「いらっしゃいませ、お加減は如何ですか?」
メタルフロートに上陸した一行を出迎えたのは、円筒形のボディにキャタピラを履いた簡素な造りのAIだった。
今時、AIと言えば人型をしている機体を思い浮かべる者が大多数であろうが、作業効率の向上や構造の簡易化に伴う大量生産による省コスト化、それに完全に一つの用途・使命のみを想定されて設計されたAIには、非人型の機体も未だ多く存在している。このAIもそんな一体に違いない。
「ようこそメタルフロートへ。私は土木作業用AI、認識番号M00205です」
マツモト以上に表情が伺い知れないこのAIであるが、身振り手振りから歓迎の意を表してくれているのは分かった。
「メタルフロート視察団、研究者ヴィヴィ様並びにサポートAIのマツモト様ですね? 登録しました」
視察団というのはマツモトが適当に偽造した身分だ。それに視察計画も、もっともらしいものを偽造して既に各方面への根回しは完了している。足が付く事は考えられない。こうした面では、やはり未来世界のしかも最新鋭AIの能力が光る。
土木用AIの、真球状の頭部が動いてルミナとボブにカメラアイの視線が合った。
「及び、ボディガードのリース様とベン様ですね? 登録しました」
「リース?」
ルミナと、
「ベン?」
ボブがそれぞれ同時にマツモトへと怪訝な顔を向けた。
「これはいわゆる潜入任務ですから、お二人にも仮の身分を用意しました」
「ふぅん?」
一応、ルミナは納得の意を示した。
今回のミッションにて自分達の仕事は、ルミナは警察署長としての権力を、ボブは守護者型AIの戦闘力を使ってヴィヴィとマツモトをサポートする事であるが、しかしそれは言わば後詰め、そうしたストロングポイントが発揮されない状況こそが良しとされるのだ。
ならば、正体がバレない方が都合は良い。ルミナとて人並みに物欲もある。世界を救う任務に従事している身とは言え、霞を食べて生きている神仙ではない。揉め事が起きて念願の退職金がパァになるのは出来れば避けたいというのは、偽らざる彼の本音ではあった。
「ベンというのは?」
「今から100年ほど前のオールドムービーの主役の名前ですよ。フルネームはベン・リチャーズ。それを演じた俳優さんとボブ、あなたのイメージはピッタリだったもので、今回偽名として採用しました」
「そうか」
それ以上は興味を無くしたようで、ボブはもう何も問わなかった。
「外部の方を招くのは初めてです。メタルフロートの運用を広く知っていただくのはマザーコンピューターの希望でもあります」
「マザーコンピューター?」
M00205には気取られないように、小声でルミナがマツモトに尋ねた。
「未来ではこうした完全オートメーションタイプの工場ではポピュラーなシステムになっていますよ。全体を監督・統括する使命を持ったAIを一機配置して、他のAIはその指揮系統に入って各種作業をこなすというシステムです」
「効率的ですね」とマツモトは締め括る。
そう言われてよく観察してみれば、この土木作業用AIの会話パターンはボブのような取り切れない堅さがあるのとはまた違う、ヴィヴィやマツモトのそれと比べて単純なパターンの定型文の組み合わせに近いものがある事が分かった。陽電子脳もコストを抑える目的で、あまり高級な機種は使われていないのだろう。
そうしてM00205に先導されて、メタルフロートを見学する一行。
そこにあったのは、一言で表すならばAIの楽園とも言うべき光景だった。
行き交うAIには、M00205と同じタイプも多いが、違うタイプも居る。見るからに力強い重機に手足が生えたかのような巨大なAIが、重そうな鉄骨を何本も抱えて歩いていた。
平坦な路面だけを進む事だけを想定されたトラック型AIもひっきりなしに行き交っているが、当然ながら運転席にドライバーは座っていない。と、言うよりも運転席に当たるスペース自体が存在しない。路面状況はマザーコンピューターからリアルタイムで伝達されて、その情報をトラックAIが処理して速度やコースを調節しているのだろう。故に信号もこの機械島の中では不要のようだった。空を見上げれば、何機ものドローンが資材をぶら下げて飛んでいる。
工場ブロックではそれこそ朝も昼も夕方も夜も深夜も明け方も区別無く、常にAIの機体に使われる部品が製造されているのだろう。絶えず部品が運び込まれて、絶えず完成したパーツが運び出されていく。
更に多くの作業をこなす為に、島の面積それ自体を拡張するのも人間の指示に依らず、AIが自分で行なっていた。埋め立て用の土砂やコンクリートを積載したAIが、海岸線へと移動していくのとすれ違った。M00205は土木作業用AIだと言っていたから、彼も本来の業務はこうした仕事に従事する事なのだろう。
「これが……」
「そう、細部は異なりますが概ね15年先の技術ですね」
子供の頃に夢見た未来都市そのものといったレイアウトに、ルミナは思わず息を呑んだ。
屋内へと通された一同に、案内用の土木作業用AIは色とりどりの針金によって編まれた猫を差し出した。
「人間はこれを見てどう思うでしょうか? 意見をお願いします」
「そりゃあ、可愛いって思うんだろう」
メンバーの中では唯一本物の人間(ヴィヴィは人間の研究者と身分を偽っている)であるルミナが、代表する形で答えた。実際に、これは幼稚園やエレメンタリースクールの低学年の工作の時間などで作られたりする針金細工に近い。
「これは『かわいい』認証しました」
M00205は、他にも犬や兎の針金細工が飾られている場所にその猫を置く。
ここに来るまでに見たメタルフロートの光景はどこもかしこも機能性一点張りで、余計な物などは観葉植物の鉢一つ、壁には絵画や写真の一枚も掛けられていない殺風景かつ質実剛健で無機質な印象しか受けなかったが、たった今M00205が針金細工を置いた一角だけは、色とりどりのクッションや遊具などが置かれていた。まるでオフィスビルの中に設けられたキッズスペースのようだ。
すぐに、ルミナが抱いたその印象が間違っていなかった事は証明された。
「あーっと、M00……あぁもう面倒くさい、エムと呼んで良いですか?」
と、マツモト。
「了解しました、皆様からの呼びかけを『エム』に変更します」
「ではエム、この施設は?」
「将来人間の方が施設の見学に来られた際、おくつろぎいただくスペースです」
空間にディスプレイが投影されて、このスペースに子供達が遊び回っている景色が表示された。
「この完成予想がマザーコンピューターの使命である人類の為にメタルフロートを存続させるという事に繋がるそうです」
説明を受けつつ、M00205改めエムに案内されてドアをくぐって次の区画へと通された一行を出迎えたのは、
パン、パン、パン
乾いた音と、硝煙の匂いだった。
「!」
思わず、ルミナは脇の下に手を伸ばした。これは数十年の警官生活の中で彼の体に染み付いたアクションである。
しかし、そこにある『重み』を確かめた所で、彼の動きは止まった。
「サプラーイズ」
「ようこそメタルフロートへ」
「ようこそ」
「ようこそ」
そこにはエムと同型の土木作業用AIが整列していた。彼等の何体かのマニピュレーターには、クラッカーが握られている。先程の乾いた音と硝煙の匂いの正体はこれだったのだ。床には紙吹雪が散らばっている。
天井には真っ白な垂れ幕がぶら下がっていて、オイルで「ようこそ」と書かれている。その文字はお世辞にも上手とは言えず、あちこちに跳ねてシミになったり垂れたりしていた。
「サプライズです。お客様の歓迎には一番だと演算しました。意見をお願いします」
エムが、やや調子の外れた解説を入れてくる。
すると、整列したAI達はたどたどしい声で歌い始めた。
ヴィヴィの表情が強張って、分かり易く動揺が走った。
さもありなん、AI達が歌うのは、稼働初期に彼女イコールディーヴァが歌っていた曲だったのだ。
「……っ」
いたたまれなくなったように、ヴィヴィは入ってきた扉から出て行ってしまった。残されたのは、非人型AIと、人型AIと、人間がそれぞれ一人または一機ずつ。
「……」
本来ならこういう時、彼等の狙い通り驚いたりあるいはその気持ちに感謝の意を表する所なのだろうが……リースこと甲斐ルミナの長年の警官生活で培われた疑り深くなる思考のクセが、どこか『気に入らない』ものを訴える。
ヴィヴィはディーヴァだ。そして今、居並ぶこのAI達が歌っているのはディーヴァの曲。
多分、偶然だろう。今やニーアランドのメインステージに不動の歌姫として君臨するディーヴァは有名だ。町のミュージックショップの窓には彼女のポスターが一番大きく貼られていて、レストランでも彼女の曲は良く耳にする。AI達が客人の歓迎メニューに「歌」を採用して、その曲に、世界初の自律人型AIであるディーヴァの曲をセレクトするのは何の不自然も無い。
でも、もし、偶然で無かったとしたら?
この場で、昔のディーヴァの曲を歌わせるのが『何者か』の『作為』『指示通り』だったとしたらどうだろう?
『何者か』とは? これは決まっている。エム達に命令を下す権限を持っているのは、この島を統括するマザーコンピューターだけだ。もしくはそのマザーコンピューターにそれを知らせた『何者か』。
マザーコンピューターまたは『何者か』は、ヴィヴィとディーヴァが同一の機体である事を知っている?
「まさか……?」
そう、まさかではあるが……
情報が漏れている?
AI達にこの歌を合唱させる事で、マザーコンピューターはヴィヴィや自分達へと暗に『こっちはお前の正体を知っているぞ』『余計な事はせずにとっとと帰れ』と言ってきている?
一度考え出すと、疑念が頭をもたげてくる。
「おい」
ルミナは、相棒の胸を軽く肘で小突いた。
「!」
「長い付き合いなんだ。俺の言いたい事ぐらい分かってるだろ」
「……」
守護者型AIは、無言のまま頷きを一つ。そうしてマツモトとの間に秘匿回線を繋いだ。ここでの会話は二機の間のみでのラインなので、人間であるルミナは勿論の事、ヴィヴィやエム達にも聞こえない。
『どうしましたボブさん?』
『マツモト、このメタルフロート視察計画について、どこかで情報が漏れたり傍受された形跡が無いか、もう一度チェックしてもらいたい』
『僕の仕事を疑うんですか?』
『念の為だ』
ちょっぴりマツモトは不満そうだったが、ボブは一言で片付けてしまった。
『ふむ……』
まぁ、自分達の行動には掛け値無しに人類の未来が懸かっているのだ。慎重に行くに越した事はない。石橋を叩くぐらいでやっとちょうど良いのだろう。未来の最新鋭AIはそう結論付けると、データの洗い出しと検証の為にプロセッサを起動させる。
数秒の後に、出た結論は。
『確認が完了しました。情報の漏洩や、ハッキングなどが行なわれた形跡はありません。僕たちのこの『視察計画』が偽装だとバレている可能性は、考えられません』
『分かった』
ボブとしてもマツモトの能力は信用している。ヤツが改めて情報を精査して、それで出た結論だから間違いは無いのだろう。彼はサングラスを胸ポケットに仕舞った。これは相方に『異常無し』を教えるサインだ。
それを見て取ったルミナは不満そうに鼻を鳴らした。
『俺の勘働きも鈍ったかな』
……ともあれ、マツモトの調査で情報漏洩の可能性は却下された。
だとすれば、サプライズにディーヴァの歌が採用されたのは純粋に偶然か。
『それ以外に可能性があるとすれば……』
他に考えられるのはマザーコンピューターもしくはこのサプライズを企画した『何者か』はデータを覗き見したりハッキングで『知った』のではなく、ヴィヴィやマツモトが視察団の身分や計画を偽装してこのメタルフロートを訪れる事を『あらかじめ知っていた』というケースぐらいだが……それこそ有り得ない事だ。
やはり、偶然だったのだろう。
やや引っ掛かったものが残りはするが、しかし刑事生活でそうした体験は少ない事ではない。寧ろ全ての疑問が解決されて完全にスッキリする方が珍しいぐらいだ。
そう、ルミナが考えたその時だった。
メタルフロート全域に、けたたましく警報が鳴り響いた。