Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第15楽章 メタルフロートの攻防 その5

 

「くっ……この!! 放しやがれ!!」

 

 分厚い胸板に蹴りを食らわして、何とか首締めから逃れたルミナは床を転がりつつ、いきなり現れた守護者型AIから距離を取った。

 

 10年生死を共にしているボブの実力は、彼が一番良く分かっている。今度はその彼と同等のスペックを持った相手が敵に回るのである。ルミナの本能が、さっきから最大警戒の警鐘を鳴らしまくっている。

 

 だが、次の瞬間には彼はまだ自分の見立ては甘かった事を思い知らされた。

 

「ボス……敵機と俺のスペックを比較した結果だが……俺の勝率は29パーセントと出た」

 

「えっ、そんなに低いの?」

 

 思った以上に低い数字を告げられて、熟練の老刑事は珍しく取り乱した。同型機同士の戦いなのだから、1対1なら勝率は単純に50パーセント。むしろ経験に勝る分、ボブの方に分があるとさえ思っていたのに。

 

 実際には勝率が三割を切るとは??

 

「同じ守護者型AIでもヤツはこれまで俺を初めとする同型機によって収集されたデータをフィードバックされてマイナーチェンジが繰り返された最新型だ。ボディの剛性もCPUの演算速度も、全ての性能に於いて俺より上回っている」

 

 淡々と、ボブは告げた。

 

「バージョンアップされたモデルだって事か……」

 

 それでも、マシンスペックが3対7で下回っていても経験は恐らく10対0。29パーセントという勝率も、そうした要素を加味して算出された数字なのだろう。本来ならば恐らく一割に満たない勝機しかなかったに違いない。

 

「だがボブ、少し計算違いがあるぞ」

 

「?」

 

「まず俺が居る。こっちが有利だ」

 

 ルミナが、ドンと胸を叩いた。

 

「確かにな」

 

 レスキューAIはあっさりと認める。

 

「それに俺達はコイツを倒す必要は無いんだ」

 

「確かに」

 

 今回の自分達の役割はあくまで陽動。本命が目的を果たすまでの時間稼ぎと、その間メタルフロートの防衛システムを出来るだけ引きつけておく事だ。

 

 つまりはヴィヴィとマツモトがグレイスを破壊して、島の機能を停止させるまで。もしこの守護者型AIがグレイスのガードに回ったら、ヴィヴィ達が目的を遂げられる確率は一気に下がってしまう。それまで、こいつを釘付けにしておく事が出来れば勝ち。

 

 攻めに出るのではなく、防戦に徹すれば良いのだ。

 

 戦術的に勝てなくても、戦略的には勝てる。

 

「それなら成功する確率は高い」

 

 人間とAIコンビの作戦が決まったのを見計らったように、守護者型AIが突進してきた。ボブと同じく180キロを超える重量を持った巨体が突進してくる迫力は、今は記録映像にしか存在しない蒸気機関で稼働する重機関車のようだ。丈夫な素材で造られた床にたった一度の踏み込みで足裏の形に穴を開けて迫ってくる。

 

 ボブはレミントンM870を連射して迎撃した。

 

 守護者型AIはしゃがんだり、あるいは左右にステップを踏むなどの回避行動は一切取らなかった。

 

 その必要が無かったからだ。

 

 散弾が着弾した瞬間こそ僅かに仰け反るが、体全体が後ろに下がったり突進の速度が落ちたりは決してしなかった。人間ではたった一発で行動不能の重傷を与える事が出来る威力だが、最新型の守護者型AIの体重と、頑丈なボディには小石がぶつかったぐらいの効果しかなかったようだ。

 

 ボブが三発目を発射した所で、距離が詰まった。

 

 全裸の同型機が掴み掛ろうと両手を伸ばしてくるが、ボブはショットガンを即席の棍棒に見立てて思い切りぶん殴った。

 

 流石に、怪力を誇る守護者型AIのパワーで、弾丸よりは遙かに質量のある銃身を思い切り叩き付けたのだから先程よりもダメージはあった。ぐらりと、敵AIの体がよろめく。

 

 しかし倒れはせずに、ボブの肩を掴んだ。

 

 ボブも敵AIの腕を掴んで、二機はがっぷりと組み合った形になる。

 

 人間を遙かに超えるパワーを持ったAIの取っ組み合いで、今は両機共に動けず、固まってしまったような状態になっているが、実際には彼等の間では恐ろしいパワーのせめぎ合いが行なわれているのだ。

 

 油圧による瞬発力とカーボン製のチューブによって造られた人工筋繊維が発揮するパワーが逃げ場を失って、二機の守護者型AIの足下の床が、ベコリと凹んだ。

 

「ボブ、どけっ!!」

 

 すぐ背後から鋭い声が掛けられた。

 

 ルミナが、腰撓めに構えたウィンチェスターM1887を発射。

 

 敵守護者型AIは吹っ飛びはしなかったものの、至近距離であった為にストッピングパワーは殺せずに、僅かに後退った。

 

 更に連射。二発、三発。

 

 数歩は後退したものの、対人用火器で守護者型AIに与える事が出来る効果はそこ止まりだった。

 

 再び向かってこようと身構えて……

 

「召し上がれ」

 

 この隙に、ルミナは既に武器を持ち替えていた。

 

 ショットガンから、グレネードランチャーに。

 

 引き金を引くと、ポンと気が抜けるような音がして榴弾が発射された。

 

 安全装置が外れるほぼギリギリの距離を飛んだグレネードが守護者型AIに着弾し、爆発。190センチオーバーの巨体が、爆炎にすっぽりと包まれて見えなくなる。

 

「やったか!! ……って、ダメだよな」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 グレネードランチャーを放り捨てて代わりにM16ライフルを構えながら、ルミナが言った。

 

 ボブも、すぐ傍に置かれていたバッグから、Vz61スコーピオンを取り出した。

 

 炎の中から現れたのは、表皮部分が燃え尽きてシャーシが剥き出しになって、金属製の骨格標本のようになった守護者型AIだった。

 

 人間にとっては表皮も重要な器官であるが、AIにとっては一番無くても支障が無いオプションでしかない。取り分け対人コミュニケーションが使命に含まれるAIにとって、人間に対して無用の不快感や恐怖感を植え付けないようにするためだけの装備という表現が一番的確だろうか。

 

 その装備が取り払われたらどんな印象を受けるのかを、ルミナは今実体験していた。彼の趣味にはオールドムービーの鑑賞があるが、ある映画監督が第一作公開から30年はシリーズ化される大ヒット映画を作った切っ掛けは、スランプの真っ最中に炎の中からロボットが自分を殺しに来る悪夢を見た事だったというエピソードをパンフレットで読んだ事がある。

 

 その映画監督と同じ気分を、今のルミナは味わっている。いや、悪夢ではなく現実である分それ以上だろうか。

 

 と、その時彼の耳は表皮が取り払われた事で防音効果が無くなって、大きく響くようになった守護者型AIのシャーシが立てる駆動音の他に、虫の羽ばたきのような耳障りな音を捉えていた。

 

「お客さんだ」

 

 くるりと振り返ると、自分達が入ってきた入り口からドローンがわんさと室内に殺到してきていた。

 

 ルミナはアサルトライフルを乱射して次々にドローンを落としていくが、ドローンが落ちる数よりも部屋に入ってくる数の方が多い。

 

「どうする、ボス?」

 

「とにかく時間を稼ぐ事だな」

 

 言いながらも、M16に次のマガジンを装填するルミナ。

 

 こうなってくると、自分達が独力でこの状況を切り抜けられる可能性は絶望的。スケルトンのようになった守護者型AIにくびり殺されるか、ドローンにたかり殺されるか。

 

 それまでに、ヴィヴィとマツモトがグレイスを破壊してフロートの機能を停止させるのを期待するだけだ。

 

「頼むぞヴィヴィ。俺達を犬死にさせないでくれよ」

 

 祈りながらも、ライフルを乱射する。

 

 ボブも、スコーピオンをフルオートで守護者型AIにぶっぱなした。

 

 敵に表皮が無くなった事で、着弾が良く分かるようになる。

 

 金属骨格に弾丸が当たった所に火花が散る。

 

 しかしショットガンでも大した効力を発揮できないのに、短機関銃の.32ACP弾ではあまりに力不足というものだった。弾雨はシャーシにほんの少しの凹みを作るだけで、守護者型AIの速度を緩める事すら出来なかった。

 

 ルミナの前にも、視界を覆い尽くす程のドローンが殺到する。

 

 最早これまでか、と思われたが。

 

 いきなり、無数のドローンは吊っていた糸が切れた模型のように、床に転がった。たった一機の例外も無く。

 

 ボブに突進してきた『丸裸』の守護者型AIも同じだった。走ってきた勢いのまま動きが止まってしまって、すっ転んで二三回転した。

 

「これは……」

 

「ヴィヴィ達が、グレイスを破壊したようだな」

 

 ドローンの山を掻き分け、ルミナが顔を出した。

 

 この人工島を統括しているグレイスが破壊され、メタルフロートそのものである彼女が失われたから、一機一機が彼女であるこの島の全てのAIも、機能を停止したのだ。

 

「ほら」

 

「……うん?」

 

 ルミナは、ズボンに差していたデザートイーグルをボブに手渡した。レスキューAIは訝しみながらも大型拳銃を受け取って、いつでも撃てるよう動作を確認する。

 

 今更どうして銃を渡すのだろうか? グレイスが破壊されて、ミッションは完了したのに……

 

「油断するなよボブ。お前、俺の趣味は知ってるか?」

 

「オールドムービーの鑑賞だろ?」

 

「あぁそうだ。それで大好きな刑事物の映画の一作目でな……テロリストがビルを占拠して、主人公の刑事が次々悪党共をやっつけていくんだが……話の中盤ぐらいで首を吊られて死んだ筈の奴が、ラストになると襲い掛かってくるんだ」

 

「……」

 

 長年の相棒の言わんとする事を読み取って、ボブは足下に転がる骨格標本のような守護者型AIに視線を落とした。

 

 次の瞬間、機能停止した筈の機体がバネ仕掛けのように飛び上がって、ラリアットのような大振りのパンチを繰り出してきた。

 

 警戒していて助かったと言える。ボブはすんでの所で頭を引っ込めて、その一撃をかわすと同時に、デザートイーグルを乱射して金属製スケルトンを後退させる。

 

「こんな風にな」

 

「何故だ? グレイスが破壊されて、島のAIは機能停止した筈なのに、なんでコイツは動くんだ?」

 

 レスキューAIは答えが分からず首のランプが点滅するが……しかし、人間の方は既に答えに至っていた。

 

「そりゃ簡単だ。コイツは、『そもそもこの島で造られたAIではない』からだ」

 

「……!!」

 

「つまり、別の所で製造されたAIを『誰か』が『この島に持ってきて配置した』って事だ!!」

 

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