Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第16楽章 最後のミッション

 

「つまり……こいつは、俺やヴィヴィと同じ、スタンドアローンで動くAIだと?」

 

「そうとしか考えられんだろ」

 

 ルミナが、ぺいっと唾と一緒に面白くない気分を隠そうともせずに吐き捨てた。

 

 マザーコンピューターの役割を担うグレイスが破壊され、メタルフロートで製造されたこの島の管制下にあるAIが全て機能停止したのは、部屋に押し寄せてきたドローンが一斉に、いきなりスイッチがオフになったかのように墜落したのから見ても明らかだ。

 

 なのに眼前の、シャーシが剥き出しになった守護者型AIは依然として元気で襲い掛かってきている。

 

 この島のAIが全て停まっているのに、である。

 

 ならば可能性は一つだけ。

 

 このAIは最初からこの島で造られた機体ではない。

 

 どこか別の場所で製造されて、誰かから『この島を守れ』『侵入者を撃退しろ』などの使命を与えられて、この島に配置されたのだ。

 

「だが、誰が?」

 

 マツモトに、情報が漏れていない事は入念に確認させたのに。

 

 一体誰がどうやって、事前に自分達のメタルフロート襲撃計画を察知して、番人を置く事など出来たのだ? どんなタイミングで? いつから?

 

「誰も彼も、この際どうでも良いだろ」

 

 AIよりも、人間の思考が実戦的だった。

 

「重要なのは、俺達の作戦が根底からひっくり返されたって事だ」

 

 眼前の守護者型AIは、ボブを初めとしてレスキューやボディーガード・警備に従事するAI達が無数の実戦の中でその身を犠牲に収集した貴重なデータを元に、改善改良が繰り返された最新型モデル。10年間の実戦経験と戦闘プログラムの極めて高い習熟度を持つボブだからなんとか三割弱の勝率を出せているが、単純なカタログスペック通りの対決では、恐らく一割に満たない勝率しかないだろうというのがルミナの見立てだ。

 

 要するにまともに戦っても勝ち目は薄い。

 

 よって、ヴィヴィ達がグレイスを破壊するまで防戦に徹して、それで島の機能もろともこいつを停止させるのが作戦だった。

 

 だが、その策は当然ながらこの守護者型AIがメタルフロートで造られて、グレイスによって制御されている機体である事が大前提だ。その大前提が覆されてしまったので、まともに戦わざるを得なくなってしまった。

 

「ボス、あんたは脱出しろ」

 

「ボブ?」

 

「既に作戦それ自体は達成している。あんたはヴィヴィとマツモトと合流して、この島から出るんだ。俺はここに残って、こいつを足止めする」

 

 ボブの言葉は正論である。

 

 あくまで今回のミッションの目的は、島のコアであるグレイスを破壊してメタルフロートを停止させ、今後のAIの過剰な発展を阻害する事。それは達成された。戦略目的は、この時点で果たされているのだ。後は引き上げるだけ。如何にして被害を最小限に留めるかを論じる段階だ。

 

「だが……」

 

 ルミナは躊躇ったようだった。これは無理も無い反応と言える。一対一でボブが敵AIに勝てる確率は低い。10年生死を共にした相棒を見捨てる事に逡巡するのは、自然な心の動きだろう。

 

 しかし躊躇っている時間も、敵は許してはくれなさそうだった。

 

 有名なオールドムービーである「アルゴ探検隊の大冒険」に登場する骸骨剣士のように、敵守護者型AIが襲い掛かってくる。

 

 ボブも突進して、表皮を被っている旧型と丸裸の最新型が、取っ組み合いになった。

 

 がっぷり組み合ったままで、ボブが叫んだ。

 

「ボス、俺は人命を守るのが使命。あんたを生きて脱出させる事が出来れば、この戦いは俺の勝ちだ。甲斐ルミナ、俺に勝利を」

 

「分かった。ここは頼む」

 

 ルミナは背中を見せると、一目散に逃げ出した。

 

 この空間には、ボブと敵機だけが残される。

 

 敵機の繰り出してきた大振りのフックを止めると、ボブは左ジャブを繰り出した。僅かだが、敵AIの顔面が後方へと仰け反る。続けて角度を変えたもう一撃を繰り出したが、今度は敵AIは読んでいたのか殆どノールックで腕を掴むと、そのまま捻り上げる。

 

 ボブの体が関節可動域の限界から合気道の要領で流されるように動いて、そのまま頭から壁にぶつかった。

 

 敵機は更にボブの頭を無造作に掴むと、何度も壁に叩き付けた後、投げ飛ばした。

 

 180キロオーバーの巨体が1秒程の時間だけ床と水平に飛んで、10メートルも滑りながらやっと停止した。

 

 人間であれば最低でも痛みで悶絶して動けなくなり後遺症も出かねない所だが、AIには関係無い。ボブはむくりと体を起こすと、すぐ手近に転がっていたドローンを4キログラムの鉄アレイのように掴んで、敵機の顔面に叩き付けた。

 

 敵守護者型AIの頭部が殴打の衝撃に任せてぐるりと360度回転して、元の位置に戻ってきた。

 

「?」

 

 ボブは思わず首を傾げた。

 

 このギミックは初期型である彼には搭載されていないものだ。

 

 次の瞬間、センサーが胸部に強烈な衝撃が走った事を知らせる。敵機の前蹴りだ。吹き飛ばされたボブは、背中から壁にぶつかった。

 

 ボブは更に立ち上がって戦闘を継続しようとするが、敵機の方が早かった。さっき捻り上げた右手を掴むと、関節技の要領でボブを床に引き倒し、肘の部分を踏みつけて、テコの原理でへし折ってしまった。

 

 火花が散って、ボブの肘から先が引き千切られる。カーボナノチューブが断裂してピンと楽器の弦のように心地良い音色を立てて、青色の人工血液が噴水のように飛び散った。

 

 敵守護者型AIは、ボブを引き起こすとたった今ブチ切った彼の右腕をそのまま即席の棍棒として使って、本人の顔面を横殴りにした。

 

 自分以上の怪力による一撃を受けて、ボブの体がよろめく。

 

 返す刀でもう一撃を食らって、きりもみするようにして倒れた。

 

 敵守護者型AIは、倒れたボブに近付くとこれでとどめとばかり彼の右腕を両手持ちで大きく振りかぶった。

 

 次の瞬間、彼のアイセンサーはいきなりボブではなく天井を捉えて、0.5秒後には大映しになった床しか見えなくなった。

 

 機体各部に異常を知らせる赤のシグナルが表示されて、特に陽電子脳が停止しかけている事を知らせる「SYSTEM CRITICAL」の表示が大映しになって、2秒と経たない内に全てがブラックアウトした。

 

 守護者型AIは、もう何も感じなかった。

 

 彼の首から上は、吹き飛ばされて床に転がっていたからだ。

 

 その破壊を行なったのは、部屋のすぐ入り口に立っている、ルミナの手に構えられた対物ライフルだった。

 

 いくら堅牢性を誇る守護者型AIとて、人型をしている以上、装甲に持たせられる厚みには限界がある。特に可動部などの関係で(勿論ヴィヴィ達のようなシスターズよりは遙かに頑丈であるが)首はどうしても比較的脆弱にならざるを得ない部位だった。そこに、戦車の装甲板をも貫ける大口径弾が直撃したのである。さしもの頑丈なシャーシも、抗し得なかった。

 

 首は新旧問わずAIの急所である。そこを吹き飛ばされたのだがら、今度こそこの守護者型AIも停止・無力化された。

 

 ……筈だが……

 

 先程の例もある。もしかしたらこの最新モデルには、あるいはこの機体だけの独自の改造で、予備の陽電子脳が胴体に仕込まれていたりして、中国神話に登場する刑天のように首が無くても戦うのを止めないのでは……とボブは警戒したが……一分も待っても、もう敵機はぴくりとも動かなかった。

 

「どうやら、完全に機能停止したようだな」

 

 ボブはのろのろと油の切れたロボットのように立ち上がると、残った左手でサムズアップした。ルミナもまだ銃口から硝煙が上っているライフルを放り捨てると、サムズアップを返した。

 

「やられたな」

 

「近代化改修が必要だ」

 

 右腕が喪失した事に少しの動揺も無く、レスキューAIは言った。

 

「だがボス。俺の作戦が何の合図も無く通じてくれて嬉しかったぞ」

 

「お前の考えそうな事ぐらい分かるさ。俺と何年付き合ってると思ってる」

 

 結局、最初から全てルミナとボブの作戦だったのだ。

 

 ボブが敵機を足止めし、時を稼いでいる間にルミナが逃げたと見せかけ最大火力である対物ライフルを取ってきて、更にボブがわざとやられて敵機がとどめを刺そうと隙を見せて動きを止めた所を、狙撃して仕留める。

 

 何の合図も無く、流れだけの連携だったが……一人と一機は、見事に呼吸を合わせて、やり遂げたのだ。

 

「さて、後はヴィヴィとマツモトと合流する事だが……」

 

 ルミナがそう言った、その瞬間、パンとあまりにもあっさりとした銃声が響いた。

 

「「!!」」

 

 人間とAIは顔を見合わせて、この部屋から駆け出した。

 

 後には、機能停止した最新型の守護者AIの残骸と、無数のドローンだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 ボブの聴覚センサーが捉えた銃声の発生源は、数百メートルばかり離れた位置にある廃教会だった。

 

 この鉄の人工島にしては珍しく朽ち果てているとは言えレンガ造りであり、元あった島の僅かな名残なのだろう。効率的とは言えない建物の配置だから、ここだけはエムが案内してくれたキッズスペース同様、いつか島を訪れる人間の精神的な憩いの場として、グレイスが残していたのかも知れない。

 

 かつてここで、記録には残らない人間とAIの結婚式が挙げられた事は、彼等には知る由も無かった。

 

 銃声が聞こえてきたという事は、もしかしたらこの教会にも、さっきの守護者型AIのように島の管制下にはなく、グレイスが破壊されたにも関わらず機能を停止しないAIが潜んでいるのではと、ルミナとボブは警戒しつつ、用心深く踏み込んだ。

 

 どちらも銃を持っているが、ボブは今は右腕を失っているので、ルミナはその死角をカバーする為に右側に立っていた。

 

 ほぼ、申し合わせたようなタイミングで両者は礼拝堂に踏み込んで銃を構える。

 

「うっ!!」

 

 顔を出した瞬間、銃弾が飛んでくる可能性も想定してすぐに跳び退れるよう心構えはしていたが、幸いな事にその予想は外れた。

 

「これは……」

 

 礼拝堂には、立っている者は人間もAIも、誰も居なかった。

 

 冴木博士が頭から血を流して倒れている。彼はぴくりとも動かずに、瞳孔も開ききっていて絶命しているのが一目で分かった。彼の手には拳銃が握られていて、これが彼の命を奪ったのだろう。つまり、自殺。

 

 長椅子には、牧師の説教を聞いていてつい居眠りしてしまった参拝客のように、グレイスの新しい体となる筈だったシスターズの一機が、座り込んでいた。これはスリープ状態ではない。完全に再起動も出来ないように全機能が停止している。

 

 そしてヴィヴィが、冴木博士に駆け寄ろうとした所で突然エネルギーが切れたかのように、ばったりと倒れてしまっていた。

 

 一体ここで何があったのか?

 

 状況から、冴木博士が自殺した事だけは分かるが……

 

「恐らく、ヴィヴィの思考回路に重大なエラーが生じた事でフリーズしたのでしょう」

 

 後ろから掛かった声に反応して、一人と一機が振り返ると、そこには白いキューブが浮遊していた。マツモトだ。

 

 彼の端的な説明だけで、ルミナには何が起ったのかが大凡理解出来た。

 

 ヴィヴィに限らず、全てのAIの使命は突き詰めると「誰かを幸せにすること」に収束する。AIは「誰かを幸せにすること」その為に生きて、その為に行動する。

 

 だがヴィヴィの行動の結果、タツヤは絶望して、あまつさえ自ら命を絶つに至った。

 

 誰かを幸せにするために生まれて、その為に存在し、その為に行動する筈なのに、自分の行動の結果で不幸な人が生まれて、自殺までしてしまった。これは、厳しい見方をすればヴィヴィがタツヤを殺したも同然だと、言えなくもない。

 

 その矛盾が演算回路に過負荷を生じさせて、機能を停止させたのだろう。

 

「ですが、取り敢えず今回のミッションは完了しました」

 

 マツモトは、彼の分身である多数のキューブを呼び寄せるとそれらを合体させて畳一畳分ぐらいの大きさの直方体を作り上げて、担架のようにしてそこにヴィヴィの体を乗せた。丁寧で、注意深さを感じさせる動作だった。

 

「……これからどうするんだ?」

 

「やる事は色々あります。トァクの襲撃によって生じた人間とAIの衝突という事実についての情報操作、ヴィヴィ……ディーヴァの、機体の修復と再起動、このメタルフロート停止事件を世界中の人達に納得させられるだけの表向きのカバーストーリーの作成……やれやれ、頭が痛くなりますよ。いや、痛む頭はありませんがね」

 

 少しも笑えないジョークを飛ばしつつ、マツモトは並列処理で分身体を操作していた。即席の担架に乗せられたヴィヴィが教会の外へと運ばれていく。

 

 ルミナとボブは、何も言わずそれを見送っていた。

 

「あなた方の協力を感謝しますよ」

 

 キューブの一面から出たアームが、二等辺三角形を思わせる形状に曲がった。これは敬礼の動作に当たる。

 

 ルミナとボブも、マツモトに敬礼して返した。ボブは、右腕が喪失しているので左腕で行なった。

 

「それでは……」

 

 アームを収納したマツモトが、飛び去ろうとしたその時だった。

 

「なぁマツモト」

 

「はい?」

 

 ルミナの声が掛けられて、マツモトは振り返らずに彼に向いていた一面のカメラが開いて、そちらが背後から正面に変わって対応した。

 

「この先のシンギュラリティ計画……ヴィヴィ抜きで進める事は出来ないのか?」

 

「……」

 

 未来の最新鋭AIは、何も語らなかった。

 

 その沈黙が、最も雄弁な回答だった。嘘を吐かないだけ誠実なのか、優しい嘘で誤魔化さないのはまだAIがそこまで発達していないのかは、分からなかったが。

 

「次のシンギュラリティポイントが、一週間後であるか十年後であるかは分からないが……たとえいつであろうと、俺は待っている。万全の準備を整えてな。そしていつでも、未来を変える力になる。それだけは、覚えていてくれ」

 

「分かりました、署長さん。頼りにしています」

 

 マツモトが伸ばしてきたアームと、ルミナの手が重なって、彼等は握手を交わす。

 

 それが、最後だった。

 

 この23年後の2109年、甲斐ルミナは心臓発作によって88才で逝去。

 

 数々の要職を歴任した実在するスーパー・コップ、模範的警察官として、多くの人が彼を惜しみ、その死を悼んだ。

 

 弔辞を読み上げたのは、彼の相棒として知られ、幾度かの大規模改修を経て未だ最前線で活躍し続ける一機のレスキューAIだった。

 

 ルミナがシンギュラリティ計画に関わる事は、もう無かったのだ。

 

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