「むっ」
ぞろぞろと背後の暗がりに動く気配を感じて、ボブはUZIの銃口をそちらに向けたが……
「あぁ待ってください、銃を下ろして」
マツモトの言葉に、トリガーに掛かっていた指の力を止めた。ただし、銃口は未だ暗がりへと照準したままであったが。
闇の中から現れたのは、マツモトと同じキューブ型のボディを持ったAIだった。しかしその数は、軽く数十は数える。マツモトのハッキング能力でフロートの工場ブロックの一部を乗っ取って、急ピッチで生産したのだろう。そして急造されたマツモトの言わば分身は、本体である彼の意志によって制御され、オモチャのブロックのように、一つの形を為していく。
「こんなんできました」
無数のキューブが組み上がって完成したのは、バイクを思わせる一人用の乗り物と分かる形だった。マツモトのキューブボディには飛行用のイオンエンジンが内蔵されている。それらの推力を集める事で、即席の空中バイクを作り上げたのだ。
ヴィヴィが、座席に当たる部位に乗り込む。
「よし、作戦はこうだ。俺とボブが暴れるだけ暴れて、防衛システムの注意を出来るだけ分散させる。その間にお前達がグレイスを破壊してこの島を止める。これで行こう」
「つまり俺達が陽動で」
ボブが、武器を満載したバッグを軽々と肩に担いだ。
「私達が本命」
ヴィヴィが、マツモトビークルのスロットルを回すと、キューブが合体した乗り物は軽々と空中に持ち上がった。
「ヴィヴィ」
「!」
もう一度スロットルを回せばマシンは猛スピードで空を駆ける所だったが……ルミナに声を掛けられて、ヴィヴィは今まさにそうする所だった腕の力を抜いた。
「気を付けてな」
「ありがとう」
その短いやり取りの後、今度こそヴィヴィはスロットルを思い切り回して、マツモトが合体したマシンはもうすっかり日が落ちてしまった夜の闇に青い残光を引きながら、人工島の空を駆ける。
「よし、俺達も行くぞ」
「了解、ボス」
「派手にやれ。ヘタに狙わず、撃ちまくるんだ」
言い終わらない内に、ルミナは手近に見えた土木作業用AIをスパスの一射で爆発させた。
曲がり角から同型のAIがぞろぞろと姿を見せたが、ボブはUZIの正確な掃射で次々に破壊した。
今のボブはUZIを片手で扱っていた。人間であればそんな真似をすれば反動で弾がとんでもない方向へ飛んでいってしまうか、それとも腕の骨格や筋肉が衝撃でバラバラになる所だが、AI、それも頑強な超合金製のフレームとシャーシを持ち、タンパク質製の筋肉とは比べ物にならない強度とパワーを誇るカーボナノチューブの人工筋肉を持つ守護者型AIは銃撃の反動を完全に受け止める事に成功し、機関銃を小型拳銃のように扱って、更にCPUの弾道計算による正確無比のAIMで次々土木用AIを破壊していった。
「……取り敢えず第一波は凌いだ……」
ルミナが言い掛けた所で、エンジンの駆動音が耳に入ってきた。
見れば前方から、バイクに乗ったAIが向かってきていた。
だがバイクではない。バイクに見えるのはそれ自体が運転手を必要とはせずに自走し、しかも内蔵されたジャイロ機能によって転倒しにくく更には倒れた際に自ら起き上がる機能さえ備えたモトラッド型AIだ。
自動車がほぼほぼAI制御になった関係上、旧世紀に比べて交通事故は激減して道路渋滞などはかなり緩和されたが、それでも平日朝夕の通勤時間・退勤時間には車の絶対量の多さから渋滞はどうしても発生する。そうした時に裏道を抜ける事ができるこうしたタイプのビークルAIには根強い人気があった。
乗っているのは、人型の機体では今となっては珍しい、一目でAIだと分かる旧型機だった。
ニーアランドに配備されているような接客などを使命の一部または全部とするAIは客とのコミュニケーションを円滑に行う為に人間に近い外見を持っているが、そうでない、人前に出る事を想定していない裏方のAIにはコスト減の為に表情筋の変化に当たる部分のプログラムを削っていたり、そもそもブリキ人形のように表情それ自体を排除していたりするモデルが今でも生産されている。
良く観察すると胸元にPGと刻印されているので、プログラマータイプのようだ。本来なら人間が及びも付かないような速度でキーボードを叩いて、精緻なプログラムを組み上げる筈のその手には、今は即席の武器として鉄パイプが握られていた。
その二機一対のAIが三組、まるで騎兵のように突進してくる。
「かと思いきや、続いて第二波到来か」
愚痴るように言いながらも、ルミナは腰だめに構えたショットガンを正確に二連射した。狙いは、乗っている人型AIではなくモトラッド型AIのタイヤの部分だった。
AIに限らずあらゆる車やバイクは常に改良が繰り返され、今時の物はタイヤも落ちていた錆び釘の上を通ったくらいではパンクしないように造られているが、流石にショットガンの銃撃をまともに受けてはひとたまりもなかった。
横転したモトラッド型AIから投げ出されて、プログラマー型AIは一機は壁にぶつかって青い駆動液の花を咲かせた。もう一機は空中で一回転した後で頭から地面に落ちて、首がへし折れて胴体は独楽のように回りながら滑っていった。
ルミナはこれが人間だったら……と、想像して思わず口内に滲んでいた苦い唾を飲み込んだ。
残り一組。
まっしぐらに突っ込んでくるそれを、ボブは腰だめに構えて、ジャパニーズスモウのぶつかり稽古の如く突進を受け止めた。これも人間であればひとたまりもなく吹っ飛ばされる所であるが、守護者型AIのパワーと180キロもある重量は、突進のエネルギーを完全に相殺する事に成功した。
しかしモトラッド型を止める為に、ボブは両手が塞がった格好になる。この隙を衝いてプログラマー型AIは出来るかどうかは別としてボブの頭をかち割ろうと鉄パイプを振りかぶった。
だが、それより早く。
プログラマーAIの顔面に、ショットガンの銃口が突き付けられた。ルミナだ。
「降りろ」
言葉と同時に引き金が絞られて、頭部を吹っ飛ばされたAIの胴体がガクンと脱力して、滑るようにモトラッド型から落ちた。
<目的地『降りろ』該当無し>
モトラッド型AIがそうアナウンスして、バイクであればメーターが付いている箇所に設置されたコンソールに『DESTINATION [GET OUT] NOT UNDERSTOOD』と表示された。
ボブはそのモニターを鉄拳ならぬ超合金拳で叩き壊した。
これでこのモトラッド型AIは、内蔵された陽電子脳によるオートからマニュアル操縦へと切り替わった。スイッチの手段は酷くアナログであったが。
「乗れ」
「運転できるのか?」
「俺は交通機動隊に10年居たんだ。何度か表彰された事もある」
「へえ」
「警察にお前らAIが実装される前の話だよ」
武勇伝を語りつつルミナがモトラッドに跨がると、バッグを抱えたボブはその背後に二ケツする形になる。
片手だがしっかりとボブが自分の体をホールドしたのを確認すると、ルミナは思い切りスロットルを振り絞った。
数秒前までモトラッド型AIだったバイクは、いきなり大ウィリー状態になって前輪が天高く持ち上がった。
「うお」
ボブは、AIにしては珍しく穏やかな驚きを見せた。反射的にルミナの肩を掴む握力が強くなる。
「あだだ!! おい、手加減しろ」
守護者型AIの怪力に肩を砕かれそうになって悲鳴を上げ、涙目になりながらもルミナはモトラッドを見事にコントロールすると、前輪を接地させる。
まだ市場にも出ていない最新型バイクの駆体は、最高の乗り手に恵まれた事で工学技術の粋を凝らして設計されたそのポテンシャルを余す事無く引き出され、ほぼ理論上発揮できる最高速度と同等、飛ぶような速さでメタルフロートを駆けていった。
飛ぶような速さで。
そう、本当に飛んでいるヴィヴィとマツモトにも追い付く程の速さで。
一筋の流星の如く、夜空を駆けるイオンエンジンの青い光。その先端に、二機は居る。
「ヴィヴィ達が危ない!!」
時速200キロ以上も出しているのでルミナはチラリとしか視線を送れないが、その青い流星に、紅い光が群がっていくのが見えた。このメタルフロートで資材運搬や監視カメラ代わりに運用されているドローンだ。そいつらが、トァクの武装ヘリを落としたように体当たりでヴィヴィ達を撃墜しようとしている。
「俺が援護する」
左手でルミナの肩を掴んで体を固定しつつ、ボブは右手の片手持ちでUZIを乱射し、弾切れになった後はリロードはせずに放り捨てて、バッグから取り出したH&K MP5をやはり片手撃ちでしかも百発百中の精度で連射して、ハエのようにヴィヴィ達へとたかろうとするドローンを次々撃墜していった。
いくら平坦な道路とは言え高速走行中の震動を物ともせずの精密射撃は、やはりAIにしか出来ない神業である。
ボブの照準は、ヴィヴィ達のやや前方に集中しての偏差射撃だった。彼の攻撃によって前方を塞ぐドローン群が蹴散らされて進路がクリアになり、ヴィヴィ達は加速を掛ける事が可能になった。
「!」
一瞬だけ、ボブはマツモトビークルの操縦席に座るヴィヴィと視線が合った気がした。
否、AIに錯覚は有り得ない。ほんの刹那の時間だったが、この時、確かにヴィヴィとボブは互いを認識していた。
有線による接続も、頭部を接触させてのデータ交換も無かったが、ボブにはこの時、ヴィヴィが何と言ったのか分かった。
『ありがとう』
ヴィヴィは確かに、そう言っていたのだ。
次の瞬間にはマツモトビークルは更に加速して、ヴィヴィ達はまさに流星そのものとなって、乗り手も乗り物もAIであるからこそ出来る、人間では空中に放り出されるか内臓が破裂して口か肛門のどちらかから飛び出るような、何度も鋭角にターンする異常な軌道を描いて、セントラルタワーへと向かっていった。
「……と!」
ルミナはバイクを停止させた。
道路はこのすぐ先で途切れていたからだ。
「ここからは、建物の中を通っていくしかないな。降りて進もう」
「分かった」
一人と一機はモトラッドから降りる。
ルミナは体に染み付いた習慣で停車時の動作を行なおうとしたが、完全AI制御のボディには旧来のバイクのパーツは搭載されていないので、そのまま倒していくしかなかった。
勢い良くモトラッドが倒れて、部品がいくつか道路に飛び散った。
ルミナとボブが入ったそこは、両面が鏡張りになったような通路だった。
てっきりエムに案内されたような工場のような区画で、入ったと同時に無数のAIが襲い掛かってくるのも覚悟していたが……しかし拍子抜けと言うべきか、不気味と言うべきか、一体のAIも現れなかった。
それでも、油断無くルミナが右を、ボブが左を警戒しつつゆっくりと進んでいく。
「……?」
ルミナは足を止めた。
「……むう?」
鏡に映った自分の顔を、ルミナは怪訝な顔で睨む。
頭頂部がすっかり寂しくなって、シワが年輪のように刻まれた、白い無精ヒゲが口元と顎を覆う顔だ。
その顔をぶち破って、二本の腕が伸びてきた。
「う、お、おおおっ!?」
その腕は凄い力でルミナの首を掴むと、80キロを超える彼の体を宙吊りにした。ルミナの足がバタバタと空中を掻く。
「ボ、ボブ!?」
ネックハンギングツリーを仕掛けているのは、ボブだった。
何をする、と言い掛けて、そんな筈がない事を思い出した。
ボブは今、自分の背後を守っているのだ。前から、しかも鏡の向こう側から現れる筈が無い。
それにボブはサングラスと黒のレザージャケットがトレードマークでいつも身に付けている。勿論今日も。だが、目の前のボブはそれを着ていない。どころかソックスも、パンツすら履いていない。すっぽんぽんだった。
ならば、答えは一つ。
「こいつは……ボブと同じ、守護者型AI!! この島は、こんなのまで造っていたのか!?」