「守護者型AIのカール……これが今回の俺の名前か」
100年以上前から変わらない、SPという職業の制服にも思えるブラックスーツに身を包み、胸ポケットに万年筆のように差されたコード・シリンダーの情報を読み取って、ボブが呟いた。これはカードキーと身分証明書を兼ねるデバイスであり、人間であれば各種生体情報、AIであれば陽電子脳の波形パターンの照合と合わせて、セキュリティ面で高い評価を受けて現在主流となっている。
ボブとマツモトは、ゾディアック・サインズ・フェスの会場まで乗り込んできていた。
「えぇ。名前はまた2019年に公開されたオールドムービーの主役から拝借しました。作中でも人間そっくりのサイボーグという設定で、ボブさんにピッタリですよ。メタルフロートに潜入した時のベン・リチャーズと同じ俳優さんが演じたんです。それでボブさん、あなたの身分ですが、ゾディフェスの警備AIの一機という事にしてあります」
ゾディアック・サインズ・フェスは開催からこっち動員人数が毎年更新されるような超人気イベントであり、世界中から新旧問わず優秀な実績を残した歌姫AIが召集される。故に警備にも人員やAIが相当数従事する。
未だ守護者型AIはレスキュー・警備に従事するタイプでは最高級の少数量産機種ではあるが、第一号であるボブのロールアウトから半世紀近くが経過したこの時代になるとそれなりの数が生産されていて、一般人の目に触れる機会も多くなってきてはいる。
中々に生臭い話であるが、ゴルフでスコアが100を切るというのが一種の上達の指標であるように、政治家や官僚などVIPの間では、自分のボディガードに専属の守護者型AIを付けられる事が、二流以下と一流を隔てるラインにして自らの権威を象徴するものであり一つのステイタスとなっていたりする。
……と、そんな噂が流れるくらいにはボブと同タイプのAIは社会に認知され、普及しており、ゾディフェスくらいの規模のイベントならば、警備主任的な立ち位置に配置される事に不自然はない。
ただしカールことボブは、警備に用いられるにはおよそ過剰としか言い様の無い火力を携えているのではあるが。
「それでマツモト。オフィーリアに対して、どのオプションを採るのか。決めたのか?」
「……」
未来からやって来たAIは、即答を控えた。
AI史において、最初の自壊者となる筈のオフィーリア。彼女を皮切りに、AIによる自殺が世界中で発生するようになり、結果的に人間とAIとの境界が曖昧となる。AIの過剰な発展に繋がるシンギュラリティポイントの一つ。それが、今夜起こる。
防ぐ手段は、3つある。
第一案は、オフィーリアが自殺しようとする際に思い留まらせるもしくは腕尽くでそれを止めてしまう事だ。最もシンプルな案であり、マツモトとしては当初はこのプランで行くつもりだった。
この案の問題点は、極めて対症療法的で姑息な事、その一点に尽きる。
人間でも、自殺しようとした者が思い留まるもしくは誰かにそれを止められたすぐ後に、また自殺しようとするのは良くある事で、親しい人間やカウンセラーが時間を掛けて落ち着かせる必要があるとされている。
同じように、何故オフィーリアは自殺などしようとしたのか? そのホワイダニットを完全に無視しているので、今日の自殺はほぼ確実に止められるだろうが、明日以降にオフィーリアが自殺する可能性が残る。
第二案は第一案の問題点を解決するものだ。
即ち、誰か信頼できる者をオフィーリアに接触させて自殺の動機を聞き出し、それを解決させる、つまり対症療法ではなく体質改善させるという事だ。直接自殺を止めるのではなく、自殺に至る原因を取り除く事で結果的に自殺を止めるのだ。
実行出来たのなら、これは3つのプラン中で最良のものである。ただし問題が一つ。
オフィーリアから悩みを聞き出すには、マツモトとボブの両機共に非適材非適所も甚だしい。二機と知己があって、かつオフィーリアに友好的に接触し、悩みを聞き出せるような者と言うと……心当たりは一機だけ。ディーヴァだ。
だが、今の彼女は以前のヴィヴィではない。ただの機体の呼称ではなく、ディーヴァという一個の実存なのだ。
かつて、本来ならヴィヴィがそう在る筈であった、歌でみんなを幸せにするという使命。それを果たし続けている何も知らない歌姫AI。そんな彼女にいきなり未来からやって来たと言っても、信じないだろう。そんな者をプランに組み込むというのは、不確定要素を自ら増やしてしまう事で結果的にシンギュラリティ計画の成功率を低下させてしまう。それは、計画を遂行する立場として推奨されるものではない。
これがプランを協議した際のマツモトの主張であり、ボブは反論を避けた。
第三案は第二案とは別のアプローチによって、第一案の問題点を埋めるものだ。
結論から言うと、オフィーリアが自殺する前に彼女を破壊してしまうのだ。
問題となるのはあくまでオフィーリアが「自殺」する事であり、何者かの手によって破壊される即ち「他殺」であれば、今までそうなったAIは、60年間で累計何百万機も存在するだろう。彼女はその数百万分の一でしかなくなる。
要するに史上初の「自殺したAI」であるオフィーリアの唯一性を失わせてしまうのだ。そして極めて当然の事ながら破壊されたAIがその後で自殺する筈も出来よう筈も無い。第一案の最大の問題点であり、第二案を以てしても完全には取り除けないであろう後顧の憂いが、この第三案ならば一掃されるのだ。
ただしこれはあまりにも乱暴に過ぎる手段である。
それにサンライズの時もそうだったが「オフィーリアの自殺」は仮にも歴史を動かす一つの転機と言える、大事件なのである。動機を軽視して短兵急に事に及んでしまっては、その背後に実は何か重大な事情が隠されていて、後からそれが判明するも覆水盆に返らず、対応できなくなるというケースも考えられる。故に軽々に決断する事は、憚られた。
ボブは内蔵された衛星通信によって一秒と狂わず正確な時刻を刻む文字通りの体内時計を起動して、時刻を確認する。ちょうど、正午になった所だった。
ゾディアック・サインズ・フェスの開演は18時。黄道十二宮(ゾディアック)の牡羊座(アリエス)を割り当てられているオフィーリアは最初に歌う。そしてマツモトが持つデータによれば、正史に於ける彼女の死亡推定時刻は歌い終えてからおよそ2時間後の20時前後。
泣いても笑っても、もっとも、AIである両者に笑うのはさておき泣く機能は搭載されていないが……とにかく後8時間の内に決着が付く。
「マツモト」
「はい?」
「もしプランを決めかねているのなら、その前に一つ確認したい事があるのだが」
「ふむ……確認したい事、ですか?」
周囲に人やAIの目や耳が無い事をチェックした後、二機は物陰へと移動した。
「それで、その内容は?」
「シンギュラリティポイントの事件は、偶然的かつ単発的に起こったものではない……具体的には一連の事件の裏には黒幕が居て、そいつが裏で事件を操っているのではないか……という可能性だ」
「陰謀論ですか?」
「根拠無く言っている訳ではない」
ボブらしからぬ荒唐無稽な話だと、マツモトは拍子抜けしたような声を出した。これはボブとしては予想していた反応であったようで、レスキューAIは不快に思った様子は少なくとも表面上は見せなかった。
「俺が関わったシンギュラリティポイントは、落陽事件とメタルフロート事件の2つ。その2つに、俺は違和感があるんだ」
「……違和感とは?」
「まず落陽事件。あの時、トァクのメンバーに全身義体が居ただろう」
「えぇ、覚えています」
「勿論、落陽事件の時に作戦上必要不可欠だったとは言えAIのエリザベスを連れていた事から分かるようにトァクとて一枚岩ではないが」
そう前置きした所でボブは話し始めた。
反AI団体のトァクには、勿論AIそれ自体もそうだが、事故や病気で失ったり機能が低下した四肢や臓器を人工物と交換する事すら嫌悪する者が多い。メタルフロート事件の折、ヴィヴィとマツモトによって救助されたトァクの数少ない生存者であった深沢ミキという女性は、損傷した臓器を人工内臓と交換する事を拒絶して、リーダーで比較的軽傷であった垣谷の手によって殺害……いわゆる『介錯』されたと、マツモトのメモリーには残っている。
いや、その程度なら不便さを解消する目的や延命の為に必要だからとそうした処置を行うケースもあるだろうが、全身義体は病気でない健康な臓器や筋骨まで全て人工物と交換するのだ。本人生来の物は脳と脊髄ぐらいしか残らない。トァクならずとも、抵抗を感じるのが自然な反応だろう。
そんなトァクに、全身義体が居たのである。
トァク全体を見渡せば数は少ないながら全身義体の構成員は存在するかもだが、その数少ないであろう全身義体のメンバーが、よりによって落陽事件の際に居たのである。AIではないから、マツモトがハッキング出来ない戦闘員として。
「まるでサンライズを落下させるのを、阻止しようとする勢力……つまり、ヴィヴィやマツモト、お前達と、それに俺やボスの事だが……それが居て、その勢力にスーパーAIが居るのを知っていたかのようにな」
「……」
それだけなら偶然だと思ったかも知れない。
だがそれから10年後の、メタルフロート事件では。
「メタルフロートに、マザーコンピューターになったグレイスの制御下にない、守護者型AIが配置されていた話をしただろう」
「はい」
「そいつはお前達によってグレイスが破壊された後も稼働し続け、俺達を襲ってきた。奴は、明らかに別の工場で造られていて、それを誰かがメタルフロートに配置したんだ。じゃあ、その『誰か』とは何者なんだ?」
「……何者だと、ボブさんは思うんですか?」
「AIの過剰な発展を阻止しようとする俺達とは対極に位置する勢力……つまり、AIの過剰な発展を促そうとする者が居て、そいつらがトァクさえも操って、落陽事件やメタルフロート事件を裏で手引きしたのではないか……それが、俺の予想だ」
「……考えにくいですね。第一、仮にそんな連中が居たとして、AIを過剰に発展させて彼等は一体何を得ると言うんです?」
AIを人類に取って代わる新たな種かさもなくば神の使いと信奉する新興宗教の狂信者かマッドサイエンティストか。いずれにせよそれこそ陰謀論であろう。
ボブには自分から提供された未来の情報があるから、結果ありきで逆算してそう考える事が出来るだけだろう。マツモトはそう考えた。
ボブも、マツモトがそう考えるのは当然だと思っていた。
「確かにな。だからそれを検証したい。協力してくれ」
およそ1時間後、13時06分。
ゾディフェス会場の楽屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
室内からは幼さを残す大人と少女の中間のような、甘ったるい声が返ってくる。
「失礼します」
ドアを開けて現れたのは、190センチ以上もある巨岩のようなボディをブラックスーツに包んだ守護者型AIだった。
楽屋に居たその歌姫AIのカメラアイが瞳孔のように収縮する。彼女のプロセッサは自動的に視界に入ったコード・シリンダーに登録された情報を読み取って、彼はこのフェス会場の警備主任を担当するAIである事を伝えた。個体名はカール。
「オフィーリアさん、リハ前に簡単な打ち合せがあるそうです。小会議室にご案内します」
目に掛かる程の長い黒髪と、声と同じように幼くあどけなさを受けるプロポーションと容姿をしたそのAIこそオフィーリア。正史に於いて今日のシンギュラリティポイントの、中心にある存在である。
「あ、はい。分かりました」
椅子から立ち上がったオフィーリアは、とてとてと走り寄ってくる。
「では、こちらへ」
警備AIのカールことボブは、昔取った杵柄と言うべきか堂に入ってきびきびとした動作でオフィーリアを案内していく。
レスキューAIと歌姫AIは、人気のない通路へと入った。
「こちらです」
壁に付けられたコンソールを操作して、ドアを開くボブ。
オフィーリアは案内された通りにその部屋へと入っていくが……
入ったそこにはフェスのスタッフが居た……のでもなく。テーブルが並ぶ会議室のレイアウトが広がっていた……のでもなく。
薄暗い、物置のようなスペースだった。
コンマ数秒だけ、オフィーリアの首のランプが明滅する。その後で小劇場の妖精は「あぁそうか」という顔になった。
「警備員さん、部屋を間違えたんですね?」
私も良くやるんです、と苦笑しつつ……そう言って彼女が振り返ったその時、間に何かが挟まったら切断されそうな勢いで、ドアが閉じる。
「え? あの、ちょっと?」
慌てたオフィーリアが内側のコンソールを叩いてドアを開けようとするが、コンソールは電源そのものが落とされているのか、どのボタンを叩いてもうんともすんとも言わなかった。
そんな狼狽するオフィーリアの様子を、部屋の一角に身を潜めていたマツモトが観察していた。
<本当にやるんですか?>
<当たり前だ>
<はぁ……>
二機の間だけで繋がっている専用のラインで、マツモトとボブが通信を交わす。
これは彼等の策略であった。
もし、ボブが言う通り相川議員の暗殺、落陽事件、メタルフロート事件。正史に於けるシンギュラリティポイントとなったこれらの事件を裏でプロデュースしていた黒幕が居るとするなら、その黒幕は今度の「オフィーリアの自殺」も裏で糸を引いている可能性が高い。
(勿論、そんなのが本当に居ればと仮定しての事だが)黒幕にとってはオフィーリアには自殺してもらわなくては困る。逆に言うと、オフィーリアが自殺する前に殺されたら困るのだ。
<だから、もし自殺するより前にオフィーリアに危害が加えられそうになったら、黒幕自身かもしくはその手先が、それを阻止しようと現れる……ですか。確かに、筋は通っていますが>
<ぐだぐだ言うんじゃない。第一、ここまで俺に協力してお膳立て整えておいて今更何を言う? やるんだ>
<……はいはい分かりましたよ>
確かに、ドアのコンソールに細工してオフィーリアを閉じ込めたのはマツモト自身だった。乗りかかった船なのだから、最後までやるべきだろう。
マツモトは、文字通りのGOサインを出した。
稼働指令を受けて、かつてメタルフロートで出会ったエムと同型の、円筒状の胴体にキャタピラを履いた土木作業用AIが姿を見せた。物陰に潜んでいたのだ。
「えっ……? えっ……?」
状況が把握出来ず、物々しい雰囲気を感じて思わず後退ったオフィーリアの背中に、ドアが当たった。
ハッキングによって強制インストールされた命令に従って、土木作業用AIはオフィーリアへ向かって突進した。
マツモトが与えた命令では、この土木作業用AIはオフィーリアに激突する直前で、急停止するようになっている。それまでの間に、何が起こるのか。それとも、何も起こらないのか。
果たして、土木AIがオフィーリアとぶつかる。
そう思われた、その刹那に。
パン!!
乾いた音が、物置に響き渡った。
真っ直ぐオフィーリアへと向かっていた土木AIは、横から何かがぶつかったかのように弾き飛ばされて転倒し、動かなくなった。
「「!!」」
マツモトと、ドアを隔てているがボブの聴覚回路はその音響パターンを即座に分析した。
分類は銃声。そして使用された銃器までも、登録されたデータベースに照会して即座に特定される。『H&K P7』現在は生産が終了されている、トァク好みの旧世代の銃器だ。
そして音の反響から、銃が発射された位置までも特定される。
殆ど時間差無く、マツモトがそちらへ視線を向ける。
「む……」
暗がりに潜んでいたので、暗視モードにカメラアイを調整して……そして僅かの間だが、思考回路がフリーズした。
銃口を向けていたのは、若い男だった。
彼の風貌は、マツモトのデータベースに登録されていた。
だが……その画像データは現在から60年も前のものなのだ。『60年前の容姿のデータが、現在のそれと一致する』……とは?
信じられないと言いたげに、マツモトが声を上げた。
「ミスター垣谷……?」