無痛症は緋色の夢を見るか   作:税込118円

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感想、評価などありがとうございました。思ったより読んでもらえてうれしいです。
一発ネタの二発目です。


エサをやりすぎないようにしましょう

失敗した。

サイト‐8141は崩壊した。誰も彼もが正気を失い、悪夢と苦痛から逃れるために隣人を殺した。自分もそうだ。血でべっとりと濡れた拳の向こうに元の顔が思い出せないほどに崩れた■■■博士とエージェント■■の姿があった。

 

我々は失敗した。気がついた時にはどうしようもないほど手遅れだった。

頭に記憶処理をぶち込んでギリギリ理性を保っている。それもいつまた決壊するか分からない。報告書に付着した血液を見ないように視線を必死に固定する。見れば終わる。見ればまたあの悪夢が始まる。その前に記録しなければならない。警告を残さなければ。

 

えさをやるな 知るな 閉じこめろ

 

最後の力を振り絞って書き残してから、銃口を咥えた。これが二度と鳥籠から出ないことを切に願う。

脳内を侵す赤色を振り払い、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

またこの夢か。

血よりも赤い空、地面。その二つ以外は何もない野原をなんとなく歩いてみる。前は飛びたくなったのに、最初に食べられたとき以来夢に入っても飛べると思わなくなった。

それでも時々こうやって夢に呼ばれるのはなんでなのか。

 

足元に何かが落ちている。

周りが赤一色で気が付かなかったけど、地面を埋め尽くすほどの死骸が転がっていた。よく見かけるオバケだけじゃない。遠くには人間のものらしき頭やら腕やらの食べこぼしが地平線まで続いている。ちょっと前にファミレスにいたトカゲっぽいのの頭も落ちていた。私の時は割ときれいに食べられた記憶だったけど、繰り返し食べるうちにこぼしてるんだろうか。

夢だからといってちょっと脚色が過ぎる気がする。前に読んだコズミックなホラー小説の影響かもしれない。

 

「食べすぎじゃない?」

 

つい思ったことを口に出した。それに抗議するように叫び声のような鳴き声が頭の上から聞こえてくる。

鳥は相変わらず大きな翼を広げて空を駆けている。

 

 

 

 

 

 

目が覚めたのと同時に授業終了のチャイムが鳴った。

夢から覚めるには一つ条件がある。

その条件は夢のループを繰り返しているとなんとなく直感的にわかるようになる。

手元のノート端にあるミミズが這ったような崩れた一文を見下ろす。

 

『赤時化 夜薙げ 緋色の鳥よ

草食み 根食み 気を伸ばせ』

 

夢から覚めるにはこの文章を何かしらに書く必要がある。平仮名でも漢字でもオッケーらしい。何となく当て字で書いたりもしているけど、とにかく『元の文と同じ音を持つ文』なら大丈夫っぽい。わりと緩めな判定だ。

夢を見ながらでもこの文を書く時だけ現実でも体を動かせる。

 

ふと気がつく。

私は授業中に夢に引き込まれた。ノートに取っていた数学の式は途中で途切れている。

慌てて黒板に目を戻したけど遅かった。数学の先生によって無情にも解説式は黒板消しで跡形もなく消された。

嘘やん。ここ次の小テストで出るって言われてたのに。友達に聞こうにもクラスが違うので受け持ちの先生も違う。クラスには聞ける人がいない。詰んだなこれ。

もともと指先ほどしかなかったやる気が一気にゼロになる。八つ当たりを込めてノート端を千切り取って雑に上履きの中に突っ込んでおいた。

今度変な時間に夢に引っ張り込んできたらフライドチキンにしてやるからな。

 

 

 

 

 

 

「鳥って太るのかな……」

「あんた鳥なんて飼ってたっけ?」

 

休み時間、昼食をさっさと終えて図書室で原稿作業にいそしむ友達の隣で海外の児童文庫を読みながら訊いてみた。うちの学校は運動部の方が盛んで、いわゆる陰の者(出不精)が少数派だ。いつも図書室が閑散としてるおかげでちょっとくらいなら話してても怒られない。友達は原稿が捗るからと気に入っている。

本がいっぱいで誘惑が多いと思うのだけど、活字だけの本は彼女にとってあんまり魅力ではないらしい。面白いのに。

 

「まあ、鳥というか鳥っぽいというか」

「犬猫にエサやりすぎてメタボになるってのはよく聞くけど、鳥はそんなこと無いんじゃない?身体が重くなりすぎたら飛べないでしょ」

「確かに」

「でも食事管理は気をつけなよ。ちゃんと躾ないで太らせるのも動物虐待だから」

「ぎゃく……」

 

ショックだった。

イマジナリーフレンドならぬイマジナリーバードを無意識的に虐待しているとか心を病んでるじゃないか。過剰なグロ描写の夢といいストレスが溜まっているんだろうか。最近体重を気にして映画中のポテチを我慢していたけど解禁した方がいいのか。

 

「うーん、上手く描けない」

「見して」

「ここ。もっとこう、さりげなくそれでいて愛し合ってるのが伝わる感じがほしいの。このリビドーを伝えたい」

「私が描くより五億倍くらい上手いから大丈夫だって」

「……原稿中泊まり込みで応援とかしてくれない?」

「隣でミミズ人間観ていいなら」

「私がジャンプスケアとグロ駄目なの知ってるだろ!」

「一応ここ図書室だよ、しー」

 

人差し指をたてると友達は口を両手で塞ぎながらこっちを睨んでいる。私何も悪くないのに。

下らない話をしていたら授業開始の五分前を告げるチャイムが鳴った。

 

「戻るよー」

「あー待ってまだこのコマに納得がいってない」

「ダメー、時間切れー」

 

広げられていたB5の原稿用紙をまとめてクリアファイルに入れる。

原稿用紙を片手にごねている友達の袖を引っ張っていると、扉のすりガラス越しに何かが見えた。

大きな影が扉に張り付いて頭をガラスに押し付けている。これじゃあ前側の扉からは出られない。

油断するとすぐこれだよ。学校は本当に()()確率が高い。

 

「次国語だから先に行ってて良い?」

「あいよー。山本先生は遅刻うるさいもんね。私はこれ終わらせたら戻るわ」

「粘るのもほどほどにね」

 

本を持って後ろの扉から出ると案の定キモいのが前扉に引っ付いていた。なんだあれ、カエルとミミズを足して二で割らずに嫌なところだけくっつけた見た目だ。

眼球の無い頭がこっちを向いた。しまった、目がない相手にはどうすれば良いんだ。と思ったらパカッと目が開いた。頭ではなく腹に。

 

「うわっ」

 

思わず声を上げるとオバケは嬉しそうにこっちに向かってきた。ヤバいこいつ足が早い。

図書室は一階だ。ここからクラスに戻るには階段を上がらないといけない。

問題なのは私が超がつく運動音痴ということだ。ちんたら階段なんて上ってたら余裕で追いつかれてしまう。頼みの綱のメモは上履きの中で土踏まずあたりにある。すぐに取り出せない。とにかく距離を取らないと。

廊下を全力疾走していたら躓いた。何にって自分の足に。端から見たらだいぶ滑稽な転びかただと思う。跳ね上がった足から上履きがすっぽ抜けた。

 

「おぶっ」

 

勢いよくリノリウムの床にダイブした。衝撃で一瞬目が回る。やってくるだろうオバケに身構えたけどいつまで経っても何も起こらない。そっと起き上がるとオバケは床を見つめたまま固まっていた。腹にある大きな目玉は床に落ちた上履きとメモを見つめている。すっぽ抜けたのがうまいこと目の前に落ちたみたいだ。

 

「助かった…」

 

立ち上がろうとしたら足に力が入らなかった。先ほど床に打ちつけた膝が動かない。

しかたなくハイハイで上履きとメモを回収した。

 

 

 

 

 

 

放課後に保健室へやって来た友達は私の青紫に変色した膝を見て眉を吊り上げた。怖い。

 

「前に言った『おはし』覚えてる?」

()マエを()さない()なせない?」

()マエは()るなだよ!ただでさえケガしても自分で分からないのに、運動音痴なんだからよけいに危ないって言ったやろ!」

「いうて大丈夫だって。アザだけ」

「そう言って後で病院行ったら骨にヒビ入ってたことあるーって言ってたのはどこのだーれだ?」

「はーい」

 

素直に上げた手をはたき落とされた。ひどい。

友達に肩を貸してもらい足を引きずって下駄箱に向かう。途中で黒スーツの男の人と巫女服の女の人とすれ違った。つい友達と一緒になって目で追ってしまう。

 

「なにあれ」

「そういえば今日は清掃業者が入るから部活なしで帰れってHR(ホームルーム)で言われた気がする」

「言われたっけ?覚えてないんだけど」

「さては原稿やってたな」

「大正解」

「最近の業者さんて巫女服が制服なのかな」

「さすがに無いでしょ。学校に撮影許可取りに来たレイヤーさんとかじゃない。ちょっと霊夢っぽいし」

「誰それ」

「後で教える」

 

ひそひそ話していると女の人と目が合う。とりあえず会釈だけしておいた。微笑みと会釈を返される。笑った顔が可愛い。もしかしてこれが「萌え」というやつだろうか。

ぼんやり巫女さんの後ろ姿を見送ってから昇降口に歩き出した。

 

翌日、病院で腫れあがった膝をレントゲンで撮ったところ膝の皿が見事に割れていた。

 

 

 

 

 

 

歌姫は疲れていた。通報があった学校に行ったはいいものの、呪霊の姿が見当たらなかった。残穢と暴れた形跡はあったが本体はどこを探しても見当たらない。学校中捜索してまわって無駄に疲れただけだった。

 

高専に戻ると五条と夏油の姿があった。つい顔を歪める。

ただでさえ疲れてるのに、任務失敗で戻ってきたと知られて絡まれたら面倒だ。そっと遠回りしようとしたとき、二人の様子がいつもと違うことに気が付いた。

なんというか、疲れた中年サラリーマンみたいな表情をしている。夏油はともかく五条があんな人間味あふれる顔をしているのはあまりにもレアだ。普段のクソ生意気な態度が鳴りを潜めているだけで歌姫の疲れは少しだけマシになった。

 

先ほどよりも足取り軽く、歌姫は報告に向かった。

 

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