Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第18楽章 3つの道

「AIの自殺……それは容易な話じゃないな」

 

「でしょう?」

 

 マツモトを疑っている訳ではないが、しかしそれはそれとして語られたのはにわかには信じがたい内容だった。

 

 ヴィヴィ……ディーヴァ、ボブ、エステラ、グレイス。

 

 2061年に相川議員によって成立したAI命名法を皮切りとして、AI保護法などAIに寄り添った法律はいくつか立てられ、人間とAIを隔てる垣根は今では随分と低くなった。

 

 とは言え、やはり両者の間には埋めようが無い決定的な溝が存在しているのも事実ではある。

 

 確かにAIも進化して随分と人間に近くはなったが……忘れてはならないのが、AIは究極的には「物」。「道具」であるという一点である。

 

 ディーヴァの「歌でみんなを幸せにすること」という使命。ボブの「命を救うこと」という使命。個々のAIによって持って生まれた使命はそれぞれ違ってはいるが、「道具」である以上は、求められる要素は共通している。

 

 即ち、「人間を傷付けてはならない」「人間の危険を看過してはならない」という『安全性』。

 

 続いて「人間の命令に従わなくてはならない」という『使いやすさ』。

 

 最後に「自分を守らなくてはならない」という『頑丈さ』だ。

 

 全てのAIにそれらの原則は極めて優先度の高い指令として製造段階でCPUの深層に組み込まれている。

 

 自殺するという行為は、その指令の一つに反する行為であると言える。これまでのAIについての常識からは考えられないことだ。

 

「2121年2月8日。正史では第20回目となるゾディアック・サインズ・フェスに出場する12機の1機に、オフィーリアは選ばれたんです」

 

「この歴史では第15回目だ。正史より開催が5年遅れているな。これも歴史修正による影響なのか?」

 

「恐らくは」

 

 マツモトは認めた。

 

 そもそもシンギュラリティ計画は開始時点から見て100年後の未来に至るまでに幾つかの歴史の転換点たるシンギュラリティポイントの事件を修正していくという特性上、1ミリ動いた銃口から発射された弾丸が、500メートル先ではターゲットからはかけ離れたポイントに着弾するように、時代が進むごとに正史から乖離が生じてしまうのは必然の流れだと言えた。

 

「話を戻しますね。正史にて彼女はゾディアックの白羊宮(アリエス)……つまり最初のステージを指名されて、見事な歌声を披露しています」

 

 マツモトからボブへ、専用回線による通信によってステージで歌うオフィーリアの記録映像が送信される。

 

 レスキューAIという造られながらの武辺者なボブであるが、長い期間稼働してきた事によって育まれた感性が、オフィーリアの歌が、素晴らしいものである事を教える。

 

 彼の感性が世間一般のそれとズレていないのは、観客席の映像でオフィーリアの歌に聴き惚れている観客達の姿からも証明されている。

 

「見ての通り、観客の反応も上々。当時オフィーリアは『小劇場の妖精』と呼ばれていて、各地の小さなステージを転々とした活動を行なっていたのですが……その通称が過去のものとなるのはそう遠い未来の出来事ではないだろうと、誰もが思っていたのですよ。この時点ではね」

 

「いずれはもっと大きな劇場と専属契約を交わして、腰を据えてもっと多くの人に歌を聴かせる……サクセスストーリーとしてはまぁまぁだと言えるな」

 

 これはボブの感想である。

 

 人間の歌手・アイドルと違って歌姫AIは最初から完成された様を鑑賞するものであるが、それはAIそれ自体についての話であって、下積みから大舞台への飛躍という一連の物語性については、人間とAIの区別無く多くの人に喜ばれるものであった。

 

「えぇ、その筈でした。この日まではね」

 

 マツモトから送られてきた新しい画像を参照して、思わずボブは少し仰け反るような仕草を見せた。その画像はそれほど衝撃的だったのである。

 

 深夜の内に降り積もった雪原の白い絨毯に、青い花が咲いていた。AIに使用されている人工血液である。

 

 花びらの中心、子房に当たる部分には、一機のAIが倒れていた。オフィーリアだ。

 

「翌日の早朝でした。ゾディフェス会場の敷地内で、機能停止している彼女が発見されたのです」

 

「停止の原因は?」

 

「高所からの落下による衝撃で、機体が損壊されたのだと断定されました。つまり……」

 

「飛び降り自殺という事か」

 

 首肯の動作の代わりに、マツモトのカメラアイが短時間で瞬きするように開閉した。

 

「オフィーリアの自殺は、後のAI史に多大な影響を与えました。なにせ原則として禁じられているAIの自殺、その初の事例ですからね」

 

「マスコミがヨダレを垂らして飛びつきそうだな?」

 

「実際にそうなりましたよ。AI人権派が叫びました。『彼女には心があった、魂があった、故に自殺できた、故に人間と同じだ』と。まぁその主張はナンセンスそのものなんですが……」

 

 再び、マツモトから新しいフォトが送られてくる。

 

 川に浮かんでいたり、ちょうど落下している瞬間だったりするAIの画像だ。

 

「事件後、世界各地でAIの自殺が多発しました。原因は分かっていません。ウェステル効果かさもなくばシンクロニシティか。あるいは何らかのウィルスプログラムが流されたという説もありましたが、どれも決定的な説得力には欠けましてね。ですがその事が人間とAIの境界を曖昧にし、AIがより人間社会に溶け込む大きな切っ掛けとなりました」

 

「それが、今回のシンギュラリティポイント……」

 

「はい、AI史における一大事件『オフィーリアの自殺』の概要です」

 

「成る程……何点か、質問して良いか?」

 

「どうぞ」

 

「……オフィーリアは本当に『自殺』だったのか? つまり誰かがオフィーリアを突き落としたとか、他の所で落下させて破壊したオフィーリアを運んできて自殺を装ったとかの線は?」

 

 これはボブにとって質問と言うよりは確認という性格が強かった。そうした捜査は、その歴史の警察がやり尽くしたに違いないからだ。

 

「それはありません。監視カメラに残されていた映像から、オフィーリアが飛び降りたのはゾディフェスの会場屋上からと断定されており、そこは関係者以外立ち入り禁止のスペースで、タグを持っていない者が入ればセキュリティに引っ掛かった筈です。また、仮に他殺であったとして下手人もしくは下手AIが何らかの手段で会場のセキュリティを誤魔化したとしても、そして仮に相手が人間だった場合でも……オフィーリアもAIが人間を傷付けられないとは言え突き落とされそうになれば最低限の抵抗は行なった筈ですが、屋上には争った形跡は見られませんでした。故に自殺……正確には自壊と結論されたのです」

 

「成る程……では次の質問だが、俺は今回は何をすれば?」

 

「単純です。今回は彼女が早まる前に止めれば良いだけのイージーミッションですが、その際に荒事になる可能性も無くはない……」

 

「……だから、その時は俺に力尽くで自殺を止めろ、と?」

 

「えぇ、ボブさんなら力業は十八番でしょう?」

 

「……」

 

 レスキューAIはマツモトの正気を疑うような顔になった。

 

「本気で言っているのか?」

 

「はぁ……」

 

 どこかとぼけたように、マツモトは返した。

 

「お前、サンライズの時だって『エステラ』がどうして宇宙ホテルを落下させるのか、その動機を軽視してとにかくエステラを機能停止させようとした結果、どうなったか忘れたのか?」

 

「う……」

 

 これはボブの愚問だった。陽電子脳には『忘れる』という高度な機能は搭載されていない。

 

 しかしこれはレスキューAIの方が正論である。もしあの時、短兵急に事に及んでエステラを停止させてしまっていたら、エリザベスによって落下軌道に入ったサンライズをパージする者が居なくなって、質量を保ったままの宇宙ホテルは沿岸部の都市に落下。万単位あるいは数百万の死者を出す未曾有の大惨劇となっていただろう。

 

 そうなっていた時、人間とAIの関係性がどう変化していたのか……正直、恐ろしくて想像したくない。

 

 恐竜絶滅の原因は巨大隕石の落下だが、AI絶滅の原因が宇宙ホテルの落下だなどと、笑えない冗談にも程がある。

 

「今回も同じだ。仮に明日、腕尽くでオフィーリアの自殺を止める事が出来たとしよう。では明後日、彼女が自殺しないという保証があるのか? それとも四六時中、オフィーリアが自殺しないかどうか見張っておけとでも? およそ40年後の、Xデーまで?」

 

「……」

 

「それともマツモト、お前の使命は40年後にAIの戦争が起こるのを防ぐ事だけであって、41年後に戦争が起こるのは構わないと……お前の使命は、その程度のものなのか?」

 

「……はぁ」

 

 マツモトはカメラアイに、白旗の映像を表示した。

 

「あなたの勝ちですよ、ボブさん。確かに僕のやり方は最適なものだとは言えません」

 

 今回のミッションに求められるのはオフィーリアの自殺を止められる事ではない。オフィーリアに自殺をしようとは思わないように、心を変えさせる事だ。

 

 つまりはオフィーリアに接触して、彼女に事情を聞き、説得するのが最善。

 

 これはマツモトも分かっていた。

 

 寧ろ今回ボブに頼んだ力尽くで自殺を止めるなどというのは、手段としては下の下と言える。

 

 だが、最善の道を辿るには欠けているファクターがある。

 

 マツモトは正体不明のAI。ボブはオフィーリアとは何の接点も関係性も無いレスキューAI。そんないきなり現れたAIに、オフィーリアが自殺の動機のようなデリケートな話題を話す訳が無い。

 

 彼女に接触して話を聞けるのは、やはり同じ歌姫AIが望ましいだろう。

 

 ではマツモトやボブに歌姫AIとのコネクションがあるかと問われれば……ある。それもとびきりのものが。多くの歌姫AIから尊敬を集めていて、そんな踏み込んだ話題を振っても不自然ではない者が。

 

「……ヴィヴィ……いえ、ディーヴァですね」

 

「彼女に協力を頼むべきだ」

 

「ええ……でもそれは……」

 

 マツモトは言葉を濁した。その理由に、ボブは心当たりがあった。

 

「マツモト……お前が躊躇うのは、敢えて選択肢を外していたのは……ボスの為か?」

 

「……」

 

 未来のAIは答えなかった。

 

 35年前、メタルフロートでの別れ際に、ルミナは尋ねた。この先のシンギュラリティ計画を、ヴィヴィ抜きで進める事は出来ないかと。

 

 それは歌う為に生まれてきた彼女があまりにも重いものを背負ってしまうその不憫さ、その哀れを思っての言葉だった。

 

 今、ディーヴァはまさにその名の通り、歌姫AIの代名詞と言われる程になって、彼女の歌を聴いた何百万何千万人もの人達が夢を見付け、希望を信じ、自由を手に入れて、幸せになれている筈だ。

 

 ヴィヴィも、本来はそうあるべきだったのだ。

 

 シンギュラリティ計画の、歴史の闇になど関わらず、陽の当たる所で、歌でみんなを幸せにして、そして自分も幸せになっているべきだったのだ。

 

 フリーズからの再起動を経て、今のディーヴァはヴィヴィではないが……それでも、今の『彼女』は本来そう在るべきだった姿になれているのだ。それを今一度、自分達の都合に巻き込んでしまう事は、辛い。

 

 きっとメタルフロートで別れる時、ルミナも同じ気持ちであったのだろうなと、ボブとマツモトは同じ事を思った。

 

 だが、二機にも使命がある。

 

 ボブの使命は命を救う事。

 

 マツモトの使命は、滅びの未来を変える事。

 

 AIは使命を背負って生まれ、全うする為に生きる。二機とも、その事に疑いは無い。

 

 だが自分達が使命を果たす為には、ディーヴァの使命に踏み込まなくてはならない。

 

 それをせずに、極めて姑息な方法でオフィーリアを止めるか。

 

 より良い結果を得る為に、ディーヴァに協力を求めるか。

 

「あるいは、第三の道を執るのか」

 

 ボブは、500S&W弾を装填したS&W・M500を左脇のホルスターに仕舞った。

 

「今のボスはお前だ、マツモト。選択の時だな」

 

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