の悪さに背筋を震わせた。

 

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