Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第12楽章 メタルフロートの攻防 その2

 

<非常アラームが認識されました。メイン端末へのアクセスポートを解放します>

 

 恐らくは人工島のど真ん中から海岸線まで、この島に居る限り聞こえない場所など無いだろう。設置されたあらゆるスピーカーから最大音量で流されているのは、女性AIの声のようだった。恐らくはこれがエムの言っていたマザーコンピューターの『肉声』なのだろう。非常時だから、接客を行なう末端の土木作業用AIではなく最高責任者が自らアナウンスを行なっているのだ。

 

<現在、メタルフロートに接近する火器管制を検知しました>

 

「マツモト、これは……」

 

「トァクです」

 

 ルミナに応答すると同時に、ヴィヴィとボブへ、マツモトは陸地に設置されたセキュリティカメラのリアルタイム映像を転送する。遠景で捉えられたメタルフロートへ、数隻のボートとヘリが向かってきている。

 

「動いてきた……」

 

「プログラムの奪取に失敗して、予定を早めましたか」

 

 今回、トァクの目的はハッキリしている。

 

 現在、メタルフロートが生産・供給するパーツ・部品・駆体その他まぁ兎に角AI関係の製品の数は世界全体の40パーセントにも上り、しかも現在進行形でその割合は増え続けている。この島がある日突然停止したとなれば、世界中のAIが大打撃を被る事は火を見るより明らかだ。

 

 AIが関連する事業は立ち行かなくなり、管理運営を一部または全部AIに任せていた施設はストップする。それどころかAIは長期的な運用の為には部品交換やメンテナンスが不可欠だから、現存しているAIの維持すらままならなくなるだろう。AIの撲滅を掲げるトァクからすれば、願ったり叶ったりである。

 

 その為の最も手っ取り早い手段は冴木博士の停止プログラムを使う事で、博士がトァクに追われていた理由もそれだ。しかしそのプランA『論理的な島の停止』がヴィヴィとマツモトの介入により失敗に終わったので、連中はプランB『火力による物理的な島の破壊』に切り替えたのだ。

 

「いつも思うが……もう少し穏便な手段も選べそうなものだがな。実際、反AIの考えは持っているが犯罪には手を染めず、合法的な手段でAI依存の社会の改革を訴える人間はいくらでも居る。そういう政治家も多い」

 

 ボブが、人間ならばここで溜息の一つでも吐いているような声でごちた。

 

 レスキューAIにしてみればどうしてトァクが、投票権という武器に訴えないのかは心底不思議だった。それこそは法によってあらゆる有権者に保証された最強の武器なのに。それに歴史を見てみれば、然るべき手順を踏んでいない手段に訴えても人々の支持は得られない事など自明の理なのに、人間はどうしてそこから学ぼうとしないのか、その矛盾は最新の演算回路を回転させても分析し切れない。

 

「連中はそういう政治とか交渉が生むものは妥協しかないと思い込んでいるのさ」

 

 それ自体は一面の真実ではある。血を流す代わりに互いに歩み寄って妥協し、落としどころを探る事は、話し合いや交渉の本質だ。

 

「妥協する事イコール自分達の敗北。自分達が欲しいのは妥協ではなく完全な勝利。血を流さずに妥協するよりも、血を流して思い通りの結果が欲しい。そういう考えだからこうした手段も執れるのさ。ただしこの場合流れるのは往々にして、他人の血だがな」

 

 ルミナが、反吐でも吐きそうな口調で言い捨てた。

 

「ですがAIの撲滅、及び全世界にAIの危険性を啓蒙するという彼等の目的は、実現性にも具体性にも致命的に欠けています。ぶち上げた目的の達成が実質的に不可能な以上、人員か資金のいずれかあるいは両方が尽きるまで彼等の活動は止まらない、止めようがない。最早彼等自身にさえもね。これまで連中のやらかしてきた事の大きさを考えると今更『僕たちが間違っていました。ごめんなさい』では済みませんからねぇ」

 

 いつも通りどこか皮肉っぽく、マツモトが締めた。

 

「どうする?」

 

「ディーヴァ、ストレージをエムに。エム経由で解放されたポートから強引に中枢に接続します」

 

「……」

 

 僅かに、ヴィヴィが躊躇ったように動きを止めた。

 

<7分後に武力行使が予想されます。避難を開始してください。先導します>

 

 エムと名付けられた土木作業用AIは、今は彼自身の声ではなくマザーコンピューターの声で話していた。

 

 アナウンスにあった通り、現在この島の全てのAIは自らの意志ではなくマザーコンピューターによって遠隔操作されている。いわばマザーの意志を出力する為の端末・窓口に過ぎないのだ。

 

 だがそれは、ポートが接続されている今ならエムを通じてマザーコンピューターにアクセス出来るということ。勿論、膨大な情報量を統制してマザーのウォールを突破出来る演算速度を備えたハッカーが居る事が大前提だが。それはマツモトの役目だった。

 

「人間とAIを衝突させる訳には行かないんですよ」

 

 同じ『1』の差ではあるが、『0と1』は『1と2』とは全く違う。寧ろ後者は『1と100』の方が本質的には近いと言えるかも知れない。たとえそれがたった一人であったとしても、もしAIが人を殺したという事実があればそれはトァクの行動原理に大義名分を与え彼等の行動を活発化させ、人間とAIの対立を深くする。ひいては未来の戦争の火種になる。

 

 マツモトが帯びた使命からすれば、それは絶対に避けねばならない事態だった。

 

 今やそれは、ヴィヴィも同じだった。

 

 10年前、サンライズでエステラと過ごした一日にも満たない僅かな時間が。避難艇で聞いた双子AIの歌声が、記憶素子によって彼女の中に再生される。

 

 もし、未来で戦争が起こってしまったのなら、自らを省みずに使命を果たした彼女達は、何の為に生きてきたのか。彼女達の生と死を無駄にしない為にも、シンギュラリティ計画を為さなくてはならない。

 

 ヴィヴィは胸ポケットから、液体ストレージが充填されたケースを取り出し、エムに差し込んだ。

 

 注射器の液体が注入されるように、これまでの半導体を使用した記憶媒体とは比べ物にならない膨大な情報量によって編まれたプログラムが、一機のAIへと流れていく。

 

 更にヴィヴィは左耳のイヤリングに内蔵されたケーブルをエムに接続して、彼の中のプログラムに起動指令を出した。

 

 目を覚ました停止プログラムはエムを入り口としてマザーコンピューターへと感染し、更にマザーコンピューターからその制御下にある全てのAIへと、この人工島全体を停止させる毒が蔓延していく。

 

 その隙間に存在した僅かな時間、ヴィヴィはエムと繋がった事で彼の心象風景を垣間見た気がした。

 

 AI集合データーベース『アーカイブ』。

 

 AIが情報検索などの目的でその意識だけで活動出来る仮想空間の造りは各AIごとに違った風景となっている。例えば歌姫AIのディーヴァであれば音楽室がそれであり、そのレイアウトはそれぞれのAIの『心の景色』とも言われている。

 

 エムの心象風景は、彼が先程案内してくれた数メートル四方のキッズスペースだった。

 

 無邪気に笑う子供達を、エムがあやしている。メタルフロートで生まれ、メタルフロートで働き、やがて壊れてその部品はまた新たなAIの為にリサイクルされる。そんな彼の心の世界。その景色の中で一人の少女が、自分とエムが手を繋いでいる絵を、彼に見えるように差し出していた。

 

『M00205、見て』

 

『かわいいです。名前、エムでも良いですよ』

 

『エム?』

 

『はい。昔、自分によくしてくださった方々が、付けてくださった名前……』

 

 言葉が言い切られない内に、何の前触れも無く石を投げ込まれたステンドグラスが割れてそこに描かれた景色が砕け散るように、その世界は毀れていって、後には闇だけが残った。ブラックアウト、シャットダウン。言葉は色々とあるが、示すものは一つ。

 

 エムの夢が、終わったのだ。

 

 彼だけではない、造られてから一日たりとも休まず、常に人間の為に動き続けてきたメタルフロートそのものが止まっていた。停止プログラムの効果が現れたのだ。

 

 もう、数分前までの、屋内にも届いていたどこか煩わしい駆動音は聞こえない。代わりに耳に痛い程の沈黙が支配していた。

 

 このメタルフロートの全ての機能は停止した。二度と動き出す事はない。

 

「行きましょう、次はトァクを……」

 

 かと、思われたが。

 

 先程と同じく、警報音が島全体に鳴り響いた。

 

「何です?」

 

 異変はそれだけではなかった。

 

 がっくりとうなだれるように停止していたエムが、突如として再起動したかと思うと、もうヴィヴィもルミナもボブもマツモトも目に入らないかのように、一目散に部屋から走り去ってしまったのである。

 

 エムだけではない。先程のサプライズで、ディーヴァの歌を合唱した同型機達も、一斉に彼の後を追うように恐らくは発揮出来る最大のスピードを発揮して、一糸乱れぬ動きで部屋を出て行く。

 

「これは……」

 

「追いましょう!!」

 

 マツモトがそう言うのを待たずして、ルミナとボブは駆け出していた。ヴィヴィも続く。

 

 何かの切っ掛けで電源が落ちる場合を懸念しての措置だろう、全開になっている自動ドアを幾枚もくぐって、外周部に出る。

 

 そこは、まるで戦場だった。

 

 否。

 

 まさに、戦場であったのだ。

 

 そして戦場で起こる事は、一つだけだ。

 

 誰かが誰かを殺すという事。

 

 AIが、人間を殺していた。

 

 武装ヘリが、何十機ものドローンの体当たりを受けて、蜂の群れにたかられる鳥のようだった。バランスを失って、しかも海面に落ちる前に搭載していた火薬に引火したのか空中で火の玉になった。

 

 別のヘリはドアを開いて、体を乗り出した乗組員がメチャクチャにアサルトライフルを撃ちまくったがそれは無駄な努力だった。弾倉に装填された銃弾よりも、群がるドローンの方が5倍は多かったからだ。自分が破壊される事を全く考慮しない速度の体当たりを連続で受けて、そのヘリも空中で爆発四散した。銃を撃っていたトァクも炎に呑まれて見えなくなった。

 

 目線を下げると、海面でも爆発が起こっていた。

 

 遊覧船に偽装していた揚陸艇めがけ、エムと同型の土木作業用AIがペンギンのように次々海中へと飛び込んで、最新のコンピューター内蔵魚雷のように海流を計算した最適なコースで突進し、船底にいくつもの大穴を開けた。

 

 何機かは、それこそ本物の魚雷よろしく爆発し、ある揚陸艇は木っ端微塵に吹っ飛んで、またある揚陸艇は中程から真っ二つに割れて沈んでいく。

 

 当然、乗組員達も船と同じ運命を辿る事になる。

 

 ヴィヴィ達が、居なければ。

 

 まず、ヴィヴィが海にダイブするのが最初だった。彼女が飛び込んだ姿を見て、ルミナもはっと我に返った。

 

「俺達も行くぞ」

 

 服を脱ぎ捨ててヴィヴィに続こうとした所で、後ろからにゅっと伸びてきたボブの腕に首根っこを掴まれた。

 

「ぐえっ」

 

「今は島の土木作業用AIが特攻を仕掛けていて危険だ。AIは勿論ボス、人間のあんたには特にな」

 

「む……」

 

 自分が少し冷静さを欠いていたのをルミナは自覚して、深呼吸を一つ。頭を冷やした所で、指示を出す。

 

「ボブ、お前も泳げなかったよな」

 

「あぁ、俺は少し重すぎる」

 

 ヴィヴィもボディはAIである関係上80キロ以上はあるが、機械の体が発揮するパワーは水に沈むより早く彼女を前進・浮上させる事が出来るので、泳ぐ事は可能である。

 

 一方で単純に体格が華奢な女性型と屈強な男性型で全く違い、更に格闘戦や銃撃戦に耐えられるよう、堅牢さを重視した超合金製のシャーシを持つボブの体重は180キロ以上もある。いくら彼がヴィヴィよりも高いパワーを発揮出来るとは言え、これで泳ぐのはちょっと難しい。

 

「やむを得ないな。マツモト、適当なボートをハッキングして動かせるようにしてくれ。俺達はそれで生存者を救出しよう」

 

「アイサー」

 

 マツモトは素早く近くにあった避難用ボートの一つに接近すると、ケーブルを接続して一秒と掛からずロックを解除した。ルミナとボブが乗り込む。

 

「よし、出せボブ。それとマツモト、生存者を逃がす為のボートをもう一隻チャーターしてくれ」

 

「了解」

 

 ボートのエンジンが掛かり、舷側から煙を吐いて傾いている揚陸艇へと接近する。

 

 この間、ルミナはフロートの沿岸部や海中を注意深く観察していた。

 

 また土木作業用AIの攻撃が来るのかと警戒していたが……今の所その気配は無い。既にトァクの船で浮いているのは今自分達が向かっている一隻だけで、どう見ても航行不能に陥っている。当面の脅威は排除された、対象の無力化に成功、これ以上の攻撃は必要無いという判断なのだろう。

 

「マザーコンピューターが合理主義で助かったな」

 

 感想を呟いている間に、ボブが舵を握るボートは揚陸艇に接舷した。

 

 ルミナとボブは慣れた足取りで傾いた船へと乗り込んでいく。

 

「うげっ」

 

 飽きる程見てきたが、いつまで経っても慣れない酸鼻極まる光景に思わずルミナはえづいた。

 

 船内はあちこち死体が転がっていて、窓や天井にも吹き出た血が飛び散っていて酷いものであった。殆どの者は動かないが、中には息のある者も居た。その数少ない生存者を、ルミナは長年のカンで、ボブはセンサーで拍動や微妙な動きの有無を確認して選別し、避難ボートへと運んでいく。

 

 作業それ自体は、あまり長い時間を掛けず終了した。

 

「生存者はこれで全てか?」

 

「あぁ、後は死体だけだ」

 

 ボブは簡潔に答えた。ルミナも頷く。相棒のレスキューAIの仕事は確かだ。間違いはない。

 

「そうか……」

 

 先程のヴィヴィのように少しだけ、ルミナは躊躇いを見せる。

 

 テロリストとは言え死者をこのまま置いていくのは心情的にはばかられた。出来れば連れ帰って墓ぐらいは作ってやりたいところだが……しかし、トァクが生き残っているのを確認したらメタルフロートから第二波攻撃が始まるかも知れない。あまり時間を掛ける事は出来なかった。

 

 一人と一機はボートを離れようとして……

 

「ん?」

 

 ルミナは船室に重そうなバッグがいくつか置かれているのに気付いた。

 

「これは……」

 

 ジッパーを開けると、中にはショットガンやマシンガンなど、銃器弾薬がわんさかと詰め込まれていた。これらの銃器は全て百年以上前に開発され、現在は殆どのモデルが生産中止になっている骨董品だった。グレネードランチャーまである。

 

 トァクに限らず今時のテロリストは旧式の銃器を好む。新しいモデルの銃器は指紋や音声認証によるロックが掛かっていて、登録された者以外は使用出来ないようになっているからだ。最新バージョンでは持った人間の遺伝情報、AIならば陽電子脳の波形パターンを認識して、不法使用の場合には電気ショックを発して一時的に使用者を昏倒させる機能が付いた物まである。

 

 こうした本人以外解除不可能な安全装置の開発費用は全て銃器メーカーへの課税でまかなわれており、法律の施行当時は銃規制法案の一環として、軍産複合体関係者が悲鳴を上げていたのがニュースになったりした。

 

 勿論、コンピューター制御のロックである以上はそれを外す事も可能であり、武器洗浄(ウェポンロンダリング)といってそうしたアンロックな銃器を売り捌いている業者も草の根ながら存在する。言うまでもないがアンダーグラウンドで。だがそうした洗浄済銃器よりも、プロテクトがそもそも存在していない旧式銃の方が安価に数を揃えられる事から犯罪者には人気であり、開発から150年以上が経過した現在でも、AK-47はまるでゲリラやテロリストの制式銃のように現役である。

 

 別のバッグには防弾チョッキや足ヒレ、コンバットナイフにガスマスク、サーモゴーグルに暗視装置、ゴムボートなど多種多様な装備品が入っていた。

 

「こんな物まで」

 

 呆れたように、ルミナは呟いた。

 

 船室の隅にあったゴルフバッグの中からは、ドライバーやサンドウェッジの代わりに対物ライフルが出てきたのだ。

 

「ちょうどいい、拳銃だけじゃ不安だったからな。連中にはもう要らん、もらっていこう。ボブ、これも持っていけ」

 

「分かった」

 

 総重量は軽く50キロを超えるような大荷物だが、レスキューAIの馬鹿力は発泡スチロールで出来ているかのように抱えてしまった。

 

 揚陸艇から救出出来たトァク構成員は3名だった。ルミナとボブが乗り込んで、特にボブの体重プラス押収した銃器の重量がもろに掛かって、ボートは頼りなく揺れた。一人と一機が乗り移ったのとほぼ同時に、揚陸艇の損傷していたエンジンが火を噴いて、船体が横倒しになって沈没した。

 

「後5秒も遅れていたら、俺達も海の藻屑になってたとこだ」

 

 ルミナが、額に浮かんでいた冷たい汗を拭った。

 

「もう一隻をチャーターしてきましたよ」

 

 そこに、マツモトに従うようにして無人の避難ボートが横付けした。ルミナとボブはそちらに乗り換える。

 

「では、この人達には陸地へ行ってもらいましょう。警察にも情報は流しておきましたら、接岸したらそこで捕まりますよ」

 

 マツモトがトァクの生存者を乗せた避難ボートのコンソールにケーブルを繋いでアクセスすると、数秒でボートはひとりでに動き出してメタルフロートから離れていく。陸地への自動操縦プログラムを組み込んだのだろう。

 

「では、僕はディーヴァの所に戻りますので。後で合流しましょう」

 

 そう言ってマツモトはイオンエンジンを噴かして飛んで行ってしまった。

 

「ボブ、もしかしたら武器を持っている俺達もマザーコンピューターは攻撃の対象にしてくるかも知れない。念の為、回り込むようなコースで警戒しつつフロートに接近してくれ」

 

「分かった」

 

 刺激しないよう、速度を抑えてゆっくりとボブはボートを島に寄せていくが……今の所、海中からの土木作業AIの特攻魚雷もドローンの体当たりも、仕掛けてくる気配は見られない。

 

 そう言えば、マザーコンピューターのアナウンスでは「接近する火器管制を検知した」と言っていた。今となっては確認の術は無いが、沈んでしまった揚陸艇には恐らくコンピューター制御の爆弾や機関砲、あるいは小型ミサイルまで積み込まれていたのかも知れない。それが警戒網に引っ掛かったのだ。

 

 そこへ行くと今、ルミナ達が持っているのは電子部品などは一欠片も使われていない旧式の銃器なので、メタルフロートの警戒システムからは対象外になっているのだろう。こういうのはAIの思考の穴だ。

 

 人間なら万一を警戒して、島に近付く者は無条件で攻撃したっておかしくはない。それにトァクの生存者に追撃を掛けて息の根を止めに来る可能性もルミナは考慮していたが……どうやら、それらの選択肢のどちらも、マザーコンピューターは採用するつもりは無いようだった。

 

「ハイテクを破るのは、いつだってローテクだな」

 

 ボートの操縦はボブに任せ、押収した銃器をチェックしつつ、ルミナはひとりごちた。

 

 退職金をふいにしたくはないから、この銃器については後でマツモトに記録の書き換えを頼もうかな……と、そんな事を思っていた彼だったが……ふと上げた視界の端に、島へと真っ直ぐ進んでいくボートを発見した。

 

「うん? あれは……」

 

 押収した装備の中にあった双眼鏡を使ってそのボートを見る。ボブはそんな物は必要とせずに、顔をそちらに向けるとカメラアイのズーム機能を作動させた。

 

 ボートに乗っているのは……

 

「冴木博士と……」

 

「グレイスだな」

 

 操縦席に居るのはタツヤで、グレイスはちょこんと後ろの席に腰掛けていた。

 

 彼等は島で荒事が起った時、ヴィヴィやルミナ達が守り切れないので島の停止をこちらに任せて、自分達は陸地に残った筈だったが……

 

「非常事態が起ったのが分かって、つい来てしまったのか、それとも……?」

 

「この状況が彼の想定内だったとは考えにくい」

 

 ルミナの思考を、長年付き合っているボブが補足した。

 

 タツヤから渡されたストレージの中身が島の停止プログラムであった事は間違いない。どれだけタツヤが優秀な科学者であったとしても、ことプログラムに関して、未来のしかも最新鋭AIであるマツモトを出し抜けるとは考えられない。

 

 またマツモトも、停止プログラムを別のものと間違えるような雑な仕事はしないだろう。ヤツもまたAIとして、未来を変えるという自分の使命に対して真摯だ。手を抜いたりはしない。

 

 ……と、いう事は停止した筈のメタルフロートが再起動してしかもトァクを攻撃したのはタツヤ自身にも予期せぬ出来事であったと考えられる。

 

「……いずれにせよ、博士自身から話を聞かねばならないか。ボブ、彼等を追ってくれ。気付かれないようにな」

 

「了解」

 

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