Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第9楽章 現時協力者

 

 メタルフロートへ向かう船内。

 

 人間もAIも、もう誰一人言葉を発さなかった。

 

 ルミナとマツモトは、じっと睨み合っている。まぁ、にらめっこと言うにはキューブ状のボディを持ったマツモトは表情が殆ど分からないが。

 

 そんな状態のまま5分あまりが過ぎて……先に降参したのはマツモトの方だった。人間で言えば「オー、ノー」と肩を竦めて両手を広げるような心境だろうか。

 

「ふう……まさか何の予備知識も無い所からここまで推理してくるとは」

 

 未来AIの言葉には感嘆の響きがあった。

 

 マツモトは滅びの未来を変えるシンギュラリティ計画の遂行という重大な使命を帯びている。ディーヴァというパートナーも居るとは言え実質的に人類の未来を背負っていると言っても過言ではなく、責任ある立場である。

 

 しかしこの時だけは、そうした使命や責任よりも驚愕や感心といった感情が強く出ていた。

 

 それほどに、ルミナの推理は見事なものだったからだ。

 

 流石に事実と照らし合わせて細部は異なっているが、それは推理しようが無い部分であり、逆に言えば推理出来る部分はほぼ百点満点と言って良い。

 

「……それで署長さん。仮にその推理が全て正しかったとして、あなたはどうしたいんですか?」

 

「力になる。世界が終わるのが分かってるのに何もしない程、俺は無責任でもクズでもない」

 

 ルミナは即答した。

 

「それが起こる時代には、間違いなくあなたは生きていないとしても、ですか?」

 

「今を生きている人間には責任がある。それは自分達の子供に、孫に、どんな未来を遺せるかという事だ。だから、それがたとえ百年先でも無関心でいる訳には行かないさ」

 

「……マツモト、この人は信頼出来ると思う」

 

 ヴィヴィのその言葉も、マツモトにはどこか遠く聞こえていた。それほどに、彼はCPUをフル回転させてあらゆるシミュレーションをもう幾万回も行なっていた。メリットとデメリット、リスクとリターンを様々な角度から天秤に掛けて、検証を行ない……そして、出た結論は。

 

「良いでしょう。署長さん、ボブさん。あなた方二名を現地、ならぬ現時スタッフとして承認し、計画遂行の協力をお願いします」

 

 AIであるヴィヴィは当たり前の事ながら呼吸などしてはいないが、この時ばかりは彼女が息を呑んだ音が聞こえたようだった。

 

 ボブは普段通りの彫像の如き、鉄のような顔を崩さない。

 

 ルミナは、まだ無表情を保っていた。マツモトの言葉にはまだ先がある筈だ。ヤツがどう出るかで、次にどう反応するかを考えているように思える。

 

「ただし」

 

 やはり、マツモトの言葉には続きがあった。

 

「条件があります。二つ」

 

「聞かせてくれ」

 

「まず計画を実行する時、接触するのは必ず僕の方から。連絡先も教えません。つまりあなた方が普通に生活している時に、いきなり僕が協力をお願いしにやって来る事になります。最悪、あなたが生きている間に会う事はもう無いかも知れない。今回のミッションを成功させて別れたのが、今生の別れになるかも。それでも構いませんか?」

 

「当然だな。実際に未来からやって来て全ての情報を持っているのがお前さんだから、そのお前さんが主導する立場になるのは自然な流れだ。俺達はあくまで兵隊、手足だ。それに連絡先とか、余計な情報は無い方が良い」

 

「結構。もう一つは僕があなた方に提供する情報は最終的に未来がどうなるのかと、協力をお願いするその都度の歴史の転換点……僕はシンギュラリティポイントと呼称していますが、それに関する情報のみ。計画の全容をお教えする事は出来ないという点です」

 

「……マツモト、それは」

 

 仮にも協力者という立場なのに、その時々に必要な分しか情報を与えないというのは流石に勝手なのではないかと、ヴィヴィが僅かながら怒りや反発心に似た反応を見せたが、ルミナが制した。

 

「ああ、それで良い。さっきも言ったがセキュリティの最高は、漏れるその情報をそもそも知らない事だ。寧ろ、俺達に軽々しく全ての情報を提供するようだったらどうしようかと思っていたよ」

 

「僕も、署長さん、あなたが弁えてくださっていて嬉しく思いますよ。どうやらあなたには、未来を背負うというのがどういう事か、その重要さを説明する必要は無さそうですね」

 

 立方体の一面が開いて、多関節のアームがニョキニョキと伸びてきた。

 

 そしてマニピュレータの部分が、ずいっとルミナへ差し出される。

 

「……?」

 

 あまりにも人間同士のそれと絵的に違っているのでルミナはマツモトの意図を把握するのに少しの時間を必要とした。数秒を置いて「あぁ」と頷くと、そっと手を差し出す。

 

 生身の手と、「手」と言うよりもアームという表現が適切だろう機械肢が、握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 ボートのデッキでは、スーツ姿のヴィヴィが海風に当たりつつ、近付くにつれ徐々にその大きさを実感させてくるメタルフロートの威容を眺めていた。

 

 キャリアウーマンを思わせるその服装は、変装である。今回のメタルフロートへの訪問は、AI研究者による視察という形でマツモトが記録を偽造している。よってヴィヴィにも相応しい格好を、という事だった。

 

「!」

 

 動態センサーが後方から接近する機体を察知して、ヴィヴィの視界に情報を表示する。

 

 振り返ると、のっしのしと、ヴィヴィよりも軽く2倍以上もある体重を感じさせるような足取りで、ボブがやって来ていた。

 

「ディーヴァ……いや、今はヴィヴィと呼ぶべきかな?」

 

「どちらでも……」

 

 と、言い掛けたヴィヴィだったがしかし今はシンギュラリティ計画の遂行中だ。現在の任務の遂行、及び今後の事を考えると、正体が露見するような可能性は極力削っておくべきだ。

 

 ……そう、マツモトなら口うるさく言うだろう。

 

「ヴィヴィで、お願いするわ」

 

「分かった。ヴィヴィ」

 

 守護者型AIは、首肯した。そして、

 

「これからは同じ計画に従事する仲間になる。どうぞよろしくな」

 

 ボブの口角が思い切り吊り上がって、笑顔になった。

 

「……!!」

 

 陽電子脳の思考を司る部分に、ノイズにも似た居心地の良くない違和感が走ったような気がして、思わずヴィヴィは何歩か後退った。

 

 笑うというのは元来攻撃的な動作で、肉食動物が牙を剥く動作がその由来であると聞いた事があるが……ヴィヴィは成る程なと思った。ボブが浮かべた笑みは何と言うか……壮絶で、迫力とスゴ味を兼ね備えたものだったからである。

 

 自分の笑顔が相手にどういう印象を与えるのか、ボブは正しく理解しているようだった。すぐに真顔に戻ると、懐から手鏡を取り出して、鏡の中の自分に向けてまたしても笑いかける。やはり、威嚇していると言い掛かりを付けられても文句を言えないような笑い方であった。

 

「十年前の落陽事件でボスに言われてから、欠かさず練習はしているが……笑顔は、難しいな」

 

「……ボブ、聞いていいかしら?」

 

 圧倒された感のあるヴィヴィだったが、ボブはどうやら見た目程に厳つくはなく、むしろ生真面目な性格のAIだと分かったので少しだけ警戒を緩めたようだった。

 

「質問にもよるが」

 

 どうぞ、とボブは軽く手を振った。

 

「あなたにとって心を込めるって、どういう事?」

 

「とても抽象的な質問だな」

 

 実に的確な分析を返されて、思わずヴィヴィは苦笑いした。

 

「俺達は機械だ。その行動を見て人間が心があるという印象を受けたとしても、それは与えられたプログラムと、それまでに学習した経験やメモリーから、その都度適切だと思われる情報を読み出しているだけだ」

 

「……そう、そうよね」

 

 AIとしては、ボブの答えは実に模範的なものだった。

 

 ……とは言え、この回答はヴィヴィには満足行くものではないらしい事は、彼女の反応から無骨な守護者AIにも読み取る事は出来た。だから、答えにはならないかも知れないが補足の言葉を告げようとプロセッサを作動させる。

 

「……ヴィヴィ……いや、この場合は敢えてディーヴァと呼ぶ事にするが。君には保険が掛けられているのは知っているか?」

 

「え? ええ……」

 

 いきなり見当外れな質問を返されてヴィヴィは戸惑ったようだったが、すぐに肯定の返事を返した。彼女は、いや彼女に限らず全てのAIは所属する組織や団体の備品、もしくは購入した個人の所有物である。だから役割や商品価値の高さによっては保険の対象に成り得る。

 

 特に世界初の自律人型AIという一種のプレミア、それに連日ニーアランドのメインステージを満席にしているディーヴァは彼女一機で数億か数十億かという金を毎日動かしていて、その商品価値は計り知れない。故にニーアランドは彼女に多額の保険を掛けている。

 

「だが、俺達のようなレスキューAIには保険は掛けられていない。それは何故だと思う?」

 

「……」

 

 率直に伝えるのは少し悪い気がして、ヴィヴィは言い淀んだ。

 

 ボブのその問いについての答えは簡潔明瞭だった。

 

 事故を前提として造られた物は、保険の対象に出来ないからだ。

 

 ヴィヴィがその答えに至っている事を、沈黙からボブは察した。話を続ける。

 

「そうだな。どんなレスキューAIも、事故や災害現場からの人命救助の最中、もしくは危険な事件に関わる中で破壊されるかも知れないという事を、絶対の前提として設計され、製造されている」

 

「それは……」

 

 哀しい事だが事実を告げられ、どこか気遣うような表情になったヴィヴィを見て、ボブは軽く首を横に振った。

 

「そんな顔はするな。俺達が破壊されるという事は、人間が同じ立場になる事を肩代わり出来たという事。つまりは、命を救ったという事だ。他のレスキューAIがそうであるように、俺も明日壊れても何の不思議も無いが……命を救うというその使命には、誇りを持っている。それで十分だと思っているな」

 

 きっとボブだけではなく、これまで製造されてきた全てのレスキューAIがそう思って使命に従事し、今まで数え切れない程の人を救ってきて。そして数え切れない程の機体が壊れてきたのだろう。

 

 歌でみんなを幸せにすること。

 

 犯罪やテロの撲滅の為に尽くし、命を守る事。

 

 背負って生まれた使命はまるで違うが、ボブは自分の使命にとても真摯で、一途だ。ヴィヴィにはそれが良く分かった。

 

「……参考になったかな?」

 

「ええ、とても」

 

 二機のそのやり取りが終わるその頃合いを見計らったように、いつの間にか視界一杯に広がる程に近付いていたメタルフロートの壁面の一部が、ボートを迎え入れるように重々しく開き始めた。

 

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