Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第20楽章 歌声の裏側で その1

 

「むう……ミスター垣谷……しかし、あの姿は……?」

 

 未来の最新鋭AIからして、今回の命題は難問であったようだ。演算回路をフル回転させても、正確な回答には辿り着けない。

 

 オフィーリアの危機に現れ、彼女を救ったのは誰あろうトァクの垣谷ユウゴであった。

 

 相川議員暗殺未遂事件、落陽事件、メタルフロート事件とヴィヴィ、マツモト、ボブ、今は亡きルミナとも何かの因縁で繋がっていると思えるような相手である。

 

 しかしマツモトを驚かせたのは彼の姿だ。

 

 35年前のメタルフロート事件の時点で、彼は40才になるかならないかという年頃だった。マツモトが事前に警察のデータベースにアクセスして調べた所では、公式に彼が死亡したり逮捕されたりといった記録は無かった。更にメタルフロート事件以降、彼が反AIのテロ活動に関わっているという記録も無かった。それどころかあの事件のすぐ後に、彼は組織を脱退したという。それ以降の足取りは杳として知れない。

 

 だから人知れずどこかで死亡したのか、と考えていた。いや、正確には今回の「オフィーリアの自殺」事件には関わってこないだろうから、推測する事すらしていなかった。

 

 だが、実際に垣谷は現れた。

 

 しかも彼の姿はどうみても20代の若者のそれ。普通に年を重ねていたとすれば、70才をとうに過ぎている老人である筈なのに。

 

<……まさか、彼のお子さん……?>

 

<だとしても似過ぎているな。まるで瓜二つだ>

 

 専用の通信ラインによって、ボブ・マツモト間で両者が見聞きした情報はリアルタイムで二機に共有されている。故に壁越しにいるボブにも、マツモトが見ている垣谷(?)の姿は確認できていた。

 

「とにかく接触を……」

 

<待て>

 

 物陰から飛び出そうとしたマツモトだったが、ボブに制された。

 

<?>

 

<もし、あの垣谷が黒幕もしくはその使いで、そして黒幕が『オフィーリアの自殺』を引き起こそうとしているのだとしたら、既に奴とオフィーリアには面識があって、奴がオフィーリアに自殺を教唆したのかも知れない。様子を見るんだ>

 

<成る程>

 

 マツモトは噴かしていたイオンエンジンを止め、更に熱探知にも極力引っ掛からないよう、カメラや聴音などこの局面で求められる最低限のものだけを残して、それ以外の機能を停止させた。

 

 垣谷はまだ硝煙の出ている銃を収めもせず、オフィーリアへと近付いていく。一方でオフィーリアは、助けてくれたとは言え銃を持って近付いてくる相手に対して、怯えた様子も見せず寧ろ気安く近付いていく。

 

 どう見ても、初対面の相手に対する反応ではない。

 

 これで、既に垣谷とオフィーリアの間に何らかの接触があった事は明らかになった。

 

 後は、会話の内容から両者がどのような関係性なのかを類推出来れば良いのだが。

 

 マツモトのキューブボディに搭載されたマイクは同サイズの物としては抜群の集音性を持つ。物陰に隠れているし二者とは少し距離が開いているが、会話を拾うのに問題は無い。

 

 と、思われたのだが。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 垣谷とオフィーリアは顔を付き合わせて、時折頷いたり身振り手振りしたりはするものの、一言も喋らないし、口も動かさない。無論、筆談などしている訳でもない。

 

 だとすれば、これは……

 

<まさか、僕たちと同じように専用の通信回線を引いていて密談を……?>

 

<……その可能性は高いな。オフィーリアはさておき、人間の垣谷がどうやってそれをやってるのかは分からんが……とにかく、これ以上お前がそこで粘っていてもこれ以上の情報は引き出せないだろう。見付かる前に離脱しろ>

 

<了解>

 

 マツモトはスリープさせていた機能を再動させると、小さな体を活かして通風口を通って別の部屋へと離脱する。部屋のすぐ前に仁王立ちしていたボブも、何食わぬ顔で堂々と会場内を移動して部屋から離れた。

 

 取り敢えず、この調査で得られた情報は2つ。

 

 ①事件の裏で糸を引いている(少なくとも今回の『オフィーリアの自殺』については)黒幕は居る。垣谷は黒幕自身か手先。

 

 ②垣谷とオフィーリアの間には既に面識があった。

 

「核心に至る情報は得られなかったが、まぁ十分な成果だな」

 

「えぇ。しかしミスター垣谷がこの件に絡んでいたとは……」

 

 人気の無いスペースに移動して合流した後、二機は再び相談を始めた。

 

「だがどうする? 裏で手を回している奴が居るとなると、単純にオフィーリアの自殺を止めれば良いというものではないぞ」

 

「確かに……」

 

 ここで、当初考えていた第一案は破棄せざるを得なくなった事をマツモトは認めた。

 

 ただオフィーリアの自殺を止めただけではその場凌ぎになるだけなのが問題だったが、黒幕が居るという事はそいつは今日オフィーリアが自殺しないなら明日以降にそれをさせようと動くだろう。放置するにはあまりにリスクが高過ぎる。

 

 だとすれば採るべきはヴィヴィ……否、ディーヴァに接触して彼女にオフィーリアの説得を依頼する第二案と、オフィーリアが自殺する前に彼女を破壊してしまう性急勝つ乱暴な第三案のいずれかだが……

 

 マツモトはしばらくの間、他を止めて全ての機能を演算に回していたが、数秒もそうしていた後に決断した。

 

「よし、決めました。第二案をメインに進めましょう」

 

「良いのか?」

 

「やむを得ないでしょう。ボブさん、あなたが仰ったようにオフィーリアの動機や背後関係を洗わずに彼女を破壊してしまって、その後で隠された事実が出てきて後悔しても始まりません。少なくともヴィ……ディーヴァの説得があれば、自殺は止められなくてもそこに至る事情ぐらいまでは判明する筈です」

 

 やや早口にそう言うと、マツモトは「では、ディーヴァの所に行ってきます」と飛んで行ってしまった。

 

 残されたボブは、ぽつりとこぼす。

 

「そうでなくてなマツモト……俺は、ディーヴァをこの件に巻き込む事になってお前は良いのかと聞いたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 16時00分。

 

 第15回ゾディフェスの開催まで2時間となり、会場へ観客の入場が始まる時間帯となった。

 

 ボブは、警備用AIとして何食わぬ顔で会場の見回りを行なっている。

 

 オフィーリアに何かしら後ろ暗い所があるのなら、大事には出来ないだろうとボブやマツモトは見ていたが、この推測は当たっていたようだ。警察に、警備AIに不審者が紛れ込んでいるという通報はされなかったようだ。

 

 取り敢えず、ボブは垣谷を探す事にした。オフィーリアと違って、明らかに招かれざる客である彼は、ふん縛っても問題は無い。そうして取り押さえてしまった所で、色々と背後の事情を聞き出すのが手っ取り早かろう。

 

 しかし、彼の専門はあくまで物理的な戦闘なのでマツモトのようなハッキング能力は持っていない。よって会場の監視カメラを掌握して姿を探すような事は出来ず、シンプルに足で探す他は無かった。

 

 だが、ゾディフェスの会場は狭いようで広い。垣谷も、まだボブやマツモトの存在は知らないだろうがうっかり警備に見付かったりはしないように身を潜めているだろうから、限られた時間で探すには無理がある。

 

 30分後、マツモトから連絡があった。

 

<……はい。ディーヴァとの接触に成功。彼女は計画への協力……つまり、オフィーリアから事情を聞き出して彼女を説得する事を了解してくれました>

 

<分かった。こっちは垣谷の姿はまだ見付けられていない>

 

<……ひょっとして、彼はもう会場内には居ないのでは?>

 

<考えられなくはないが、可能性は低いと思う>

 

 オフィーリアがマツモトに操作された土木作業用AIによって襲われそうになった時、お伽噺の王子様のように狙い澄ましたかのようなタイミングで、颯爽と助けに現れた垣谷(仮)。彼が垣谷ユウゴ本人なのかそれとも(誰が何の目的でやったのか分からないが)彼のそっくりさんなのか分からないが、いずれにせよあれが単なる偶然だと考える程、二機ともおめでたい頭ならぬ演算回路はしていない。

 

 ボブの推理通り、オフィーリアの自殺には(少なくともこの歴史に於いては)黒幕が居る。つまり、オフィーリアを自殺させようと画策する者あるいは者達が。

 

 そして、マツモトが操ったAIによってオフィーリアが襲われる所を垣谷(仮)は見た。

 

 彼からすれば、一度襲われたならまた襲われるかも知れない。オフィーリアがちゃんと自殺するのを確認しなくては、少なくとも自殺前に彼女を破壊しようとしているのが何者なのかを確認もせずに会場を離れるというのは考えにくい。

 

<だから、まだ会場内かすぐ近くに身を潜めている可能性が高い……と>

 

 確かに筋は通っている。

 

 マツモトは認めた。

 

<それにしても、彼は一体何者なんですかね?>

 

 仮に垣谷ユウゴ本人だとすれば、あの若い姿は全身義体だろう。既に首元のランプなどを除けば、外見だけから人間とAIとを区別するのはほぼ不可能な程に、AIは外見的にも人間に近付いてきている。同系統の技術で、生身とほぼ変わらない義肢や精巧なマスクを作ったり出来るのだ。

 

 一方で偽者もしくは偽物の可能性は低いと思える。

 

 整形手術を施した人間にせよ、彼の姿を模して製造されたAIにせよ、ここで疑問が一つ。

 

 そもそもどうして垣谷の姿を模す必要があるのか?

 

 あるいは垣谷が反AI活動に於いて伝説的な働きをしたトァクの英雄だとかなら、熱狂的あるいは狂信的な彼のファンがそれをやるという線は有り得るだろうが、残念ながら垣谷がそのような活躍をした記録は無い。

 

 それどころかマツモトがトァクの一支部が使っているサーバーに侵入して調べた所では、相川議員の暗殺もサンライズ落としも失敗し、メタルフロートでは無理を言って動員した大量の戦闘ヘリや戦闘艇と優秀な戦闘スタッフをあたら失った無能という評価で、しかも反AI団体に身を置きながらAIであるエリザベスを連れていた事からも一部の過激派とは衝突が絶えず、遂には組織を離脱してしまったとあった。

 

 要するに組織の鼻つまみ者なのだ。そんな奴の姿を、わざわざ借りようとするものだろうか?

 

 だから多分、あの垣谷は垣谷ユウゴ本人だろう。

 

 しかし、垣谷のトァクとしての活動は少なくとも記録上はメタルフロート事件以降途絶えている。人間は勿論、AIにとっても35年という時間は長い。それだけの期間、何もしていなかったのにどうして今更やってくるのか。それが分からない。

 

<……奴の事は一旦後回しだな。もう時間が無い>

 

 現在時刻は16時34分。

 

 ゾディフェスの開演は18時で後1時間26分。

 

 白羊宮(アリエス)のオフィーリアはまず最初に歌う。そこから金牛宮(タウラス)、双児宮(ジェミニ)と順番にその役割を割り当てられている歌姫AIが舞台に上がって、およそ2時間後、大トリとして双魚宮(ピスケス)のディーヴァの出番となる。

 

 垣谷は後から追い掛けても良いし、彼が使い走りとすれば背後にいる黒幕は時間を掛けてじっくり探せば良い。今はオフィーリアを止める事が先決だ。

 

<分かりました。ディーヴァに彼女の説得を頼んでいますから、良い知らせが聞けるでしょう>

 

 

 

 

 

 

 

 だが18時24分に、マツモトから入ってきた報せは。

 

<何だと!? 今何と言った!?>

 

 マツモトから入ってきた通信に、専用回線の中でボブは声を荒げた。

 

 これは空気媒介の音声ではないが、マツモトは思わず耳を押さえる動きに相当するようなリアクションを取った。

 

<で、ですから……オフィーリアを説得しに行ったディーヴァとは、ミスター垣谷の姿を見たというメッセージの後に連絡が途切れ、しかも楽屋で待機していたオフィーリアの姿は、何者かが差し替えていたダミー映像で彼女を見失ったと……>

 

<マツモト、お前一体何をしていた!!>

 

 怒声一喝。しかしすぐに、ボブは感情回路をニュートラルに戻した。

 

<冷静に冷静に冷静に……>

 

<うろたえるな>

 

<!>

 

 この辺りは年の功と言える。

 

 シンギュラリティポイント以外では歴史に不要な影響を与えないよう眠っているマツモトとは違い、稼働開始から半世紀弱も活動し続け、30年以上もレスキューの第一線にあったボブにとって、不測の事態に狼狽する相手を落ち着かせるぐらいは手慣れたものなのだ。

 

<垣谷がディーヴァを破壊したり攫うのが目的なら、わざわざ此処でやる必要は無い、ニーアランドや来るまでの道中でとっくにやっている。それをしないって事は、少なくとも奴がすぐに、ディーヴァをどうこうする可能性は低いだろう>

 

<な、成る程>

 

<マツモト、お前は一部の分身を使ってディーヴァを捜索しつつ、本体は他の分身を連れてオフィーリアを追うんだ。前者と後者の比率は、3対7にしておけ。俺もオフィーリアの方に行く>

 

<わ、分かりました>

 

 通信が切れると、ボブは怪しまれない程度の早足で動くと「清掃用具入れ」と書かれたドアを開いた。

 

 中に入っていたのは箒やモップ、バケツといった道具ではなく。

 

 拳銃、ライフル、手榴弾など大量の銃火器。ルミナが彼のコネを使い、アシが付かないよう長い時間を掛けて集め、ボブが働いていたログハウスに隠されていて、マツモトによって偽装されて持ち込まれたのだ。

 

「……出来れば、使わずに済ませたい所だが」

 

 そうなる可能性は13.2パーセントだというプロセッサの演算結果を視界の片隅に捉えつつ、ボブは大型拳銃を脇下のホルスターに差した。

 

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